#18
「いいな、シラギク。自分の身を必ず、優先すること。それだけは、絶対に徹底してくれ」
「うん、わかった……!」
冥府の主に立ち向かい、討伐するということを目標とする以上、シラギクを護衛しながらの戦闘は厳しい面がある。
だが、シラギクは言った。おそらく、自分ならば冥府の主の攻撃を見切れる、と。
現に彼女は、俺の取り逃した腕が遅い来る環境下であったにも関わらず、一度地上まで戻ってから、再びここまで戻ってきている。
それはすなわち、彼女が影の手からの攻撃、もとい捕縛を回避できていることを示している。
「それじゃあ、シラギク。……俺の目を、頼んだぞ」
俺の身体能力では、影の手の攻撃を見た上で、それになんとか食らいつき対処する、が限界だ。
だからこそ、攻撃に転じることができていないし、ジリ貧に持ち込まれてしまう。
だが、シラギクは俺よりも圧倒的に身体能力が劣っている中で、俺でさえギリギリで対処するのがやっとの影の手の攻撃を、難なくかわしてここまでやってきた、という。
そして、それを可能にしている技能こそ。
「次、右斜め上からっ!」
シラギクの声が飛んできて、すぐさま、対処に入る。
俺が感知するよりも早いその指示のおかげもあり、隙を晒すことなく腕を切り裂き、そのまま冥府の主に向けて間合いを詰め続けることができる。
「次は左っ!」
「了解!」
シラギクが司令塔、あるいはスポッターとして盤面を把握して、それを俺に伝えてくれている。状況だけを見るのならば、そうであるし。あながち、間違ってはいない。
だが、少々語弊もある。
そもそも、通常の視界から判断して伝えるだけであれば。もちろん、視界外の死角からの攻撃に対しての対処の指示はできるかもしれないが、返して言うなればそれ以外の指示については圧倒的に速度で劣る。
俺ひとりで完結させるならば、俺が見て、対処して。というふたつの手順で終わるのに対して。シラギクからの指示を待つならば、シラギクが見て、声を出して。俺がそれを聞き、対処する、という。実に四つもの手順を必要とする。
それぞれの手順自体が、そもそもそんなに大きな時間を要さないものの、しかしながらリアルタイムで進行していく戦闘に於いては、その誤差のような時間すらも惜しい。
それであるのにも関わらず、シラギクからの指示で対処がより円滑に行っておるのは、ただひとつの理由でしかない。
俺が相手の行動を見ているのに対して。
シラギクは、相手の行動の意思を。――その魄に宿る意識を視ているのだ。
「ええっと、次はくるっと後ろに回って――」
「難しいことは考えなくていい、単純に、簡潔にっ!」
「わ、わかった!」
だからこそ、相手の攻撃の過程が見える。
どちらからなにをしてこようとしているのか、ということがわかる。
半ば未来予知にも似たような、その知覚があるからこそ。彼女は影の手に捕らえられることなく、ここに戻ってくることができたし。
同時に。俺に対して、的確な対処先を告げることができている。
(これが、シラギクを苦しめ、追い詰めて。シラギクが呪い、シラギクを呪っていた権能である。というのが、皮肉な話ではあるよな……)
だがしかし、それによりやっとまともに、対等に立ち回れるようになっているというのも事実。今は、細かいことを気にせず、ありがたく受け取っておこう。
シラギクからの指示を受け取りながら、冥府の主に詰め寄っていく。
こちらの体制が変わって。有利状況が変化したことを察知したのか、これまでほとんど退くことのなかった冥府の主が距離を取り始めている。
(……だが、こちらが逃げようものなら、いつでも追いかけていく用意はある、という感じではあるな)
距離を取りながら、しかし、様子をうかがっている、というような冥府の主の態度。
少しでも隙を晒せば、そこからこちらが崩されかねない。
近づけば近づくほど、攻撃の機会は発生するものの。それは、相手にとっても同じ。
気を緩めることなく、俺は自身の攻撃圏内まで詰め寄って。
そして、横一文字に、愛刀を振り抜く。
だか――、
「やっぱ、斬れてねえよなっ!」
前回、不意打ちで攻撃を叩き込んだときと同様。
斬った断面が霧状になっただけであり。血が吹き出たりすることもなければ、そもそも、斬った感触すら当然ない。
影の手と同様、冥府の主の身体に実態を伴わないために、物理的な攻撃が通用しない。……それが、前回の攻撃から俺が判断した事柄。
これ自体は、完全に間違いというわけではない。現状そうなっているように、ほぼ通用しないだろうし。
普通に対処するならば、たとえばそれこそ、先程シラギクがやってみせたように、閃光弾を用いて光で攻撃をするほうが有効ではあるだろう。
ただし――、
「リンドウさん、上の方が、濃いっ!」
シラギクから、そんな声が聞こえてくる。
攻撃が飛んてくるから対処をしろ、というこれまでの指示とは少し違う、そんな言葉。
その言葉を聞いて、俺は刀を逆手に持ち直すとそのまま分断された冥府の主の身体を、さらに斜め上に斬り裂く。
当然、これについても手応えはない、が。
冥府の主の表情が、やや、歪む。
「右側の方!」
シラギクの言葉が飛んできて。再び順手に握った刀で、右に向けて、刀を振り抜く。
その瞬間、ガキン、と。なにか、硬いものにぶつかった。
「当たったっ! ……って、うおっ!?」
刀がぶつかったその箇所から、強烈な影のエネルギーが噴出する。
呑まれないように身体をよじらせながら回避をして、ひとまず、体勢を整えるために距離を取る。
「リンドウさん、今のって……!」
「ああ、シラギクの見立て通りだ」
シラギクがもたらしてくれた恩恵は。攻撃の先読みによる回避の向上以外に、もうひとつ。
「あれほどの影のエネルギーを展開して、刀で断ち切られても再生して、と。無尽蔵にまで見えるエネルギーを使ってきてるんだから、そりゃあ核のひとつでも在ってくれないと割に合わねえよ」
シラギクは、どうやらその視界をもってして、エネルギーの濃さを見ることができている、らしい。
そして、そのシラギクいわく。エネルギーの濃いところがある、と。
おそらくは、生命力などに近しいものとして認識できるからこそ、なのだろうが。
しかし。で、あるならば。つまり、冥府の主の影のエネルギーは、その濃いところから供給されているわけであり。
先程、刀がぶつかったもの。それが、おそらく影のエネルギーを貯めていた核なのであろう。
身体を分割していく過程で、核を逃がす場所が無くなっていき。こうして、攻撃を当てることができた。
他の身体とは違い、しっかりと実態があるようで。
それなりに力と勢いを伴いながらに振り抜いてはいるものの、刀がぶつかったことによりああして噴出しているあたり、比較的脆いこともわかる、
つまり――、
「相手の影のエネルギーが全て吐き出されるまで、攻撃し続ければいい、というわけだ」
本当に、シラギク様々ではあるが。彼女のおかげで回避と攻撃。そのふたつの視界が、やっと、確保された。
状況は、やや、好転した。
「……とはいえ、やっと攻撃の目が出てきた、ってだけではあるんだよな」
実力差については、依然としており。それを、外付けのシラギクの影響でなんとかしている、というだけ。
特に、シラギクについては戦闘経験などもないために、その指示の飛ばし方がやや曖昧であることもあるし、時々で精度にはばらつきがある。
いつ、冥府の主に捲り返されてもおかしくはない、というのが現状ではある。
それに、
「まだ、全部ってわけじゃあ、なかったろうしな!」
こちらを睨みつけていた冥府の主から、大量の真っ黒い霧のようなものが周囲へとぶちまけられる。
ここまで、影の手による攻撃一辺倒ではあった。
だが、これだけの実力があるのだ。それしか手立てがない、というわけはないだろう。
もちろん、それだけで十分であった、という実力的な都合もあるだろうが。しかし、それ以外の理由としては。
「対近距離用か」
展開された黒霧は、それほど遠くまでは影響を及ぼしてはいないものの。しかしながら、俺のいる場所までは問題なく拡がってくる。
シラギクが現在立っている場所には、ギリギリ届かない、という範囲。
足元の霧は、なにやら生きているような、気持ちの悪い蠢きを見せているかと思えば。
次の瞬間、霧は存在している範囲から、突き上げるように大量の影の針が飛び出してくる。
まさしく、近接戦闘用の技。
だからこそ、離脱を優先していたシラギクが居たタイミングでは効果的ではなく、超長距離に攻撃を作用させられる影の手を使っていたのだろうが。
現状、突破口として討伐を見据えている俺とシラギクに対してであれば、有効であると。そう、判断したのだろう。
「だが、これくらいなら――」
避けられる、と。
針の間を抜けて、もう一撃、冥府の主に攻撃を叩き込む。
二撃目が核に刻み込まれ、再び大量の影のエネルギーが噴出する。
この調子ならば、と。思おうとした、その瞬間。
「リンドウさん!」
シラギクの焦った声が聞こえて。一瞬、理解が遅れる。
自身の視界の中では、別にこちらに向かってきている攻撃はない。
自身の着地予定地点には、霧こそあるものの、針はない。冥府の主は現在苦悶の表情を浮かべていてそれどころではないだろうし、もし不意打ち気味に針を飛び出させてきたとしても、対処する手立てはある。
では、シラギクはなにに焦っていたのか。
そのことに気づいたのは、着地をして、冥府の主のことを確認する余裕ができた、そのタイミングだった。
「コイツ、まさか――」
核に攻撃をしたことで、影のエネルギーが噴出している。それは、先程までと変化はない。
だが、その勢いが、なぜか増している。
それは、もはや意図的としか思えない勢いであり。
はっとして、周囲を見回してみれば、床も壁も、天井も。
そして、シラギクの足元に至るまで、影のエネルギーで満たされていて。
通路内を照らしていた青白い蝋燭の炎は、そんなエネルギーに当てられて、その灯りを消し飛ばし。
エネルギーが霧となって、あたりを包み込み。
闇を、作り出していた。
マズい、と。そう知覚して。同時、間に合わないことも認識した。
ならばせめて、と。視界がまともに働いている間に、シラギクのすぐそばにまで移動しておく。これで、最悪なにかがあってもすぐに対処できる。
「そんな勢いで、目くらましのために使って。……長くは保たないだろうに」
先程まで針を生成するために展開していた霧とは違い、無理矢理に身体から撒き散らしているためか、冥府の主の手からは完全に離れており、操作はできず、ただ、そこに在る、というだけではあった。
つまるところが、もはや後が無くなってきて。それならば、と。無理矢理に傷口から出てきた霧で賭けの攻撃を仕掛けてきたのだろう。
おかげさまで。後方までもが完全に霧に包まれており。退路が絶たれていた。
「ただ、元より逃げるつもりはないがな」
どちらかというと、完全に視界が奪われている、と言うことのほうが問題だ。すぐ隣にいるはずのシラギクの姿も見えはしない。それほどに、あたりが真っ暗であった。
ただ、それであっても。
「俺のほうはもはや視界が使い物にならないが。……シラギク、お前はどうだ?」
「う、うん。……周りが全部濃くなってるから、かなり見えにくくはなってるけど」
しかしながら、この視界潰しも。無理矢理に影を噴出させていることに依るもの。ならば、その流れを辿れば、直接の視界で捉えることはできずとも――、
「私なら、見れる」
「そうか。……なら、任せるぞ」
ひょいっ、と。左の腕でシラギク身体を抱き上げる。
驚いた様子で、ひゃあっ、と。シラギクが声を出すが。しかし、お互いに通常の視界が使えない以上、これが最善であろう。
右腕で、しっかりと刀を構えて。左腕のシラギクを、離さないように、しっかりと抱きかかえる。
「行くぞ」
「――うん!」
相手の攻撃は、最後の自棄に依るもの。
ここを乗り越えれば――、
「攻撃! 右から!」
「了解、敵はどっちだ!?」
「そのまままっすぐ行ってから、左側……ううん、いま右に移った!」
シラギクの指示を頼りに、冥府の主に近づいていく。
ほんの少しの感覚ではあるが、なんとなく、俺自身の感じ取る気配としても、距離が近づいていることがわかる。
「そのまま、まっすぐ!」
「おう!」
「そこで、振り抜いて――」
シラギクの言葉を信じて、愛刀で、斬りつける。
斬れた感触はない。だが、掠ったような感覚はある。
既のところで、躱された。
「どっちだ!」
「下!」
もはや、細かな言葉は不要。
刀を縦に持ち替えて、そのまま、地面に突き刺さんと言う勢いで振り下ろす。
ガキン、と。硬いものに触れた音がして。
たしかに、なにかを貫いた、感覚がして。
「……やった、のか」
だんだんと晴れてきた、霧。
取り戻された視界に映っていたのは、地面に突き立てられている刀と。
それにより真っ二つに割れた、紫色の結晶だった。




