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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
17/43

#17

(くっそ、身体が痛え……)


 あちこちが影の手によって切り裂かれ、抉られ。立ち続け、意識を保つのもやっと、というような状況。

 そろそろ、シラギクは脱出できただろうか。……もしかしたら、途中で対処が遅れた腕によって脱出が遅れてしまっているかもしれない。

 けれど、ありがたいことに冥府の主というわかりやすい指標がいてくれるおかげで、今のところはシラギクが無事であるということはわかった。


 依然として、冥府の主は影の手を大量に展開して、飽和攻撃で俺の行動を封じながらに、後方へと別の腕を伸ばしている。

 もし、もうすでにシラギクのことを取っ捕まえることができていたならば、未だにコイツが焦っている道理がない。


 俺ひとりに集中しようとしていないのが、なによりの証左。


 冥府の主の意識が分散している、というおかげもあって。限界が近い現状でもなお、俺自身が立っていられる、というのも真実ではあったが。


 つまり、シラギクが脱出できたときが。すなわち、俺の命の終焉、というわけでもあろう。


 まあ、悪くはないんじゃあないだろうか。圧倒的な格上を相手に。死、そのものであろう存在から追いかけられながら。シラギクを逃して、俺の命と交換なら。十分だと言えるだろう。


(依頼は……約束は、たしかに守る。……これで、文句は言わせねえぞ、アカネ)


 あのクソ女のことだから。ここで声が聞こえてきても不思議ではない。

 勝手に死ぬなと怒られそうなものではあるが、そもそもこの依頼自体アカネから課されたものなんだから、そんな文句は受け付けない。


 そんなことを考えながらに、少しでも長い時間を稼ごうと足掻く。


 だんだんと視界がぼやけてくる。血を、流しすぎたのだろう。

 膝が折れ、その場に倒れ込みそうになって。

 けれど、まだ倒れるわけにはいかないと、なんとか気を張り、立ち続ける。――が、


「しまっ――」


 張り詰めた気が途切れた、その一瞬。それを逃すほどに、目の前の相手は、生温くない。

 なんとか体勢を維持した俺の眼前に広がっていたのは、わかりやすい絶望。こちらへと向いている、大量の影の手。

 俺の一瞬の隙を好機とみて、一気に決着をつけに来たのだろう。

 これは、防ぎきれない。体力的に万全であっても難しいであろう攻撃を、この状態でなんとかできると思うほど、俺は現状を楽観視はできない。


(これが、最後の足掻きだな)


 残る死力を解き放ちながら、少しでも、少しでも時間を。


 シラギクが逃げ切るだけに十分な時間を――、


「リンドウさん!」


 声が、聞こえた気がした。


 聞こえるはずがない、シラギクの声だ。


 死の間際になって、ついに幻聴でも聞こえ始めたかと。そう、自分の身体の終わりを笑いそうになりながら。


 しかし、次の瞬間。目の前に割り込んできた物体は、自分の身体でも、愛刀の刀身でも。影の手でも、冥府の主でもなく。


 無論、自身の死でも、なく。


「目を、閉じてっ!」


 閃光弾(可能性)の、一端。


 幻聴なんかじゃない、たしかに聞こえてくる、その叫び声。


 閃光弾は、安全ピンが抜かれ。レバーが跳ね上がっている。

 つまり、これが地面に落ちたならば。その瞬間――、


「――ッ!」


 気づいた瞬間、力強く目を瞑る。

 至近で解き放たれた強烈な光は、瞼すらも貫通して視床に刺激を与える。


 光が落ち着くと同時、チカチカする視界のままに前方を確認する。

 大量に襲いかかってきていた、影の手たちはその姿を一気に消して。

 冥府の主は、鬱陶しそうにしながら、防御姿勢を取っていた。


 ……なるほど、光は、弱点だったか、と。今になって判明した、その弱点に。とはいえ、今となってはその情報も遅いな、と。


 身体が、そのまま前に倒れ込む。力が十分に入らない。


「リンドウさん!?」


 シラギクの悲痛な声が聞こえてくる。

 そのままこちらに駆け寄ってくる、白い人影。


「……なんで、シラギクがここに」


「戻ってきたの!」


「ダメだ、逃げろ。俺の任務は、そして、お前との約束は、この送りの霊穴から、シラギクを出してやることだ」


 すぐそばに駆け寄ってきて、俺の身体の状態を見てうろたえているシラギクに、そう告げる。

 たしかに閃光弾で一時的に冥府の主が動けなくなっているが、それもそう長い時間は稼ぎ出せない。

 どうして戻ってきたのかはわからないけど、ここまで戻ってきてしまった以上、もう一度、シラギクが逃げるだけの時間を俺は稼ぎださないといけない――、


「違うの! リンドウさんのお仕事は。……私との約束は、もう達成されてるの」


「……は?」


「私は、一度。()()()()()()()()()()。だから、もう任務は終わってる」


「でも、シラギクは今ここに」


「そうだよ。一度出てから、もう一度()()()()()()


 だから、任務に縛られる道理はない。

 ここにいるのは、ただ、自らの意志で送りの霊穴に足を踏み入れた、シラギクという少女だ、と。


「そんな、屁理屈を……」


「屁理屈でいい! リンドウさんが死んじゃうほうが、よっぽど嫌だから!」


 まるで子供が駄々を捏ねるかのように。シラギクは、そう叫ぶ。


(……いや、年齢を考えれば、これが妥当なところなのだろう)


 ただ、それを赦される環境に、シラギクがいなかった、というだけで。


 だからこそ、これは。シラギクの、


 本音からくる、我儘である。


「リンドウさん。私から、依頼があるの」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま。しかし、小さくも、訴えかける、強い声音で。


「ひとりぼっちは、嫌だ。ひもじいのも、苦しいのも。痛いのも、寒いのも。そしてなにより、寂しいのは嫌だ。だから――」


 シラギクは、ただ、真っすぐに。ひたすらに、真っすぐに。

 

「――生きて。私と一緒に、生きてっ!」


 とてつもなく短い、そんな依頼を。


「ああ、クソ。……本当に。無茶を言ってくれる」


 姉妹揃って、無茶振りしてくるとは。これはもう、血筋なのかもしれない。


 だが、依頼として言い出されてしまったのであれば。それは、きちんと向き合うべきであろう。


 必死な表情でこちらを覗き込んできているシラギクの方へと、視線をやりつつ。俺は、荒い息のまま、口を開いた。


「……シラギク。依頼には、成功報酬があるものだ」


 無論、書面による契約を通したものではないため、正式な依頼かといわれればそうではないが。

 だがしかし、依頼だというのならば。


「お前は、報酬になにを差し出す」


 まさか、ここでそんな質問をされると思っていなかったのであろう、シラギクが少々狼狽えたような姿を見せる。

 しかし、すぐさま首を横に振り、邪魔な思考を払って。シラギクは、真っ直ぐな視線をこちらに向ける。


「私は、お金もなんにも、持ってない。……だから、私が出せるのは、これだけ」


 そうして、シラギクは。


「私、自身を」


 覚悟のこもった声音で、そう、宣言をした。


「……そうか」


 どこからか、クソ女の声が聞こえた気がした気がした。

 ここにいるはずがない、その女の声は。おそらく、幻聴であろう。


『ほら、依頼の時間だ。そんなところで寝転がっている暇はないよ。まだ、君にはやるべきことがあるだろう?』


 わかってるよ、そんなことは。

 在るはずのない言葉に、俺は心の中で悪態をつく。


『ならば、その責務を全うしようか』


 思考がぼやける?

 うるさい、無理矢理にでも血を回せ。


 刀が握れない?

 なにをほざいている。腕が繋がっているのだから握れるはずだ。


 起き上がれない?

 寝言は寝て言え。脚ならたしかにそこに在る。


 動かない、はずがない。


『大丈夫だ。リンドウなら、できるさ。なにせ、君は困っている人間を、放っておけない』


 シラギクが、覚悟を見せたのだ。


『そして、そんな人間を助けるためならば――』


 ならば、それに応えなくてどうする。


『君は、どんな障壁すらも越えられる』


 ふらふらの足取りではあるものの、両の足で立ち上がる。

 ちょうどというべくか、怯んでいた冥府の主も、その体勢の立て直しがやっと終わった、というところであった。


「わかった、シラギク。その任務、俺が引き受けよう」


「……っ! それ、なら!」


「ああ、突然に押し付けられた厄介な任務のせいで、俺の生存が必須条件に入り込んじまった」


 さて。改めて、勝利条件を確かめておこう。


 シラギクの脱出、は。もう済んだ。そうして再び、シラギクがこの送りの霊穴に入り込んできた。

 だから、先の任務と約束については、既に済んでいる。


 その代わりに、新たな任務が発生した。

 シラギクと、共に生きる、というもの。


 シラギクは、ここから脱出することを望んでいる。ならば、俺も、生きてここから、脱出しなければならない。


 とはいえ、当然目の前の冥府の主は、こちらを逃してくれるなんて、そんなお優しいことはしてくれないだろうし。むしろ、全力で殺しに来ている。

 移動速度の意味でも、逃げることは不可能。


 つまり、勝利条件は。


「冥府の主の、討伐。それに限る、というわけか」


 なるほど、これは。

 随分と。難易度が、跳ね上がったものだ。







 冥府の主との、睨み合いが始まる。


 シラギクが戻ってきて、直後に使われた閃光弾。それにより、向こうからも同等の搦手を疑ってきているのだろう。


(……少しではあるが、不思議と、痛みが収まってきた)


 最初は痛みに慣れたのか、あるいは、脳が無理矢理に誤魔化しにかかっているのかと思った。

 だが、それにしてはあまりにも他の感覚は残っているし。同時に、身体も多少楽になっている。

 ファイターズハイ、もあるのだろうが。しかし、その理由はすぐに察知できる。


 傷が、多少ではあるが、治ってきている。


 治癒速度にしては、あまりにも唐突すぎる。

 擦り傷などが塞がるだけならまだしも、抉れた肉までもが、多少の癒えを見せ始めている。

 正直、異常としか言えない。


 だが、そうなり始めたタイミングを考えれば、少しは合点が行く。


 なにせ、そういった奇跡を。俺は過去に、見たことがある。


 聖女の、理外の力。――権能を。


 そして、今。俺の隣にいるのが、聖女であるシラギクだ、ということも加味すれば。おそらくは、そういうことであろう。


 もちろん、当人に気づいている様子はない。おそらくは、なんらかのきっかけがあって。……たとえば、極限状態という現状を打開するために、自身の制御の外で使っているのだろう。


 想定外だが、追い風ではある。


 だが、それでもなお。間違いなく、俺と冥府の主との力量差は埋まっていない。

 当然だ。使いみちのない弱点が判明した程度で。そもそも、力関係については、一切変わっていないのだから。


 ただ、弱点が割れた、ということにより。冥府の主側も、下手に手を出せていない。攻めあぐねている現状。


 打開の一手を打つならば、ここだが。しかし、それで先刻、手痛い反撃を食らった。


(……そもそも、こちらの攻撃が現状通っているような素振りはないんだよな)


 閃光弾も効きはしたものの、とはいえ、決定打にはならない。あくまで、足止めがいいところ、である。


 そもそも俺の手持ちに閃光弾はなくて。


「……シラギク。そういえばお前、閃光弾はどうしたんだ?」


「ふぇ? あ、ええっと……」


 間違いなく、切り返しの一手となった閃光弾。しかし、俺の所持品にもなく、シラギクはなにも持っていなかったはずなのに、と。

 俺の言葉を受けたシラギクは、話しにくそうにしながら、少し考えて。

 最終的には観念した様子で、盗んできたと説明をした。


 ……ああ、なるほど。そういえばシラギクは一度地上までたどり着いてから、再度侵入してきたわけで。

 と、なればそこにいた警備の人間とは一度は会うことになる。

 彼らはなにかあったときの一次対応に当たる都合、それなりの装備をしている。そこから、失敬してきたというわけだろう。


「まあ、代わりに腕が取れちゃったけど」


「取れちゃったって……お前っ!?」


 先程までは意識をそちらにやる余裕がなかったために気づいていなかったが、シラギクの右腕が無くなっている。


「ああ、でも大丈夫だよ。痛くないし」


「そういう問題じゃないんだが」


 ……とはいえ、話の流れを聞く限り。影の手の攻撃で取れてしまったというわけではなく、いちおう地上(安全圏)にはある、ということだろう。

 腕が取れた状態でも正常な精神状態を維持しているシラギクに。先刻の彼女との、大きな違いを感じる。……自身の運命と現状を、受け入れたのだろう。


 とはいえ、ここよりもずっと気温が高い地上に腕があるということは。多少、急いだほうがいいはずだ。

 彼女の本体はともかく、精神が切り離されている状態の腕は腐敗が進みやすい可能性がある。


「そのためには、さっさとアイツを倒さなきゃなんだが」


「それなんだけどね、リンドウさん。……私、ひとつ。リンドウさんに言いたいことがあったの。さっきは、言えなかったけど」


「さっき?」


 そういえば、最初にシラギクを逃がす前、彼女はなにかを言おうとしていた。

 あのときは、いかにしてシラギクを早く逃がすかを気にしていたから、ちゃんと聞くことができなかったが。


「もしかしたら、なんだけど――」


 そう言って、彼女の言葉を聞いて。

 俺は、思わず目を丸くする。


 だが、同時に納得する。

 たしかに、シラギクならばあり得てもおかしくないし。


 ここまで、再度辿り着けたことにも合点が行く。


「……わかった、信じよう」


 どのみち不利な勝負に変わりはないのだ。


 いっそ、賭けるならば。


「さあ、反撃だ」


 盛大に、賭けてみようじゃないか。

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