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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
15/43

#15

 俺とシラギクは、大急ぎで第二層へと足を踏み入れる。


「悪いなシラギク、あともう少しだから、踏ん張れ!」 


「う、うん!」


 先程の交戦での経験から、相手の弱点はある程度把握できたものの。一方でそれに対する手段もなくなってしまったという事実があって。


 つまり、次に追いつかれたら、そのときは――、


 嫌な想像を頭から振り払う。……しかしながら、それは現実に起こりうることでもあって。

 事実、影の手を撃退したところで、下層から追いかけてきているその存在は、依然として速度を緩めることなくこちらへと近づいてきている。


 それも。影の手の襲撃で足を止められてしまったこともあり、かなり危険な距離にまで接近されている。

 いちおう、このペースでの逃亡と追跡が続くのであれば俺とシラギクが送りの霊穴から脱出するほうが先にはなるだろう。

 だが、既に半日以上も走って逃げ続けている現状、俺やシラギクに疲れが出てきてしまう可能性は十二分にある。そうすれば追跡者との距離が縮んでしまい、追いつかれてしまう要因になってしまうし。

 それを危惧して俺やシラギクがやや強引に、休むことなく走り続けたとしても、追跡者側には影の手がある。


 そう。影の手は、あくまで撃退しかできていない。

 閃光弾の強烈な光を浴びせることにより大きく弱体化させることはできたものの、決着の形としては影の手が退避した、というのみであり。つまり、再度影のエネルギーを補給した手が再び襲いかかってくる可能性も十二分にある。

 そして、先述のとおり。閃光弾はつかいきっており、俺たちに次の手立てはない。仮に再び襲撃を受けた場合、強力な光源を放つことができない以上、実質的に弱点がわからない状態で戦闘開始をすることになる。

 なんなら、光源以外に弱点があるのか、すらわからないのに。


「ねえ、リンドウさん、大丈夫?」


「……ああ、大丈夫だ」


 隣を走るシラギクが問いかけてくる。

 その表情は、ひどく不安そうで。


「安心しろ。必ず、シラギクは地上に返してやるから」


「それは、そうなんだけど。そうじゃなくって……」


 シラギクは、言いにくそうに言葉を詰まらせる。


 無論、俺とて鈍感なわけではない。他者との関わり合いは十分に行っているし、会話の脈絡を読むことくらいは人並みにはできる。

 それゆえに、先程の大丈夫かという質問が。シラギクが俺のことを心配してのものであるということは認識している。

 おそらくは、シラギクが意図してか意図せずかはともかくとして、俺の心情を読み取って。先程考えていたような不安が彼女に伝わってしまったのだろう。


 実際、リンドウの現状については、多少空元気で回している側面がなくもなかった。

 ブラックドッグとの戦闘、シラギクの救出。そしてヴァンピールとの交戦、ブラックドッグとの再戦を経て。更には影の手からの襲撃の撃退。

 無論、その間についてはシラギクの説得に伴って多少の身体を休める機会はあったものの、逆に言えばそれ以外についてはずっと動き続けているわけで。

 そうともならば、残る体力についてもなかなかに厳しい側面がなくはない。

 シラギクがその身体の特性上、実質的な疲れを感じない体質にはなっているものの、俺は、いちおうは普通の人間ではある。もちろん、こうして活動をしている都合で一般人よりかは身体は頑丈だし体力も多いとは自覚している。

 だが、ここまでの過程における俺の体力減少は、それであっても無視できないものではあった。


 とはいえ、もちろんながらに現状で休む余裕などあるわけもなくて。その結果が現状ではあった。


 ただ、たとえシラギクには言葉の表だけでなく裏側までもを見抜かれてしまうとしても。しかしながら、体面だけでもしっかりとしておくべきであろう。

 シラギクには現在体力であるとか疲れであるとかの概念がない代わりに、精神力が唯一の頼りではある。

 たとえ隠せないとしても、ほんの少しの差異であるとしても、誤魔化しておくほうが無難ではあるだろう。


「まあ、さっきとも少し話したが、送りの霊穴は仕組み上、浅い層の構造が狭く単純になっている」


 事実、つい先程に駆け抜けてきた第三層などは、最初にシラギクと出会った第八層やその後に歩いていた第七層などと比べると半分以下の面積しかない。ついでに、道もある程度単純になる。特に、第一層については初めて訪れた人間であってもまず迷わないだろう、というくらいには階層の構造が単純になっている。

 それゆえ、ここまで来てしまえば、あともう少し、というのもある意味事実ではあった。


 もちろん、階層の構造が単純で移動がしやすい、というのは俺たちのみに言える話ではなく。現在追いかけてきている追跡者たちについても同様なので、結局のところ実質的な距離が広がる、ということはありえないのだけれども。


「ともかく、あともう少しだから。シラギクもなんとか踏ん張れ――」


 そう、シラギクを元気づけつつ、自分自身へも喝を入れようとしていた、その言葉は。嫌な気配に差し止められることとなる。


「ね、ねえ。リンドウさん。……これって」


 さすがに戦闘に慣れていない、気配を探る訓練など微塵もしていないシラギクであっても。これだけの威圧力を有する存在が近くにいれば、気づいてしまうらしかった。


「……もう少し、だったんだが」


 せめて、第一層まで逃げ込みたいな、と。……途中から、送りの霊穴内での完全な逃げ切りは不可能だろう、と。そう判断していたため、目標をやや繰り下げていたのだが。どうやら、それすらも叶わなかったらしい。


 ゆっくりと、後ろを振り返る。


 そこには、闇に包まれたかのように、真っ黒いオーラを纏った人物。

 その姿は、驚いたことにどちらかというと、少年のような見た目で。だがしかし、放っている存在感から、ただの子供ではないことは明確であった。


「その、アレは……?」


「アレがなんなのかは、知らない。俺も、初めて対面する。……だが、推測が全くつかないわけではない」


 ここが、送りの霊穴である、ということ。

 まるで命令をするかのように、周囲のアンデッドどもをこちらに充てさせながらに接近してきたということ。

 影の手はおそらくはやつから仕向けられた攻撃であり。つまり、超遠距離攻撃だけであれだけの力を得ている、ということ。

 やつがこちらへとやってきたのは、より下層……送りの霊穴のその奥地からやってきたということ。


 送りの霊穴のその最奥部は、あの世と繋がっている、と。そう云われているということ。


「……冥府の主が直々にお出ましとは、中々に手厚い待遇だことで」


 比喩でもなんでもなく、まさしく。

 死、を体現しようかという存在が。そこに、立っていた。


(……さて、どうしたものか)


 俺とて、これまでいくつもの戦場を経験してきているし。その過程で、自身と相手との力量差を見る、ということはしっかりと行うようにしていた。

 なぜならば、それは自身の生死に関わることだから。ここを見誤れば、たやすく吹き飛んでしまうのが戦場での命である。

 そういう関係上、自分自身の、その力量を見る目については、ある程度信頼できる、自信のようなものがあった。


 ……だからこそ。


(困ったな)


 目の前のその存在と対峙して、理解する。


 ……勝てない、と。少なくとも、俺の独力では間違いなく太刀打ちできない。

 まともに戦えば死ぬであろう、ということは容易に判断ができる。


 ただし、ここから逃げ出すというのも、ほぼ不可能である。なにせ、移動速度は圧倒的に相手のほうが早い。


「安心しろ、シラギク。任務は。……約束は、必ず守るから」






《本任務はダンジョンに迷い込んでしまった依頼主の妹であるシラギクの護衛任務である》


《なお、本任務において生死については成否に関係ないものとし》


《生存ではなく帰還を最大目標とする》






「ぐっ!」


 冥府の主と対面して。戦闘は即座に始まった。

 ……いや、これを果たして戦闘と呼んでいいのかはわからないが。


「リンドウさんっ!」


「前に出るな! 俺のすぐ後ろで、離れずに隠れてろ!」


 力量の差は歴然。刃を交えるよりも先に感じ取っていたそれは、まさしくであった。

 戦闘開始からずっと、俺は防戦を強いられ続けていた。

 案の定、冥府の主は影の手を使ってきたが。超遠距離攻撃から中距離攻撃へと変化したその攻撃は、より大量に、より素早く。そして、より強力になっていた。

 それゆえに完全に捌ききることは不可能で、思わずシラギクが飛び出してしまいそうになるくらいの手痛いダメージを食らっていた。


 実際、身体は酷く痛い。けれど、ここで怯んでしまえば、間違いなく死に至る。

 だからこそ、無理矢理にでも、精神を保ち続けなければならない。


 可能な限りは刀で。無理な範囲は、自身の身体を盾にしながら、なんとか攻撃を防ぎ続ける。

 しかし、飽和気味のその攻撃は、俺の手からこぼれ落ちるものも確かに存在していて。


「シラギクッ!」


「だ、大丈夫!」


 危うく、シラギクへとたどり着きそうになった腕の一本は。しかしながら、俺のすぐそばで、その後ろで隠れていたということもあってか。なんとか被弾を逃れることに成功する。


 とはいえ、これをずっと続けていては、ジリ貧であろう。


(しかし、相変わらず俺ばかりではなく。むしろ、どちらかというとシラギクを狙おうとしているな)


 少し前に影の手からの襲撃を受けたときも同様ではあったが。攻撃の方向性がシラギクに向かっている。

 冥府の主と対面してからというもの、その傾向はより顕著なものとなっていて。


(そもそも、なんで冥府の主なんて。そんな大物が直々に出てくるような事態になっているんだ……?)


 今回、俺が踏み込んだのはあくまで第八層まで。送りの霊穴はもっと深層まで続いている構造物だし、もっと深くにまで潜ったという記録も存在している。

 だがしかし、そういった人たちの記録に於いても、冥府の主が襲いかかってきた、という記録は全くないし。そもそも、スタンピードが起こった、なんて聞いたこともない。


 だがしかし、現状確かにそれらが起こってしまっている。


 考えられる要素は、通常とは違う事柄であろう。


 たとえば、時間経過。……いや、これは違う。

 深層まで潜った人間のほうが、より長時間の探索を行っているはずだ。

 階層問題についても、同様により深いところまで行っている人間がいる時点で違う。


 ならば、人数であろうか。いや、これについては俺のように単独で入ることは珍しいが、他にも前例がある。だから、少人数が理由ではないだろうし。逆にパーティー単位での攻略に乗り出すことのほうが通常多いために、複数人でいること自体も問題ではない。


 シラギクのような非戦闘員がいるから? ということについても。これこそあり得ない。偶然に迷い込んでそのまま死んでしまった、ということはあり得たとしても。しかしながら、わざわざ冥府の主が直々にやってきて倒しに来る道理がない。なにせ、戦闘ができないのだから、手を下さなくとも勝手に死ぬ。

 そもそも、どうやって非戦闘員を判断する、というのだろうか。

 力量を見る? それとも、なにかしら、他者との違いに対して検知をする?


 いいや、そのどちらも現実的ではないだろう。それに、先述のように勝手に死ぬのに、わざわざそんなことをする理由もない。


 じゃあ、俺とシラギクが他の存在と違うことはなんなのか。

 たとえば、シラギクが聖女だからだろうか。……たしかに、可能性としてはあるだろう。

 未熟だとはいえ、聖女としての権能を持つシラギクは、たしかに脅威とは言える。


 だが、力をまともに使えていない状態でわざわざ優先的に狙うか、というと。少し判断が難しい。


 そもそも、それほどまでに聖女という存在が脅威なのならば。最初から。……それこそ、俺がシラギクを救助するよりも先に襲撃していればよかった、という話で。


「そうか。あのときは、シラギクは狙われてなかった。いや、正確に言うならば」


 狙う、理由がなかった。


 だけれども、現在のシラギクは、狙わなければならない理由がある。それこそ、わざわざ冥府の主が出張って来てまで。


「……なるほど。なるほどな」


 攻撃をなんとか捌きながらも。しかし、気づいたその事実に、思わず少し、口角が上がる。


「冥府の主ともあろう存在が、随分と焦っているようだな。……それほど、シラギクに送りの霊穴から出られると困るか?」


 言葉が理解できるのか、俺の言葉に対面していた冥府の主が少し反応する。

 攻撃が、止む。ただし、こちらが動けばすぐに対処する、というのは依然として変わりがない。どうやら、逃げ出せはしないらしい。


「ありがとう、と。いちおう、そう言わせてもらおう。お前が、こうして来てくれたおかげで、確信を持てた」


 やらなければならない、と。覚悟を決めることができた。


「生きてるんだろう? 今のシラギクは」


 死んだはずの彼女が、現在は、生きている。

 そりゃあ、そうだろう。死者を管理しなければならない冥府の主にとって、それは、失態であろう。


 だからこそ、彼の影響範囲内である送りの霊穴から出られる前に始末してしまわなければならない。

 生き返ったシラギクを。


 だから、こんな事態を引き起こしてまで、シラギクを狙いに来たのだろう。



「沈黙は、肯定と受け取らせてもらうぞ」


「…………」


 そもそも、発声が出来るのかはわからないが。しかし、この際、精神面の話なのだから、こちらに都合がいいように受け取らせてもらおう。少なくとも、反応自体はしているあたり、こちらの言葉は理解できているらしいし。


「……さて。ということは、勝利条件が置き換わったな」


 勝利条件は、明白。ここ、送りの霊穴から、シラギクを逃げ返すこと。

 そして、敗北条件も明白。シラギクを、奪われること。


 現在位置は、送りの霊穴、第二層の中腹あたり。出口までの距離は、長くもないが、決して短くもない。


「……さあ、最後の勝負といこうか」

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