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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
14/43

#14

 第四層は、それほど変化はなく。たしかに、アンデッドたちはやや凶暴になりこちらへと襲いかかってきているような感じこそしなくはなかったものの、それは元々のアンデッドたちの性質からあまりかけ離れているものではないために、対処の方法も大きく変わるわけではなく、結果的に良くも悪くも普段通り、という形ではあった。


(それよりも、問題なのは後ろの方だよな)


 第四層の端、上層へと階段の目の前までやってきた。ここに来るまで、第五層で補給のために少々ゆっくりと進んだところはなくはないが。しかし、それ以外の箇所については基本は走りつつ、シラギクのペースに合わせつつ途中で多少減速したりしたところはなくはないが、とはいえ、基本的には急ぎながらに移動してきた。


 だがしかし、こちらを追いかけてきているその存在の気配は、依然としてコチラへと近づいてきていて。最初に比べてかなり近い場所まで来ている。

 このままだと、今すぐに、とは行かないものの出口付近でかち合ってしまうのが目に見えている。


(まあ、出口付近であれば、最悪逃げ出した上で付近の奴らの一部にシラギクを託しつつ、残りの人員と協力すればなんとかできるか……?)


 送りの霊穴という場所の特異性や危険性から、有事に備えて近くには優秀な人材がいくらか控えている。現在俺が感じている気配も相当なものだが、なんとかなる、と、信じたい。

 だが、そのためには少なくとも、この気配に追いつかれることなく、出口付近まで。最低でも、第一層までは辿り着いておきたいところ。


 時刻にしては、もう間もなく夜になる時間帯。とは言っても、この送りの霊穴の中では時間感覚というものは往々にして狂ってしまいがちなものではあるが。

 急ぐという都合、休息などとっている暇はない。俺はともかくとして、シラギクの方に限界が来なければいいが。

 精神が生きていて、身体が死んでいる。そんな歪な状態だからこそ、現在の彼女の強さは、その精神にのみ依存される。

 だからこそ、身体の疲れなどが感ぜられないのはそういう都合であろう。だがしかし、返して言うなれば精神面での限界を迎えたときは、同時に動けなくなるとき、とも捉えられる。


「まだ行けるか? シラギク」


「う、うん。まだ、いける」


 少々、ここまでの彼女と比べて。返事に若干の無理が見えたが。とはいえ、その目はまだまだ死んでいない、まだやれる、と。そう物語っている。


 幸い、第三層はともかくとして第二層はかなり狭いし第一層についてはほぼ一本道だ。


 背後の気配との距離感から考えても、たぶん大丈夫だろう、と。


 そう思いながらに。急ぎつつ階段を駆け上がり、第三層へと、足を踏み入れる。






 それは、突然にやってきた。


 第三層の真ん中あたりにたどり着いた頃合い。


「――ッ!」


 慌てて俺が振り返りつつ、シラギクを庇うようにして間に入りながら抜刀。

 こちらに飛びかかってきたなにかの攻撃を防ぐ。


 決して警戒を解いたわけではない。無論、最大の意識は下層から追いかけてきているであろうそれに向けて履いた。


 その気配は、未だ下。かなり近づいてきているものの、まだ距離はある。

 このままのペースならば第一層あたりまでならなんとか逃げ切れるだろう、というその予想については未だ変わりない。


 はずなのに、謎の存在が、唐突に攻撃を仕掛けてきている。


 攻撃の正体へと視線をやると、まるで、伸びた影のような。真っ黒で、そして長い腕のようななにか。


 ずっと遠くから攻撃してきたのであろうそれは、ひやりとさせられるほどの速さと、そして力とを備えていて。そして、


「そりゃ、まだあるよなッ!」


 腕のような形状をしているのならば、と。人に腕が二本あるように、追撃がやってくる。

 その追撃もなんとか防ぎながら、これで留まってくれ、と。そう願うが。しかし、しかし、その願いは虚しくも棄却される。


 次から、次へ。何本もの真っ黒い影の腕がこちらへと襲いかかってくる。

 伸縮して、屈折して。あらゆる方向から、影が伸びて。


 幸いというべくか、攻撃が襲いかかってきているのは下層方面から。つまりは、俺たちの進みたい方向の後方から。

 だからこそ、この攻撃を捌きつつ、距離を取るために退いて行けば、進むべく方向へと移動することができはする。


(だが、攻撃が早い上に重すぎる。キチンと捌かないと、一瞬でやられる)


 だがしかし、丁寧に捌きつつ、後退。ということを繰り返していても、埒があかない、というのは事実。

 それこそ、こちらへと近づきてきているその異常存在にたどり着かれてしまうのが先になるだろう。

 そうなってしまっては、犠牲が発生するのがほぼ必然となりかねない。

 気配が近づいてくるにつれて、その強さというものがより顕著に感じ取れるようになってきている。

 こいつは、接敵してはいけない敵だ。


(だが、まだ下層にいるはず。ここまでは、たどり着いてきていない)


 では、この攻撃はなんなのだ、と。

 他のなにかからの攻撃であるとするならば、その気配と俺たちとの間にいる、ということになるだろうが。しかし、そうなると俺が気配を感じ取れなかった、ということになる。

 だが、攻撃が飛んできている現状でもなお、その異常な気配と俺との間に強烈な存在を感じ取れるような敵はいない。


 最も近いところにいるのは、先程から警戒しているそいつ、というわけで。


「……はは、冗談だろ?」


「リンドウさん、どうしたの?」


 呆れて、乾いた笑いが出てしまった俺に。心配そうな表情をしながらシラギクがそう尋ねてくる。


 いるじゃないか、唯一。

 この速度で攻撃を仕掛けてきているのなら。先程からの攻撃が見せたように、自在に伸縮し、屈折し、動き回れるのであれば。


(仮にそうだとしても、どんな化物だよ)


 いや、化物なのはわかっている。それは、最初に気配を感じ取った時点で理解はしていた。

 だが、あまりにも規格外。普通のアンデッドとは一線を画す、と。そう判断していたが。その評価すら、修正したほうがいいかもしれない。


 おそらくは、先程から警戒している、その異常存在から。この攻撃がここまで届いているのだろう。

 目的としては、この影の腕を使って倒せるならばそれで良し。倒せなくとも、このままだと脱出されてしまいかねない現状、それを防ぐためにも本体がたどり着くまでの時間稼ぎ、というところだろうか。


「……厄介だな」


 そもそも初めて接敵する存在、弱点などはわかりはしない。

 つまり、全てがその場の感覚で推し進めるしかない。


 それも、シラギクを守りながら。


「ひっ!」


「させるわきゃねえだろっ!」


 腕の一本が、シラギクに向けて突っ込んでくる。

 刀でそれを斬り払う。まるで影そのもののように、スッと刀が入って、そのままに斬り落とせる。

 腕自体に防御力が無さそうなのが唯一の救いではあった。

 ただ、その代わりに。斬ったところからすぐさま腕が伸びてくる。

 ハイドバットのように影に成れる、というよりかは。もはや影そのもの、というような印象のある腕であった。


(……本体がずっと下にある、ということを加味すると。通常の腕ではなく、影を力にしたエネルギー体、と評価するほうが妥当か?)


 それならば、こうやって容易に斬り落とせることにも、斬ったところでほとんど意味を成さない、ということにも理解ができる。


 こうして思考している間にも攻撃は止めどなく襲いかかってくるし。本体であろう気配もだんだんと近づいてきている。


 また、腕がシラギクへと襲いかかる。


 また、また、また。


 改めて分析してみると、攻撃の多くはシラギクへと襲いかかっている。

 無論、俺の方にも飛んできているのだが。どちらかというと、俺の行動を阻害する目的で飛んできている、というものがほとんどであった。


 そういえば、一番はじめの攻撃についても。たしかにシラギクを狙ってのものであった。


 可能性としては、ふたつ。


 俺がシラギクのことを庇う、ということを理解していて。シラギク防御を優先させるようとしている、という可能性。

 自分自身に対する対処をするよりかはたしかに難易度が高くなるし、これも効果的な行動ではある。


 だが、仮にそうだとしても。最初の一撃、不意打ちとなるそれについては。俺を狙いとして定めるのであれば、シラギクを狙う意味は薄い。

 俺が攻撃の気配とその速度に対応できたからなんとか間に入ったものの、それに反応できないのであれば、攻撃の重さもあり、そもそも初撃で俺が沈んでいる。

 一方でシラギクを狙って俺に一撃目が届かなかった場合でも、その後の攻撃については意識が向いている都合で対処ができる。

 だからこそ、俺を狙って、その攻撃の意識を散らすためにシラギクを狙うにしても。初撃だけは、俺を狙うほうが、妥当ではある。


 だとすると、可能性としては、もうひとつの方。


(シラギクが、狙い、というわけか?)


 アンデッドの性質を考えるなら、優先的に狙うのは完全な生者である俺の方であろう。

 事実、ここまでの道程で、俺のみが狙われてシラギクが狙われない、ということはありはした。顕著だったのは、ブラックドッグとのときであろう。

 下層に向かおうとするシラギクをブラックドッグは素通りさせ、俺に対しては阻み、立ち塞がった。

 それ以外のアンデッドたちについても。基本的には俺に対してのみ襲いかかってくることはあっても、シラギクに対してのみ襲いかかってくることはほとんどなかった。

 ハイドバットも、彼女を影の中に連れ込みはしたものの、あのときはどちらかというと、シラギクの助けとなるように手伝っていた、という方が近い。


 唯一のタイミングとすると、シラギクがひとりぼっちだったときではあるが。

 あのときについても。俺の視点からでは背後からしか見えていなかったものの。例えば鉤爪を振り下ろすとか、そういうような素振りではなかった。

 アンデッドが、ただ単に襲いかかってきている、というような状況ではなかった。どちらかというと、ハイドバットなどと同じように、シラギクのことを迎えに来た、という方が近いようにも感ぜられる。

 無論、シラギクの視点からしてみればそんなことは知りようもなく、ただひたすらな恐怖であったことは変わりのない事実ではあっただろうが。


 これまでのシラギクは、通してアンデッドたちから狙われていなかった、というのにも関わらず。ここにきて、急に襲われるようになっている。


 それは、今襲いかかってきているソレが、ただのアンデッドとは違う異常な存在だからだろうか。それとも、別な理由か。


「……なんにせよ、これをなんとかしないとどうにもならない、よな」


 過剰な量とも言えそうな影の腕による、飽和攻撃。


 このまま続けられれば、それこそこちらの対処が追いつかなくなって、そのうちに倒されてしまう未来は確定的であろう。


 通路が細い、とはいえ。アンデッドどもが大量にいるような状況とは違い、これらの腕は同じ存在から仕向けられているもの。

 ひとつの意識から仕向けられている攻撃である以上、その操作もキチンとひとつの意識で処理されている。無理に攻撃を仕掛けて攻撃同士が邪魔をし合う、という可能性も低い。そもそも、影の腕の性質にある伸縮性をもってすれば、細い道であろうがそのあたりの対処は容易であるように思える。


 ならば、やれる手としては。


「……可能性としては、ないわけじゃない」


 刀を構えている手とは反対側の手で、カバンの中から、ひとつ、握りしめる。

 先程、ヴァンピールやハイドバットに対して使った閃光弾。

 閃光弾自体は行きと帰りで必要になる可能性を加味して、ふたつ用意していた。だから、これが最後の一個とも言える。


 予測が正しければ、効果的であろう、ということは理解できる。なにせ、相手は影の腕。俺の予想では、おそらく影を力にしたエネルギー体。

 ならば、ヴァンピールやハイドバット同様、強烈な光に対しては力が弱まる可能性がある。


 だが、あくまで可能性でしかない。そもそも強力な光源によって大幅に弱体化する、というのはヴァンピールやハイドバットの特有の性質であり。他のアンデッドたちも苦手とはするものの、それほど顕著というわけではない。

 なんなら腕たちの詳細が不明な上に、そもそもアンデッドなのかすらも不明。さらには、こいつらの本体はまだ下層にある都合、攻撃を仕掛ける際の認識は視界ではない。

 普通のアンデッドやそれ以外の敵を相手取る場合でも、最悪閃光弾は目晦ましにはなるので、一瞬の有利を作ることはできるものの。こいつにはそれが通用しない。

 それどころか、効果がなかった場合は、閃光で一時的にこちらの視界のみが奪われる都合、隙のみを晒すことになる。


 つまり、予測が外れていたときは即ち死が目前に近づく。


 だけれども――、


「どのみち、本体にたどり着かれちまったらほぼ壊滅的なんだよな」


 今現在もなお、近づいてきているその本体のことを加味するならば。どのみち早いか遅いか、の違いしかない。

 ならば。賭ける価値は、ある。


「シラギク、目を瞑れ!」


「ふぇ!? あ、うん!」


 前回の経験もあってか、俺の言葉をすぐさま理解したシラギクが手で視界を覆い、目を瞑る。


 それを確認してから、間近に迫った腕を斬り落として。そして、左手で握った閃光弾を地面に叩きつける。


 瞬間、強烈な光が解き放たれる。


「どうだ……?」


 万が一に備えて、やや早めに目を開け、刀を構えて周囲を警戒する。少々目に負担がくるが、そんなことを気にしている場合ではない。


 だが、


「腕が、退いていってる……」


 同じく、警戒のために目を開けたシラギクが、そうつぶやいた。弱々しい様子で、黒い影が遠くへと戻っていく。

 どうやら、閃光は効いたらしい。


「……今のうちに逃げるぞ」


「わかった!」


 閃光弾は、今のが最後。次はない。


 その事実にヒヤリとした汗を感じながら。ともかく、今は急いでこの場から逃走をするのだった。

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