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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
13/43

#13

「……さて。早速で悪いが、早くに脱出を目指していこう」


 幸いというべくか、第七層でシラギクのことを見つけることができたため、まだブラックドッグの居る第六層からはそれほど離れていない。

 時間経過も甚大というほどではないので、おそらくはまだ復活していない頃だろう。

 脱出するなら今のうちだ。


 俺自身の残り体力や食料。体温保持のための燃料などの残量にも余裕があるわけではない。無理のない範囲で、ではあるものの。急ぐに越したことはない。


「シラギク、その身体で頑張れるか? もし、無理があるなら――」


「大、丈夫。頑張れる。いつまでも、お姉様やリンドウさんに、頼りっぱなしでいるわけにはいかないから」


「……そうか」


 シラギクはゆっくりとではあったものの、しっかりと自分の力で立ち上がる。

 俺は、その姿をしっかりと見届ける。


「それじゃあ」


 上に向かおうか、と。俺がそう彼女に伝えようとした、そのとき。


 ぞわり、と。背筋を凍りつかせるような悪寒が走る。


 まるで、心胆を寒からしめるかのような、人として忌避すべき異質な存在が近づいてきているかのような。


 そんな気配が。


「シラギク、急ぐぞ」


「う、うん?」


 唐突に様子の変わった俺に少々困惑しつつも、シラギクは俺の手を取りながらに歩み始める。


「この気配は、まずいな。……少なくとも、雑多なアンデッドどもとは、間違いなく違う」


 無理をしてでも、早くに脱出する必要性が生まれたかもしれない。


 ……大丈夫、出口までの道のりなら、覚えられている。迷うことなく走っていけば、めちゃくちゃに時間がかかるということはないだろう。


 下層から追いかけてきているであろうその存在の気配も、それこそたとえば床や壁をぶち抜きながら追いかけてる、というような無法な追いかけ方はしてきていないようで。迷宮状になっている送りの霊穴の構造も相まって、高速で近づいてきているものの、まだ、距離はありそうではあった。


 とはいえ、相手も道のりは把握しているはず。のんびりしていなくとも、間違いなく追いつかれてしまう。

 急がなくては。


「チイッ! なんでお前らみたいなのがこんなところにいるんだよっ!」


 通路に出て即座に接敵したのは、ヴァンピール。人の姿をしつつも青白い肌と鋭い牙を持った高位のアンデッドであり、本来ならばこんなところで見ることはまずないアンデッド。


 なのだけれども、理由ならば想像はできる。


 おそらくは、先程唐突に現れた気配と同様、俺たちのことを。いや。シラギクのことを追いかけてきているのであろう。

 本能的なものか。あるいは、その存在に、命令されて追いかけてきたのか。

 どちらにしても、厄介ではある。


「シラギク、しっかり掴まってろよ!」


「ふぇっ!?」


 シラギクに手を出されてしまっては終わりだ。あいにくではあるものの、こいつらの系統の特性はハイドバットと同様。

 高位のアンデッドではあるものの、肉体の強度はそれほどであり。ハイドバットほど脆くはないものの、それでも低級のアンデッドとさほど変わりない程度である、

 その代わりに尋常ではない機動力と、吸血によるスタミナ維持力があるが。返して言えばその速度こそが脅威のそのものであり、ヴァンピールのスピードについて行けるのであれば、ブラックドッグほどの脅威度はない。

 その速度があったからこそ、先程始まったばかりのスタンピードの先陣を切れたのであろうが。


「あいにく、ヴァンピールくらいの速度ならこっちも対処できるんだよ!」


 そもそも、それくらいの自信がないのならこんな送りの霊穴(ところ)に単身で挑んてきていない。

 元より、ヴァンピール程度ならば接敵は予測していたから。


 相手の動き出しに併せて横一文字に斬りつける。

 身体の強さはそれなりなので、これでしばらく動きが止まることだろう。


「……とはいえ、これで終わり、なわけもないよな」


 ヴァンピールが動かなくなったとほぼ同時。ぞろぞろと、たくさんのヴァンピールどもが群がってくる。併せて、ハイドバットも集まっているのが見える。


 当然といえば当然ではあろう。下層からシラギクを狙ってわざわざ上層にまで追いかけてきたヴァンピールが一体、なわけがない。そもそもおそらくは送りの霊穴全体で上層にまで追いかけてきていて、速度の早いヴァンピールやハイドバットがたまたま先にやってきた、というだけである。


「さすがにこの数の処理は骨が折れるな」


 ハイドバットだけならまだしも、ヴァンピールが大量にいるのがよくない。

 ヴァンピールの速度は当然数を増せば増すほど脅威度が増していく。あちらこちらからの攻撃に対処させられることになれば劣勢を強いられる。


「……仕方ないか。シラギク、目を瞑れ」


 シラギクの視界を腕で塞いでやりながら、俺は腰から装備を取り出しながら、地面に叩きつける。

 俺自身も目を瞑りながらに腕で視界を覆う。瞬間、周囲に強烈な光が散乱する。


 ハイドバットは影に隠れる特性があるように、ヴァンピールにも同様に暗所での身体能力が向上する能力がある。

 通路には青白い光が指しているだけで明るさとしてはかなり抑えめであるから、やつらの行動能力はかなり低い。

 が、返して言えば、強力な光源があれば、一時的とはいえ大きく弱体化させることができる。


「非常用の閃光。出来ればギリギリまで温存したかったが」


 とはいえ、今回のスタンピードについて俺たちに課された勝利条件は逃げ切り。ほとんどのアンデッドたちの中で、最大級の脅威は速度の早いヴァンピールとハイドバットなどだ。

 残りの手勢については、ただひとつを除いて速度自体はそれなり。距離があることを加味すれば、俺たちが逃げ切るほうが先になる。


 ならば、ここで切ってしまってもそこまで問題はないだろう。

 まだじんわりと滲んでいる視界の中で強引に敵に焦点を合わせて、動けなくなっているアンデッドたちを斬り伏せていく。


「シラギク、大丈夫か?」


「うん、まだちょっとチカチカするけど」


 目をきゅっと窄めながらにシラギクがそう言う。


「歩けるか?」


 俺がそう尋ねると、彼女はコクリとうなずく。


 まだ少し不安定な彼女の手を取りながら、俺は上層に向けて急ぎ歩き始める。


「……間に合うか、これ」


 下層から高速で近づいてきているその気配に、ほんの少しの冷や汗が垂れる。

 杞憂で済めば、いいが。






「……嘘だろ」


 六層目直前、階段の途中で、俺は思わず目を剥く。


 ブラックドッグが、動いている。


 シラギクの精神が安定するまで第七層で滞在こそしていたものの、それほど時間が経っているわけではない。

 ブラックドッグは曲がりなりにも高位のアンデッド。他のアンデッドどもより復活するのには時間がかかるし、それでなくとも、普通のアンデッドが復活するにしても時間が早すぎる。


 そう思いながらに目の前の巨躯に視線をやると、なるほど、と。少し合点する。


「復活した、というのは正確な表現じゃないっぽいな」


 俺が斬りつけた腹の傷が全く以て癒えていない。

 傷口が開いたままでなかなかにグロテスクな見た目になっている。


 つまるところが、今現在も高速でこちらへと追いかけてきているその存在。ヴァンピールなどの高位のアンデッドを伴ってスタンピードを引き起こしているその存在によって、斃れていたところを無理矢理に叩き起こされた、というところだろう。

 だからこそ、現在のブラックドッグには理性的な側面が全く見られない。本能のまま、あるいは怒りのままに力を振るおうとしているただの怪物となっている。


 とはいえ、その強大な体躯と尋常じゃない筋力は健在なわけで。それらが脅威であることには間違いはないのだが。

 

「でも、それなら」


 ある意味、先程までのブラックドッグほど、危険ではない。

 先に進ませないようにと通路を塞ぎ続けていた理性的なブラックドッグではない。それゆえ、通路はガラ空きではあるし。周囲のアンデッドたちを指揮するだけの知能も残っていない。連携は、起きない。


「なら、強引に突破するだけ」


 シラギクを背負い、しっかりと掴まってもらってから、第六層に突入。ブラックドッグが俺たちの存在に気づいて襲いかかってくる、が。


 その動きは単純。誘導も問題なく成立。


 通路への道が確保できる。


 そのまま駆け込むようにして通路に転がり込むと、ブラックドッグもそのまま通路へと押し入ろうとしてくる。

 ただ、その巨躯ゆえに通路で身体が引っかかる。……が、持ち前の筋力を以てして、通路を壊しながらに無理矢理追いかけてくる。ガラガラと崩れる壁面。青い炎をともしていた蝋燭なども落ちて、ブラックドッグの身体を燃やすが、それさえも構うことなく追いかけてくる。


「……ここまで来ると、ある意味では執念だな」


 死へと誘おうとする、ただひたすらにそれを追い求める、執念。

 だが、執念という意味ではこちらも負けてはいない。


 シラギクの、その生への執着を絶やさないためにも、ここで止まるわけには行かない。


「通路を壊すとか、後ろのやつが追いかけられなくなるとか、そういうのも全部お構いなしに来てやがるな」


 下から追いかけてきてる異質な存在については、そのあたりキチンと理性的に来ているというのに。

 まあ、特に後続の遮断については偶然ではあるものの、コチラにとっては追い風ではある。

 特にブラックドッグが細い通路のせいで満足に動けていないこともあって、完全に追いかけてきたことが裏目になっている。


 ひたすらに逃げていけば、次第に距離が離せていく。


 前方からアンデッドどもとかち合うことはあるものの、後続が続いていないので対処は容易。


 そのまま五層目へと続く階段へと駆け込み、駆け上がっていく。


 しばらくすれば、ブラックドッグの追いかけてくる音も止んだ。諦めたか、あるいは、炎に燃やされて力尽きたか。


 どちらにしても、ひとまず、一旦の安全は確保できたらしい。


「とはいえ、休憩してる暇はないんだが。シラギクは大丈夫か?」


「うん。……というか、さっきの階はずっとおんぶしてもらってたから。それを言うならむしろリンドウさんこそ大丈夫?」


 背中の上で彼女はそう言う。彼女を一旦地面に降ろす。


「俺は大丈夫だ。……とはいえ、まだここからの道のりは長い」


 休憩するほどの時間はないけれども。補給できるとしたら、ちょうど後方が詰まってしまっている今しかないだろう、と。携帯食料を取り出して、シラギクに渡す。


「でも、リンドウさん。私、食べなくても大丈夫だよ?」


「いいから食べておけ。食べることは生きることだ。生きたいのなら、しっかりと食べておけ。まあ、マズいってのはわかってるから、後で飴もやるから」


「……うん」


 飴で釣っているようでアレではあるが。とはいえ、シラギクは携帯食料を口に含む。

 俺も同じくひとつ取り出して咥えつつ、歩き始める。


「うう、マズイ。こんなにマズかったっけこれ……」


「携帯食料を常食にしないための措置らしい。意図的にそうしてるのだから、仕方ない」


 俺は携帯食料を飲み込んで、奪われた水分を補うようにして水を飲む。

 ちょうど隣ではシラギクもなんとか食べきった様子で、彼女にも水を渡してから、飴をひとつあげる。


 シラギクは飴を口に含ませると、コロコロとそれを口の中で転がしながら、甘い、と。そう呟く。


 先んじて食事を終わらせた俺は下層へと意識を向けてみる。まだ、距離はある。

 とはいえ、安心できる距離ではない。スタンピードを引き起こした張本人。早くに脱出をしてしまわないと、追いつかれてしまっては厄介なことななるだろう。


 幸いというべくか、浅い層になればなるほど階層自体が狭く、道としても単純なものになっていく。

 階層としてはまだ残ってはいるものの、一方で道のりとしては残り半分程度、というところまでは来ていたりする。


 補給を終えたシラギクを隣に伴いながら、急ぎ気味に五層目を駆け抜ける。食べながらに歩いていたということもあり、それほど時間が経つこともなく、五層目の端、四層目へと続く階段へとたどり着く。

 途中アンデッドに遭遇することもありはしたものの。後ろから追いかけてきた高位のアンデッドではなく、もともとここにいたアンデッドたち。だから、強さとしては低級のそれで、対処にはそれほど困らない。


 ここから先のアンデッドについては、前を向いている限りは、そればかりではある。


 だからこそ、


(タイムリミットは、追いつかれるかどうか、ってことだよな)


 背後から追いかけてきているのであろう、その存在に。嫌な汗が少しばかり流れつつ。俺たちは第四層へと続く階段に足をかける。

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