表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
10/43

#10

 刀を構えながら、しっかりと前を見据える。


 正面には、ブラックドッグの巨体。その周辺には低級アンデッドの取り巻きが大量にいる。


「俺の勝利条件としては、早期でのブラックドッグの討伐、あるいは――」


 やつが抑えている、下層への階段。そこへの到着、もとい侵入だ。


「急ぐのならば強引に突破するほうが都合はいいのだろうけれど」


 とはいえ、ブラックドッグの立ち回りがまさしく門番である以上、下層から上層への離脱はともかく、上層から下層への侵入については苛烈な妨害に遭うだろう。

 加えて、ブラックドッグは一度俺に侵入を許している。元より手加減などはしていないだろうが、ブラックドッグからの俺自身の警戒度合いはより高まっているだろう。


 ともすれば、現実的な解決策はやはり討伐になるだろうか。


 どのみち、再びここへは脱出の際に訪れることとなる。

 シラギクからどれくらい距離を離されてしまっているかにもよるが、ここで倒しておいてしまえば、脱出の際に楽になる、可能性もある。……ブラックドッグの復活よりも先にここに戻ってこれれば、ではあるが。


「グオオオオアッ!」


 低い唸り声を以てして、ブラックドッグが威嚇をしてくる。

 それと同時、やつの両翼にいたアンデッドたちが挟み込むようにして襲いかかってくる。


「ったく、厄介なんだよテメエら!」


 低級アンデッドだけならば、数が大量にいたところでそこまで脅威ではない。もちろん、敵対している数の乗算で脅威度は上がっていくので数が増えれば増えるほど危険ではあるのだが。

 しかし、低級アンデッドでは知能が低い。それゆえに、通常の敵よりは数が増えたところでそこまで危険度は跳ね上がらない。


 だが、返して言うなれば低級アンデッドたちには考えるだけの知能がないゆえに、非常に愚直。

 だからこそ、指示を受ければ素直に従うし。そのため、指揮官の存在が、その強さを何倍にも膨らませる要素になる。


 そして現在、その指揮官(ブラックドッグ)が、いる。

 さらにはそのブラックドッグは、前回俺と戦闘した経験があるために、こちらの戦闘の癖を知っている状態でもある。


「くっ、めんどくせえッ!」


 俺の得物は刀。切れ味に優れ、また、攻撃の届く距離も十二分に遠いとは言えないが、それなりにある。

 生命を有している相手に対して使う場合は血液が付着する影響で切れ味が落ちやすいが、アンデッド相手ではそのあたりの心配が少ない。


 が、その代わりに、一度に対応できる角度が狭い。

 大剣のように質量に物を言わせた武具ではないために、振り回しや薙ぎ払いというような戦い方は向かない。

 基本的には斬る形での攻撃をしていくことになり、この場合、攻撃できる範囲は大まかには視野角程度。

 突きもできなくはないが、どのみちこちらも角度が狭いことには変わりない。


 だからこそ、完全に包囲されると、なかなかに戦いにくくなる。

 本来の低級アンデッドとの戦いでは、真っ直ぐに突っ込んでくる個体がほとんどなのでそこまで苦戦することはないのだけれども。

 ブラックドッグもそれをわかっているから、アンデッドたちに大回りをさせつつ、俺の背後を取るように動かしてきている。

 それでいて左右や正面からの攻撃も止めさせないことにより、後ろを先に対処、ということもさせない。


 全方位に意識を向けて攻撃を躱さなければいけないし。それでいて、倒さなければキリがない。

 さらにはブラックドッグの巨躯から繰り出される攻撃は、モロに喰らえばひとたまりもない。こちらについても警戒が必要、と。


 意識があちこちに持っていかれる。


「ほんっとうに、めんどくさいな!」


 一旦、近場のアンデッドを片付け切るが。それでも、すぐに次のアンデッドが襲いかかってこようとする。

 数は少しずつ減りはするものの、元々の量が多いだけに未だ誤差と言える。


「これは、武器への負担が大きいから、できればやりたくはないんだが」


 このまま消耗戦を続けていれば、そのうちに打開できるだろうけれども。

 しかし、ただでさえ急いでいる現状。そんな悠長にしている暇などありはしない。


 すぐさまアンデッドたちが近づいてくる状況ではあるものの、しかし、一度周辺のアンデッドは倒したので、少しだけ、時間余裕がある。

 そのまま刀を腰あたり。納刀時に近しい位置まで持ってきて。ひとつ、呼吸をおく。

 冷たい空気が、火照る身体を冷やす。


 そのまま、アンデッドたちが可能な限り近づいてくるまで待つ。ギリギリまで引きつけて、引きつけて。

 ブラックドッグが俺の異変に気づいて吼える。――が、もう遅い。


 グッと奥歯を食いしばりながら、力を入れ。右足を軸に回転しながら、周辺のアンデッドたちを強引に斬りつける。

 たしかに、刀での回転切りや薙ぎ払いは向きはしない。が、できないわけではない。

 ただ、質量に頼れない都合、その力を無理矢理に筋力で補ってやる必要性はあるし。加えて、刀は刀身が比較的薄い武器である。無理にやると、折れてしまう危険性もある。

 が、やれないわけではないのだ。


 実際、俺が今やったように。囲まれたときや納刀時の緊急用の攻撃として、やれるようにはしている。


 そのまま周辺アンデッドを斬りながらに勢いで吹き飛ばし、少し離れた位置にいたアンデッドごと、巻き込みながらにとふっとばす。


「さて。これで道ができたな」


 吹き飛ばしたアンデッドたちによって、周辺がある程度拓ける。

 そして。その正面には、ブラックドッグがこちらをギロリと睨みつけていた。


 今の一撃の余波でアンデッドもそこそこに数を減らした。それでも多くはあるが、先程よりはかなりやりやすくなっている。


「仕掛けるなら、今だな」


 しっかりと地面を蹴って、大きく前へと跳ね進む。

 進行方向は、ブラックドッグ――の、その後方。階段のある場所。


 無論、ブラックドッグも、それに対応してくる。その巨大な前足で薙ぎ払いながら、こちらの進路を妨害。


「まあ、通してくれないよな。……ここで突破できれば、早かったんだが」


 やはり、討伐は必須らしい。


 回避した先にいたアンデッドたちを斬り伏せながら、ブラックドッグをきちんと正面に捉える。


「さて。どこから切り崩すか」


 ただ、周辺の低級アンデッドたちや、あるいは先刻遭遇したハイドバットなどとは違い、ブラックドッグの身体は強固である。

 もちろん、鱗や甲殻を有している生物と比べるならばかなりやりやすい部類ではあるのだが。しかし、さっきからやっているように、バッサバッサと斬り倒す、というのは基本的には難しい。

 それでいて、その巨躯に物を言わせた重たい攻撃を持ちつつ、タフネスも非常に高い。

 まさしく、デカイは強いを体現している。


「加えて、素早さについても十分にあるのが厄介なんだよ」


 アンデッドたちに俺の行動や進路を制限するような動きをさせておきながら、自身も十分な速さで接近してきて、攻撃を当てようとしてくる。

 攻撃の重さがあるために、こちらは攻撃をまともに食らうわけにはいかない。


「やっぱ、強いな」


 本格的にブラックドッグが攻撃に参加してきてから、防御と回避に専念せざるを得ない状況がしばらく続いていた。

 しかしながら、相手の攻撃の手が緩むまで待つ、というのもできない。ブラックドッグにスタミナ勝負を挑むのは無謀だということは理解しているし。それに――、


「さっさとうちのお嬢さん(シラギク)を迎えに行かなきゃならねえんだよ!」


 あの精神状態でシラギクを放置するのはマズい。


 シラギクは自分のことを死んだ、と。そう称していた。

 それは、半分正解で、半分間違っている、と。俺はそう感じている。


 たしかに、シラギクは自殺をしたのだろう。そして、その身体はたしかに死んでいる。

 だがしかし。シラギクは食べて、感じて。そして、考えている。

 アンデッド(こいつら)のように死してもなお動いているものたちも在りはするが。なにより違うのは、こいつらは本能から生者を仲間に引き入れようと動いているのに対して。シラギクは、生きるために動いているように、俺には見えた。


 だが、現在。シラギクの精神が大きく揺らいでしまっている。


 生と死の間で揺れていた彼女の精神が、死に大きく振れてしまっている。


 どういう理屈で、死んだ身体のシラギクが生きているのかが不明ではあるが。彼女の現状のことを鑑みるに、この精神状態のままでいさせ続けるのは、それこそ精神も死んでしまう要因となりかねない。


《なお、本任務において生死については成否に関係ないものとし》


《生存ではなく帰還を最大目標とする》


 わかっている。この任務に於いて、シラギクの生死は問われていない、ということは。無論、その言葉の意味が。シラギクのその身体が既に死んでしまっているから、という意味合いもあるが。

 だから、もしも仮にシラギクの精神までもが死んでしまっても、彼女の遺体を連れて帰れば任務自体は達成になる。

 達成は、できる。けれど、


「それは、寝覚めが悪いんだよ」


 こちらを睨みつけてくるブラックドッグに、俺も、鋭く視線を向け返す。


 ……もちろん、シラギクがそれでもなお、死ぬことを望んでいるのならば。そのときは、それでいいだろうとは思う。

 既に自殺をした。一度、死を望んだ身ではある。


 だけれども、アカネのことを嬉しそうに話すシラギクの様子や。ここまで一緒にいたシラギクのことを思うと、本当に死にたくて死んだ、とは思えない。

 ただ、ただ、ひたすらに逃げたくて。縋っただけの(救済)であるようにしか思えない。


「だからこそ、話さないといけない。改めて、今一度シラギクと」


 俺自身が、理解をするために。

 シラギク自身が、納得をするために。


 彼女の、死に方(生き方)を。


「そのためにも。通してもらうぞ、そこを」


 ブラックドッグに向けて、真正面から突進を仕掛ける。

 やつの指示に従ってアンデッドたちが肉壁を作ってくるが、勢いを緩めることなく、そのまま斬り伏せて強引に突破。


 こちらが止まらないと判断したブラックドッグは、階段への経路を潰しながらに攻撃を仕掛けてくる。相変わらず、本当にしっかりとした門番をしている。こういうところは、抜かりがない。


 だからこそ、ひとつの隙になる。


 最初から、そちらは狙っていない。ブラックドッグの少し手前でしっかりとしゃがみ込み、刀を握っていない左手で、地面にそっと手を当てる。


 そして、そのまま勢いよく地面を蹴り、上方に向けて跳躍をする。

 ブラックドッグは階段側から周辺を薙ぐようにしてその前脚で攻撃を仕掛けてきていたので、それらから逃げつつ、空中に逃げる。


 無論、目の前にいた俺が上方へと移動したので、ブラックドッグの視線は上に移る。


 だがしかし、ブラックドッグの視線の先に、俺の姿は、ない。


「悪いな。俺は、人間だから。お前らみたいな強大な膂力はないけれども、こういう知恵(小細工)はあるんだよ」


 俺の、現在の位置は、ブラックドッグの斜め後ろの壁。

 しゃがんだ際に地面に仕掛けた紐と左手首に繋いで、そのまま空中に退避。伸びた紐からブラックドッグの薙ぎ払いの勢いを貰いながら、大きく回転して、背後に回り込んだ。……まあ、紐伝いではあったもののその力は強大で、なかなかの衝撃をもらったが、それは今はどうでもいい。


 左手首に繋いでいた紐を外しながら、壁を強く蹴り。ブラックドッグの腹の下に入り込む。


 視線が上に向いているから、今だけは弱点()が大きく空いている。

 通常ならば、その巨躯ゆえにそのまま押し潰されて一環の終わりではあるが、コイツはよくできた門番。俺の姿を見失ったとなれば、まず、その姿を探しながら、階段への経路を塞ぐために行動をする。

 それゆえに、姿勢を下げる、という判断が大きく遅れる。


 刀でブラックドッグの腹を一気に斬り裂く。


 空気を揺らすような、大きな慟哭が聞こえて。

 倒れてくるブラックドッグの身体に押し潰されないように、急いでその場から離れる。


「グルルラアッ……」


「ったく、こちとら急いでるんだ。そろそろ勘弁してくれ」


 苦しそうな様相を見せながらも、しかし、こちらを強く睨みつけてくるブラックドッグ。まだ、戦う意志を見せてきているのには、正直感服をする。

 しかし、持ち上げた前脚を振り下ろそうとし来たその勢いで身体をバランスを崩し、そして、その場に倒れ込む。


「……これで、大丈夫だな」


 低級アンデッドたちは残っているが、数を減らしている上に統率を失ってしまっていて。こうなれば、脅威ではない。


「さて、早く追いかけないと」


 シラギクが今どこにいるかはわからない。わかることといえば、ここよりも下、というだけ。入れ違いにならないためには、行き止まりの道までしっかりと探す必要があるため、かなり厄介である。

 いくら俺とシラギクとで身体能力に差があるとはいえ、ひたすらに下層に逃げられていてはかなりまずいが。


「ともかく、行くしかない」


 行く手を阻んでこようとしたアンデッドを斬り飛ばしながら、俺は下層へと続く階段へと駆け込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ