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ウェルカムorウェルカム


何も持たない行き当たりばったりの旅路の中で一つ、幸福があったとすればそれはきっと雨が降らなかったことだろう。大した獣に出くわさなかったことも幸福ではあるが、出くわしたところで最悪私の歌声とルカお兄様の強さで何とかなる。けれど天候ばっかりはどうにも出来ないのだから、実に幸いであった。


旅路はといえば、昼にはロマノ・カーラ帝国領地へ着くであろうというところ。これもまた変な天気にならなかったせいで立ち止まることが少なくてすみ、時折足を休めても十分辿り着くくらい順調に進むことができていた。有難い限りだ。


「ふんふふーん」


私は鼻歌を歌っていた。家族が死んだばかりで不謹慎だと思われるかもしれないけれど、歌姫の歌声には魂を導く力や魂を癒す力があると言われているのだ。何もない旅の中で気が滅入ってしまうこともある。歌う方がいいだろう。特に、ルカお兄様は今回の件を酷く思い詰めているみたいだから気分転換してもらわないと。


雪が降り始めそうな寒さの中、私たち二人と子猫一匹は地面を踏み締めて歩き続けていた。文字通り悪夢と呼ぶに相応しい悲劇から二度の朝を迎えた今日。旅の中で手に入れた物もあって荷物はやや増えていた。

たとえば、服は未だ着てきた物しかないけれど、代わりに食べ物は手に入った。冬眠をしない獣を狩るべく森にやってくる狩人たちが忘れていった、あるいは捨てていったと思われる空の鞄を拝借して、それに果実を入れてある。途中ギリギリ凍ることを免れている川がそばを流れていることに気がついたから水には困らない。欲を言えば暖かい紅茶が飲みたいけれど、こればっかりは仕方ないだろう。飲み物があるだけ感謝だ。


「見えてきたぞ」


ふと兄がそう言った。少しだけ高い位置にあるこの山から見下ろせるその光景は、なんだか故郷を見るような懐かしさが広がっていた。来たこともない土地だというのに、澄んだ空気のせいだろうか、暖かさを感じた。


そこは確かにロマノ・カーラ帝国領地であった。帝国領地の中でも国境スレスレにある小さな町だが、レンガ造りの家々と煙突があって、ここからでは小さな点みたいに見える人たちがいる。真に生きている土地だ。


「ようやく、ここまで来たのね」


「ああ。着いたら事情を話して、出来れば仕事を探そう」


王都ペイルランへ行くにしてもタダでは行けない。馬車を雇うにせよ歩いていくにせよ、それなりに長期間の旅となるはずだ。金が要ることは言うまでもない。


私たちは足を動かす速度を速めて、町を目指した。

近づくにつれて生活音が聞こえてくる。誰かの会話の声。煙の上がる色。犬が吠える声。家々の灯りの色。自分たち以外の足音も美味しそうな料理の匂いも、数年ぶりに思えるくらい久しいものだった。


町の名はクラリスと言うらしく、国境としての役割を果たすべく石造りの壁で囲まれていた。あとあと面倒を起こさないよう、ルールに乗っ取って関所から正式に入国するのがいいだろう。

私たちは煙と雪で灰色に荒んでしまった、けれども関所として威厳のある壁に開いた入り口、ズバリ茶色のレンガで頑丈に補強された門の前に立った。不思議な帽子を被った軍服姿の二人の兵士が門番をしている。彼らは盗賊などに抵抗するために、それぞれ槍を一本ずつ所持していた。とはいえ恐れることなど何もない。私たちは犯罪者ではないのだから。


「あの、入国したいのだけれど」


こんな辺境の地に来る人は少ないのだろう。珍しいものでも見るようにして兵士二人はこちらを向いた。


「お名前と、どちらから来たのかをお伺いします」


とはいえ仕事に慣れていないわけではないらしく、純粋にこんな冬に遠くからやって来る人が珍しかったのだろう。淡々と質問をしてきた兵士に私は真実を語る。兄は私の後ろにいて、何をするでもなく立ち尽くしている。こういうのは剣を持っている男が話すよりも幼い女子が話す方が信じてもらいやすいと相場が決まっているのだ。適材適所である。


「私はエリザベス・フレイ。後ろにいるのは私の兄でルカ・フレイと申します。出身はパラミア王国で、そちらからあの森を抜けて来ましたの」


言えば二人は驚いたように顔を見合わせた。


「パラミア王国と申しましたか……?」と年配の方の兵士。

「あの森を超えて来たと…?」と黒系ブロンドの青年兵士。


二人は間抜けな顔で感想を漏らしたあと、もう一度顔を見合わせて今度は私に向かって告げた。


「失礼ですが、パラミア王国から人が来るなど滅多にないのです。何か証拠があれば有難いのですが。なにしろ我が国とパラミア王国は仲が悪いですからな。テキトーに入国を許可するわけにはいかんのですよ」


困惑を隠しきれないながらも、年配兵士は丁寧にそう説明してくれた。大丈夫。最初からこうなるだろうと思っていた。突如現れた私たちが如何に怪しく映るかは理解しているつもりだ。


「髪の色がブロンドで青い目であることはパラミア王国の特徴のはずです。それから…………」


そこまで言って、背後の兄に目配せした。頷きが返されたのを見て、兵士に向き直り間違いなくはっきりと告げる。


「この杖とフレイという姓。そして私の歌声。それが、私たちがパラミア王国三大歌姫であることを示してくれるはずです」


「…は?」


「……ぁえ?」


数秒の間、そうね、五秒くらいかしら。そのくらいの間呆けた顔をしてみせた兵士二人だったけれど、すぐに笑い始めた。信じられなかったのだ、私の話が。


「ありえないよ、お嬢さん」


年配兵士が諭すように優しくそう言った。


「何か事情があるんだろうけれどね、そんなバカみたいなこと言っちゃいけないよ」


憐んでいるような瞳だった。けれど決して嘲笑っているようなものではない。どちらかといえば、未成年二人に同情しているのだろう。


「そうだよ、確かにパラミア王国から来たんだろう。その青の瞳は紛れもなくパラミアの奴らのもんだ。でもね、歌姫がこんなところに来るはずがないんだよ」


もう一人の青年兵士までもがそう言ってくる。

これ以上話しても相手はしてもらえない、信じてはもらえないと私は悟った。だから、右手を喉元に持っていって喉の調子を確認するように優しく数回押すと、声を鳴らした。


「Aah───────────────────」


瞬間、空気が変わる。すっかり凍て付いていた町の空気に紛れ込みいつの間にか支配するように、あの日の悪夢を背負い歩み出した私とルカお兄様の悲しみと覚悟が歌に乗って電波していく。流石に兵士二人も、杖のことを知らなくても、歌姫に出会ったことがなくても、それでもこの声は本物だと顔色を変えた。


「ぁ………」


年配兵士の方も過去に何か辛いことがあったのかもしれない。青年兵士以上に歌に心を影響されているように思われた。ワナワナと体も声も震えていた。私の声が止むと、彼は静かにこう言った。


「……領主様の元へご案内いたします。歌姫様ともなれば、国家問題になる可能性がございますので、そちらで詳しくお話をお聞きいたします」


青年兵士の方も文句は言わなかった。荒唐無稽なこの数奇な運命と出会いを、ようやく信じてくれたのだろう。


私たちが門を潜って国境内へ入る時、二人は声を揃えて勤めて明るくこう言った。


「ようこそ、クラリス村へ」


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