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業火に焼かれた歌姫02


囲まれた。そう気がついてももう遅い。

思い当たることなんて一つしかなかった。私が婚約を断ったことへの逆恨みだろう。もともと、フレイ家は今の平和ボケした国の状況を憂いて国王に助言したりしていたから邪魔くさかったのもあるかもしれない。


「俺はマリアを起こしてくる。寝ていたら担いで連れてくるから、エリザベスは二人を起こしてきてくれ」


「え、ええ、わかった」


ルカお兄様に言われるままに、私は階段を降りて母様と父様の眠る寝室へと急いだ。


──私のせいだわ。


そんな自責の念に駆られながらも、階段から転げ落ちることのないようにと集中した。

今ならばまだ間に合う。兵士の人だって、そんな王族の逆恨みで歌姫を失うのは嫌なはずだもの。


「父様! 母様! 起きて!」


私は叫びながら階段を一段飛ばしで降りて行って、寝室のドアを勢いよく開けた。


「どうしたんだ?」


寝ぼけ眼を擦りながら、父様がそう聞いてくる。髪はボサボサで、まだ事態に気がついていないようだった。


「外に兵士がいるの! 今ルカお兄様がマリアを起こしてるわ!」


その言葉を父様は素早く理解して、隣で規則正しい寝息を立てて眠る母様を起こした。


「うそ……」


母様が起きて事態を聞き言葉を漏らしたその時、突如攻撃は始められた。一方的に理由も知らせず始まった軍による我が家への砲撃で、家中のガラスが割れる。さらには砲撃によってカーテンなどに火が付いてしまって、どうしようもなかった。


私は泣きたい衝動に駆られた。


「王族とフォード家が結託したに違いない」


父様が苦しげにそう呟いた。


「メル・フォードは国王と親しい仲だ。フレイ家をハメようとしているんだろう……」


その途端、もう一度砲撃がされた。

今度は家が大きく揺れた。家中の紙類が風で飛んでいく。壁は一部壊れたみたいで、突風が我が家を襲っている。


「母様、どこへ?」


ベッドから寝巻きのまま立ち上がった母様は寝室の奥にあるドアに手をかけた。


「最悪な状況よ。でもね、ベス。屈するわけにはいかないのよ。フォード家がフレイ家を潰したいならば、そうすればいいわ。でもね、歌姫の家を潰すには歌姫の証として国王から貰っている杖を国王に変換しなければならないのよ」


母様は奥の部屋に丁寧に飾っていた一本の杖を取ると大急ぎで寝室まで戻って、私に差し出した。


「これを持って、ルカとマリアと三人で逃げなさい」


「嫌だよ!」


「わたくしたちは顔が知られているから、国のどこへ行っても見つかってしまうわ」


母様の表情は真面目そのものだった。

この状況を解決することは不可能だと、私に伝わってしまった。それでも簡単には逃げられなかった。

その杖を手に取れば、母様はどうするのだろう?

逃げるようにして私は父様に視線を合わせた。母様にバカな提案はよせと言ってくれるんじゃないか。そう期待したけれど意味はなかった。


「早く行くんだ、ベス」


むしろそう急かされて、私はどうしようも出来なかった。ただ立ち尽くしていると、後ろからマリアを抱えたルカお兄様がやって来た。


「三人とも、早くここから逃げなくちゃ」


「ルナが、ルナがいないのぉ〜! うわぁぁん」


ルカお兄様が私たちに諭すようにそう言うけれど、母様は私に杖を押し付けた。立派な杖だ。何百年も生えていたであろう木の枝を使っているおかげで神聖な力が宿っているように思える。


「ルカ」


母様がルカお兄様を抱きしめた。ルカお兄様の方が背が高いからか、母様が小さく見えた。


「二人を、お願いね」


「何言って…母さんたちも逃げるんだよ!」


「ルカ、ここはわたしたちに任せるんだ。大丈夫、お前は強いから不安がらなくて良い」


「父さんまで…!」


次に母様はルカお兄様が抱いているマリアの頬にそっとキスをした。


「マリア、わたくしたちの可愛い子。少しだけ、さよならよ」


「やだぁ!」


泣き喚くマリアの声が響いた。


「マリア、そう怖がらなくて良い。きっと、すぐにまた会えるよ」


そして二人は私を見た。

遠くの方から火の手が迫っているのが分かった。

部屋の温度も高くて、煙のせいで咳が出そうで。


「ベス、貴女は強いわ。絶対に、わたくしを超える聖女になれる。だから、どうか、生きて。フレイ家を、絶やさないで」


「そうだ、ベス。お前は賢くて優しい聖女だ。決して世界に屈することなく、強く生きるんだ」


そして二人は私を優しく突き飛ばした。寝室から追い出された私は、杖を握りしめていた。ドアは閉められてしまって、鍵をかけたのか入れない。


「……エリザベス、マリア、逃げよう」


ルカお兄様がそう言った。


「でも!」


「どうしようもないんだよ! 相手は軍隊だ! 俺だって、助けたいさ!」


「…………ごめんなさい」


もう頭が働かなかった。

ただどうしようもなく、不幸に見舞われたことだけが理解できた。

歯車が錆びて止まっていくみたいに、思考は停止した。

足だけが動いて、外へと向かった。

森に通じている裏口は兵士がいなかったから案外すんなりと出ることが出来た。


そこでじっとして座った。ちょうど大きな岩や木があって、その影に上手く隠れることにした。


もしかしたら何かの間違いかもしれない。夢かもしれないし、軍隊が何らかの理由で誤った判断をしているのかもしれない。

そんな希望を抱いたけれど、意味はなかった。


声が聞こえた。母様の声だった。歌姫としてどこまでも通じるような澄んだ声で、塔の頂上から叫んでいる。


「兵士たちに聞く! 何用で我らフレイ家を攻撃している!」


塔はすっかり燃えていた。

母様の隣にいるのが父様だというのが分かった。


「フレイ家は違法な研究により国民の全ての感情を掌握しようとしていたことが分かっている。よって、王命のもと処刑が確定している」


兵士の一人がそう叫び返す。歌姫を滅ぼす命を受けるのだから、多分将軍だろう。


「無実である! 今一度審議を求む」


父様がそう言い返す。

でもその言葉さえ無情に切り捨てられて、砲撃が開始される。


歌声が一つ、燃え上がる塔を中心に響いた。

兵士たちの心に真実を問いかけるような声だった。

それでも、王命である以上それが真実だと疑わない兵士たちに意味はなく、その歌はただ、最後まで国歌を歌い続けていた。


そんな悲しい音色の中で、一つ、甲高い声が響いた。

私の隣からだった。


「あ! ルナ!」


塔は崩壊を始めていた。地面へと瓦礫が落ちてきている。そんな危ない状況で、それでもなお、無実を訴える聖女の歌声は止まらない。


「ルナ! こっちよ!」


神聖な泉から姿を現した女神の声のような歌は、どこまでもどこまでも届き渡って、王城にまで伝わっていく。


塔の方にいるルナを見つけたマリアは器用にルカお兄様の腕を抜けて、無邪気に走り出した。


「待て! マリアぁあ!」


急いでルカお兄様が追いかける。そして、マリアの手を掴んだ。

そこへ塔の上部から落ちてきた瓦礫が降ってくる。


「逃げてぇ!」


私は思いっきり叫んだ。幸い、歌声の大きさに私たちの声は隠れた。軍はまだ、子供が塔から逃げていることに気がついていない。

そして。


ぐしゃり────


「ルカお兄様! マリア!」


瓦礫を受け止めた地面が揺れた衝撃でルカお兄様は吹き飛ばされた。


「だい、じょうぶ、だ」


顔を砂だらけにしたルカお兄様の声が聞こえて、ほっとする。同時にマリアはどうしたのかと不安になる。


「マリアは?」


怖くて、小さく小さくそう問えば、足を挫いたことによる痛みを堪えて立ち上がったルカお兄様が答えた。


「マリアは、ここに──」


ルカお兄様は何かを持っていた。

それは確かにマリアだった。


「──ぁ、あ、ああ」


ルカお兄様が掴んでいた、マリアの、右手だった。

その手の先は何もない。

幼くて可愛らしいマリアの身体は、きっと、瓦礫の下に…。


「ぁぁぁあああああああああああ!!」


咆哮のようだった。

人とはこんなにも大きな声が出るのかと驚いた。

同時に、マリアの死とルカお兄様の心が壊れた瞬間を目の当たりにした私の心もまた死んだ。こんな状況になって、ようやく視界も意識も冴え渡ってきたのを感じる。


塔が完全に崩壊して、歌声は、止まった。

塔だったものは赤々と燃えていて、あちらこちらから煙を上げている。

それは父様と母様の死を意味した。

この瓦礫の山を探せばきっと、二人の遺体があるのだろう。


「今の悲鳴は誰だ?」「フレイ家には子供がいたはずだ」「探せ」「イェスサー」


私たちとは塔を挟んで反対側にいる兵士たちの声がした。ルカお兄様の絶叫で、存在がバレたのだ。

でも、私たちは死ななかった。


歌姫の血を引く、ルカお兄様が。


マリアの手をそうっとその場に置いて、瞬きを忘れて。


「殺す」


殺戮を、始めたから。


「殺す!」


そんなに時間はかからなかった。

もとよりその血のおかげで人間離れした力を持つルカお兄様は、宵闇に紛れて次々と兵士を殺していった。

砲撃は建物とは違って小さくて動き回る対象は狙えない。ルカお兄様は兵士をそっと絞め殺すと腰から剣を奪って、それで殺しを始めた。


全てが終わった時、そこには、血まみれの兄の姿と、将軍の姿だけが残っていた。


他の兵士はみんな、死んでしまっていた。

幸運にも一撃で急所を貫かれて、ほとんどの人が苦しむことなくこの世を去っていた。


将軍は死を覚悟したけれど、ちょうどその時騒ぎを聞きつけた兵士が宮殿から駆けつけたから、私たちは逃げざるを得なくなった。

まだ復讐し足りないと言うルカお兄様を連れて、森へと逃げ始める。


ニヤァ、という声がして後ろを向けば、そこにはルナがいた。猫の運動神経のおかげだろう。いつの間にか森の方へと来ていたルナは死ななかったみたいだ。

私は杖の他にルナを抱いて、森へと踏み込んだ。

そこからはもう、立ち止まらなかった。

振り返ったらそこに、母様と父様とマリアの、三人の亡霊がいるような気がしたから。


「すまない、エリザベス」


走りながら、私からルナを受け取ったお兄様がそう言った。

何に対して謝っているかは分からなかった。

もっと早く気がつけば両親も逃げられたと言いたいのか。

両親に託されたマリアを守れなかったことか。

あるいは、あんなふうに殺戮をしてしまったことか。

でもどうでもよかった。

ルカお兄様以外誰も兵士に気が付かなかった。あのままじゃ、全員ベットの上で死んでいた。

マリアを守れなかったのは、私だって一緒だし。

それに戦う強さがあれば、私だって怒り狂って敵を殺しただろうし。


「気にしないで、ルカお兄様。私がいるのは、お兄様のおかげだもの」


その台詞に偽りはなかった。


「………ロマノ・カーラ帝国へ行こう」


それはこの森をずっとずっと抜けた先にある、軍事国家。かつてはパラミア王国の領地であったけれど、百年近く昔に独立した場所。今でもパラミア王国とは対立している国だ。


「入れて、くれるかしら」


「その杖があれば、歌姫である証明になる。どの国も歌姫は欲しがるはずだ。それに、帝国は王国を嫌っている。王国に捨てられたフレイ家の俺たちを受け入れるさ」


そうして、長い旅が始まった。

その旅の最終目的は何か。

この時はそんなこと、考えていなかった。

ただロマノ・カーラ帝国を目指し続けた。

早くこの国を出なければ、追っ手が来るからと走り続けた。


──いつかきっと、俺は三人の仇を取りたい。


──いつかきっと、私は王子に復讐するんだ。


将軍を逃したルカお兄様と王子のせいで運命が狂った私は、示し合わせたように心の中でそう思っていた。


雲のかかった月が私たちの進む森を薄暗く照らしていた。


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