かぞく
「母様! 父様! マリア!」
家族のもとに駆け寄った私は、三つ年下の妹のマリアと抱き合った。
「ベスお姉ちゃん可愛い!」
マリアは笑いながら、私と私のワンピースが可愛いと褒めてくれる。パーティが始まるよりも前、朝からずっとこんな調子なのだ。全く、可愛い妹である。
「ああ、尊い…二人一緒とかもう俺死にそう……目が幸せ…語彙力どっか家出したな……ああ、ダメだ、直視できない、可愛い」
そして、ルカお兄様のシスコンはマリアにも該当しているものだから、とうとうよく分からないことをブツブツと言い出して頭を抱えてしまった。
でも、ルカお兄様が一向にこちらを見ないから、マリアが「ルカお兄ちゃんはマリアたちが嫌い?」なんて不安そうに呟いた。頬が少し膨らんでいて、俯いている。
その様子を見たルカお兄様は大慌てでマリアを持ち上げると、赤子にするみたいに高い高いを始めた。
「嫌いなわけがないだろう」
「よかった! ふふ、高い!」
マリアが小柄とはいえ、そんなふうに軽々持ち上げられるのは純粋にルカお兄様の背が高いからだ。十六歳にして百九十センチ近いのだから、将来的には二メートルいけるんじゃないかとたまに思ってしまう。でもそうしたら百六十センチくらいで成長が止まるであろう私とはだいぶ差が生まれてしまう。
「ルカお兄様」
「ん? なんだ? 可愛い我が妹よ」
平然とした顔でそんなことを言えるのは、ある意味ルカお兄様の才能かもしれない。
「あまり身長伸びないでくださいね」
「ああ………なんで?」
妹からの頼みということで反射的に頷いてしまったルカお兄様だけれど、数秒経ってから言われたことの不自然さに思い至ったのだろう。
「身長差あると、なんだか距離を感じますから」
その瞬間、ルカお兄様はマリアを支えていた腕をゆっくりと下ろして地面まで妹を届けると、発狂しそうなくらい嬉しそうな顔になった。こういうの、なんて言うんだろう。
………限界を迎えたシスコン?
「エリザベス、今日はなんだか、すごく素直じゃないか…可愛い…さすが我が妹」
あダメだこれルカお兄様の頭が回らなくなってしまっている。
「ふふ、ルカったら相変わらずねぇ」
「まあ、兄妹仲が良いのはいいことだな」
私たちの様子を見て、母カレンと父ダイアンが過去に何度やったか分からないような会話内容を繰り広げている。
「母様も、このあと歌うんでしょう?」
母様は強力な歌姫だ。私なんかじゃ足元にも全然及ばないけれど、いつか抜かなければならない憧れでもある。
「えぇ、そうよ」
母様はそう言って私の頭を撫でてくれた。
「絶対絶対、瞬きせずに見るから!」
「あらあら、瞬きはしないとダメよ?」
それから三十分ほど他愛もない話しをした。
父様が、「ベスの歌が上手くなったな」と褒めてくれた。「このままいけばパラミア王国一番の歌姫だ」とも言ってくれた。
母様は「わたくしもいつベスに越されてしまうか、気をつけなくちゃね?」と言ってくれた。
カルロス王子のことはあれど、最高の誕生日には違いなかった。
──この時は、確かに、最高の誕生日だった。
ついに母様が歌う番になって、パーティに来てくれていた人たちは途端に黙ると壇上に立った歌姫に視線を注いだ。
「本日は、我が愛娘エリザベスのバースデーパーティに来ていただき誠にありがとうございます。エリザベスが健やかに育つように、そしてこの国がこれからも栄えていくようにという二つの願いを込めてら歌わさせていただきます」
母様が歌ったのは、国歌『パラミアの栄冠』。
国花であるオトメツバキの名のように、なんだか柔らかい恋の歌みたいなものだ。
「ah────」
最初は柔らかい声に包まれていて、その後歌詞が入ってくる。歌姫の中でも最も優秀な三大歌姫のフレイ家当主である母様の歌は人間国宝にしてほしいくらい、いつ聞いても美しい。
特に母様のすごいところは、自分の感情を聞き手に押し付けるのではなく、自分の感情を持って相手に寄り添うところだ。きっと他のどんな歌姫でも真似できない技。
《聖女》と呼ばれるに相応しかった。
透き通る歌声は、やがて終わりに近づいていく。
歌い終わったその時、人々はあまりの幸福感で拍手を忘れて立ち尽くしていた。そして五秒ほど立った時、動くということを思い出したかのようにして今度は唐突に手を叩き始めるのだった。
──私の母様よ、すごいでしょ!
そう言いたくなる興奮を抑えて、私も拍手に加わる。
「いつか、私もあんなふうに………」
パラミア王国のために、国民のために、歌を歌いたい。
誰一人見捨てることなく寄り添う声で歌いたい。
「なれるさ、きっと」
ルカお兄様が優しくそう言ってくれた。
そうしてパーティは段々と人が減り、お開きになっていくのだった。
けれど、次の日から、私はヒトの世の冷たさを知ることになる。
朝起きて、いつものように顔を洗い、メイドに着替えを手伝ってもらって、朝食を食べに一階へ向かう。なんでもない一日のはずだった。
その日は父様と乗馬をする予定だったけれど、朝早くに宮殿から使いが来て、今すぐ国王の元へ来てほしいとのことだった。
そのせいで暇になってしまった私は、一日中部屋の窓から外にいる小鳥に向けて歌うのだった。優秀な歌姫ならば動物に少しは干渉できるらしいけれど、私ではまだまだだ。鳥たちのように元から陽気な性格の動物はともかく、訓練された犬なんてもう歌を聞き終わる前に走り出してどこかへ行ってしまうくらい。せめて最後まで聞いてほしいものだ。
やがて夜遅くに帰って来た父様は、額に汗を垂らしていた。せっかくの白いシャツはクタクタで、表情もなんだか疲れていた。まさか朝からずっと国王と話していたわけではないだろうけれど、他の貴族たちとも会合していたのかもしれない。軍人上がりの父様は生まれが貴族じゃないから、馬鹿にされることが多いみたいなのだ。それでも、その威圧感のある軍人特有のオーラで大抵はなんとかなるみたいだけれど。
そして母様と二人で一室で話を始めたのを、廊下を歩いていた私は聞いてしまった。
部屋の中ではワインを飲むでもなく深刻な顔をしてソファに座る二人がいた。微かに開いたドアからは室内の暖かな色の光が漏れていて、少しだけだけど声を私に届けてくれる。
「──陛下は──がカルロス王子を──のをお怒りで」
何のことかはすぐに分かった。
パーティで私がカルロス王子を振ったことだ。
もしかして、カルロス王子が国王陛下に何か言ったのかしら?
そうだとすればかなりマズイに違いない。
やっぱり、あの時告げられた言葉はただの脅しじゃなかったんだわ。
国王陛下に怒られるかしら? 母様の仕事に迷惑をかけないかしら? 父様に大変な迷惑をかけてないかしら?
処刑……にはならないと思うのだけれど。
嫌な想像ばかりが広がって、一度そうなるともう自分では収拾がつかなかった。
そうして焦り出した私はついうっかり、二人のいる部屋のドアにぶつかってしまった。
「誰だ!」
父様がそう言うものだから、隠れるわけにはいかなくて、正直に「ごめんなさい」と部屋に入った。
「ベスか……聞いていたのか?」
「うん」
「そうか。でも心配はない。ベスはベスの好きな人と結婚すれば良いんだ。あとはわたしたちに任せて、もう寝なさい」
優しく諭すようにそう言われて、私は頷くしかなかった。
母様がそっと頭を撫でてくれたけれど、その手は少し震えていて、酷く冷たかった。
それでも二人は強いんだという思いが私にはあった。二人に任せておけば大丈夫という信頼が。
だって母様は国のナンバーワンといってもいいくらいの歌姫だし、父様はちょっと良い家柄に生まれただけで母様と結婚する前は貴族でもなんでもなかったみたいだけれど、その代わり優秀な軍人だったのだから。
「おやすみなさい、父様、母様」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、ベス」
この時私が、「カルロス王子と結婚するわ」って言っていたら良かったのかなって、のちに、いいえ、一生後悔するんだわ。