5 唸るほど萌えて
「貴方は、誰?」
ちびっこアンディ王子殿下の透き通ったお声に、私の胸は、より高鳴りました。
「私は、ルナですよ」
「ルナ?」
「私は王子様の悪夢を退治する、夢使いです」
「本当に?」
潤んだバイオレットの瞳に希望の煌きが現れて。ああ、なんて可愛らしいのでしょう。こんなに純粋な子が、あんな擦れた不良になってしまうなんて、嘘みたいです。
私がしゃがんで目線を合わせると、ちびっこ王子様はすがるように、私に抱きついてきました。
「ルナ。僕を助けて」
「う、お、おぉ」
変な唸り声が出てしまいましたが、私は感激して、王子様の小さな体を抱きしめました。なんて小さく、温かな抱き心地。か弱きこの子を私が守るのだと、まるで騎士のように逞しく心が燃え上がります。
「あそこに、悪魔がいるの!」
ちびっこ王子様が後ろを振り返りながら指した先を見て、私は白目を剥きそうになりました。
夜のお花畑の向こう側に深い森があり、そこからまるで山ほどの大きさはあるであろう、巨大な黒い顔が、こちらを覗き見ていたのです。
漆黒の顔面にはギラギラと光る、ニヤけた形の目。禿げ頭には2本の山羊の角があって、悪魔のそれだと分かります。
私は絶叫しそうな恐怖を理性で押し殺して、王子様を抱き上げたまま、立ち上がりました。
「ふ、ふうん。大きなお顔ですね」
「あいつがずっと、僕を狙ってるんだ」
「それは許せませんね。可愛い王子様をこんなに震えさせるなんて」
私の中の恐怖を、圧倒するほどの怒りが湧いてきました。こんなに幼気な子を脅かす、いびるなどの行為は、万死に値する……これは母性なのでしょうか?
私は無意識に、巨大な悪魔の顔に向かって手を翳しました。
ドン!
重低音が響いて、悪魔の顔があった場所に、それを上回る大きさの花が咲きました。立派なデイジーです。
「わあ、おっきなお花!」
ちびっこ王子様が涙のお顔を笑顔にされたので、私は高揚して、立て続けにドン、ドン! と空間を埋めるように、満開の花を咲かせていきました。
「ほ~ら、何も見えません。ここはお花畑ですから! 綺麗ですね」
「うん。すごく綺麗! ルナはすごいや!」
空が青色に戻って、明るい太陽の下に無限に花弁が舞ってきました。
私はちびっこアンディ王子殿下と一緒にスキップして、歌って。花畑に転がると、花冠を作って遊びました。
ちびっこ王子様は小さな御手で一生懸命に蔓を編んで、作った花冠を私の頭に被せてくれました。過分な萌えに私が震えていると、さらにそっと、頬にキスをしてくれたのです。
「ルナ。ありがとう。僕、ルナが好き」
天使の笑顔が光に包まれて、あまりの尊さに目が眩みます。
そうして明るい朝日の中で、私は目を覚ましました。
ここはキングサイズベッドの上です。
楽しい夢はこれまで幾つも見てきましたが、こんなにも多幸感に満ちた朝は、ありましたでしょうか。
「ルナが好き」「好き」……
脳内でリフレインする可愛いお声をグッと噛み締めて、瞑った目をもう一度開けると、現実のアンディ王子殿下がこちらを見下ろしていました。呆然としたお顔に、少し跳ねた髪がキュートです。
「あ、お、おはようございます」
私は想像以上に引きつった顔の、キモい挨拶をしてしまいました。
王子様はそれには答えずに、そっと体を起こすと、無表情なお顔をだんだんと赤らめて、膝に埋めました。
「言うなよ……」
「え?」
「今日の事。絶対、誰にも言うなよ?」
アンディ王子殿下の念押しのような脅しは、私を睨むバイオレットの瞳の鋭さから本気が伝わりますが、私は昨晩と違って、全然怖くありませんでした。
オホン、と咳をして、決め台詞を吐かせて頂きます。
「勿論です。夢使いの、守秘義務ですから」