4 王子様とベッドにイン
そんなわけで私。ルナ・マーリンは今、キングサイズベッドにインして。限りなく端っこに寄って、仰向けになっているのです。
アンディ王子殿下は真ん中で堂々と横になっておられますが、天井を見つめて起きてらっしゃいます。
距離を取っていても、同じベッドに入っているという事実は、私の心臓を激しく打ち鳴らします。ふかふかで良い香りのベッドなのに、自分の硬直が伝わって、まるで石材のような寝心地です。
「あれは何だったんだ?」
「えっ?」
アンディ王子殿下の突然の問いかけに、私はビクッと跳ねました。
「派手なドレスを着て、動物を引き連れていただろう? 夢の中で」
私は顔面が茹で蛸のように火照りました。自分の趣味で染まった夢を他人に見られるのは、まるで自室を覗かれるような、いいえ、裸を見られたような恥ずかしさです。
「じ、児童書です……動物とお話ができる、お姫様の物語で……」
ククク、と笑い声が聞こえて、私は耐えきれずに、布団で顔を覆いました。王子様は構わず続けます。
「現実で読んだ本や妄想した世界を、夢で見れるってわけだ」
「は、はい……」
「凄いな」
「……」
思わぬ褒め言葉の後、アンディ王子殿下は意地悪そうな、しかし美麗な笑顔をこちらに向けて、枕に肩肘を着きました。
「音痴な歌でも、バカみたいなスキップでも、何でもいい。俺に楽しい夢を見せて、悪夢を忘れさせてくれ」
私は暗がりの中で、蝋燭の灯りに浮かぶ色っぽい王子様を、思わずうっとりと眺めました。
「悪夢に……お悩みですか?」
「ああ。生まれてこのかた、まともに眠れたことがないんだ。毎晩うなされて」
「毎晩、悪夢を!?」
私はゾッとしました。人生の最大の楽しみといっても過言ではない眠る時間が、生まれてからずっと悪夢だなんて。そんな不幸なことがあるのでしょうか。急激に王子様が不憫になりました。
私は勇気を出して、ジリ、ジリ、と少しずつ、体をずらして、アンディ王子殿下に近づきます。手を握って眠らないと、夢を共有できないからです。
頭の中には、リフルお姉さまに貰った木の枝が浮かびました。宮廷の荷物検査で取り上げられなかったので、鞄に入ったまま……だけどこのタイミングで、枝を握ってくれと出す勇気はありません。何だか無礼な気がして。
「て、手を……」
「握るのか?」
話が早くて助かります。王子様は女性に慣れてらっしゃるのでしょう。何の躊躇もなく、サクッと、手を握られました。
「!!」
初めて握った男性の手がベッドの中、というのは不埒なお話ですが、私は予想外に温かい手と優しい握り方に、頭が沸騰しました。
お、王子様の美麗な指が、私のちんまい手を……っ。
脳内でつい、変態的な実況をしてしまいます。
「はぁ」
アンディ王子殿下は小さくため息を吐いて、仰向けで目を瞑りました。まるで眠るのが苦痛のような、憂鬱のようなお顔です。
私は脳内実況を止めて、真顔で目を瞑りました。
王子様に直々に招かれた夢使いとして、なんとしても、悪夢を消してみせる。そう意気込んで……。
「ふごっ……」
早寝が得意すぎて、いけませんね……。
王子様より先に、私はあっさりと寝てしまいました。
一面の、お花畑。
咽せ返るほどに甘い蜜の香りと、色とりどりに揺れる花弁。
これは昔、家族で訪れた避暑地の見事なお花畑で、私のとっておきの記憶なのです。王子様もこのお花畑を見たら、きっと楽しい夢だと思ってくれるはずです。
私はお気に入りのワンピースを着てお花畑に埋もれて、夢の中でアンディ王子殿下を待ちました。どうやら王子様は寝入りが悪いようで、なかなか現れませんでしたが……。
しばらくすると、遠い場所から誰かの泣き声が聞こえてきたのです。
私はその声を頼りに、お花畑をかき分けて進みました。青かった空はどんどん日が暮れて、私が泣き声にたどり着く頃には、お花畑の景色は真夜中の色になっていました。
薄暗い花に埋もれて泣いているのは、小さな男の子でした。
5歳くらいでしょうか。肩まである金色の髪がさらさらとして、大きなバイオレットの瞳から、大粒の涙が溢れていて……。
それは胸がキュンとするほどに可愛いらしい、ちびっこのアンディ王子殿下だったのです。