3 我が家はパニックです
リフルお姉さまのお部屋で。
お姉さまが淹れてくださった良い香りのお茶を囲んで。私は椅子の上で彼方此方と目をやりながら、モゴモゴと喋り続けました。
「わ、私は聖女じゃないのに、変ですよね。お姉さまの間違いではないでしょうかね……似てないのに、間違えるとか……変ですね」
リフルお姉さまはお上品にお茶を召し上がると、凛とした瞳で私を見て問いました。
「ルナ。あなたはもしかして、あの夢の特技を、アンディ王子に話したの?」
「と、とんでもない! だってあれは、お姉さまとふたりの秘密で……ただ、私は王子様がもたれ掛かっていた木の上で昼寝しただけで……」
そこで私は、あの夢を思い出したのです。
「あ。夢に、アンディ王子殿下が出てきてた」
お姉さまは「はぁ~」と重いため息を吐いて、テーブルの上に組んだ手に頭を置きました。
「なんて事。よりによってあの王子と、夢を共有したのね?」
「だってまさか、王子様のお身体に触れてもないのに……?」
「植物を媒介して、互いの夢が繋がったのかもしれないわ。迂闊だった……そんな方法があるなんて」
お姉さまは苦々しいお顔です。
「あの男……女たらしの遊び人が。王子の権力を使って、ルナを宮廷に呼び寄せるなんて」
「あわわ、リフルお姉さま! 不敬ですよ?」
「あの男、ルナの可愛さに気づいて、囲うつもりね? 聖女として招致だなんて、尤もらしい理由を付けて!」
ドン! とテーブルを叩くリフルお姉さまは、別人のように怖いお顔です。昔から、妹のことになるとこうして取り乱す、優しいお姉さまなのです。
「いいえ、お姉さま。アンディ王子殿下は私を、気味の悪い女と思ったはずです。私を可愛いと言ってくださるのは、お姉さまと家族だけですよ」
リフルお姉さまは、ふ、とお顔を綻ばせて、私の頬に優しく触れました。
「何を言うの。ルナは自分の可愛さに気づいていないだけ。小さなお顔に水色の瞳がうるうるして、頬がいつも薔薇色じゃない。一生懸命な姿もとても可愛いわ。あの男……ロリコンなのかしら」
会話の前後が聖母と悪鬼のように別人になるお姉さまですが、私は褒められるのが嬉しくて、はにかみました。
「でも、リフルお姉さま。夢で会って、私を宮廷に呼んだということは、王子様は何か、夢について悩まれているのかも」
冷静になった妹の意見に、お姉さまはサファイアの瞳に賢い色を取り戻しました。
「そうね……悪夢か、不眠症か……」
お姉さまは思い出を辿るように目を伏せて、微笑みました。
「ベティを覚えている?」
「勿論ですとも」
私は労わるように、リフルお姉さまの手を握りました。ベティはお姉さまが幼少の頃から愛していた犬で、老衰で亡くなるまで、ずっと大切にされていました。
「ベティがいなくなって激しく落ち込む私を、ルナは夢を通して、どれだけ癒やしてくれたことか。私は傷や病を癒すことができても、心の傷は治せない。あなたは一流の夢使いなのよ」
「夢……使い?」
「稀な力で、どんな作用があるのか、ほとんどの人が知らないでしょう。ましてや、添い寝をしなければ夢を共有できないのだから、誰も知りようがないわ」
穏やかにお話ししていたリフルお姉さまは、また沸々と、怒りを激らせました。
「あの王子と、私の可愛いルナが添い寝をするなんて……冗談じゃないわ。不埒な!」
「お、お姉さま」
「私はやっぱり、反対よ。ルナが夢の中で危ない目に遭ったら嫌だし、添い寝中にセクハラなんかされたら、最悪だわ!」
言いながらリフルお姉さまは立ち上がると、大きな花瓶のもとへ歩き、手頃な枝を折って持ってきました。
「どうしてもと言うなら、この枝を互いに持って眠ればいいわ。手を繋がなくて済むし」
「は、はあ。有り難く、頂戴します」
お姉さまも私も動揺しつつ、このお話をお断りできないことは、わかっていました。
王族からの依頼を、吹けば飛ぶような弱小の伯爵家が断るだなんて。しかも私のような小娘が私情でつっぱねるなんて、畏れ多いことです。
むしろ今回の誘致は世間的には、おちこぼれの大抜擢であり、シンデレラ聖女なのですから。
「リフルお姉さま。私は夢使いの聖女として、宮廷に行って参ります。どんな悪夢にも、負けませんから」
私はリフルお姉さまと自分を鼓舞するように、天に枝を掲げて宣言したのでした。