8 嬉し恐ろし舞踏会
「はぁ……なるほど」
私のヘタクソな説明を、頭脳明晰な王子様は噛み砕いて理解してくださいました。
婚約者を選抜する舞踏会が開かれる、という噂。
私はそれに誘われていない、という事実。
そして、その舞踏会で王子様に惚れ薬を盛る令嬢がいるのではないか、という私の不安な気持ちを……。
リフルお姉さまの仰る通り、王子様は婚約者の募集についてご存じなかったようです。
「舞踏会は成人の祝いで開かれる定例のものだ。まあ、そこでついでに婚約者を集うのは、年齢的にも立場的にも当たり前の流れだよな」
「そ、そうですか」
「舞踏会以前に、婚約の申し出は国内外から随時来てるしな」
「そ、そ、そうなんですね……」
王子様にはとっくに数多の婚約者候補が存在するのだと知って、私は青ざめて俯きました。王子様はそんな私をジッと見つめて、溜息を吐きました。
「余計な事をゴチャゴチャと考えて……だから勉強に集中できなかったんだな?」
「はっ、す、すみません!」
「ルナの妄想力は長所だけど、同時に短所でもあるな」
「た……確かに……」
私は妄想によって自分を幸福にもするし、不幸にもするのだと、気づかされました。世間で言われる ”長所と短所は紙一重” とは、本当の事なのですね。
王子様は厳しいお顔で続けました。
「だいたい、グレンナイト王国では薬物を他者に盛る行為は即死罪だ。半世紀前に毒物による王族の殺人や洗脳が横行して、法律が厳しく定められたのを知らないのか? 惚れ薬なんて、販売するだけで大罪だぞ」
王子様の冷静なお話を伺って、私は安心しました。ホッと笑顔になる私と対照的に、王子様は顰めっ面です。
「舞踏会にルナを誘うと、ルナはまた妄想で頭がいっぱいになるだろうから、追試が終わるまで伏せていたんだ。まさか逆効果になるとはね」
「えっ。じゃあ、わ、私も舞踏会に参加できるのですか?」
「当たり前だろ? 俺の専属の聖女なんだから」
ギュンッと鼓動が跳ねて、私の顔はみるみるうちに熱くなり、瞳も頬も光り輝いたに違いありません。だって王子様はその顔を見て、笑い転げているのですから。
俺の、専属の! それって、俺の物ってことですよね!?
いや、ちょっと意味が違うかもですが……。
私はとにかく嬉しくなって、本当は他にもっと言いたいこともあったけど、頭から吹っ飛びました。
理想の婚約者はどんな人ですか? とか、
リーリア伯爵令嬢とお似合いですよね? とか、
それから私は、王子様が……す、好きです……とか。
でも、私は王子様専属の聖女でいられるだけで、大満足なのでした。
♢♢♢
そして週明けの追試がやってきましたが……。
私は自己肯定感が爆上がりした状態で試験に挑み、毎晩続いた王子様の夢の暗記術も効果を奏して、満足のいく出来となったのでした。
自分がこんなに数式や年号を覚えられるなんて、信じられません。王子様は私の能力に、さらなる可能性を見出してくださいました。
筆記用具を抱えてスキップするように教室に戻ると、リーリア伯爵令嬢が女生徒たちに囲まれて、楽しげにお喋りしていました。舞踏会のドレスについて、令嬢たちは富豪のリーリア令嬢の動向が気になるようです。
リーリア令嬢の笑顔はより一層眩しくて、私は筆箱で目を覆いました。不思議なことに、舞踏会が近づくごとに美少女の輝きが増しているのです。これが女子力というものでしょうか。
追試が終わって、私はいよいよ舞踏会へと意識が向きました。
はて。私は今まで舞踏会に参加したことがないので、勿論、そのような華美なドレスは持っていないし、ダンスも踊れません。
王子様が追試をがんばればご褒美をくださる、とおっしゃっていましたが、それはきっと舞踏会への招待状なのでしょう。
しかし……いざ招待状を貰ったとて、私は舞踏会でどのように振る舞えば良いのでしょうか?
ブルル、と震えがきました。
着飾って陽々と輝くご令嬢たちに混ざって、私は陰々と。柱の陰に隠れているイメージしか湧きません。
「ひえぇ……」
唯一持っているドレスを思い出しましたが、それは2年ほど前に作った物なので、もはやつんつるてんのピッチピチ……みっともないにも程があります。
かと言って、どこでどんなドレスを仕立てれば良いのか。はたして自分がそのような召し物を着こなせるのか。髪は? メイクは?
慣れない世界に、恐怖が無尽蔵に湧きます。
追試が去って、また一難。嬉しいはずの舞踏会への招待も、私にとっては新たな難題なのでした。




