1 姉妹格差でも幸せですの
2日前のこと。
私はいつものようにふわふわと、学園の外廊下を歩いていました。
良いお天気の中、胸に児童書を抱えて。
お昼時間になったグレンナイト王立学園では、教室や食堂、校庭のベンチでランチを食べる生徒たちで賑わっています。
背が小さい私は、混み合う生徒たちの間から校庭を見渡すのは難儀ですが、キャアキャアと楽しげな声が聞こえて、女子たちが誰かを囲んでいるのがわかります。
背伸びをして見てみれば、やはり。中心におられるのは、私の自慢のリフルお姉さま!
背の高いお姉さまは私と同じふわふわの金髪……でも、私よりももっと色濃く黄金色の輝きを放ち、サファイアの深く青い瞳は聡明さを表して、同性から見ても、妹から見ても、それは見惚れるほどに淑やかな美女なのです。
「ご覧になって。リフル様よ! 素敵」
「学園を卒業されたら、大聖女として教会に迎えられるのだとか」
「才色兼備とはこの事ね。学園の誇りですわ」
廊下を歩きながらお喋りに夢中のクラスメイトは、すれ違う私に気づかず、思い切りぶつかりました。
「ふがっ」
「きゃあ!? ごめんなさい、ルナさん!」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
リフルお姉さまの噂が嬉しくて、ぶつけた鼻を摩りながら満面の笑みになる私を見下ろして、クラスメイトは苦笑いしています。
お姉さまと比べると私はあまりに小さく、やせっぽっちで、まるで子供のようだとよく言われるので、このようなお顔をよくされます。
私が去った後、笑い声とともに、呆れたようなヒソヒソ話も。
私はリフルお姉さまと違って聖女としての力はまるで無く、いつも空想に耽ってふわふわとして、お友達を作る人望も無いゆえに、仕方のないことです。誰もがこの姉妹の格差を奇異に感じるでしょう。
今度は反対側から、キャアキャアと嬌声の塊が近づいて来ました。
お姉さまを囲う声とは違って、まるで求愛の甘い囀り。
「アンディ様ぁ~」
「アンディ王子様~っ」
我が国の第二王子様であらせられる、アンディ王子殿下です。
さらさらと金色の髪が風に靡いて、気怠そうなバイオレットの瞳が、囲む女の子たちを見下ろしています。目線ひとつで悲鳴が上がるようなモテぶりとは、どのような景色が見えているのでしょうか。色恋に疎い私にはわかりませんが、とにかく色っぽい王子様だというのは、わかります。
求愛の集団の邪魔にならないよう、私は本を抱きしめながら端に避けて、人気の無い裏庭を目指して黙々と歩きました。
「は~。やっとひとりになれた!」
解放感で、私は思わず伸びをします。
ここは裏庭にある大木の上です。葉に覆われた太い枝は丁度よくお尻にフィットして、地上から私の姿を隠してくれるのです。木登りするなんてお転婆だけど、ここはお昼寝にちょうどいい場所です。
木漏れ日、小鳥の囀り、遠い校舎の嬌声と、静かな裏庭の芝生。
「うんうん。最高のお昼寝日和。さ~て、今日のお供は……」
私は手にしていた本を開きます。
子供が読む児童書。それもキラキラとした、お姫様の物語。
私、ルナには子供の頃から、ちょっとした特技があるのです。
それは、自分が望む夢を見ることです。事前に空想したり、本で読んだりした内容を夢でそのまま見て、楽しむことができるのです。
これは明晰夢といって、訓練すれば誰でもできるようになるらしいのですが、私の場合は少し変わっていて、一緒に眠る相手と体が触れていれば、相手の夢にお邪魔して同じ夢を見ることができるのです。
それは子供の頃にリフルお姉さまと一緒に眠って気づいたことで、お姉さまと私だけの、秘密の特技でもあります。
「ふが……」
本を開いてすぐに、私は眠りました。素早く寝るのも私の得意とするところなのです。
そうして現れた夢の世界は、理想通りの景色が広がっていました。