第4話「火を囲む」
ガササッ!
茂みを掻き分けるその音は、予想に反して右側から聞こえた。
「うおっと!?」
僕らの顔を見つけるなり急ブレーキをかけた彼は、息を乱しながら驚愕している。
「ま、マジで戻ってきやがった……」
リツは、己が走った道を振り返り、それから、出発地点を前方に見つけた。
この森には出口がない。
どこまで行っても同じ景色で、しばらく進めばこの大木の下に戻ってくる。しかもどうやら同じように進んでも同じように帰ってこられるわけでもないらしく。
リツは、少し離れた地面に刻まれる細い土の溝を睨んでいる。
「ちゃんと、モリが付けた目印追っかけてたはずなんだけどな……」
「普通に見逃しちゃっただけじゃないの?」
「お前らを見つける直前まで、確かに目印の上を走ってたんだぞ? それなのに、ちょっと目を離しただけであんなに離れるか?」
立つ位置から10mは離れている土の溝——木の枝を引きずった跡を指差して反論するリツだったが、テンちゃんは納得がいかないようだ。
ならば、と今度はテンちゃんが出発する事に。
「じゃ行って来るね!」
意気揚々と少女は歩み出す。目印はあるし、皆が戻って来た前例もあって、心配は薄いのだろう。
あっという間に木々に隠される後ろ姿。
けれどすぐ、その少女は左の茂みから飛び出して来た。
「良かっだっ! 戻れたっ! ここっ、おんなじ景色過ぎるってっ!」
テンちゃんの声は涙交じりで、僕らの顔を見て歓声まで上げている。たかが十数秒の間でよほどの恐怖に苛まれたのか。にしても過剰な気がする。
同じ事を感じたのだろう、リツがあからさまな苦笑を見せた。
「おいおい大げさすぎだろ。一分も経ってねぇぞ?」
「はあ!? いやっ一時間ぐらい経ってたでしょ!? 少なくとも二千歩は歩いたからねあたし!? 途中からだけど数えてたしっ!」
すると返って来たのは怒りで、明らかな違和感が僕らの間に生じる。その齟齬は、単純な認識の違いだけではなさそうで。
「……もしかして、時間も出鱈目?」
「あり得る、ね……」
イズミの憶測を否定出来る材料がなく、頷きは重くなる。
「で、出鱈目ってどういうこと?」
「多分だけど、別々で行動してたら、感じる時間もバラバラになるんじゃないかって」
「そんな事ってあり得るの!?」
「……あり得ないはず、だけどね」
少なくとも、この森では常識が通じない。そう考えるべきだろう。
ただしその常識も、失われた記憶の残滓と言う酷く根拠のないもので、指標にするにはいささか心許ないが。
「とりあえず、一人での行動はやめた方がいい?」
「そうだね。出来る限り皆で一緒にいるべきだ」
イズミの確認を肯定し、僕は他二人にも聞かせるよう結論を強調した。
少し前から雲はかかっているし、日も下がり始めている。ここで動かないままいれば、あっという間に夜を迎えてしまう。
謎に囚われている暇はない。今を乗り越えるにはやはり、協力するしかないのだ。
「まあ、出来る事するしかねぇか。せめて寝るとこは作んねぇとな」
「……それで一生ここで暮らすつもり? あたし、嫌なんだけど……」
前を向こうとする発言に、しかしテンちゃんは応えられないとばかりに俯いた。その様子にリツも、困ったように口を閉ざしてしまう。
誰もまだ、不安を払拭出来る根拠を持っていない。足元には未知ばかりが撒き散らされていて、それを踏んでも平気だとは、到底言えなかった。
何も知らないから安心出来ない。何も見えないから進めない。
僕らにとって、ここはまだ……
そう浮かべると、不意に何かが頭をよぎって、僕は直感に従うまま、テンちゃんへと語り掛けていた。
「……嫌なら尚更、ここを快適にしないと。それに、少しずつでも分からない事が分かってきているんだ。なら最後には全部分かるようになるよ」
よぎった何かは、焚火の形をしていた。
僕はそれを求めるように、保身をくべては火を熾し、大きくするためにホラを吹く。自身の行いを当てはめて、今の暗がりを照らそうとした。
ただしそうして灯しても、温もりと希望はこの場限り。全てが明るみになるわけはない。
それでも囲ってくれれば、お互いの手は届くようになる。顔が見えれば気遣える。
そうなれば、もう十分のはずだ。後は、その火を絶やさなければいい。
「モリ君の言う通り」
イズミが同調してくれる。リツも、無理に根拠を探すのはやめたらしい。
「ま、こんな状況だし、やる気が起きねぇのは仕方ねぇ。何ならそのまま不貞寝でもしとけ」
慈しみに似た笑みを浮かべた彼は、無遠慮に少女の頭をポンと叩く。すると、不服めいた視線が上向き、そのまま、輪から離れる背中を追いかけさせた。
「寝たら色々忘れるぐらい、快適なベッド作ってやるよ。俺は体力有り余ってるからな」
調子の良い事を言いながら、リツは早速、材料になりそうな物を探し始める。そこへ一部のヒィちゃんもついて行って、すぐ賑やかしくなっていった。
「僕も手伝うよっ」
「わたしも」
少し遅れて僕とイズミも続く。テンちゃんを取り残してしまう形にはなったけれど、少女が独りでない事は目の端で捉えていた。
「ヒぃヒー」「ヒヒーヒー」
足下に集まる十数匹の三角錐。寝床作りよりもテンちゃんへの心配を優先してくれたらしい。彼らは、まるで慰めるようにテンちゃんへと寄り添っている。
そんな意思をより近くで感じようと少女はしゃがみ、いくつも並ぶ、取って付けたような眼を見つめ返した。
「みんなもいるし、大丈夫、かな?」
「ヒっ!」
任せろとばかりに鳴く。その愛嬌ある小さな生物達に、テンちゃんは自然と弱さを隠したように見えた。
そして代わりにと笑顔が表に出て、少女も足を前に出す。
「あたしもやる!」
「お。よぉしっ。じゃあ手分けして頑張るぞッ!」
「「「おー!」」」「「「「ヒぃーっ!」」」」
リツの掛け声に合わせて僕らは拳を握った。真似るようにヒィちゃん達も声を上げる。
何も分からないながらにも進み、すっかり森の中は明るくなっていく。
こうしてこの場所にも、熱と光が生まれ始めていた。
大木を中心として、僕らの拠点を作っていく事となった。
とりあえずは男女が分かれて寝られる設備から。夜が来るまでに最低限の屋根と床の完成を画策している。
材料はほとんどが植物性。木材や葉っぱに蔦などを、どうにかこうにか組み合わせていく予定だ。
道具がない分、苦労しか見えてこなかったが、想像以上に『手伝い』が役立った。
「「「「「「ヒぃ! ヒぃ!」」」」」」
独特なイントネーションの鳴き声に合わせ、硬質な音が響き渡る。
複数の三角錐が一本の木を囲い、一斉にキツツキみたく幹を穿っていく。その小さな体には想像もつかない力が秘められているようで、一〇分ほどで3m弱の木が倒された。
しかも、森の精の利便性はそれだけでは終わらない。
「ヒぃイイイイっ」
「この立体、便利……!」
乏しい表情ながらに感激をするイズミは、三角錐で木材を擦っているところだった。鋭角な辺は見事に木の皮を削ぎ落とし、木材をより加工しやすく仕上げていく。
「道具みたく使うのは抵抗あるけどな……」
「けど本人達は喜んでるみたいだよ?」
苦笑するリツが、握る三角錐の表面をコツコツと叩けば、くすぐったそうな鳴き声が上がる。そこからは少なくとも、疲弊や不満と言った感情は見て取れない。
音のままに軽量で、どんな無茶をさせても変形しない頑丈さ。加えて手足は伸縮自在、収納可能と、謎生命体はその称号をいつまでも譲らないでいる。
「それにしても、リツはこんな事をして良いのかな?」
「ん? こんな事って?」
リツと並んで木材に小さな穴を開けている作業の途中、ふと気になって問いかけてみる。けれども本人は思い至っていないようで、僕は言葉を付け足した。
「ほら、君の与えられた『お仕事』って、木々を守る事、だったでしょ?」
プラカードに書かれていた文章。
思い出したそれを伝えれば、リツもすぐに納得いったようだった。
「確かに今、全力で木ぃ伐ってるな」
そう失笑した直後、ドシン、と大きな揺れ。ヒィちゃん達がまた一本、木を倒して見せたようだった。
その様子も、リツは笑って眺めている。こんな状況だし、与えられた役割から背けば何か罰が下りそうなものだが。
「けどまあ、大丈夫だろ」
リツはあっけらかんと放つ。
現在進行形で加工されている木々に視線を向けたまま、彼は彼自身の考えを口にした。
「あれってなんか、直接的な意味じゃないと思うんだよ。比喩っつーか、なぞなぞっつーか?」
どうやら根拠は言葉にし辛いものらしい。探るように首を傾げては、やっぱり違うかと訂正している。
けれどその不完全な解答に、不思議と僕は腑に落ちたような感覚を得た。
思い返せばこれまでに、僕自身も自分ではない何かに動かされた記憶がある。今拠点にしているあの大木を見つけた時が正にそうだ。
あの時はなんだか、胸の奥に使命やら責任が生まれていて、それが『お仕事』を所以とするものならば、見事なしっくり感がある。
きっと、僕達に与えられた『お仕事』とやらは文章だけではないのだ。それこそリツが言った比喩的な何かであり、本質的な物はもう、各々の中に埋め込まれているんじゃなかろうか。
ならばもう一つの表現も、的を射ているような気もしてくる。
「なぞなぞ、か。じゃあ意味が分かれば、この森から出られるのかな?」
「さあな。まあなんにせよ、答えは出さねぇと行けねぇんじゃねーか?」
「そうかもね」
と、話が区切りを迎えたところで、リツの持つ木材に穴が空いた。作業は同時に始めたけれど、彼の方が早く、しかも出来も良い。
「やっぱこいつは向いてるな」
ぽつりと、リツはそんな事を零した。
それはまるで、手元の木と対話しているようにも見えて。
少し前、伐り倒す木々を選ぶ際もリツの指示だった。あいつが丁度良いとか、こいつの方が加工しやすいぞ、と確信を持って彼は告げていた。
それこそが、彼に与えられたものなのかもしれない。分かる範囲から察するに、木の性質を見分ける力とかなのだろうか。だとしたら随分と地味だが。
とは言え仮説が立ったなら、次に考えるのはやはり己の事。
『森を守る』。
それは一体、どんな形を持って僕に与えられたのか。そもそも森と木々って、結構被っているようにも思えるけどどうなのだろう。
なんとなく辺りを見渡せば、皆の作業姿が視界に入った。
ヒィちゃん達は倒した木を運んで、イズミは運ばれてきた木の皮を剝ぎ、僕とリツで組み立てに向けて加工する。しばらく姿が見えていなかったテンちゃんは、丁度数匹の三角錐達を引き連れ戻ってきたところで、その両腕に一杯の葉や蔦を抱えていた。
誰もが忙しくしている。あまり手を止めている余裕もない。
状況を再確認した僕は、深い思考を一旦止めて、リツに負けじと作業を進める事にした。
そうこうしている内に、すっかり日は傾く。
空は橙色に、辺りは薄暗くなってきた頃、リツが満足げに宣言する。
「よし! 完成だ!」
「おぉー……大分しょぼいけど」
一応は拍手を打ったテンちゃんだったが、隠しきれない本音が零れてしまう。
「ま、まあ、一日では頑張った方だよ」
「素人なりの努力」
などとフォローはするものの、眼前の光景が理想とかけ離れているのは間違いがなかった。
元から立つ四本の木を柱に据え、その内側に加工した丸太を組み合わせ寝かせている。床はそれだけで壁はない。屋根は、柱とした木々に枝葉を橋渡しさせているのだが固定が甘く、今丁度、ばさりと落ちた。
寝ている間に落ちてくる可能性を考慮すれば、屋根は取っ払った方がいいかもしれないな。と、努力の成果を否定する考えすら生まれてくる出来だ。とは言え、地べたにそのまま寝るよりはマシで、それに、当初の目的は達成している。
女子は大木の洞に。男子は作りかけの寝床に。
寝る場所は既に分けていて、問題だった男女同衾はこれで回避と相成った。
「こんな出来じゃ、なんか申し訳ないんだけど」
「そんな事言ってられんのも今の内だからな? すぐにでっかくしてお前らが羨むような家を完成してやるよ!」
「どれくらいかかるかは分からないけどね」
大仰なリツの言葉に、僕は思わず苦笑を漏らす。
生憎と、僕ら四人にサバイバルの知識はなかった。記憶がないのだから当然だけれど、体がたくましい経験を覚えているという事もなく、手探りで試行錯誤した結果があれだ。
完成度に未練はある。けれどもう、次を考えなければいけない時間だった。
既に差し込む光もなくなっていて、僕は皆に提案した。
「そろそろ、焚火を熾さないかな?」
「でも、火を点けるのって結構難しいんじゃないの?」
「むずい」
「力にゃ自信あっけど、真っ暗になる前に終わるかは分かんねぇな」
夜を過ごすには間違いなく火は必須だ。しかし本来、自然の中にある物ではなく、それを道具もなく生み出すのは、素人の努力でどうにかなる事ではない。
少なくとも、僕らがこの森に迷い込む前では必要がなかった事。知識も技術もなく、誰も出来ないと首を横に振った。
なら今日も早く寝るしかないか、と諦めかけたその時、頼もしい声が上がる。
「ヒぃっ!」
ピョン、と三角錐の一匹が、僕らの視界に入ろうと飛び上がった。
その着地を視線で追いかけると、他のヒィちゃん達が散り散りになって何やらを集めているのを目撃する。
枝や落ち葉。それに、加工時に剥いだ木の皮も拾って、数匹で細く裂いている。
一体何を始めるのかと眺めていれば、三匹の三角錐が余った木材の上に飛び乗った。
「ヒっ!」「「ヒヒーっ」」
注目を集めるように一声鳴いて、その内の一匹が逆立ちをした。
頂点を木材に突き刺して、伸ばした手足でバランスを保つ。残りの二匹は、その一匹を挟むように構えて立っていた。
「ヒっ~!」
変化が起きる。逆立ちする三角錐の頂点が、徐々に赤らんでいったのだ。
それは暗がりでも目立ち、およそ熱を発しているようで。
その色が最大に達したところで、バランスを保つ手足が離された。
「「ヒぃっ!」」
「ヒぃイイイイイっ!」
挟む二匹が、逆さに立つ三角錐を回し始める。その勢いは段々と増していき、次第にその立体を円錐と錯覚させた。
回転は当然に、木材に穴を開けていく。その過程で周囲に木屑が積もっていき。
そして、煙が上がった。
それを確認するとすかさず、別の森の精が現れる。その一匹は細切れにした木の皮の束に煙の元を移すと、風を送るように腕を上下させた。
しかし腕の上下だけではうまくいかないのか、煙は弱まっていく。それを見兼ねたまた別の一匹が、火種を持つ三角錐の足を掴み、ぶん回した。
「ヒぃーっ!」
「ヒぃイイイイイっ!?」
ジャイアントスイングだ。
振り回されながら目も回すヒィちゃんは火種を決して手放さない。熱心に自分の役割を全うし、それは結果を出す。
煙が量を増していく。チラリとその奥には光も見えて。
すると、もう十分だと判断したのか、ジャイアントスイングする三角錐は、遠心力に任せて技を解いた。
「ヒぃイイイイイイイイイイっ!?」
スポーンと飛んでいく火種とそれを抱えるヒィちゃん。その飛ぶ先には待ち構えていたように枝葉が積まれていて。
ベキバキボキッ。
枝を折りながら埋もれていく。それでもそこからは煙が上がっていて、それを絶やさないように、他のヒィちゃん達が枝葉を追加していった。
「ヒぃイイイイっ!?」
枝葉の山の中から、一匹のヒィちゃんが抜け出したその時。
ボッ。
火が一段と大きくなる。それはすぐに周囲の枝を取り込んで、更なる成長を遂げた。
「「「「ヒぃイっ!」」」」
三角錐達よりも大きくなった炎。それを披露するように声が揃う。
一連の様子に、僕らは終始、呆然とするしかなかった。
「ほ、ほんと役立つな、こいつら……」
「出来る立体」
なんだかここにきて、一番の不可思議を目の当たりにした気分だった。
ありがたい事であるにも関わらず、どこかぎこちなく恩恵を授かる。焚火を囲って、それぞれが座る位置を定めたところで、ヒィちゃん達は更に僕達をもてなそうと、余った食材の加熱調理を始めた。
「なんか、至れりつくせりって感じ?」
「うん。申し訳なさすら感じるよ」
「ヒっ」
僕の言葉に、気にするなとばかりに鳴くヒィちゃん。それでもと感謝は告げておいた。
気づけば周囲は真っ暗だった。見上げれば、木の葉の隙間に星も見える。その光景に僅かながらも感動を得て、今の平穏さを実感した。
昨日とは違って明かりがある。それだけで随分と気持ちは違うものだ。
「案外さ、やっていけそうだよね」
焼き上がったキノコを頬張りながら、テンちゃんがそう言った。
「今日は昨日みてぇに、天気が酷くなかったし、なんとかなったな」
「でもコロコロ変わるから、ここの空は変」
「そうだね。注意はしておかないと」
イズミの言う通り、今日も、本降りにこそならなかったが、何度か雨は降った。けれど今はその面影もまるでなく、この調子ならあの急造男子寮でも夜は乗り越えられそうだ。
けれどせめて、屋根は完成させておきたい。それと壁も。いつ状況が急変するのかは分からないのだし。
「……この森変だし、突然恐いことが起きてもおかしくないよね」
「そん時は、俺達で協力して何とかしようぜ」
「たぶん何とかなる」
「逆に良い事が起きるかもしれないしね」
生まれる不安は皆で塗り潰す。明かりを囲めているだけでも、結束力が随分と高まっていた。
それから次々に食料が焼き上がり、ヒィちゃん達からの施しを受ける。
「食べ物はみんなが持ってきてくれるから安心だよねっ」
「出来るなら調味料とかも欲しいけどなー」
と言う声を聞きながら、僕はふと、側にいるヒィちゃんに目が行った。
「ヒ、ヒぃ~」
なんだか申し訳なさそうな表情。それから手ぶりで何か意思を示そうとしてくる。やたらと食料を示しているが、何を言いたいのだろう。
僕が首を傾げていると、その様子を見ていた隣のイズミが気づく。
「もしかして、もう調達は出来ない?」
「ヒぃ」
控えめに頷く三角錐。そこでチラリと僕は、残る食材を眺めた。
朝からその量は増えていない。残るのはざっと一食分程度。
彼らが調達に行くのにも、何かの条件が必要なのだろうか。
「えっ、みんな食べ物もう持ってこれないのっ?」
「ヒぃ~」
話を聞いていたのだろう、テンちゃんが驚いたように他の森の精にも確認する。返ってくる反応は大体同じで、申し訳のない肯定だ。
「じゃあやっぱ、明日以降は食材調達が必要になるか……」
「でも、ここからどこにも行けなかったし、ここになかったらないんじゃないの?」
「泉になら魚がいる」
「ああそう言えば。って、あの泉に戻る事は出来るのかな?」
昨日はあっさり移動して見せたが、今日の探索では泉らしいものは一度も見かけていない。こちらも何かの条件があるのだろうか。だとしたら明日もまた忙しくなりそうだ。
この森における謎は尽きない。それを話しているとあっという間に時間が経った。
けれども明かりがあれば、昨日よりも長い時間を過ごせて。
眠気が来てから、僕らは焚火を離れる。
女子は大木の洞へ。男子は急造の丸太床に。
丸二日、体は洗えていないし、服も着替えられていないから、汚れや臭いは目立ち始めていたけれども、今は贅沢も言っていられない。
寝る床もゴツゴツしていて到底心地良いとは言えない。それでも疲れがあって、瞼はすぐに重くなっていく。
明日はより快適を。
と予定をいくつか考えている内に、僕はすっかり眠りについていた。