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森を守るお仕事です。  作者: 落光ふたつ
序幕
3/13

第3話「出口を目指す」

「「「「ヒぃー!」」」」


 眼前の光景を表すなら労働だ。

 身の丈以上もの相手に己の体のみで立ち向かう。熟練のごとく難なく成し遂げる者がいれば、未熟にも失敗して右往左往する者もいる。手が足りない程の大きな標的には他者の手も借り乗り越えて。そこには、当事者だけが味わえる感動すら生まれている。

 ただ、見ている側としてのその光景は、珍妙と表す他なかった。

 行いを端的に言えば、果物の皮剥きなのだ。

 それを、奇妙な生物が変わった方法でこなしている。

 手足の生えた三角錐。彼らは立体ならではの突起した頂点や鋭角な辺を生かして、皮に切れ込みを入れスルスルと果実を裸にしていく。中には頭から果肉に突き刺さり、身動きが取れなくなる不器用な個体もいたりして。

「ヒぃヒぃっ」

「ヒっヒヒー!」

 独特なイントネーションで鳴きながら、三角錐は働き続けている。

 未確認生物の数はざっと三十近く。単位はよく分からないがなんとなく、『匹』が一番しっくり来た。

 ただしその者達は『森の精』だというのだから、数え方に不敬を覚えなくもなかった。

「……これが、手伝いって事でいいのか?」

「食べ物に困らないならかなり助かるけどね」

 疑念を消せないリツが睨むのは、新たなプラカードだ。


『我々は森の精。彼らが皆さんの生活のお手伝いをします。対価は既に一人ずつから頂いていますので、存分にこき使ってください。』


 果物を運んでいた三角錐。

 取って付けたような目と手足を付けた、生物と呼ぶべきか躊躇うその存在は、僕達に見つかるとすぐに、先の文章を披露した。

 字体は他のプラカードのものともよく似ている。恐らく筆者は同一人物なのだろう。とすれば、この異常事態を招いた黒幕に繋がると思ったが、単一的な鳴き声しか発せない三角錐からはめぼしい情報は得られなかった。

 加えて、現状にどうも悪意が見えてこない。

 今のところ危険に晒されそうもないし、むしろ手伝いをあてがわれる始末。これでは真相の見当をつけられるはずもなく。故に僕は、しばらく前から推理を放棄していた。

 珍妙な光景を作る森の精達は、今も僕達のために働いてくれている。彼らはこちらの言葉はおおむね理解していて、更には声音と身振りで感情を伝えようとする知性もあった。

 そしてそんな姿には愛嬌もあったようで。

「か、かわいい……!」

 テンちゃんは三角錐の頭部らしき箇所を撫でては、個体ごとに違う反応を楽しんでいる。その奥、イズミも同様に三角錐達と触れあっていた。

「……動いたらダメ」

「「「ヒぃっ!」」」

 命令に、揃った声が鳴く。そうして指示通り硬直した三角錐を、イズミは真剣な瞳で積み上げた。

「もっと高みへ……!」

「「「ヒぃっ!」」」

 その有様はまるで積み木だ。三角錐が縦に三つ並んでいる。

 明らかに生物に対する行為ではなかったが、森の精達はと言えば、どこか喜んでいるようにも見えて、謎は深まるばかりだった。

 とまあ、そんなこんなで女子二人は、すっかり未確認生物を受け入れている。

 その、危機感の欠片もない様子にリツは、何とも言えない表情を浮かべていた。

「ほんとに大丈夫なのかぁ? なーんか納得しきれねぇっつーか……」

「まあ、よく分からない事だらけだしね」

 否定するわけではないけれど何か言いたげ。そんなリツに、僕は当り障りなく事実だけで相槌を打った。

 彼は確実な安心材料が欲しいのだろう。責任感が強いらしく、下手な選択をしてしまわないようにと慎重さを意識している。

 そのためにリツは、食料確保が達成されたにも関わらず、森の精達を信じず、食料には手を出さないようにと皆に言い含めていた。

 その言い分には誰もが賛成したのだが、しかし次の指示がなく、長い間手持無沙汰になっていれば揺らぎもするだろう。

 しかも、向けられる行為には善意しか感じられないのだから、流されても仕方ない。

 だから僕は、少女を責める気にはなれなかった。

 視線の先。

 三角錐に囲まれるテンちゃんは、ブドウを頬張っていた。

 囲まれる森の精達からの献上品を、笑顔で受け取り感謝を告げている。すると、皮剥きを頑張っていた者達は一斉に嬉しそうな声を上げ、それでテンちゃんももっと応えようとどんどん食料を受け取っていく。

 リツは、未だプラカードの文章に唸っているため気づいていない。

 僕はつい苦笑を浮かべながらも、施しを受ける光景に、空腹から来る羨ましさを味わわせられていた。

「ヒぃっ!」

 不意に足下から声が飛んでくる。見れば、一匹の三角錐が寄って来ていた。

 手の平サイズの精はリンゴを持ち上げている。綺麗に丸裸にされた果実はどこからでもかぶりつける状態だ。

「えっと、くれるの……?」

「ヒっ!」

 問いかければ得意げな頷きが返ってくる。

 にしてもまるで、僕の思考を呼んだかのような気の利かせぶりだ。随分と出来る立体らしい。

 次第に僕も角ばった体に愛らしさを見出しつつ、リンゴを受け取った。

「じゃあ貰うね。ありがと」

「ヒぃヒぃ!」

 感謝を伝えれば三角錐は嬉しそうに鳴いて、それからまた労働へと戻っていく。より一層のやる気をみなぎらせるその後ろ姿には、好感を抱かざるを得なかった。

 きっと、テンちゃんも同じ気持ちだったのだろう。

 リンゴをしばし眺める。けれどどうやっても不信は生まれてこなくて。

 ……まあいいか。

 どこか絆されたように、僕はリンゴにかじりついた。

 シャクシャクと口の中で小気味良い音が鳴る。スッキリした甘みが程良く、間違いようもなく美味しい。

 恐らく毒なんかも入ってはいない。疑っていたのを謝りたいくらいだ。

 とは言え何かは言われるだろうな、と恐る恐る隣を窺えば、やはりリツは呆れた視線を送っていた。

 ただしそれは僕にではなく。

 彼の目の前、頬を大きく膨らませるテンちゃんに向けてのものだった。

「ほんなに良いほ達なんだはら、はやしむほともないへしょ?」

「……呑み込んでから喋れよ」

 少女は未だ疑いを持つリツに、三角錐の良さを伝えているようだった。その、両手一杯口内一杯に食料を抱える姿は、見事に功を奏したらしい。

 気が抜けたかのように反論する気力も失って、リツはチラリと僕を見た。それに対して僕は、咀嚼中の果実を飲み込んで「美味しいよ」と伝えておく。

 すると彼も、妥協を選択してくれた。

「ま、普通に食えてるみてぇだし、いいか」

 と言って、リツはテンちゃんの右手からバナナを一房奪い取る。

「あっ、ふぉっと!」

「良いだろ一つくらい。……ん、うめぇな!」

 バナナの味に感動すると、リツも次に次にと食料を求め始めた。彼も相当の空腹だったようだ。賛辞の数はもう数えきれない。

「全く、誰かさんのせいで無駄に時間使っちゃったっ」

「ハイハイ悪かったなー」

 テンちゃんの皮肉をリツが軽く流していると、一人離れていたイズミも意見が揃ったのを感じ取って歩み寄って来る。その口には数本のキュウリが一列に咥えられていた。

 集まった僕らは円になって座り込み、食事をしながらちょっとした雑談を交えていく。その最中に、テンちゃんがふと思いつきを放った。

「ねえさ、この子たちの名前は決めないの?」

 少女の膝上では一匹の三角錐が愛でられている。自分が議題になったのを察したのか、その生物はキョトンという感じで僕らを見回した。

「名前って、ここにこいつらは森の精だ、って書いてあるぞ?」

 リツはプラカードを見せつけ早々に答えを示すが、テンちゃんは満足いかないらしい。

「それだと呼び辛いじゃん! もっとなんか、可愛い感じにしようよ!」

「可愛いって……」

 リツの表情が一瞬で面倒を表す。いち早く発言したのはイズミだ。

「積み木」

「それ名前じゃない!」

 しかし即刻却下。どうやらイズミは本当に、森の精を生物として捉えていなかったようだ。

 二人がダメとなって、自然とテンちゃんは僕を見た。

「モリくんはなんかない? 呼びやすくて可愛くて、この子たちが気に入りそうなのっ」

 僕ら自身の呼び名決めの事もあってか、向く少女の瞳には期待が込められている。しかも最初より条件が増えているし、何やら気が重い。

 さっきの時なんて、ほとんどがそのままだしなぁ……。

 ネーミングセンスと言うよりも即決力が役に立った形だ。少女が求めるようなものが思いつく気はしない。

 けれど一応、と僕は似た方法で提案を絞り出してみた。

「鳴き声からそのまま、ヒィちゃん、とかはどうかな?」

 言ってから、安直すぎるな、と自分で笑ってしまう。これではさすがに通らないだろうとテンちゃんの反応を窺おうとした、その時、


「「「「「ヒぃヒーっ!」」」」」


 何重にも重なる声が、森中へと響き渡った。

 発したのは森の精達。彼らは作業を中断させ、まるで『賛成』の意を張り上げるように意思を示していく。

 少女の膝上に乗る一匹も例外ではなかった。

「……気に入ったの、かな? じゃあそうしよっか! そのまんまだけど可愛いし、良いね!」

 テンちゃんからグッドサインを貰う。自信があったわけではないし、褒められても素直に受け止めがたがったが、まあ結果オーライか。

 テンちゃんの興味は既に三角錐改めヒィちゃんへ移っていて、僕が浮かべた微妙な表情は見られずに済む。

「ヒィちゃん、ね。ま、何でもいいけどよ」

「……一発オッケー。さすがはモリ君」

 リツは肩をすくめながらもどこか微笑ましそうにして、イズミは平坦な表情で僕を讃えてくれる。

 続いて聞こえて来た声は、少し下の方から。

「ヒっヒ!」

 そこには手ぶらの森の精がいた。

 彼は仲間達を代表し、改めて挨拶をするかのように敬礼を見せる。その無駄にキレキレな動作に僕は失笑しながら言葉で返した。

「よろしくね、ヒィちゃん」

「ヒぃヒぃ!」

 こうして、未確認生物達との友好関係を結んだ。

 ただし、この関係が長続きするという事は、ここにいる時間も長くなるという事で。

 その事実は歓迎出来ないはずだけれど、不思議と、嫌な気持ちはあまりなかった。

 それはどこかで、この場所を理解していたからなのかもしれない。



「んじゃあ腹も膨れた事だし、出口探すか」

 リツが腰を上げるとそう切り出した。

 その提案に拒絶の声は上がらなかったものの、不安はいくらでも思いつく。

「出口探すって言っても、どっちに行くの?」

 テンちゃんは二つの人差し指で別々の方向に指を差す。その先はどちらともに木々が茂っているだけで、当然に道なんてものはない。

「適当に歩いてたら全部無駄になっちゃうよ。しかも移動した先がもっと酷い場所だったら、今度はろくに寝れなくなるかもしれないし」

「と言っても動かないわけにもいかないからね。少しずつ探索していくのが良いんじゃないかな? 一日で戻ってこられる範囲にしてさ」

「無難。ここなら木の中で寝れるから多少は安全」

「……またギュウギュウになって寝るの? 出来れば男女別が……」

 言いかけてテンちゃんは慌てて口を塞ぐ。この状況に我満は不適切だと感じたのだろう。

 しかし僕とリツは同意とばかりに目を合わせ、それからイズミを見た。

「?」

 視線の意図を理解出来ていないその様子に、男子の意思はより固まる。

「二手に分かれるか。片方が探索で、もう片方が寝床作りって感じで」

「そうだね。僕もそれが良いと思う」

 少し強めに同意する。その僕らのやり取りからテンちゃんも意図を察したようで、イズミに横目を向けた。

「あたしも賛成。でも、あんまり肉体労働は自信ないんだよね……」

「そこは男女一組にして、出来る事を分担すりゃいいだろ。あ、今更だが、二人きりになったら襲われるーとか言わねぇだろうな?」

「い、言わないしっ」

 リツのからかいにテンちゃんは顔を赤くして否定する。そのおかげもあってか、これ以上の不安はとりあえず呑み込めた。

 僕は一応と、口数の少ない彼女からも確認を取っておく。

「イズミはこれで大丈夫?」

「大丈ぶい」

 ピースサインで返された。茶目っ気のある子だ。

「んで、組分けはどうするよ? 俺は力仕事の方が向いてるだろうし、寝床作りの方がいいと思うんだが」

「それなら僕は探索に行くよ。二人はどうする?」

 率先して発言するリツのおかげで僕の振り分けもすぐに決まる。

 後は女子だと視線を向ければ、二人はまだ決めかねているようだった。

「ど、どっちがいいかな……」

「わたしはどっちでも」

 テンちゃんは迷っていて、イズミは委ねている。お互いが意見を発信しないから、話し合いにも発展しない。

 テンちゃんはあれこれと考えているようだから、こちらから口出しをするのはやめておいた方がいいだろう。あまりにも時間がかかるなら、何か理由をつけて決めさせればいい。

 僕は少女の選択を待ちながら、意味もなく辺りを見渡す。

 とそこで、ふと視界に入った存在への疑問が湧いた。

「……そう言えば、ヒィちゃん達は手伝ってくれないのかな?」

 作業を終えて一休みしている三角錐達。彼らは余っている食材を片付けたり、何もせずぼーっとしたりと自由に過ごしている。

 プラカードによれば、彼らは手伝いのために僕らの前に現れた。その最初の行いが食材調達であり、そこから、彼らにはこの森の中で多種多様な食材を調達する術があると推測出来る。

 ならば、この森の中に詳しいのではないだろうか。果物や野菜が実る場所を知っているのなら、森の果ての情報を持っていても不思議ではない。

 僅かな期待を込めて、僕は彼らに歩み寄る。

「これから森の出口を探しに行こうと思うんだけど、案内とか、お願い出来ないかな?」

 問いの答えは他の三人も気になる様で、結果を注視している。

 けれども何となく、彼らの返答は分かっていたのかもしれない。

「「「「ヒぃヒぃ~」」」」

 三角錐が一同に左右へ振られる。申し訳なさそうな声音から、そればかりは出来ないと発しているように聞こえて。

「……そっか」

 理由は知れない。言葉を持たない彼らから詳しい事を聞き出すのは無理な話だ。

 引き下がるしかないかな、と僕がヒィちゃん達の前から下がろうとすると、入れ替わるようにして、今度はリツが質問を繰り出した。

「じゃあ、寝床作りは手伝ってくれんのか?」

 少し粗野な投げかけに、三角錐達は間髪なく答える。

「ヒぃ!」「ヒっヒー!」「ヒヒヒー!」

 僕に対する否定が嘘だったかのように、意気揚々とした声が続々と上がった。

 中には先走って小枝を拾い集め、仲間からそれじゃ不十分だと叱責を受ける者までいて。

 急なやる気の見せ方に、僕は少し唖然とする。

 ……もしかして、ヒィちゃん達も森の全貌を知らないのか?

 推測は全て不確定で、真実の解明には至りそうにない。とは言え、状況が好転しているのは間違いなかった。

「ヒィちゃんたちがいるなら、あたしも一緒がいいかな……」

 どうやらテンちゃんはすっかり森の精達が気に入ったらしい。ずっと揺らいでいた天秤がようやくに傾いて、イズミもそれならと僕の側に寄って来た。

「わたしはモリ君と出口探し?」

「うん。よろしくね」

 一応挨拶を投げておくと、得意げな頷きが返ってくる。

 テンちゃんもそれとなくリツの近くに行き、それにつられて大勢のヒィちゃん達も集まっていった。

 三角錐の精達は、作業はまだかとウキウキしているようで、随分と頼もしそうだ。

「とりあえず僕らは、日が落ち切る前に戻れる範囲で歩いてみるよ」

「おう、ただ深追いはすんなよ。こっちは任せとけ」

「こっちも任せろい」

 リツが激励のサムズアップを見せてくると、イズミも真似をして親指を立てる。

 一人、会話に混ざらなかったテンちゃんは、足元の三角錐の士気を向上させていた。

「みんな、頑張ろうねっ」

「「「「ヒぃーっ!」」」」

 飾り気のない声掛けに、元気な声で応えてもらって少女はより嬉しそうに破顔している。

 心配はなさそうだな、と確認して、僕はそれからイズミを視界に入れた。すると彼女もこちらを見る。

「それじゃあ行こうか」

「ん」

 頷き合って、そうして僕らは、二人と約三十匹に送り出された。

 荷物は特にない。余った食料を持っていくかとも考えたが、空腹を感じたら戻ればいいだろうと心に余裕を持たせた。

 気を付けるのは迷わない事。それは目印を付けながら進めばいい。

 僕は落ちていた中でも太く重そうな枝を拾って、地面に引きずった。そうすれば、僕らの歩いた道は一目瞭然だ。

「……景色、変わらないね」

「迷いそう」

 しばらく歩いてみても変化は捉えられない。後ろを振り返ればもうすっかり、大木や残した二人とヒィちゃん達は見えなくなっている。

 それからも平坦な道を歩き、僕はふと気になって、隣からの視線を見返した。

「えっと、なんで僕を見てるの……?」

「……なんとなく?」

 僕の左を歩くイズミは、前も見ずに僕の顔を凝視していた。問いかけても煮え切らない返事で、もしかしたら失われた記憶に関係があるのだろうか。

 と、推測を浮かべかけたその時。

「あっ」

 イズミが小さく声を上げる。それと同時に彼女の体が傾いた。

「あぶなっ」

 僕はとっさにイズミを抱きとめて転倒を防ぐ。腕の中にいる彼女は、若干の硬直はしながらも、表情の変化は見せなかった。

「ありがと」

「ほら、ちゃんと前は見ないと危ないよ?」

「……ん」

 僕の小言にほんの少しだけ不服そうにして、イズミはゆっくりと立つ。あまり危機感を覚えていなさそうなその様子に、つい苦笑を浮かべながら、仕方ないな、と僕は二度目を心配して彼女の左側を歩いた。

 それからも森を進む。景色はやはり、いつまでも同じだ。

「イズミは、このまま森で生活する事になったとして、やっていけると思う?」

 何もしないのも退屈と感じて、僕は問いを投げかけた。

 それは、浮かべざるを得ない不安だった。何も分からないこの状況で、常に頭の中で渦巻いている。

 ただ、退屈しのぎならもっと明るい話題にすればよかったか。そんな僕の後悔など関係なく、イズミは即答した。

「たぶん大丈夫。少なくともこけそうになったら、モリ君は支えてくれたから」

 まるで、この先に暗闇はないと言わんばかりに彼女はハッキリと、僕への信頼を口にした。

 じっと、見つめてくれる瞳。

 それが何だか無性に嬉しくて。何か言い返したくなって。

 だけどそれは、彼女の気の抜けた声で引っ込んだ。

「あっ」

「っとと」

 またも躓きかけた彼女の肩を、今度は危なげなく掴む。

「話す時は足を止めた方がいいかもね」

「いや二度あることは三度ある」

「君が言うのかそれを……」

 イズミの独特なペースにももう慣れた気がしてきた。彼女の方もなんとなくだが、会話が生き生きしているような感じがする。

 それからも僕らは並んで歩いた。

 多くはないものの言葉を交わしつつ、居心地の良い関係が出来上がっていく。

 やはりイズミは予告通りにまた躓き、それを慌てず僕は支える。窘めても掴みどころのない返事をされて、失笑ばかりが漏れた。

 そうしてしばらく時間が経った時、僕らはふと変化を感じ取った。

 それは音だ。

 景色は変わっていないものの、木々に隠された奥地から、空気の振動が届いてくる。

 木々や葉の擦れる音ではない。動物のものとも違って。

 人の声。

 直感的にそう判断した僕らは、お互いを見合った。

「この先に、誰かいるかもね」

「行くしかない」

 確かめないわけにはいかない、と意見を揃える。

 最初に浮かんだ憶測は、またもや僕らと同じ状況の人がいる可能性。既に三度も体験しているのだから当然だ。

 けれども胸に膨らむ感情は希望の方が大きい。人とはそういうものなのだろう。

 逸る気持ちにつられて足も速くなる。今も聞こえてくる声の内容を必死に聞き取ろうと、走りながらに聴覚を意識した。

 しかし真実は、現実からよりかけ離れていく。


「全っ然、折れないんだけどっ!」


 明確となった声。

 けれどその音色に、僕らは酷く聞き覚えがあって。

 木々を抜け、開けた視界。

 目にした光景に、僕はこれまで引きずっていた木の枝を落としてしまう。


「いやそんな事ねぇだろー。こんくら、いっ。ほらな?」

「女子の非力を甘く見ないでよぉ……ってあれ?」


 少女が気づき、彼も続く。

 僕らの顔を認識すると、彼は気さくに投げかけて来た。


「おー。お前らもう戻って来たのか?」


 折れた木を手にするリツに、疲弊した様子のテンちゃん。二人は僕とイズミの姿を見て、どこかキョトンとしている。

「にしても早かったね。あれ、けど、あっちに行かなかったっけ?」

 指を差す方角。その先を追いかければ、木の枝を引きずった線がまっすぐに伸びている。

 それは、僕らが今立つ場所と対角にあって。

「……一周、した?」

「いやでも、ずっと前に進んでいたはずだけど……」

 困惑している僕らに、リツとテンちゃんも疑問符を連ねる。

 それからすぐに浮かんだのは、森の精達に、出口を探す手伝いを要求した時の事だった。

 彼らが首を横に振ったのは、真に出来ない事だから、ではないのだろうか。

 つまりは、出口がない。

 辿り着けない場所への案内など、誰にだって不可能だ。

 その事実に思い至りながら、僕はしばらく口に出せないでいた。



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