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森を守るお仕事です。  作者: 落光ふたつ
終幕
13/13

—————「     」

 道は決まっていた。

 進む理由も、辿り着ける自信もあった。

 でもなぜか、迷っていたんだ。

 足を進めながら疑問の声を発している。正しいはずなのに何かが引っ掛かる。

 その意味が分からなくて。

 だから探そうと、なんとなく歩いて。

 そうして。

 気づいたら僕は、そこにいた。


 そこで、迷いに気が付いた。

 本心を見つけた。

 だから与えられたものは捨てて、自分の欲しいものに手を伸ばした。

 進もうとしていた道は、間違っていたみたいだ。

 少なくとも僕にとっては。



 長い夢を見ていた気がする。

 意識は曖昧で、なんとなく歩いていたのは覚えていたからそのまま足を進めていて。

 何を、していたんだっけ。

 ふと辺りを見渡せば森の中だった。周囲には誰もいない。

 ……そうだ。モヤモヤしてたから、気分転換で散歩に出たんだった。

 モヤモヤはもうない。どうやら知らない間に、決着がついたようだった。

 気分が晴れたと知った僕は、そのまま家へと引き返す。

「あ、兄ちゃんだ!」

「せんせー! 兄ちゃん帰ってきたー!」

 森を抜けると、相変わらず元気な皆が待っていた。けれどなぜだか僕の顔を見ると途端に騒いでいて、ちょっとした違和感を覚える。

 まるで、僕がしばらくいなかったような雰囲気だ。

 疑問を感じつつも僕は、森に隣接する家の門を通る。すると、子供達に呼ばれていた先生が駆け足気味でやってきた。

「帰ってきましたか。心配しましたよ」

 大きめな体格に対して物腰の柔らかなその先生の言葉に、僕ははてと首を傾げた。

「僕、そんな長い間出歩いていましたっけ?」

 空の色を見上げれば夕刻だ。森に踏み入った時とそう変わらない。なら大して時間は経っていないはずだが。

 けれどどうやら、僕の感覚は大分狂っていたらしい。

「守孝さん。あなたは丸一日、行方不明だったんですよ」

 いわゆる神隠しに会っていたのだと突然告げられても、呑み込むのには時間がかかった。



「普通に森の中を歩いていただけだと思っていたんですが……」

 話を聞くためにと招かれた先生の部屋。畳の上に敷かれた座布団に座って僕は、部屋の主と向かい合っていた。

 ちゃぶ台の上にはミスマッチな紅茶が提供されていて、僕は迷惑をかけた申し訳なさで、一口もつけられないでいる。

 困惑している僕に、しかし先生は少し表情を変えて笑った。

「正直言いますと、心配していたというのは、半分嘘なんです」

「嘘、と言うのは……?」

 言っている意味が分からず問い返すと、先生は紅茶を一口啜ってから答える。

「あの森で神隠しが起こるのは、昔からよくある事なんです。それはいつも一日で戻ってきましてね。去年にも急にいなくなった子が一人いたはずですよ」

「……そう言えばありましたね。僕は修学旅行に行ってて後で聞きましたけど、でも確かに今までにも何回かあったような気がします」

 埋もれていた記憶を掘り返し、僅かに納得する。院内でも結構有名な話で知らないはずもないが、ド忘れてしていたのはまだ気が動転している証拠だろう。

 先生は相変わらずの落ち着いた声音で問いかけてくる。

「それで、神隠しに会っている間、どんな体験をしましたか?」

 質問に応えられるよう記憶の中を探って、ぼんやりと浮かんだ輪郭は、けれど明確に掴む事は出来なかった。

「……あまり、覚えてないです。でも何か、迷いはなくなったような気が、します」

「迷い、ですか」

「はい。僕は、卒業したら先生と同じような選択をするべきなのかなと考えていたんです。それが一番、ここに恩返しが出来るだろうと思って」

「でも、違うんですね」

 言葉の先を読んで、どこか嬉しそうな先生に続きを促される。それに僕はハッキリと頷いた。

「はい。僕にはもっと、優先したいものがあったみたいです」

「そうですか。それは良かった」

 僕の発した答えに、先生は安心とばかりにまた紅茶を口に含んだ。

 そして一息吐くと、自らも秘密を明かすように潜めた声で言う。

「実は、私も守孝さんと同じ歳の頃、同じように森で神隠しに会ったんですよ」

「え?」

「だからですかね。あなたを初めて見た時、なんとなく親近感を覚えたんです」

 ふっと過去を懐かしむその微笑みを、僕はつい最近まで見ていたような気がした。けれど重なった姿はかなり印象が違っていて、幻想だろうと振り払う。

 そもそも、一日しか神隠しに会っていないのだから、先生の顔を見たのも最近なはずだ。重なった人物と言うのも、名前も思い出せないし。

 不可解な記憶に戸惑っていると、突然、部屋の扉がバタンと勢いよく開いた。

「りちゅきせんしぇー! みてー!」

 舌ったらずな声で踏み入って来たのは、年少の少女だった。その後ろには同い年でいつも一緒の女の子もついてきている。

「おや、どうしたんですか?」

「え!」

「絵ですねぇ。お上手ですねぇ」

「……っ」

 先生が褒めると、少女の背中に隠れていた女の子の方が反応した。どうやら絵を描いたのはそちらだったらしい。

「えーちゃん、え、うま!」

「お友達の自慢をしたくて来たんですね。ほんと仲良しですねお二人は」

「なかぉし! いっしょ!」

「……いっしょぉ」

 それから二人は先生を囲って畳の上で画用紙を広げて絵を描き始めた。その様子を微笑ましそうに眺めていた先生は、ふと思い出したように僕に向く。

「そう言えば、彼女は一緒じゃありませんでしたか?」

 曖昧な三人称でも、なぜか誰を差しているのかはすぐに分かった。

「え、いないんですか?」

「ええ。あなたを追いかけて一緒にいなくなってしまったんです。まあ、あの子も同じく神隠しに会っているのなら、そろそろ帰ってくるとは思っていますが」

 先生は心配させまいとそう言ったのだろうが、僕は関係なくたまらずに立ち上がっていた。

「ちょっと探してきます。紅茶、ごちそうさまでした」

 一息に紅茶を飲み干し礼だけを言って部屋を飛び出す。先生はその行動を想定していたように、「遅くならない内に帰って来てくださいね」と声を掛けてくれた。

 建物を出て、まっすぐに森へと足を踏み入れる。院で育てられた僕達にとって、森は庭のようなものだ。小さい頃から遊び場として使っていて慣れ親しんでいる。

 だからどこを見回しても、同じように見える景色にもちゃんと違いを見つけられて。

 ふと、目で感じ取ったその現実味に、自分はもう夢にいないのだなと言う実感を覚えた。

 ただ今はどうでもいい事だ。僕はとにかく、彼女を探して走り回った。

 当たりはついていて、目指せばすぐ見えてくる。

 そこは、彼女の好きな場所だった。

 周囲の石は苔むし、際には草葉が生え、景色を反射して緑に染まっている。その様が同化するようだからか、子供の中でも知る者は少ない。

 年中渇かず水を溜めているのは湧き出しているためだろう。水質は、底がくっきりと見える程透明だ。

 そして、その水面に浮かぶ彼女を見つけて、僕はホッと一安心する。


「いずみ」


 名前を呼ぶと、彼女はゆっくり目を開いた。僕の顔を確認し、浅い水底に足をつけ立ち上がると、こちらに歩み寄ってくる。

 女子にしては少し高い身長。光の加減で青みがかって見えるストンと落ちたロングヘア。ブレザーの制服は僕の通う高校のもので、ネクタイは二年生の赤色。

 夢を見ている間もずっと一緒にいた気がする彼女は、まっすぐに僕を見て首を傾げた。

「どこ、行ってたの?」

 僕の方が探していたんだけど、と思わず口に出そうになって、でも元々は僕の方が行方不明になっていたのだと思い返す。

「ごめん。ちょっと迷っちゃってて」

 僕は彼女が水辺から上がり切る前に寄り添って、いつものように左側で支えた。

 そしていつもとは少し違って、左手を握る。

「もう、迷わないから」

 そう誓うと、彼女は小さく頷いた。

 すっかりびしょ濡れなのに、まるで気にした様子がないのは相変わらずだ。それでも張り付いた衣服から浮かぶ体つきは少し目に触るので、僕の上着を着せておく。

 寒い時期ではないとは言え体調も心配だし、と僕は早速彼女の手を引っ張った。

「それじゃ、帰ろうか」

「ん」

 歩幅を調節して、二人並んで歩く。

 包む手の平は僕より小さくも、しっかりと力は返ってくる。濡れて体温は下がっているはずが、接している部分はとても温かく。

 視線がこちらに向く。それに微笑みで返す。

 ……うん。もう迷いない。

 自分の心がハッキリして、僕は誰とも知れぬ者に感謝を浮かべた。

 そうして僕らは進んでいく。


終わりです。

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