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森を守るお仕事です。  作者: 落光ふたつ
第2幕
11/13

第11話「道を分かつ」

△▽▽□△


「リツー、出来たよー」

 呼ばれて顔を上げれば、頼んだ作業が終わったらしく、テンとエナが木材を運んでくるところだった。それに俺は、次の工程を思い浮かべて人差し指を動かす。

「さんきゅな。こっちに置いといてくれ」

「おっけー!」

 元気に返事をするテンに対しエナは頷くだけして、二人は指示のままに動き別の作業へと移っていく。

 その後ろ姿をふと眺めていれば、些細な間にも他愛ない話で盛り上がっていて、相変わらずの仲の良さを見せつけられた。

 テンの話し声は他と話すよりも大きく、エナの口調が砕けているのは未だに一人だけ。間違いなく、お互いが最も親しい間柄だと意識している証拠だ。

 ただ、二人の性格はかなりかけ離れている。それが上手く嵌っているというわけでもない。それなのに一緒にいるのはやはり、初めからそうだった、と言うわけなんだろう。

 この森に迷う前から。あるいは、物心つく前からかもしれない。

 けれど最近の二人の関係は、徐々に齟齬が生まれているようだった。

 特にエナが、テンを見る時間が減っている。隣にいながら、心ここにあらずと宙を眺めている事がしばしばあった。

 それは、そろそろという合図。

 いつまでも続く関係は、そうないのだ。

「テン、石足りないから取って来てくれないか? そんな量はいらねぇから」

「うん、分かった!」

 テンはでっち上げの仕事を疑いもせず、パーっと走り出していく。そんな素直な様子を可愛く思いながら、俺は一人残るエナに向いた。

「エナ、なんか困った事はないか?」

「え……と、特には」

 そっと視線を逸らすエナは、積んでいた木材の向きを意味もなく揃え始める。変にテンを追い払ったのに気付かれたのか、若干の警戒心を発しているようだった。

 もうちょっと別の方法が良かったか、と後悔しながらも、俺はしゃがむエナの隣に腰を下ろす。顔を覗き込んでもこちらは向いてくれないが、構わずに問いを重ねた。

「ほんとはこんな面倒な事、やりたくないんじゃないのか?」

「いやっ別に。いや……」

 反射的に首を横に振りながら、続いた否定は打ち消しの意味だったのか。けれどそれ以上は何も言わず、エナは心を隠そうとでもするみたく顔を俯けた。

 あまりズカズカ行くのもなぁ、と思いつつ、俺は嫌われるのを覚悟で更に踏み込む。

「別に強制じゃないんだからやんなくていいんだぞ? 誰だって責めたりしねぇよ」

「……」

「やりたい事があればそっち優先しろ。俺は全力で応援するぞ?」

「…………」

「絵、描きたいんだろ?」

 応えないからと核心を突けば、エナは驚いたように顔を上げた。見開いた目がようやくこちらを向いて、俺は安堵を覚え微笑みを深める。

「見てりゃ分かるぞ。多分テンも気付いてるよ。けど言わないのはまあ、自分の好きなようにやるって行為に、負い目を感じてたからだろうな」

 エナが来る前の事を思い出し、少女の成長を脳裏に浮かべる。雪の森から連れ帰ったあの時以降、テンの天真爛漫っぷりは前以上に発揮されているが、やはりまだ、心の底では完璧な答えを出せていないようだ。

 そもそも、正解もないような事だが。

 俺の行動は、テンの背中を押す意味もある。エナが進めば、自ずとアイツも歩き出すはずだから。

「……アタシは」

 エナは言葉を止めた。決めきれないのか。いやきっと今までみたく、誰かに前に立って手を引っ張ってほしいのかもしれない。

 でもテンには無理だ。進むべき道が明確に違うから。

 俺の役目もそうじゃない。隣に立つ事は出来ない。

 俺が他人に出来るのは、後ろに立って、送り出す事だけだ。

「才能あるなしは俺が言える事じゃねーけど、お前なら出来ると思うぜ」

「……」

「だから遊具作りもやんなくていい。飯も作ってやるよ。テンには俺から言っといてやるからさ。その代わりに、好きな事して、限界まで挑んで、輝いて見せてくれ」

 そうすれば、どこまで離れても見つけられるから。


 ふと頭に浮かんだのは、星空だった。

 それを見上げる俺は、出来るなら多くの光を最後まで見届けたいと思った。

 全部は無理かもしれない。どうしたって目を離してしまう瞬間はある。

 でも光が強ければ、手が離れても報せをくれる。

 それでその星に、俺以外の大勢も見惚れてくれたなら、それ以上に誇らしい事はない。

 自分の行いの意義も、意欲も、より強くなる。

 そうしてこの願いが叶えば、俺は間違いなく最大の幸福を得るだろう。


 明確な変化を内側で感じ取った。すると途端に、全てに納得がいって。

 でもその答えは一旦しまい、俺は目の前のエナを見つめる。

 エナは逃げるように視線を逸らしつつ、ゆっくりと口を開いた。

「……なら、お願い、します」

 他人行儀にそう言うとすぐに立ち上がる。チラリと俺を見たが何か言葉を残すという事もなく、そのまま去って行ってしまった。

 なんとなく、あまりうまくいかなかったような気はして。でもまあ、言える事は言っただろう、と自分を元気づける。

 それから俺は、エナの作業を代わりに進め、テンが戻ってくるのを待った。


□△△▽▽


 他人の気持ちが分からない。

 嫌なことを引き受ける理由も。目も合わせないアタシに笑いかける理由も。

 頭の中には欲望だけがあって。話を無視する思考を、突然言い当てられた時は少し驚いた。

 提案は単純に嬉しい。望むことが出来るに越したことはないから。

 でも、感謝も引け目も感じられない。

 目の前の人が自分と同じ存在として認識出来なかった。

 何を伝えようとしているのかもよく分からない。

 とにかく、やりたいことをやって良いということだろうか。それなら助かるだけだ。

 提案を受け入れて。なんとなく気まずいからその場を去って。

 ようやく、あの人の想いが見えてくる。


 ……そうか。アタシの背中を押そうとしたのか。にしてもなんで。いや誰にでもしそうだな。優しいってやつだ。よく分からないが、まあ分かった。


 一歩引いてやっと、人物像がハッキリして色が付く。

 脳が対人のために機能を奪われて、充分に働いていなかったようだ。

 とは言えやっぱり、自分はこの世界から離れないとダメらしい。

 なら一刻も早く、切り捨てないと。


△△▽▽□


 川辺でイカダ製作の手伝い兼イズミの監視を行っていると、不意にエナちゃんが背後に立っていてビックリした。

「どうしたの?」

 動揺を胸の内に押し留め問いかけると、その女の子は俯きがちに口を開く。

「あえっと、ちょっと、聞きたいことがあって……」

 縮こまる姿を眺め、その手に僕が作った絵筆が握られているのを知れば、なんとなく質問の方向は予測出来た。

「ここら辺で、絵が、描ける場所って、ないですか?」

 なんだかいつも以上にぎこちない喋り方に疑問を感じつつも、まずはと問いの答えを頭の中に探す。

「絵が描ける場所、か……」

 パッとは思い出せず口に出すと、釣られるようにしてとある記憶が蘇った。

「そう言えば滝の裏に洞窟があったな。そこの壁とかはどう? 適しているかは微妙だけど結構広かったし、」

「あありがとうございます!」

 エナちゃんは食い気味に感謝を告げて、そのまま滝へと駆け出していく。

 その後ろ姿を呆然と見送りつつ、僕はしばらく、提示した案は間違っていなかったかと脳内で精査していた。

 明らかに問題点がいくつも浮かぶが、あの女の子の特殊な絵なら大丈夫な気もする。とは言え、気に入ってもらえずにまた求められる想定もしておいた方がいいだろう。

 と思考を動かしていると、イズミが遅れて先ほどの様子を尋ねて来た。

「何話してた?」

「エナちゃんが、絵を描ける所がないか探してたみたいでさ。滝の裏の洞窟を紹介したんだけど、まずかったかな?」

「別にいい。けど、滝行が……」

 第一発見者に許可を取ってなかったなと確認すれば、イズミは若干の落胆を交えながらも問題ないと言ってくれた。

 あの洞窟で絵を描くなら、近くでイズミが遊んでは邪魔になるだろう。僕としては、彼女の危険行為が減るのは嬉しかったが、口にはするまい。

 にしてもエナちゃんはやはり絵を描きたかったみたいだ。場所を探していたのなら、これからそちらを優先するという事だろう。

 とすれば、少女の手伝いはもうしないのかもしれないな。

 その変化はなんとなく、存外早い終わりを予感させていた。


□△△▽▽


 あの人にだけはなぜか感謝を抱けた。

 あの人はアタシに手段を与えてくれた。それに今回は場所も。

 それがきっと、自分の欲に直接繋がる事柄だからこそ、感情を抱くに足る人物と思えたのだ。

 でも、今後関わることはないだろう。

 なんとなくだが、あの人は自分と似ている。

 客観的にものを見る瞳は、アタシが世界を切り離すナイフに似た鋭さが潜んでいるようで。

 お互いがあらゆるものに線を引くから、違いを理解し歩み寄らない。

 交わることのない平行線。でもグネグネと曲がり踏み入ってくる線よりも、同じ存在として認識出来る。

 とは言えもう関係ない。

 あの人がどんな道を進むのかも興味がない。

 アタシはただ、自分の道を進んでいくだけだ。

 教えられた場所に辿り着いた時、異様な心地良さを感じた。

 狭く閉じられた空間は、自分の意識を表層に描き出すことを許してくれているようで、背後の轟音が余計な雑音を洗い流している。

 まさに、求めていたキャンバスだ。

 もう誰かに浮かべる感謝はなく、何よりも先に筆をとる。

 ここに、アタシの見る世界を描こう。

 今ある世界なんていらない。

 この瞳に映る景色の方が、美しいのだから。


▽▽□△△


 エナが顔を見せなくなって二日が経った。

 滝の裏の洞窟にこもっているらしく、食事はリツが運んで行っている。様子を聞けば、ずっと絵を描いているみたいで、まともな返事も返ってこないのだとか。

 気にはなるけど、邪魔をしたくない気持ちもあって。

 結局あたしは何もしないで、今まで通り作業を続ける。

 そうしている内に、ついに遊具が完成した。



「ヒぃーっ!」

 一匹のヒィちゃんが高所からすべり落ちる。それに続いて何匹もが、同じく嬉しそうな声を上げて遊んでいた。

 結果出来上がった遊具はすべり台とブランコにシーソー。あまり難しいのは人手が足りないこともあって挑戦出来なかったが、ヒィちゃんたちは十分に満足そうだった。

 これで、あたしたちがいなくなっても暇を潰せるだろう。

 胸の内には満足感があって、あたしはそれを親友と共有したくなって走り出していた。

「エナも呼んで来る!」

「おう行ってこい」

 リツに送り出され、滝を目指す。

 エナとはもう二日も顔を合わせていない。姿を見ていないのだからもちろん、言葉も交わせていない。今、あの子がどんな様子なのか、何一つ知らなかった。

 だから少しの緊張がある。でもそれは、持ち前の向こう見ずで追い払った。

「エナー?」

 水しぶきを受けながら洞窟へと足を踏み入れる。

 暗闇の中に動く気配を感じた。それがエナだとすぐに分かり、声をかけようとして、だけどあたしは、映る光景に目を奪われた。

「すっご……」

 真っ暗な洞窟を薄っすら照らす光。源は、壁一面に描かれた絵。

 そしてその絵は、口が開きっぱなしになるほど、美しかった。


 蒼白い空の中、天使が太陽を抱え雲の上で眠っている。

 寝息が聞こえるようだった。幼いその顔は嘘みたいに可愛らしくて、折りたたまれた大きな翼がその子の無限大な可能性を表している。

 そして抱える太陽はまるで、天使の心臓のように脈打っているようにも見え。

 絵が動くはずもないのに、確かにそこには生を感じた。


 とにかく見惚れていた。これほど心を鷲掴みにされたことはなかった。

 あたしは長いこと呆けていたのだろう。今もその絵に手を加えている女の子が、気配を察してゆっくりと振り返る。

「……あ、テンちゃん。ごめん、気付かなくて」

「いや、こっちこそ邪魔してごめんね。それにしても、すごいね」

 とにかく感動を伝えたかったが、言葉を知らなくて安っぽくなる。その分眼差しに、最大の尊敬を乗せたのだが、エナは首を横に振った。

「ううん、まだ途中だから」

 その目はこっちを見てなんかいなくて。そのまま、絵を描く作業に戻ろうとする。

 途端にあたしは、なんだか胸を締め付けられるような気分になって、無意識にエナの右腕を掴んでいた。

「えっと、何?」

「あえっ……その」

 何でこんなことをしたのか、自分でもわからなくて困惑する。でもこれ以上絵を描き続けてしまったら、この子とはもう向き合えない気がした。

 今までのような友達とは、思えなくなってしまう。

 だからあたしは我がままに、その腕を引っ張った。

「こっちもさ、遊具出来たんだ!」

「え? ああ、うん」

 そっけない反応。エナの視線は相変わらず絵にばかり向いて、あたしのせいで届かない筆を宙で動かしていた。

 それでもあたしは強引に言う。

「ちょっとだけ見に来てよ! 結構頑張ったからさ!」

「うん……」

 ハッキリと願いを告げると、エナはどうにかゆっくりと立ってくれた。でも名残惜しそうに洞窟の壁をチラリと見ている。

 その事に気づきながらも、あたしは最後だからとエナを洞窟から連れ出した。

「っ……」

 滝を抜け出ると降り注ぐ日差しにエナは顔をしかめていた。ついてくる足もどこか覚束ないし、顔色も明らかに良いとは思えない。

 知っているエナと明らかに変わっていて。だからこそと焦燥感を覚えながらあたしは、無理やりにエナを遊具の前へと連れて来た。

「どう、エナ!?」

「う、うん。完成してるね」

 渾身の出来のつもりで披露したが、エナの感想はどことなく上っ面だ。

「あー、やっぱちょっと雑な感じかな? 結構頑張ったんだけどねー」

「いやっ、すごいと、思う……」

 お世辞としか思えない反応に苦笑してしまう。そりゃあ、エナの絵にはなんにも敵わないし仕方ない。

 遊具の周りにはリツとイズミとモリくんもいる。久しぶりに見たエナの顔に三人も少し興味深そうにしていたが、気を遣ってか、割って入ろうとはしなかった。

 会話が途切れて、エナが探るように口を開く。

「……えと、アタシも何か、手伝った方が良いの?」

「ううん、もうこれは完成。手伝ってもらう必要はないよ」

 そう告げると、じゃあ何で連れて来たのだというような疑問の視線を受ける。エナの大事な時間を奪って申し訳ない気持ちもありつつ、あたしは自分の心に素直にすることにした。

「最後にさ、エナと話したかったんだ」

 その言葉は、他の皆にも聞こえていたのだろう。

 リツもイズミもモリくんも、いつかと同じようにあたしに注目している。

 ただエナだけは、未だに洞窟へと戻りたいようで。

 そんな様子に、やっぱり一緒にはいられないんだなと理解して、アタシは握っていたエナの手をそっと離す。

「エナももう、迷い、なくなったんだよね?」


△△▽▽□


「エナももう、迷い、なくなったんだよね?」

 エナちゃんを連れて来たテンちゃんは、そう言った。

 その瞳はいつか見たものと同じで、覚悟を決めたような強さが秘められている。けれど向き合うエナちゃんは、あまり少女の決意を察していないようだった。

 それでも少女は、自分勝手に続ける。

「この森に来たのは、何かで迷っていたから。それは道じゃなくて、色んな選択肢って意味で。でもあたしは、みんなのおかげで迷いを消せた」

 少女の瞳がこちらを向く。特にハッキリとリツを向いていて、この時ばかりは彼も、いつものように顔を逸らす事なく見つめ返していた。

 その反応にテンちゃんは僅かに頬を染め、けれどすぐエナちゃんに向き直る。

「その時にはもう、帰り道分かってたんだけどね。でもエナが来たから、ちょっと欲張っちゃった」

「………」

「エナとさ、一緒にいたかったの。やっぱりエナといるのは楽しかった。すごく楽しくて、あたしお構いなしに話しかけてたけど、迷惑だったよね?」

「……ううん」

 ゆっくりと女の子は首を横に振る。その気持ちに少女も嬉しそうに顔を綻ばせる。

 しかし少女は、一歩後ろに下がって距離を取った。

「でも、エナにはあたしが必要ないんだ。突き放すような感じじゃなくてさ、エナはあたしと違って強いから、一人で走っていける。むしろあたしがいると、足手まといになっちゃうもんね」

「………」

 女の子は応えない。それでも少女は続ける。

「それにあたしは、エナが頑張ってる姿を見てたいの。たぶん、あんなに絵に心を動かされたのは、絵の良さが分かったっていうよりも、大好きなエナのすごさを見れた感動だったんだよ。だってあたし、芸術とか全然分かんないもん」

 自分を卑下して笑う表情だけれど、そこに悲しみはない。

 それは理解だった。天気のように移ろう己の心を、よく分かり、事実として口にしただけ。

 少女は、弱さと強さの両方を手に入れたのだ。

「あたしも前向けるようになるから、エナは気にしなくていいからね。決めた道、引き返さずに進んでね。あたしが泣いてたって、エナには関係ないから。エナが輝いてくれたら、あたしも泣くのやめるから」

 ここではないどこかで起こる事。二人にしか分からない事。

 女の子もまだ知らない未来を語って、少女は微笑んだ。

「だからエナ、お互い頑張ろうね。これは、応援と決意表明。それを伝えたかったの」

「あっ……」

 テンちゃんは背中を向ける。するとエナちゃんの瞳が揺らいで、か細い声が漏れた。

 それに構わず少女は歩き出して、僕達へと大きく手を振った。

「みんなもじゃあね! あたし、もう帰るから!」

 少女は進む。その先は永遠と続く森の中。その足は、まっすぐに道を踏みしめていて。

「テンちゃん……」

 止めるように呼ぶ名前。女の子は思わず少女の背中を追いかけようとする。

 でもそれに気づいたテンちゃんが振り返って窘めた。

「エナは、こっちじゃないでしょ」

 その笑顔に女の子は足を止め、そうしている内に、少女の姿は茂みへと紛れていく。

 ひと時の静寂。

 誰も何も言わない時間が僅かにだけあって。

 呆然としていたエナちゃんは、それでもすぐ歩き出していた。

「……完成させなくちゃ」

 女の子は、滝裏の洞窟へと戻っていく。

 僕達はただただ見送るだけだった。

 自分達の道へと進んでいく二人を。迷いのなくなった迷子を。

 そして、少女と女の子の顔を見たのは、この時が最後になった。


□△△▽▽


「……」

 未完の絵を見上げる。

 一番愛しいものをここには描いた。それはもうほぼ完成していると思っていた。

 だけどついさっき、本物はもっと美しいのだと見せられた。

 これでは足りない。ありったけの愛をもっと足さなくては。

 あの子はアタシの前から去った。でも何でか、あんまり感情が動いていない。

 今も淀みなく筆が動く。とにかく何よりも、絵を描きたい欲しかなかった。

 そうして完成して。

 自分の美しさが体現出来たことに胸が満ち、でもまだ何か物足りなかった。

「……結局、完成したのは見てくれなかったな」

 それが、未練だったのかもしれない。

 でも大してアタシの道に関係はない。

 別にあの子がいなくたって絵は描ける。

 描きたいものはもっとある。

 それでも、ちょっとした瞬間思考の隅に、あの子がいた。

 必要ないから別れたのだ。アタシは構わず絵を描くだけだ。

 なのに、あの子の言葉をもう一度聞きたくて。

 どうやったらまた、あの子に絵を見てもらえるだろう。もっと大きい絵なら見てくれるかな。それとも、誰もが称える絵ならどこへだって届くだろうか。

 思考の隅に引っ張られ、アタシはまた筆をとる。

 そうして夢から覚めて、夢へと向かった。


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