異世界争乱編 第四十五話
目の前にはあのドーナッツ状の防壁。私は帰ってきた。
「モモ殿、準備はいいか」
帝国から北上したのは私だけではない。三人のオーガ達も一緒にいる。
「お願いします」
隊長と呼ばれるオーガにおんぶしてもらう。
「登ります」
オーガ達はほぼ突起のない垂直の壁を手足だけ使って登り始める。
しかも今は夜。私にはほとんど周囲が見えないなか、隊長は私を背負ったまま壁の頂上に辿り着く。
他の二人も無事に登り切ったようで、暗闇にぼんやりと影が見えた。
頂上からどうやって街に入るのだろう。考えながら私は背中から降りようとすると、
「まだ降りないでください」
三体は何がしかの情報を共有すると、前置きなく跳躍するので、思わず声が出そうになるのを抑えた。
オーガ達は近くにあった建物の屋根に着地。
街は濃い闇に覆われている。
私がいた時は明滅することはあっても停電はなかったはず。
屋根から降りたところで、やっと硬い背中から降りる事ができた。
闇に包まれた街を八本の足が動く。
暗くて外に出る人はないようだが、家の中では動く気配を微かに感じた。
前から弱々しい灯りが現れた。いち早く気づいた隊長が、私を路地に引き摺り込む。
灯りの正体はランタンを持った衛兵二人。
明かりを持っていても闇に対する不安は拭えないらしく、目が忙しなく左右に動いている。
こちらに視線を向けても闇に紛れた私達に気づかず、そのまま通り過ぎて行った。
私は明かりをつけなくても、オーガに先導される形で迷うこともぶつかる事もなく進める事ができた。
目的地に向かっていると、リュールとキッドが住む屋敷やクインクの宮殿が目に入る。
屋敷は真っ暗だったが、宮殿は頼りない灯りが動いている。恐らく衛兵の持っているランタンだろう。
「モモ殿。あれか」
私達は地下へ向かう建物の前に辿り着いた。
「ここです。でも扉の開け方は分かりません」
「任せろ」
三体のオーガが壁を触ったり地面を見ていると、不意に一体が足に力を込めると、壁一面の扉が下に降りる。
「ここにスイッチがあった」
建物の中に入り中にあったスイッチが押すと、床が下に降りていく。
最初見た時と変わらなかったが、太陽のような眩しい光はだいぶ弱まっていた。
無気力だったオーガ達が私を見て驚いたように動きを止める。
その視線を無視して発電所奥の容器の前に立った。
相変わらずトゥルゥルは割れた容器の中でケーブルに繋がれたままだ。
「トゥルゥル。私よ、モモよ」
目に光が灯った。
「モモ。久しぶりです。二千二百四十一時間ぶりですね」
「ほんと久しぶりだね」
「少し筋肉質になりましたね。逞しく見えます」
「色々あったから」
「何を背負って――
「おい。話してないで早く設置しろ」
私は背中に背負っていた銀色の筒を取り出した。
エンペラーの言葉を思い出す。
『この中には発電所の設備を永遠に使えなくする装置が入っている。耳をすませてごらん。チッチッって音が聞こえるだろう。これが消えた時、起動するから素早く設置するんだ。いいね、場所は……」
私は無事なライフ、クォーツの前に勢いよく置くと、装置の底から爪が開きしっかりと地面に固定された。
「その筒は何ですか?」
「ここを使い物にできなくする装置らしいわ」
「スキャン中、モモ早く逃げてください」
トゥルゥルの目は私ではなく、筒に注がれていた。
「何言ってるの。一緒にここから逃げるの」
ケーブルを引っ張ってもびくともしない。
オーガの隊長に助けを求めようとしたが、彼らは働かされている同類を置いて、いつの間にかエレベーターに乗っていた。
「ちょっと待って。何で置いていくの?」
嫌な予感がして自分が置いた筒を見る。
「トゥルゥル。あれは、何なの」
「爆弾です。時間になれば信管が作動して爆発する時限爆弾です」
トゥルゥルは腕を伸ばす。
「こちらへ来てください」
「逃げないと」
「無理です。計算によると発電所は完全に破壊されます。唯一の逃げ場であるエレベーターを失った今、逃げ場はありません。早くこちらへ」
一緒に逃げるかと思ったが、トゥルゥルは自由な両手で赤ん坊を抱くように私を包み込んでくれた。
「私は固定されて動けません。しかし必ずあなたを守ります」
「トゥルゥルは大丈夫なの?」
「今は自分の心配を、目を閉じて耳を塞いでください」
言われた通りにした直後、瞼を貫く閃光と鼓膜を吹き飛ばすような轟音に襲われ、トゥルゥルの手の中で体が何度も何度もバウンドした。




