異世界争乱編 第三十七話
扉が開いた。けれど扉が閉じる気配がない。
廊下の外気が入ってくると背中が寒くなるから早く閉めてほしい。
早く発電所が輝いてくれないだろうか。トゥルゥルの眼差しが待ち遠しいのに。
それにしても扉が閉まらない。ついに壊れたのかな。
「……モモ?」
壊れたオーガが私の名前を知っている。
澄んだ少女のような声がもう一度、名前を呼んだ。
「モモ、なんじゃな」
どこかで聞いたような声。思い出せそうで思い出せない。
早くトゥルゥル、こっち見ないかな。
甲高い音が何かを乗り越えるように響くと、私の顔を覗き込むように影が被る。
「モモ。来るのが遅くなった。本当に許しておくれ」
金の巻き髪が私の頬をくすぐる。直後に温水が頬に当たった。
女王様が何故こんな汚物だらけの部屋に。
「今なら周りに人はおらん。逃げるぞ」
逃げる、ここから。
私は動きたくなかった。何故ならもう少しでトゥルゥルが目覚めるから。
「チャンスは今だけじゃ。発電所が稼働する直前じゃから人間達はいない。出口までは確実に逃げられる」
逃げたらトゥルゥルと目を合わせられない。
「モモ、聞いておるのか? モモ」
女王様に何度も肩を揺すられる。
「何故動かないんじゃ。どこか怪我をしておるのか?」
干からびた川のような喉から、声を絞り出す。
「トゥルゥルが目覚めるので」
「馬鹿者! 現実を見るのじゃ」
女王様は体が汚れるのも構わずに私を起こし、肩を貸して歩き出す。
華奢な腕のどこにそんな力があるのだろう。
「こんなに、軽くなってしまって」
鼻を啜ると私を伴って廊下を進む。
廊下の窓から発電所が徐々に明るくなっていくのが見えた。
私は女王様を突き飛ばし、自分の特等席へ戻る。
「何で道を引き返す」
壁に手をついて膝を引きずるように進むも、すぐに追いつかれてしまった。
「離して。トゥルゥルが目を覚ますんです」
「駄目じゃ。あそこにいたら死んでしまう」
「それでもいい。トゥルゥルに見守られて死ねるのなら」
頬に破裂音が響き渡る。
「妾は、こんなところで、お主に死んでほしくない。友達に死んでほしくないんじゃ!」
女王様は両の瞳から真珠を生み出しながら、私の肩を無理矢理持って出口へ連れていくいく。




