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異世界争乱編 第三十二話

「ハルナイトさんから聞きました。荒んだ生活を送っていたと」

「ええ。彼の両親は発電所で働いていたの。あっ、発電所の所長が私の父で知り合いだったの。ある日事故が起きて三人とも……」

「でもハルナイトさんは生きてますよ」

「彼は大量の電気を浴びて昏睡状態になった。目覚めた時、彼の体には尽きることのない電気が流れるようになったの」

 私はオーガ達を襲った生き物のような雷を思い出す。

「知ってると思うけれど、オーガの金属のような皮膚は炎や水でも容易には破れない。けれどハルナイトの雷はオーガ達を一瞬で倒せる強力な力。だから彼はこの王国で唯一、騎士と名乗ることを許されているの」

「ハルナイトさんの事。愛しているんですね」

「ええ。自慢の夫で最高の父よ」

 そこまで話したところで扉がゆっくり開く。

 視線を向けると誰もいない。

「ママ〜〜。誰と話してるの?」

 少し下を見ると男の子が重そうな瞼を擦りながら入ってきた。

「お寝坊さんね。キッド。ほら朝のご挨拶は?」

「う〜ん、おはよう」

「おはよう坊や。ほらお客様にも」

「おきゃくさま? あっ」

 眠気が吹き飛んだのか、私の顔を見て固まる。お互い停止した時間の針を動かす為に、私から口を開いた。

「おはようございます」

「お、おはようございます!」

 危機を察したうさぎのようにリュールさんにひっつく。

「ごめんなさい。この子人見知りで」

「いえいえ。いいんですよ。お邪魔してるのは私の方ですから」

「ありがとう。みんな揃ったし朝食にしましょうか」

 先に宮殿へ向かったハルナイトさんを除き、三人で食事を取っている間、断続的な視線が気になる。

 こちらも見返すとキッドは視線を逸らす。

 こちらが視線を外すと、また向こうから視線が向けられるのを感じた。

 そんなやりとりにリュールさんは気づいたのだろうか。

「キッド。何か気になるものがあるの?」

 みんなが食べ終えてから、そう切り出した。

 母に指摘されて、キッドの肩が大きく上下した。

「えっと、あれ」

 指差したのは、私の頭部。

「もしかして耳が気になる?」

 自分の頭部の耳を示すとキッドは頷く。

「触ってみる」

「いいの!。ママ、触っていいって」

「良かったわね」

 キッドがそばに寄ってきたので、私は彼の手が届く範囲までしゃがむ。

 なかなか勇気が出ないのか見つめたままのキッドの緊張をほぐす為に、私は耳を羽ばたかせるように動かした。

「動いた。ママ動いたよ」

 報告しながら私の耳に手を伸ばす。

「痛っ」

 爪が耳に食い込んで声が出てしまった。声に驚いたのか、キッドはすぐに手を引っ込める。

 リュールさんは私の元に駆け寄る。

「キッド。お姉ちゃんに酷い事しちゃ駄目でしょ。ごめんなさいモモ。力加減を知らなくて」

「えっと、その、ママ。僕どうしたら……」

「悪いことしたら、ごめんなさい。でしょ」

「だって、触っていいって言ったよ。触っただけだよ」

「キッド」

「待ってくださいリュールさん」

 私は下を向いたままのキッドの顔を覗き込む。

「お姉ちゃん、痛かった?」

「ちょっと痛かったな」

「僕のこと嫌いになる?」

「うん」

 キッドの頬を大粒の涙が伝う。

「キッド君はなんで嫌われちゃうか分かる?」

「僕がギュッてしちゃったから」

「そう。でもその痛みが飛んでくおまじないがあるんだよ。しかも仲直りもできるの。知りたい?」

「うん。教えて!」

 私が耳打ちすると、キッドは頷きすぐに実行した。

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

 恐る恐る頭を上げてこちらを伺うので、とびきりの笑顔で応えた。

「はい仲直り。もう痛いのも消えちゃった」

 私が笑顔を見せると、キッドも曇り空が晴れた青空のような笑顔を見せてくれた。


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