異世界争乱編 第十九話
私はトゥルゥルを伴って彼が落ちた湖に来た。
「そろそろ教えてください。ここに来た目的はなんですか」
湖にくるまで質問は全部無視してきた私は湖面を指差す。
「あそこで手を洗って」
「なぜ洗う必要が? 私は感染症とは無縁です」
「いいから!」
トゥルゥルは納得してないのか、心持ちゆっくりとした足取りで湖畔にしゃがみ込み、水面に両手を浸す。
「それだけじゃ駄目。手同士、擦り合わせて。もっとしっかりと」
何故だろう。トゥルゥルに手洗いを教えているだけなのに生きる活力が湧いてくる。
「何故手を洗う必要があるのか教えてくれますか」
「まずは不潔。それと悪臭。あなたは気にしなくても、一緒にいる私は嫌な気持ちになるの」
「自分だけでなく他人のことを考える。ですね」
納得したのか、一生懸命両手の汚れを落とす。
「どうでしょう」
湖から上げられた両手は汚れひとつ残っていなかった。
「いいわ。最後に水を払って」
「はい」
トゥルゥルが両手を振ると水滴が辺り一面に飛び交う。
「冷たい! こっちに飛んでるわよ」
「ごめんなさい」
トゥルゥルの眦が垂れ下がる。
「いいの。次からしないようにすれば。それともう一つ大事なことを教えるわ」
水気が取れたトゥルゥルの両手に触れる。
「いい。人の命を弄ばないこと」
「殺すなと言うことですね」
私は首を振った。
「生命を狙う敵は、殺してもいい……けれど、それ以外に遊び半分に殺したり、死体に追い討ちをかけるような事は決してしないで」
「分かりました。今の言葉をメモリに永久保存します」
こちらを見ていたトゥルゥルが立ち上がり、視線をある一点に向けた。
森から次々と叢を被った人間達が現れる。
ざっと数えて十人以上。
草むらの隙間から覗く目は、仲間の死を怒ってか血走っている。
「下がってください」
「トゥルゥル。さっきも言ったけれど」
「命を弄ぶ事はしません」
トゥルゥルが敵集団に駆け出すのと、無数の炎が飛んでくるのはほぼ同時だった。
全弾が命中してもトゥルゥルは止まらない。距離を詰め両腕を奮って人間達を叩きのめす。
魔法に怯まないのに戦意を喪失したのか、人間達が背中を見せて逃げ出す。
「モモ。追いかけなくていいですね」
「ええ。その通りよ」
戻ってきたトゥルゥルを出迎えると、森の中で悲鳴が聞こえてくる。
何が起きたか確かめようと目を凝らしていると、細くのびた影が飛んでくる。
トゥルゥルが盾になってそれを防いだそれは石を削って作られた槍だった。




