地球脱出編 第四話
憧れのパイロットの父が操縦するシャトルに乗れる。
その想いが強すぎたのか、前日から酷い高熱が出てしまった。
幸い風邪と診断されたものの、肝心の二泊三日旅行には行けなくなってしまった。
悲しすぎて泣きたかったが、熱のせいで涙を流す力も起きない。
「お兄ちゃん」
「マル。お兄ちゃんに近づきすぎないで。感染ったら旅行先で一日中ベッドの上よ」
「分かってる」
母と共に準備を終えたマルがベッドの傍らで膝をつく。
「一人で留守番できる?」
熱でうなされながら何とか口を動かす。
「大丈夫、薬飲んで寝てれば治る……楽しんできなよ」
マルが宇宙旅行を楽しみにしていたのは知っていた。
「お兄ちゃんったら素直に寂しいって言えばいいのに。お土産いっぱい買ってくるから楽しみにしててね」
何か言う前に部屋の扉が閉められる。これが両親とマルを最後に見た姿だった。
統一歴一〇九一年。メーンベルト帯に移住した宇宙移民政府は新人類連合国家と名を変え国家元首タナル・ドローは地球統一政府に宣戦布告した。
「我々が宇宙という過酷な環境に住み始めて数百年。数々の困難と試練を乗り越え、七つの惑星を開拓した我々に地球統一政府は何をした。
そう何もしない。それどころか、同胞が最初に発見したライフ・クォーツを掠め取り、挙句の果てに我々を小惑星帯の僻地に追い落とした。
諸君!手足を失った仲間や命を落とした恋人達の事を忘れてはならない。彼らの努力を無駄にしないためにも、我々は立ち上がり独立を勝ち取らなければならないのだ!」
その直後、ほぼ奇襲に近い形で国家軍は地球に侵攻。
浮き足立っていた政府軍の防衛戦は次々と食い破れ、シカクの家族が乗ったシャトルも巻き込まれた。
設定された飛行コースの先が、双方入り乱れての戦場になるなど予想できるはずもなく、操縦席のある機首が無惨に撃ち抜かれたシャトルがデブリと共に地球軌道上を漂う。
無事だったフライトレコーダーの映像には、戦闘に巻き込まれ、慌てふためく乗客と、パイロットの父が落ち着かせて宇宙服を着させる場面。そして操縦席からの爆発が酸素を伝って、客室に雪崩れ込むところが鮮明に記録されていた。
ビームで蒸発した操縦席にいた父、爆発の衝撃で吹き飛ばされた母と妹。
生存は絶望的な状況で唯一発見されたのがマルだった。
爆発したシャトルから宇宙空間に放り出されたものの、外傷はなくショックで気を失って漂っていたところを救助されていた。
体調不良が完治したシカクは、宣戦布告された地球統一政府党首アライム・オハラの演説が流れる病院にいた。
「皆さん。すでにご存知でしょうが、先日新人類連合国家を名乗る侵略軍から攻撃を受けました。軍も奮戦しましたが力及ばす敗れ、私たちの故郷に侵入を許してしまい心から謝罪いたします。しかし諦めてはなりません。
敵は駆け足気味に攻勢を仕掛けていますが、その理由は明白。焦っているのです。自分達が侵略という罪悪感を誤魔化すために勇み足で犠牲を顧みず進軍を続けているのです。
ですから皆さん。今は耐えてください。貴方達が一秒でも長く耐えれば、敵は自らの行いを悔い自滅します。
そして故郷を守る軍人達に声援を送ってください。貴方達の声が勝利へ向かう活力になる事を忘れないでください」
看護師、患者、その家族達が、モニターに釘付けになっている。中には涙を流している者もいる。
その中でシカクは妹と対面していた。
「お兄ちゃん。風邪治ったの? 目が真っ赤だよ」
「それはそうだろ。マルが無事だったんだから」
「でも、お父さんもお母さんも死んじゃった」
「まだ遺体は見つかってない。希望は――」
マルは首を振って遮る。
「私見た。お父さんの乗ってた操縦室から爆発が起きて、庇ってくれたお母さんの宇宙服のヘルメットは割れちゃってた」
「もういい! 思い出さなくていいから」
自分を責める言葉が途切れ静かになった病室には、アライム・オハラの演説に混じって、啜り泣く声が響いていた。
しばらく経つと看護師から呼び出しがあった。
治療費のことだろうか。だとしたら目の前が暗くなる。
シカクもマルも学生だ。今後の生活費、住んでいる家の家賃はバイトで賄えるのだろうか。
お金の心配ばかりしていると、案内された部屋の前まで来てしまっていた。
ノックして入ると同時に照明が灯り、こちらに背を向けていた椅子がくるりと前を向く。
部屋の主人は三日月のような不敵な笑みを見せつける女医だった。