異世界争乱編 第十七話
水の矢が到達するより早く、男の胸に矢が突き立つ。
何が起きたか分からないように自分の胸に生えた矢を見ながら男は倒れた。
同時に主人を失った水の魔法が只の水に変わり、首が解放された。
締め付けられた首を手でさすりながら、急いで酸素を肺に取り込む。
視界は暗くなり、上半身を支えられなくなって、その場に顔から倒れ込む。
ぬめる生暖かい液体の中に突っ込み、錆臭い匂いが鼻に入っても起き上がることができない。
外の情報を教えてくれるのは聴覚だけが周囲で起きている死闘を捉える。
「もう一匹隠れてるぞ。グァッ」
「動き回って弓を射ってくるぞ」
「あっちに隠れた。木ごと切断しろ」
野太い怒号、駆け回る足音、風切り音。そして
誰かが悲鳴を上げると、水が飛び散り、重いものが落ちる音が続く。
「さっさと死ね。精霊なし!」
そこで私の意識は途絶えた。
『私のおかげで君を人を超えた存在になった。もう歳を取ることも死ぬ事もない。目覚めたその時、君は幸せな人生を送れる事を保証するよ』
頬に液体が落ちた。
瞼を開くとそこには最愛の人が太陽を背に、こちらを見ている。
「モモ」
いつも以上に柔らかな声音。
「戦いはどうなったの?」
「終わったよ。もう貴女を襲う奴はいない」
優しく私の髪を撫でてくれる。
太陽が翳る。雲が出てきたようだ。
起きあがろうとしたら、コクがキスをして血の味が喉を滑る。
「コク?」
「モモここからは一人」
「なんで!?」
勢いよく頭を上げると目眩がして、視界がコクのお腹の状態を知ってしまった。
「何、これ」
お臍のあたりに私の拳が入ってしまいそうな穴が開き、そこから止めどなく生命の元が溢れていた。
両手を使って掬い上げようとすると、
「無駄。私はここまで」
「嫌だよ。そんなこと言わないで」
「私、どうすればいい」
「逃げて」
「嫌だ」
「生きて」
「嫌だ。一緒に死んでって言って」
涙の中のコクは、今にも崩れ落ちそうなのに微笑んでいる。
「駄目。生きるの。どんなに辛くても生きるの。だって」
「だって?」
「私を看取っていいのは貴女だけ……」
コクは自分の血の海に沈む。
「お願い。私を埋めて。貴女の手で」
私は涙を拭い力強く頷く。
「分かった」
「ありがとう……愛してるよ」
それを最後に目から光が完全に消える。
雲から雨粒が溢れる。
「……濡れちゃうね。ちょっと待ってて」
私は軽くなったコクを自分達の家へ連れて寝かしつける。
「寒いね。今あったかいところ作るから」
私はテントの前でしゃがみ込むと、両手を使って地面を掘り始める。
爪の間に土が入り込み、石が指の先端にぶつかる。背中を雨で打たれながら一心不乱に掘り続けた。
愛する人の永遠の寝床。手を抜くなんて有り得ない。




