異世界争乱編 第十六話
一切の物音が聞こえなくなったとはいえ、私は恐怖で震えていた。
みんなが襲われ、ルフさんやピトンは殺され私達も狙われている。
そんな怯えを心音が癒してくれる。
私を抱きしめてくれるコクの鼓動が自分の鼓動と混ざり合っていくようだ。
抱きしめてくれているコクが私を呼んだ。
「モモ。人の気配が消えた。今のうちに逃げよう」
隠れていた草むらを出ると、トゥルゥルが向かった方と反対に逃げる。
「ねえ。死んじゃうの」
「死なない。モモは殺させない」
「違う。コクも死んじゃうの? 私を守って」
コクが足を止めて振り返った。
「守れるなら死ぬ」
「駄目!」
私は大きな声を出していた。
「死なないで。コクが死んだら、悲しいよ。悲しすぎて死んじゃうよ」
コクは私の頭を撫でてくれる。
「あなたを置いて死なない。約束する。だから今は逃げる事を優先」
「うん」
再び、あてもなく走っていると、そこは見覚えのある場所だった。
「村に戻ってきちゃった」
焼け跡の残る木の家やテントはそのまま。焚き火の跡を見て、昨夜みんなでシチューを囲んだ事を思い出し、涙が溢れてくる。
突然、知らない男の大声が聞こえてきた。
「精霊なし! 聞こえているだろう。二匹の精霊なし」
精霊なし。人間が私達の事を呼ぶ蔑称。
紛れもなく私達を襲ってきた王国の人間。
コクは私の手を引いて、手近な家の中に隠れる。
「お前達の仲間は捕らえている。助けて欲しければ姿を見せろ」
「コク……」
「出まかせかもしれない。様子を見る」
その間も男の言葉は止まらない。
「出てこい。仲間の命はどうでもいいのか!」
私の視界に飛び込んだのは叢を被り顔まで隠した人間。
その人間が引っ張って来られたのはオツルさんだ。
抵抗したのか、額に切り傷がありそこから血が流れている。
「出てこい精霊なし。こいつを死なせたいのか」
男が片手で水筒を開けると、その指でオツルさんを指差した。
水筒から水が生き物のように出てきて槍の穂先のようにオツルさんの太腿を貫く。
オツルさんは激痛を耐えているのか、歯を食いしばっていた。
飛び出そうとすると、コクに止められる。
「オツルさんが殺されちゃう」
「あれが奴らのやり方。出たらみんな殺される」
口論している間にも、水の槍がオツルの両脚を貫く。
必死に悲鳴を噛み殺していても、閉じた瞼から溢れる涙を見てはいられなかった。
「コクは隠れてて」
「駄目だ」
止める声を振り切り外に飛び出す。
「精霊なし一匹か。もう一匹はどうした」
「私だけです。言うこと聞きますから、その人を解放してください」
「俺たちの質問に答えろ」
「答えます。だから解放してください」
「動く卵は一体何者だ。どうやって仲間にした」
「近くの湖に落ちた火の玉です。具合が悪くて助けた。ただそれだけなんです。お願いだからオツルさんを放してください」
「火の玉……昨日の流れ星と何か関係がありそうだな。まだ知っていることがあるなら全部吐け。でないと仲間は解放しないぞ」
「目的地は南だと言っていました。そこで誰かに言伝があると、それだけしか知らないんです」
「南、やはりオーガ共の仲間か」
男が思案中の間にも、オツルさんの両脚が血に染まり、細かい震えが止まらなくなっていた。
「全部教えました。オツルさんを返してください」
「ああ忘れてたよ。ほら用無しを返してやる」
男に突き飛ばされたオツルさんを私は慌てて抱き留める。
「オツルさん。オツルさん!」
「逃げて……みんな殺され––」
最後まで言えず、オツルさんの首と胴が目の前で切り離された。
私の足元に何かを伝えようと口を半開きにしたオツルさんの首が水音を立てて落ちた。
「な、何で、何で殺したんですか。私達何もしてないのに……」
「精霊に見放されたお前達に生きている価値があるのか」
家々の影から同じように叢を被った男達が現れ、私に向けて何かを放り投げた。
それは苦悶の表情を刻みつけられた村長とミングさんの首。
「これで生き残っている精霊なしはお前を含めて後二匹」
男が再び水を伸ばす。それは鞭のように動き、私の首を絞めてくる。
首の骨が折れそうな怖さと息ができない苦しさで涙と鼻水を垂らしながら、酸素を求めて口を大きく開ける。
それでも苦しさは一向に解消されない。
「醜いな精霊なし。そこまで醜くなって生きようとするな。死ね」
もう一本の水が鋭く尖り、私の口内目掛けて飛んできた。




