地球脱出編 最終話
「超光速太陽系脱出航宙一番艦フレイと二番艦フレイヤ。それが月で建造された艦の名前だ」
マイホームに集められたロストチルドレン達は、いつものように食堂に集まりスクリーンを見つめていた。
ウンチクは口角を上げて説明を続ける。
「この二隻は来るべき太陽系脱出の為に十年前にワタシが設計し、地球統一政府と新人類国家に建造させた」
「この戦争を全部仕組んだのはウンチクさんだったんですね」
「そうだよ。全ては人類を脱出させる為、戦争を起こすようにタナル・ドローとアライム・オハラに話を持ちかけた。二人は最優先で乗せてやると言ったら、二つ返事で協力してくれた」
「この戦争を起こした意味が、よく分かりません」
「太陽系を脱出したワタシ達に待っているのは苦難の旅路。それを少しでも楽にする為には、新技術が、人が生み出す叡智が必要不可欠だった。何も持たないで旅行に行く輩なんていないだろう」
「これは旅行とは話が違います。人類全てを太陽系の外に連れていくんですよ」
ウンチクは新たなタバコ型チョコを取り出した。
「ちょっと違うんだな」
笑いを堪えるように肩を震わす。
「人類全体は乗せられないんだ。フレイとフレイヤは全長三キロもあるが、コールドスリープ装置は各一万人分しかない。百億人以上も乗せるなんて夢物語だよ」
ウンチクは指を立てた。
「もちろんここにいるみんなの席は確保してある。ドゥーアは一番艦フレイの艦長、トリーアとウヴァル二人も一番艦だ。そしてワタシと君は二番艦フレイヤに乗り込む。何か不満はあるかい?」
クヴィンは答えない。
「答えてくれよ。そんな物騒なものをしまってさ」
ウンチクは銃口に胸を押しつける。
「君の妹さんも同じ船に乗れる。君達兄妹は生き残れるんだ。なのに何でそんな顔してる?」
「あなたは僕を騙した。言いましたよね。嘘をついたらあなたを否定するって。妹が苦しんだのもあなたがけしかけたせいだ」
引き金に力を込める。
「それは結果論だよ。戦争でどんな犠牲が出るかなんて予想できない。スーパーベイビーとして造られたワタシにも予測できないことだってあるんだ。だから水に流してくれないかい?」
「僕は自分の約束を守ります」
音もなく、床に血が零れ落ちた。
「どうして……?」
クヴィンは自分の胸に突き立ったナイフの柄を見下ろす。
その持ち主は可愛らしく舌を出した。
「ごめん。ワタシも死にたくない。無駄な時間を使っている場合じゃないからね」
ウンチクは白衣が血に濡れるのも構わず抱きよせる。
「さよなら。今までもこれからもずっと愛しているよ……また会おうね」
統一歴千百一年。十年続いた戦争は双方が突然宣言した終結宣言で幕を閉じた。
それ以上に、直後知らされた太陽の爆発による太陽系消滅の公表によって世間に激震が走る。
太陽系消滅まで一年。その間にフレイとフレイヤの乗員の人選が行われ、人類滅亡を信じない真・地球防衛軍がゲリラ活動を行なったりもした。
期限が迫るほど、民衆は焦り、船に乗り込もうと暴動が幾度も繰り広げられ、その度にクヴィンを欠いたロストチルドレンが鎮圧した。
全ての準備を終えた地球脱出艦が月基地を後にしたのは、太陽系消滅の一時間前。
超光速螺旋エネルギー体変換航行、通称スパイラルワープの準備が整ったところで、フレイが転身して地球に進路を取る。
既にワープ準備が整っていたフレイヤにはどうすることもできなかった。
「ドゥーア。何処へ行くんだ?」
『申し訳ありません。地球でやり残した事があるんです。今日までお世話になりました』
「なんで、なんで、なんで。クヴィンもドゥーアもなんでワタシの元からいなくなるんだぁぁぁァァァッ!」
太陽が爆発して約八分後。フレイごと地球は光に包まれた。
―地球脱出編 完―




