地球脱出編 第二十話
豪華客船エメラルド・ボヤージュ号。戦前は著名な俳優やセレブ、更にアライム・オハラ党首も乗船したことのある由緒正しき船だ。
戦時徴用された本船は後方でその積載容量を利用して輸送任務に当たっている。
『と、いうのは表向き。ここ五年間。ずっと同じ航路を往復して二箇所の港に停泊しているが、毎回積載されている荷物は生活必需品ばかりで、輸送任務とはとても呼べない。更に潜水艦の護衛までついて至れり尽くせり』
クヴィン達が乗ったストークは、その豪華客船の真上で旋回を続けていた。
『ミッション内容をおさらいするよ。エメラルド・ボヤージュ号にウォーターベアの接近を確認次第降下。ウォーターベアを全滅させ、地球統一政府が研究中の新技術を奪取する』
「その新技術って何なんですか」
『詳細が不明なんで、ここでは控えるよ。でも君達ロストチルドレンの役には立つということだけは断言しておこう』
ウォーターベアの襲撃が来るのは分かっているが、詳細な時間までは分からなかった。
だから事前に早く来て、豪華客船の頭上から敵の動向を伺うという、もどかしい時間を過ごす。
『やられた。敵に先制を取られた』
「どうしたんですか?」
『潜水艦が乗っ取られていたんだ。船ではもう戦闘が起きている。ロストチルドレン今すぐ降下。ティンカーベル急げ急げ!』
ストークのハッチが開き、半ば追い出されるような雰囲気でアームが外された。
手足を畳み、頭を下にして弾丸のように落下。
頭を下にしたまま視界を上に向けて、激突する寸前、体の向きを上下入れ替え、ヘリポートに音を立てて着地。
トリーアとウヴァルも続いて甲板に着地したようだ。
援護のためドゥーア機は飛行パックで上空から狙撃してくれる。
『こちらドゥーア。ジャミング作動。ブリーフィングで伝えた通り。五分でジャミングは強制解除される』
「了解。解除される前に敵部隊を殲滅します」
警戒しながら船内へ入る場所を探す。
本来なら船内へ入る計画ではなかった。
何故ならデュラハンは人より幅がある。通路を壊しながら進む事も可能だが、ここは船だ。
作戦を完遂する前に沈没させては何の意味もない。
銃声が聞こえ、トリーアの驚くような声が耳に飛び込む。
『敵だ。全然音がしなかった。撃たれてる』
「トリーア。敵は静かに動く事に長けている。目で探すんだ」
通信をしていたら背中に衝撃と、口を塞がれたような銃声。
振り向くと、遮蔽物からサイボーグ兵士がこちらを撃ってくる。
小銃弾なので装甲で弾くに任せ、ガトリングの反撃をお見舞いする。
遮蔽物ごとサイボーグ兵達は風穴を開けて倒れた。
その奥から炭酸飲料の蓋を開ける音と共に、銃弾よりも大きな擲弾が飛んでくる。
足を動かす前に爆発。爆風で吹き飛びヘリポートから落ちて背中で着地した。
乗機に損傷はないが、爆風を浴び、背中を強打。生身だったら死んでいる。
こちらの生死を確認しに下を覗き込んだ兵士を撃ち倒して起き上がる。
トリーア、ウヴァルと合流すると、二人ともいつもと違って足を止めて戦っていた。
『こいつら。すぐ隠れてメンドクセー、さっさと死ねオラ!』
右手のショットガンを連射し、床や壁がちぎれ飛ぶが全員を倒せたわけではなく、反撃されてしまう。
「二人とも僕と背中合わせに。敵の火力はこちらの装甲を貫けない。外ならドゥーアも狙撃してくれる。でも擲弾にだけ注意して」
『ああ。爆弾なら投げ返してやるよ。いくぞウヴァル』
三人で固まって死角を無くし、サイボーグ兵士と相撃つ。
作戦が上手くいき、ドゥーアの狙撃もあって、敵兵の反撃は沈黙した。
『ショットガンの弾が切れちった』
『私も』
姉妹と同じくククヴィンのガトリングの残弾カウンターはゼロを表示していた。
『弾が切れても俺たちにはこの拳があるから問題ないけどな』
トリーアは左腕のタイタンアームを見せつけるように前に出した。
「頼りにしてるよ」
『三人共、話している暇はない。急いでデータの回収を』
「了解です。僕が回収しに行きます」
入手した船の見取り図を3D化して視界に表示し、研究施設の入り口を目指す。
その時扉が開き何かが放物線を描いて飛んできた。
思わずキャッチすると手の中で炸裂。
爆風の目潰しで気づくのが遅れ、扉から飛び出した人影に蹴り飛ばされて仰向けに倒れる。
馬乗りしてきたのは一体の黒いサイボーグ。
銃口を密着させて撃ち込まれる。
装甲は貫徹されなかったが、マズルフラッシュで目が眩む。
サイボーグの声が聞こえて来る。
「なんだこのロボットは、政府軍の新兵器か?」
『クヴィンから離れろ!』
サイボーグはタイタンアームのパンチを避けると、小銃を撃った。それが効かないと分かると、銃を捨て腰の手斧を構える。
『避けるなよ!』
トリーアの拳は壁や床を破壊するだけで、あっという間に肉薄され、膝に斧の刃が叩き込まれた。
膝をついたて隙だらけなトリーア機の胴体に斧が打ち込まれる。
薄い装甲の更に薄いハッチの隙間を狙われ、卵の殻がこじ開けられ、中のジェルが漏れた。
サイボーグはトリーアをデュラハンから引き抜き、その首に斧を押し当てる。
「二機とも動くな。一歩でも動いたら仲間の命はないぞ」
クヴィンとウヴァルは無抵抗な意志を示すために両腕をダラリと下ろす。
その時、ウヴァルのデュラハンのハッチが開き、その場にいる全員がジェルまみれのウヴァルを見た。
「バカ出て来るな! 殺されるぞ」
「黙れ。こいつも子供か? 政府軍が人体実験をやっているという情報は正解だったようだな」
ウヴァルはゆっくりと近づきながら、ヘルメットを外して顔を晒す。後ろでお団子にやった銀髪が月の光を反射する。
目を奪われたようにサイボーグ兵士の動きが止まった。
「お前、デクスなのか?」
ウヴァルの目が何かに気づいたように見開かれた。
隙を晒したサイボーグ兵士の肩が上空からのレールガンで消滅する。
人質だったトリーアはすぐさま逃げ出す。
ウヴァルは兵士が落とした手斧を両手で構えた。
「待て。お前がデクスなら、あいつはマルス――」
『死ね。クソ親父』
言い終わる前にウヴァルの持つ手斧がウォーターベア隊の隊長を叩き潰した。




