地球脱出編 第十四話
「こちらダカール基地。司令部。応答せよ。こちらダカール基地。こちらは謎の武装勢力に攻撃を受け壊滅状態だ。司令部!敵に攻撃された。周りは火の海、仲間は目の前で吹き飛び、俺の足も、足もくそ……応答してくれ、なぜ誰も応えない。こんな大規模攻撃を見逃しているのか。司令部!」
金属の足音に振り返ると、六つの真っ暗な瞳孔に見つめられていた。瞳孔から噴き出した炎が兵士の見た最後の光景だった。
「こちらクヴィン。最後の一人を排除。付近十キロに生体反応なし」
『こちらトリーア。付近の敵皆殺し完了!』
『ウヴァル。目標を達成』
『こちらドゥーア。基地兵力の全滅を確認。回収地点へ向かいます』
クヴィン達は徒歩で回収地点へ向かう。
基地のレーダーと無線は勿論、ネットワークに流したウィルスでここ数日のカメラ映像や音声記録は消去済みだった。
回収地点へ向かう途中、黒煙が上る村を通り過ぎる。
そこも勿論、証拠隠滅のため村人は全員排除してある。
回収地点へ到着し待機していると、国家軍の戦闘機隊がダカール基地を攻撃している。
彼らが無人の政府軍基地を攻撃しているのに気付くのはいつだろうと考えていると、ストーク接近をセンサーが告げる。
ストークは停止も減速もせず、一定の高度と速度を維持して近づいてきた。
『全機、フルトン回収用意』
ドゥーアの言葉にバックパック上部のフックを展開する。
空の点のようなストークのハッチから一本のワイヤーが伸びていることをセンサーが認め、そのワイヤーと重なるポイントに立つ。
ストークが頭上を通過した直後、ワイヤーとフックがドッキングし、デュラハンは勢いよく地上から足を離した。
マイホームに無事帰り、格納庫に入ると、胴体にケーブルが接続されると同時にデュラハンとの神経接続を切る。
温かい羊膜に浮かんでいる自分を知覚していると、シェルが吸い取られ生身の足裏が床と設置する。
ハッチ開放の許可がおり真っ暗なボディから格納庫へ出た。
ロストチルドレンの一員になってから数年。ここ最近デュラハンから降りると寂しさを覚える。
恐らく手足の生えた卵の事を自身の体の一部と思えるようになってきたからだ。
そう思うと、ツルリとした卵の体を不恰好と思わなくなっていた。
「おいクヴィン」
トリーアに呼ばれる。勿論ウヴァルも一緒だった。
「なに」
「ドゥーアが食堂に集まれって」
「新しい作戦?」
いつもなら作戦の説明はウンチクからだ。
「いや、ミッションとは関係ないみたい。なんか……」
その後はウヴァルが引き継ぐ。
「なんか届いたみたいで、すごく嬉しそうだった」
「荷物、通販で何か買ったのかな」
ドゥーアはいつも冷静沈着で感情を表に出す事はなく、笑っているところは想像できなかった。
「あっ、ティンカーベル。いつになったらオレ達のデュラハンのカスタムするんだよ」
『こっちはワンオペで忙しいのよ。早く欲しいなら自分でやりなさい』
「んだとテメエ。オレは殺しの専門。カスタムはお前の専門だろうがぁ!」
「トリーア。落ち着いて」
騒がしい口論を背中で聞きながら格納庫を後にする。
シャワーを浴びて食堂に入ると、香ばしい匂いが鼻腔を満たす。同時に数年ぶりにお腹が鳴った。
「この匂い……パン?」
マイホームに来てからは必要栄養素だけが入ったゼリーやバーばかり。
だから最初はパンの匂いも思い出せなかったのだ。
「おお、クヴィン来たね。ほらほらこっちおいで」
一足先に来ていたウンチクの手招きに寄っていくと、いつもは人のいない食堂の奥にドゥーアが忙しそうに作業している。
シェルタースーツの上からエプロンというミスマッチ姿のドゥーアは、白くて丸い見るからに柔らかそうな物体を捏ねてちぎって形を整えている。
「ドゥーアさん。パン作れるんですか」
「ああ、もう少しで出来上がる」
会話中も目線はパンに向けている。作業に集中したいらしいので話しかけるのはやめた。
「はぁ〜。パンが焼ける匂いはたまらないね! ワタシもう我慢できない」
ウンチクは白衣のポケットからタバコ型チョコを取り出してはギザ歯で噛み砕き、また新しいのを取り出しては噛み砕くを繰り返す。
そんな騒音を間近で聞きながらも、クヴィンは次々と出来上がっていくパンに見入っていた。
「何の匂いだこれ。めっちゃいい匂いするぞ」
遅れてトリーアとウヴァルがやってくる。
「これなにこれなに?」
「パンだよ。焼きたてのパン」
「これ食べていいのか。マジかよ早く食いてえ!」
ウヴァルはいつも通り物静かだが、姉の喜びようを見て口許が綻んでいるように見えた。
食堂のカウンターに小麦色のパンが並ぶ。狐色一色なのに何故これほど華やかに見えるのか。
「お待たせ。さあ召し上がれ」
「「いっただきまーす!」」
ウンチクとトリーアの声が重なり、二人同時にかぶりつく。
「美味い美味い。外はカリッと中はフワッとして、このままでもマジで美味い」
「これがパンなのか? 前に食ってたボソボソパサパサのアレはパンという名の偽物だったんだ。このジャムも甘くて美味え。いちご味最高ー!」
騒がしい二人に混じってウヴァルは黙々と食べているが、口の動きが止まる事はなかった。
「美味しそうに食べてくれて嬉しいな」
「ドゥーアさん。パン作れたんですね。趣味か何かですか」
「そうだね。実は姉がパン屋をやっていてね。よく手伝わされたんだ。その影響で私もパン作りにハマってしまったんだよ」
「今のご時世、地球とはいえパン屋をやるのは大変そうですね」
ドゥーアの顔が曇り、聞いてはいけないと気づいた時には遅かった。
「姉は戦争で私を庇ってね。その時パン屋は全壊。姉も意識不明のまま地球統一政府の病院に今も入院しているよ」
そう話すドゥーアの瞳は遥か遠くを見つめていた。




