地球脱出編 第十三話
ストークのお腹の中は静かすぎて戦場に近づいているにも関わらず、ついウトウトしてしまった。
『アンタ達。作戦区域に着くわよ』
ティンカーベルの言葉が言い終わると同時に、足下のハッチが観音開きに開いた。
シカクを含め、全機の背中には宇宙空間用のブースターがバックパックに装着されている。
『ドゥーア。発進する』
ドゥーア機が噴射炎の尾を長く伸ばしながら視界から消える。
『トリーア、行くぜ』
『ウヴァル、発進』
双子の姉妹も続けて宇宙空間に飛び出す。
クヴィンの番が来た。
アームに吊り下げられたまま、ハッチの真上に移動させられ乗機のデュラハンが宇宙空間に出た。
風を感じないのでヘルメットの計器がなければ、ずっとその場に漂っているようだ。
『ボーとしてないで、ブースターを点火しなさいよ』
言われた通りにブースターに火を灯した。
命を吹き込まれたロケットエンジンはアームで固定されているボディを押し退けるような勢いだ。
『さっさと発進しなよ』
「クヴィン、行きます」
顔が押しつけられるような衝撃と共に星々が後方に流れていく。
慣れたところで後ろを見ると、ストークは天の川に混じりあって肉眼では判別できない。
前方で味方の識別番号を捉えた。
先に発進した仲間と合流し、少し間隔をあけて横一列に並ぶ。
『こちらドゥーア。聞こえてる?』
トリーア、ウヴァルに続いてクヴィンも「はい」と答える。
『軌道上のデブリに紛れて接近。その後ジャミング装置で敵の目を潰し攻撃する』
ドゥーアの指示に従ってデブリ帯を抜けていく。
広大な宇宙空間といえども破片の大きさは様々。隙間は充分にあるが、ぶつかれば即死する恐怖に生唾を飲み込む。
直撃コースの破片はセンサーが感知して視界に表示されるが、体の芯が挟まれるような感覚は拭えない。
危なげなく回避して気が抜けたのだろうか、センサーが無視した障害物に視線が釘付けになる。
宇宙服を着た人間の死体だ。
戦闘で投げ出されたのか、まるでデブリという牢獄に囚われているよう。
その顔面を喪失した死体を見たまま進んでいると、警報音が鳴り響いた。
前を見ると視界いっぱいに艦船の主砲らしき残骸。
どちらに避けようか考えていると、突然右手側から押されて事なきを得た。
『オメエ。敵殺す前に死ぬ気かよ』
トリーアが悪態を突きながら先を進む。
頭の中に謝罪の言葉が沢山浮かぶが、何か言う前に前方で次々とマークが付く。それはセンサーが捉えた敵だった。
マークされた集団は一塊になっており、その中で二つのマークが急速に距離を詰めてくる。
「バレたんでしょうか」
『いや。無線傍受によるとパトロールだ。だがこのままでは発見される。ジャミングを発動して孤立した二機を撃破する』
『オレにやらせてくれよ』
『トリーア機の武装は近距離型。奇襲には向かない。クヴィン』
「は、はい」
『君に任せる』
「僕よりも、ドゥーアさんの方がいいのでは」
『私は狙撃担当だ。敵艦を真っ先に攻撃する為に位置がバレるわけにはいかない。だからクヴィンが戦端を開いてくれ』
二機の戦闘機がデブリ帯に侵入した。こちらに気づいた様子はなく、一定の速度で通り過ぎようとする。
残骸の影に隠れ敵機をロックオン。右手に装備した六連装ガトリングの銃口を向ける。
自分の人差し指に命令を送ると、その電気信号を受けたデュラハンの人差し指がトリガーを引き絞る。
一秒も満たない連射で六つの銃身から放たれた数十発のAPDS弾がデブリと戦闘機の一機を穴だらけにした。
二機目は被弾しながらもまだ動けるようで、本体に向けてユーターンしようと機首を向ける。
『クヴィン二機目も墜とせ』
敵機を狙う為に隠れていた残骸から飛び出すと、進行上のデブリを避けた戦闘機と急接近。
これなら外さないとトリガーを引こうとしたが、その命令は寸前で中断する。
被弾した敵機のキャノピーが破損しており、普段なら見えないコックピットの中が視える。
操縦席の中でパイロットがこちらを見上げていた。
『トリーア、ウヴァル。本体に突入。私も狙撃を開始する。クヴィンは手負いの敵機を必ず逃すな』
ドゥーアの通信に狙撃の銃声が混ざる。
『皆殺しの時間だ。行くぞウヴァル』
双子のデュラハンが全速力で艦隊に突貫していた。
そんな事は露知らず、クヴィンは敵機を追いかけていた。
エンジンに被弾したのか、スラスターから煙を吐き速度は鈍行列車のように遅い。
引き金を引けばすぐ終わるのにそれができない。
人間が乗っている。自分と同じ生きている人が、きっと自分が死ぬ事に恐怖している人を殺そうとしている。
先の一機は顔が見えなかったから躊躇わなかったものの、顔を見た途端現実を突きつけられた。
自分は人殺しをしていると。
唐突にウンチクから通信が入る。
『クヴィン。撃つんだ』
「撃ったらパイロットは死にます」
『何を今更。君はすでに人を殺したじゃないか。何で迷うんだい』
「顔を見てしまったんです。目が合ったんです。今生きているんですよ。撃てないですよ」
「ははあ。なるほど人が殺せないんじゃなくて。殺したくないんだ」
「ど、どう違うんですか」
「人の命を奪うのが嫌なんじゃない。人殺しの汚名を背負うのが嫌なんだろう? ん?」
クヴィンは何も言えなくなる。
追いかけている敵機は本体が攻撃を受けていることを知ったのか、急な方向転換でデブリ帯から抜け出そうとしていた。
「敵が逃げるぞ。いいのか逃したそいつが、巡り巡って君の妹の死に関わる可能性はゼロじゃない。さあどうするんだ」
銃口からほとばしる銃声は自分の叫び声にかき消されて聞こえなかった。
操縦席が消滅した戦闘機は新たなデブリとなって何処へと消えていく。
『こちらドゥーア。目標の防衛隊の全滅を確認。こちらの損害なし。これより回収地点へ向かいます。はい。クヴィンも回収します』
作戦成功の無線が飛び交う中、クヴィンはデュラハンの胴体を両手で擦り続けていた。




