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レモネード  作者: 蟻田みな
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レモンのように苦い気持ち

16 レモンのように苦い気持ち

 「美味しい」


 「それは良かった。評判いいからねそれ。バーの時間だけでも定番にしようかな」


 北はれもんに出す前菜を用意するため、少しカウンターから離れた。隙を見てサガがれもんのそばに来る。


 「来てくれて、ありがと。北さん俺の悪口言ってなかった?」


 結構真剣に聞くので、れもんは少しおかしかった。


 「言ってないよ。大丈夫。北さんにケーキ預けたんだけど、明日にでも二人で食べて」


 と笑って答えた。


 北が持ってきた前菜はキッシュとサラダのプレートだった。温められたキッシュはサクサクとして美味しい。


 「いつから、サガと知り合いなの?」


 「今年の九月頃です。サガがこの町に来て間もなく。アパートが隣の部屋で」


 れもんが食べながら話していると、サガが北にカクテルの注文を持ってきた。北は後ろの棚から酒瓶を取ると、銀のシェーカーに入れていき、シャカシャカと振る。グラスに注ぎ、サガのお盆に載せる。


 テレビでしか見たことのないバーテンダーの所作に、れもんは見とれた。すかさず北が


 「かっこいいでしょ」


 とれもんを見ていたずらっぽく笑う。


 「サガもああいうのやるんですか」


 れもんはシェーカーを振る真似をしながら聞いてみる。


 「サガはまだ給仕と皿洗いだよ。やっと最近コーヒーを任せられるようになったかな」


 「成長したんですね。前はコーヒーも淹れられなかったのに」


 「少しはね。バーテンダーになるのはまだまだ先だな。俺は少なくとも五年は、客の前であいつにシェーカーを振らせないよ」


 れもんは目を見開いた。


 「五年も?その間どうするんです?」


 「ひたすら練習だね。ちなみに五年っていうのは俺が修行した年数でもあるからね」


 北は大学在学中にバーでアルバイトをしたこと、その後バーテンダーになりたいと思い店で修業をしたこと、一年前に祖父のやっていたこの店を継ぎ店主になったことを話した。


 「いずれはバーだけでやって、もっと遅くまで営業したいんだよね。そしたら周りの店で働いている人が仕事帰りに寄れるでしょ」


 れもんは自分が大人になって、仕事帰りに一人でバーに寄ることを想像した。こんなに明るく美味しい料理を出す店が近くにあれば、きっと心の拠り所になるだろう。


 「素敵ですね」


 「いい夢でしょ」


 新しく飲み物作るね、と北に言われてグラスが空になっていることに気が付いた。サガはいい店で働いているんだな、とれもんがほっとしていると、洗い物をしているサガと一瞬目があった。


 メインはローストビーフだった。うずらの卵で作られた雪だるまが添えてある。


 「すごく美味しいです。わたし自分でも料理するんですけど、こういうおしゃれな料理って作れなくて」


 れもんがローストビーフにソースをたっぷり絡めとる。


 「ああ、サガがいつも美味しいって褒めてたよ。高校生なのに偉いよね。学校楽しい?」


 北は何気ない世間話のつもりで話したのだが、れもんの表情が少し曇った。


 「どうでしょう。そういえば、恩田華子さんってわたしのいとこなんです。同級生だって伺っていて」


 さりげなく話題を変えたが、不自然ではなかっただろうか。れもんはちらりと上目使いで北を見た。


 「二年生の時同じクラスだったね。まああんまり話さなかったけど」


 剣道部で坊主頭の北はクラスで人気がある男子、というわけでもなく、周りにも地味な友人しかいなかった。華子に話しかける男子は、サッカー部とかテニス部とかの同じ運動部でも爽やかでもてる男子の集団だった。


 「俺も高校楽しくなかったよ。それよりも大人になってからの方が百倍楽しい」


 酒も飲めるしね、と付け加えた。


あの頃はとにかく生きづらかった。クラスの中で、学園ドラマの主人公のような生活を送れるのはごく一部の人たちで、その人たちと自分には信じられないほどの高い壁があると学生の頃の北は思っていた。大人になってみれば、あの頃目立っていた人たちも特別な人間ではないことに気が付くのだが、高校という狭いフィールドの中には誰が決めたかわからない階級がある。


 れもんは高校生にしては落ち着きすぎているが、清潔感があって可愛らしい見た目をしている。今はまだ野暮ったいがおそらく歳をとるにつれ美人になるタイプだろうな、と北は考える。本当にサガにはもったいない。


 


「こんばんはー!北君、サガ君飲ませてー」


 閉店まで残り一時間、というところでガランガランと勢いよく、扉が開いた。


 金髪に近い茶髪をくるくると巻き、濃い化粧をした、綺麗な女の人が二人が大声で入ってくる。夜の香りを、胸元の大きく開いた服から感じる。


 「あれ、エリコさん、ミホさん今日は非番ですか?」


 負けないくらいの声でサガが迎える。カウンターに座ろうとする二人を、さりげなく奥のテーブル席へ誘導する。内心れもんはほっとした。


 「今日はカウンターだめなの?」


 「クリスマス特別メニューでテーブルがいっぱいになりますからね」


 サガは二人から注文を取っている。女の人がサガの腕を触りながら何やら話している。


 「ねーサガ君、この後ひま?ウチらクリスマスなのにさみしいのー。一緒に飲み行こうよ」


 「いちおう未成年ですからね。俺」


 断ってはいるみたいだが、顔は終始笑顔だ。やがて女の一人がサガの頭についているトナカイの角を取って、自分につける。そしてサガにじゃれている。


 れもんは横目で盗み見たことを後悔し始めた。胸の奥がずしんと重い。図書委員の三年生と、あの女性客が重なる。あの人たちのほうがずっときれい。あの人たちのほうがサガにふさわしい。


 思えばサガと自分の関係は何なのだろう。わたしはサガの命のために血をあげ、サガはそれを吸っている。だが、もしサガに好きな人が出来て、その人と付き合うようになったら、サガはその人から血を貰うようになるのだろうか。そうしたらわたしは、たまに一緒にご飯を食べるアパートの隣人になるのか。一緒にご飯を食べる関係も、恋人が出来たらきっとなくなる。そうすれば二人の間に残るものは何もない。


 サガと親密な関係がある思っているのが、わたしの勘違いだったら?


 れもんは俯いた。なるべく会話が聞こえないように、左耳を頬杖をつくふりをして押さえる。


 冷静になろうと目の前のドリンクを一口飲んだ。二杯目のドリンクはシンデレラ、というノンアルコールカクテルだ。オレンジ色だがパインの香りと味がする。

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