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レモネード  作者: 蟻田みな
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ニットワンピースとブッシュドノエル

14 ニットワンピースとブッシュドノエル

クリスマスイブの前日、れもんはブッシュドノエルのスポンジケーキを焼いた。サガがごちそうしてくれるとのことだが、その料理は店主の北が作るのだ。何かお礼を、と思いブッシュドノエルを作って、持って行くことに決めた。


 明日着ていく服を、自室の鴨居にハンガーで掛けた。出かけるのは夜なのに、まるで遠足前の小学生のように準備をした。




 クリスマスイブ当日、北とサガは開店準備に追われていた。クリスマスメニュー用の仕込みのため、朝の5時から準備をしていた。なんとか開店に間に合いそうだ、という時間に、北が


 「サガ、じゃんけん知ってる?」


 と聞いた。


 「じゃんけんは知ってますよ」


 とサガが言うと、


 「最初はグー」 


 と北がいきなりじゃんけんをはじめそうになった。


 「ちょ、ちょっと待ってください。これ何のためのじゃんけんですか」


 とサガが止めると、北はいつのまにかカウンターの前に置かれていたサンタの帽子と、トナカイのカチューシャを指さした。


 「今日と明日、二日間どっちがサンタでどっちがトナカイかを決めるためのじゃんけんだよ。サガ君」


 北は両手を組み合わせて、何やら手の中を覗いている。


 じゃんけんはサガが勝った。サガがサンタ帽を取ろうとすると


 「男前はサンタでも、トナカイでもどっちでも似合うんだよぉー。俺は凡人だからせめてサンタにしてくれよぉー」


 とサガのサンタ帽を奪おうとしている。


 結局サガが折れて、トナカイカチューシャを付けた。サガは呆れて


 「初めからサンタがいいなら、何のためのじゃんけんだったんですか」


 と北に言うと、うるせー開店すっぞーと北の間延びした声が聞こえた。


 グランパの長い一日が始まる。


 


 れもんは午前中にブッシュドノエルを作り終えた。シンプルな飾りつけにしたので、見た目にも変なところはないし、味もおかしくない。でも、本当にこれでいいのか不安で、箱に入れた後も冷蔵庫を何度も開け閉めしている。


 「中の温度下がるから、やめなさい」


 と香子にたしなめられて、ようやくやめた。


 グランパに行くまで時間はたっぷりとある。れもんは帰宅後のことを考えて、掃除、洗濯、食器洗いをなるべくゆっくり行った。だが思ったより早く終わってしまい、また時間をもてあました。


 香子が夜勤のため、夕方に出勤するとれもんはひとまず寝よう、と思った。遅刻しないよう目覚まし時計をセットし、ベッドに入り目をつぶる。


 少しうとうとしていたが、目覚まし時計が鳴る時刻の三十分前には目を覚まし、シャワーを浴びて準備をした。


 白いニットワンピースを頭からかぶり、黒のタイツをはく。髪形は迷ったが、ポニーテールにする。おそらくグランパにあの三年生は来ない。紺色のコートをボタンを閉めずに羽織り、臙脂色のマフラーを首に巻く。


 アパートの前に待たせてあるタクシーに乗り込み、グランパの場所を告げる。歩いても十五分ほどの距離を、タクシーで行くのは本当は忍びない。


 だが、れもんはわくわくしていた。夜に外出をするわくわくと、クリスマスにバーに行くわくわく。


 仕事をしているサガに会うわくわくと不安。すべてを預けてタクシーは進んでいく。


 


 グランパはオレンジ色の光を外に漏らしながら、れもんの前に佇んでいた。勇気を出して、重い木の扉を押してみる。カランカランとベルが鳴り、いらっしゃいませーと男二人の声がかぶさってきた。


 カウンターに店主の北が、奥の方のテーブルの前にサガがいた。二人とも白くぱりっとしたシャツを着て、黒いギャルソンエプロンを腰に巻いている。北はさらにグレーのベストに黒い蝶ネクタイをしている。シックな装いの中、北のサンタ帽とサガのトナカイの角だけが浮いている。


 オレンジ色のランプの中で、二人はとても紳士的な微笑みでれもんを迎えいれた。


 「こんばんは、あの水口です」


 れもんはまず北へ挨拶すべきだろうと、カウンターの方を向き、お辞儀をした。


 「お待ちしておりました、どうぞカウンターへ」


 と北は自分の前の席を勧める。


 店内にはカップルが二組、女性客が複数人いた。何人かちらりとれもんを見たが、すぐに視線は各々の前にいる人に戻る。


 「あの、はじめまして。サガがいつもお世話になっています。これよかったら召し上がってください」


 れもんはクリームが溶けないよう、先に北に持ってきたブッシュドノエルを手渡した。


 「えっわざわざありがとう、これ自分で作ったの?」


 北は先ほどの接客業的態度を崩して、親しげな口調で答える。全体的におしゃれだけど、親しみやすい人だな、とれもんは思う。


 「サガはあの通り夜は給仕だから、忙しいんだ。俺でよかったら閉店まで話し相手になりますよ」


 北はにっこり笑った。話しながらも、手際よくれもんに出すためのドリンクを作っている。5分ほど待つと、れもんの前にピンク色のドリンクが出された。


 「ピンク色だけど、レモネードなんだ。れもんちゃんの名前にちなんで、このクリスマスだけ出してみました」


 フルート型のシャンパングラスにピンク色のレモネードが入っている。レモンの輪切りとチェリーが飾られており、炭酸が入っているのか底の方から細かな泡が立ち上っている。


 「いただきます」


 ストローで飲むと、見た目ほど甘すぎない。甘酸っぱくて少し苦い味が口に広がった。

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