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レモネード  作者: 蟻田みな
13/17

綺麗になるには

13 綺麗になるには

れもんの部屋で行うのは初めてだった。サガがれもんに向き合い、いつものようにれもんの左手を取ろうとすると、


 「首からでもいいよ」


 とれもんが来ていたシャツのボタンを一つ外した。


 「目立たない?」


 目立つかもしれないが、いつもとは違うことをれもんはしたかった。照れるサガを見たかった。


 サガがれもんの両肩を掴み、顔を近づける。れもんの顔の横、うなじの辺りに口をつける。舌がれもんの肌に触れると、


 「あ」


 とれもんが声をあげた。


 そのままサガは何もなかったように、れもんのうなじに犬歯を立て、血を吸った。


 血の止まりは指先より悪かった。しばらくガーゼで強く押さえた後、正方形の絆創膏を貼った。シャツのボタンを留めると、襟足から少し絆創膏が見えた。


 自分からサガに会うことを避けていたが、サガに会えて、嬉しかった。見たことのないパーカーを着ていた。新しく買ったのかしら。首から血を吸われて、ぞわぞわしたけれど、嫌ではなかった。サガの顔は赤らんで、目も潤んでいた。あの目が欲しい。


 れもんは年末年始のことを忘れて、クリスマスのことで頭がいっぱいになった。華子に服の相談をしなければ、と考えた。




 「グランパって高校の同級生のお店だったのね」


 と華子はセール品のタグが付いているニットを手に取った。


 「店長さん?」


 「そうそ。北君ていう子で、わたしと同い年」


 世間は狭い、とれもんは思った。あれから服の相談のために、恩田古書店に寄り、買い物に行く約束をした二人は、週末を利用してデパートに来ている。


 「れもんちゃんにはやっぱりスカートが似合うね。女の子らしい感じだし」


 「ワンピースとか、どうかな」


 黒い生地で、スクエアネックになっているワンピースを体にあてて、聞いてみる。


 「ワンピースもいいんじゃない。あとは色だけど、クリスマスなら」


 白とかどう、とふわふわのニットワンピースをれもんの体に華子があてる。


 「白か。普段あまり着ないけど、変じゃない?」


 「変じゃない、変じゃない、かわいい」


 華子はれもんを見て変わったなあ、と思う。以前は買い物に行っても、本屋しか熱心に見なかったれもんが、サガが現れた後からおしゃれに気を使うようになった。


 サガ君と、付き合っているの?と華子は聞きたくなる。付き合っていたら、いいなと思うが、若いカップルに茶々をいれるようなおばさんにはなりたくない。


 「昼ご飯、どこで食べる?グランパ行く?」


 華子はれもんが喜ぶかと思い、提案した。


 「小龍包が食べられる中華料理屋さんがあるらしいから、そこにしない?」


 れもんは少し悩んだ。 本音を言えば、仕事をしているサガを見たかった。だが不意打ちで訊ねるのはサガに悪い、という気もした。何より、サガの職場に行く、というイベントをクリスマスまでとっておきたかった。


 「華ちゃんはクリスマス何してる?」


 熱々の小龍包で口を火傷しながら、訊ねた。


 「彼氏と食事かな。そのあと飲みに行ったりするかも」


 飲みに行った後は、おそらく彼の家に行く。聖夜にふさわしく、セックスをして、朝を迎えるという流れだろう、と思う。


 いとこの、高校生の前でこんなことを考えている自分を、華子は恥じた。親にも恋人がいることは伝えているが、泊りのときは友人の家に行くと言って出かけている。三十にもなって恥ずかしいことなどないはずなのに、なぜか父には自分の色恋を悟られたくない、と思っていた。


 「ご飯食べ終わったら、れもんちゃんの家で髪形の相談しない?ヘアアイロン持ってきたし」


 食後二人はアパートへ向かった。いつも三つ編みのれもんの髪を、華子が丁寧に巻いていく。ゆるいウェーブがかかった髪を、ポニーテールにまとめ上げる。


 「どうかな?ワンピースがボリュームあるから、髪の毛あげた方がすっきりして可愛いよ」


 姿見の前で合わせ鏡をして、後頭部の確認をする。


 「すごい。すごくいい。華ちゃんありがとう」


 れもんは感心したように、ため息をつきながら何度も鏡を見ている。自分でこのようにうまくできるだろうか。


 「グランパに行くこと、お母さんは知ってるの?」


 「うん。行くときには必ずタクシーを使って、帰るときはサガに送ってもらうならいいって。お母さんも夜勤だから」


 華子は鏡を見ながら話すれもんのうなじに目が留まった。乾いているが、二つの小さな傷がぽつんとある。


 「首、怪我したの?」


 はっと、れもんがうなじを押さえ、振り向いた。


 「学校で、フックのあるところに寄り掛かったの。ぼーっとしてて。それで怪我しちゃった」


 クリスマスまでに、傷が目立たなくなりますように、とれもんは祈った。可愛い髪形でグランパに行きたい、と思った。

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