師走になれば
11 師走になれば
脚立。安っぽいオーナメント、てっぺんに付ける星。サガはこれまでの人生で高いところに上る機会が無かったので、自分が高所恐怖症だとは思わなかったが、いざ上ってみると結構苦手だと思った。
グランパにツリーが持ち込まれたのは、十二月の初めの日だった。天井まで届くと思われる、本物のもみの木の立派なツリーだった。
「季節の行事って、ちゃんとしないとなんか気持ち悪いだろ」
というのが北の言い分で、グランパは季節ごとの飾りつけを、毎月変えている。
「クリスマスか。何か特別メニューとか出します?」
冷や汗をかきながら、ツリーの星を飾り終えると、サガは脚立から降りた。
「ああ、去年もやったけど、クリスマスのスペシャルメニューを考えているよ」
今年のクリスマスイブは日曜日だった。
「当然、俺も出勤ですよね」
サガは先日れもんと海に行くために、日曜日特別に休みを貰ったのだ。クリスマスにれもんや香子と過ごす、なんてことを一瞬考えたが、無理そうだ。
「あたぼうよ、今年は日曜日だぞ」
北の返答に、サガはがっくりと肩を落とした。
「まあ、何もクリスマスだからって何かあるわけではないんですけどね…」
北はサガが前、一緒に海に行ったセーラー服の女の子と過ごしたいのだ、と勘付いた。
「そういえば、この間お前が休んだ日曜に恩田華子さんが来たぞ」
北はあの日、高校時代の同級生である華子と再会した。ささやかではあったが一時期華子に恋心を抱いていた北は、再会に心が躍った。
話をするうちに華子には婚約をしている彼氏がいる、ということがわかったが、高校時代ただ姿を眺めていることしか出来なかった華子と会話をし、連絡先を交換したことで満足していた。
「華ちゃんが来たんですか?」
「華ちゃん?」
馴れ馴れしい呼び方だな、と北は一瞬憤った。俺は恩田さんとしか呼べないんだぞ。
「…まあ、クリスマスは絶対仕事だから。異論は認めん!」
北が開店するぞーと、表に出てcloseの看板をくるりと返した。Openの字が現れ、今日もグランパの一日が始まる。
北がクリスマス、誰かと過ごしたのはもう二年前のことだ。あの頃付き合っていた恋人は当時働いていたバーの同僚だった。北と別れて半年後に結婚したと、人づてに聞いた。
「雄一は、周りにいい顔するくせに、一番身近にいる人をあまり大切にしないでしょう」
というのは別れた恋人の言葉だった。
あれ以来、仕事にかかりきりで、出会いもなくついぞ恋とは無縁の生活を送っていた。
店の客などからたまにアプローチを受けることはあっても、どこか北は冷めている。昔は誰かを好きになるのは、簡単だった。今は心を動かすのが、難しい。
「そんなに大事なわけ?そのセーラー服の女の子」
さっきの会話からだいぶたった後、客のいない店の中でぶしつけに北は言った。いきなり言われたサガはセーラー服の女の子が、れもんのことであると一瞬わからなかった。
「ええ、まあ。色々お世話になっているし。大切だと思います」
「好きなの?」
「好きって、それはもちろん」
サガはまっすぐな目で北を見て、答えた。その様子を見て北は、あーやっちゃったなと思った。
「質問を変える。恋として好きなのか?」
その質問にサガの表情が揺らいだ。さっきのサガの答えはおそらく、人として好きという意味だったのだろう。
「それは…まだよくわかりません」
それはサガの正直な気持ちだった。恋というものは小さいころ読んだ絵本の中に、日本に来てから昼間見ていたドラマの中に、描かれていた。恋とはかくあるべし、というものをサガはおぼろげながら知っているつもりだ。
だがサガのれもんに対する気持ちが、恋に結びつくものなのかは、わからなかった。
「ふーん、でも大切なんだろ?」
好きじゃないのに大切にされることと、大切にされないのに好かれることは、どちらが女の子にとって幸せなのだろうか。北からしてみれば、明らかに前者のほうが罪作りに思える。
「それはものすごく」
「クリスマスイブ、店に呼べば?その子。そしたら一緒に過ごせるだろ」
北は提案した。いじわるな質問で、サガを戸惑わせたことに対する、罪滅ぼしのような気持ちで。
「れもんに…聞いてみます」
北のこういうところが好きだと、サガは思う。