第7話
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第7話■燃料と食料
ジン・オンは士官学校の出でありながら、サイキック訓練施設を経由してからの入隊であった。当初、サイのコントローラーは、軍の内部の人間が訓練を経て行うものと計画されていたが断念。代わりに、能力のある人間を士官学校へ進学させた後、コントローラーとしての訓練を受けさせ、そこから実地訓練を受けるという手はずであった。
ジンの他、二名の訓練生が入隊。サイのエネルギーをコントロールする為に試験的に制御管へ入るも、コントロール不能と判断され訓練を外れる。ジンも中程度のエネルギーであれば難なくコントロールできたが、サイの放つエネルギーには耐えられず、数度の訓練の後辞退。ジンの他の二名の訓練生は地球帰還後にまもなく死亡。原因は不明とされたが、訓練による大きな負荷が体に影響したものと思われた。
ジンは、月での勤務を自ら希望した。
オイルにまみれたネジをつまんで、型が合うのか見比べる。軍手は汗で濡れ、熱気に溢れた作業場は酸素が薄い気がした。バケツで汚水を吸った雑巾を使って、乱暴に錆を擦る。ジンは瞼に落ちてくる汗を腕で拭った。
「おい、これじゃあ部品が足らないぞ」
「モトジ課長は代用品でなんとかしろと」
「ふざけんな。ここから火でもふいたらどうすんだ」
「おい、削れるとこは削っていかないと、もう予算は出ないんだからな」
作業員たちの怒号が飛び交う。ふう、と息を吐いて、ジンは座り込んだ。作業服の半袖Tシャツは、黒い煤で汚れている。
「設計通りにいかないとはどういうことだ」
「時間も予算もケツカッチンなんだよ。予定が大幅に狂ってやがる。地球で作った完成品の部品を組み立てるだけの予定が、なんだ。届いてみりゃ、シグマのお古の部品ばかりじゃないか! 完成品? 笑わせるな。残ってるもので、使えるところは使ってくださいって感じだよ。こっちはシラバを作ってるんだぞ? 量産品のシグマじゃねえんだ!」
「まあまあ、オオクマさん。文句言ったって、ケツ決まってんスから」
「うるっせえ。なあ、ジン少尉。あんたから上に口きいてもらえねえか。俺たち錬金術師じゃねえ。ないもんは作れん」
ジンは、濡れた雑巾をびしゃりと放り投げた。
「俺がここで手伝いしてるってことは、どういうことかわかってるのか。人手も予算も足りないってことだ。予算だけじゃない。地球じゃ鉄が不足してる」
「ほんとか!」
「考えても見ろ、放射能汚染の進んだ国はさっさと国民総引き上げで火星に飛んじまった。労働者は足りないのに、やれ物資だ、やれ燃料だと、火星や月から注文が入る。燃料を掘るのは誰だ、鉄を精製するのは誰だ。作物を作り、食料として加工するのは誰なんだ」
「人が、足りないのか」
「正確に言えば、地球の労働人口が足りない。火星や月に偏ってる。地球に資源が足りなくなったら乗り捨てて他の星に移ろうとしたんだろうが、とんだ誤算だったな。地球以外の星じゃ、資源が手に入らない。結果、スネをかじり続けるしかない」
油で汚れたネジの入った缶を持って、ジンはオオクマに差し出した。
「恐らく、この部品も、地球にある在庫のシグマを解体して寄越したもんだろう。もうシグマも生産できんくらいには困窮してるということだ」
作業員たちは手を止めて、ジンを見つめた。
「なあ、ジン少尉。俺たち、こんなことしてて大丈夫なのかよ」
「小惑星オニキスはこのままだと三年後には地球に衝突だ。今のうちに破壊しなければ、もっと後悔するだろう。地球がなくなれば、食料も燃料も手に入らなくなるからな。だから、何としてでも、このプロジェクトは成功させなければならない」
作業員たちは皆怪訝な表情を浮かべながら持ち場に戻る。疑問や不満は増すばかりだ。
「俺は、このプロジェクトそのものが、軍の言い訳になるんじゃないかと思ってるよ、ジン少尉」
「そうさせん為に、サイがいる。あれは、あれだけは、俺たちの希望だ」
オオクマは大きく息を吐いて、床に落ちたネジを拾った。