第5話
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第5話■操縦者
トモヤが目覚めると、明るい天井が目の前にあった。座っている椅子は確かに乗った時のままだが、今いる空間は一面が鉄の壁で、さっきまであったプロジェクターはなくなっている。
「お目覚めですか、少佐」
「ああ…はい」
見知らぬ金髪の青年が箱を持って立っている。
「自分はジャン・シャンナハ少尉であります。月基地へ入る前の準備をご案内します」
「そう、ですか…お願いします」
腹部で止めていたベルトを外し立ち上がるが、足がふらつく。訓練でも何度か体験したが何度経験しても慣れるものではない。
「まずはこちらで、シャワーを浴びていただきます。途中、白い霧が噴射されますが、地球からの菌やウイルスの侵入を防ぐ為のものです。着替えはこちらに用意しておきますので、終わったら声をかけてください」
シャワールームに入ると、すでにひとつの個室に誰かが入っていた。
「ジョー少佐、目が覚めたか」
ゴトウだ。
「ああ。随分早くついた」
「よく眠っていたな」
トモヤは服を脱ぐとシャワールームに入った。士官学校時代のシャワールームによく似ていた。石鹸がひとつだけ置かれている。
「久しぶりによく眠れた。今度から、眠るときは睡眠薬に頼ることにする」
「なんだ、不眠だったのか」
きゅっと音がして、熱めのお湯が降ってきた。全身を石鹸で素早く洗う。士官学校時代からの癖だ。
「薬に頼るのは、負けを認めるような気がしていた」
「負け? 何の?」
「さあ」
シャワーの蛇口を閉めると、今度は白い霧が降ってきた。目を閉じるが、吸い込んだ霧が喉の奥で苦く感じる。ゴンゴンと天井に並ぶ管が鳴っている。何か詰まっているのだろうか。シャワールームを出ると、タオルが飛んできた。ゴトウがペットボトルを持って立っていた。
「さっぱりしたか」
「ああ」
シャンナハ少尉の用意した軍服に袖を通し、後に続いた。
「簡単ですが、月基地の案内をさせていただきます。まず、先ほどの転送室を出ますと、長い廊下があります。右に行くと政府軍管理棟、左は研究棟です。地下三階、地上六階建てとなっています。ここは地上二階です。まずはこちらへ」
右に向かって進む。気をつけても、足の下では、ドン、カン、と大きな音がする。ところどころの床が金網になっている。道幅は狭く、両腕を広げることはできない。
「壁は重厚な作りです。廊下はうるさいですが、部屋の中は防音になっています。では、こちらへ」
エレベーターに乗ると、六階に向かった。気圧の関係か、すぐに耳の奥がふさがれたようになる。
「艦長室へ行きます。ご挨拶を」
「英雄だからな」
「黙れ」
通された部屋は無人だった。デスクの上にモニターがあり、シャンナハはそれの電源を入れた。
「ジョー・トモヤ少佐、参りました」
「ゴトウ・ジュン少佐、参りました」
並んで敬礼すると、モニターには写真でよく見る月基地艦長の顔が映し出された。艦長とは言え、今は病の治療中で地球にいる。権限はなく形だけの艦長だ。ほぼ月基地の運用はオダ中将の管理下にあるそうだ。
「ご苦労、楽にしなさい」
「はっ!」
「はっ!」
足のかかとをあてて、かちりと鳴らす。二人共同じタイミングで鳴った。ゴトウがちらりとトモヤの横顔を盗み見る。
「長旅、ご苦労だった。申し訳ないが、私は現在、地球に帰還中だ。ジョー少佐、あと三ヶ月、残りの任務を全うしてくれたまえ」
「はっ!」
「ゴトウ少佐も、ジョー少佐の支えとなり、職務を全うしてくれたまえ」
「はっ!」
「短いが、以上だ。検討を祈る」
ぶつり、と画面は消えた。シャンナハ少尉が苦笑いを浮かべた。
「モニターですいません」
「文句はありませんよ。むしろよかった。なあ、ジョー少佐」
「ああ」
シャンナハ少尉は一通り施設内の案内を終えると、二人を宿泊施設へ案内した。政府軍棟の奥から地下に降りたところにある。窓のない、狭い部屋が並んでいる。
「必要なものは揃っているはずです。荷物は輸送船に乗ってきますので1週間ほど待ってください。何か足りなければ、僕か、ゴトウ少佐に伝えてください」
「ありがとう」
「では、失礼します」
部屋を見渡すが、薄い鉄の壁は押すと凹む。小さな棚の上に銀色の盆があり、四角い容器に入ったまずい宇宙食がのっていた。
「これ、嫌いなんだよな」
トモヤは狭いベッドに寝転がると、再び眠りに就いた。