第3話
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第3話■ガーデン
天井は高く、かしこに草木が植えられている。温室となっている為、様々な植物がまるで春と勘違いをして青く茂っている。三匹の猫は思い思いに寝そべり、空中には水しぶきが飛んだ。白い裸足がレンガの地面を歩き回る。
「サイ、いるのか」
「ジン、ここよ」
木の陰からひょっこり顔を出したのは、短い栗毛の華奢な女だ。手には銀のジョウロ。ジンは近くまで行くとジョウロを取り上げた。
「頭が痛いと言っていたそうだな」
「もうだいぶいいの。お薬をもらったから」
「風邪じゃないのか」
「わからないわ。でも、ほんとよ、眠ったら少し良くなったから、もう大丈夫」
ジンは大きくため息をついた。
「セリザワ博士が留守なんだ。何かあっては困る」
「平気よ」
「サイは自覚が足りないんだ。人より体が弱いことをもう少し自覚しろ」
「わかった、わかってるから。それよりジン、何か用があるんじゃないの?」
ジンはジョウロを地面に置いて、サイの手を取り引き寄せた。
「セリザワ博士たちが転送装置に乗ったそうだ。予定通りだ。明日の朝には到着する」
「そう、楽しみね」
ジンはサイの体を引き寄せると、抱き上げた。
「本心じゃないな」
「まさか。新しいお友達ができるじゃない?」
「またすぐに会えなくなるお友達だぞ」
「ジンっていじわるね」
ベッドまで運ぶとゆっくりサイを座らせた。猫たちが寄ってくる。
「それでも、人と出会うって、素晴らしいことじゃない?」
「俺はお前の悲しむ顔は見たくない。できることならな」
「怒ってるの?」
「真面目な話をしてる」
「それ、外して」
サイはジンの白い手袋を指さした。ジンは左手を脱ぐとサイに手袋を差し出した。
「手袋じゃなくて、手をかして」
言われた通り、左手を差し出した。サイはジンの手を包むように触れて、頬に当てた。
「ほら、大丈夫。私に触れてもあなたは壊れない。ここにいれば、私は大丈夫よ」
ジンの指先は動いて、サイの髪の毛に触れた。柔らかな手触りだ。
「俺にコントロールする力さえ十分にあれば、どこへでも行けるのにな」
「ないものを数えるのはやめましょう。今ある幸せに感謝するのよ」
ブザーが鳴って、ガーデン内にスピーカーの音声が流れる。
「ジン・オン少尉。艦長がお呼びです」
「俺は行くがおとなしくしてろよ。何かしたらセリザワ博士に報告するから覚悟しておけ」
「脅しのつもり?」
「つもりじゃない。脅しだ」
サイの白いスカートが揺れて、ジンは出口に歩き出した。その険しい横顔を見て、サイは微笑んだが、すぐに遠い目をして、ジンのいなくなった扉を見つめた。天井から降り注ぐ光が葉の隙間をくぐり抜け、木漏れ日となってサイに陰を落とす。水が流れる音と猫の寝息だけが静かなガーデンに響いた。