第2話
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第2話■出発
月へ行く方法は二つある。ひとつは輸送船スコルピオに乗って、地球から打ち上げる方法。もうひとつは、政府専用転送装置に乗りワープする方法。前記は多くの人や物を移動させるのに適しているが月到着までに一週間かかる。後記は政府関係者しか使用することができない特別な転送装置「テラ」を使用する。一度に最大五人を転送することができ、到着までに十七時間を要する。どちらも過去、大きな事故は起こっておらず、比較的安全な移動手段とされている。
トモヤは転送装置テラに乗り込んだ。同乗者は他に三人。トモヤの世話係としてゴトウ・ジュン少佐、月の研究部門管理責任者のセリザワ・ユリ博士、そして、新しくコントローラーとして配属が決まった十六歳の女、スガワラ・ヨルだ。
十帖ほどのスペースに飛行機の座席のようなものが五つ横並びになっている。座ると目の前には大きなプロジェクターがあり、それを見ながら時間を過ごす。窓はなく、天井も低い為、圧迫感のある部屋という印象だ。移動中は席を立つことが許されず、飲み物は座席下にあるボックスに入れておくが、トイレに立つこともできない為、ほとんどの人は出発と同時に睡眠薬を飲んで寝てしまう。座席そのものが転送装置の為、乗った者は座席ごと転送され、ついた時には月で目覚めることになる。
ゴトウは一番右の席に慣れた様子で座った。トモヤもその隣に座った。
「用は足したか? オムツはしてても、途中で目が覚めたら後半キツイぞ」
「ああ、大丈夫だ」
「俺はこれに乗るのは七回目だが、あまりいいもんじゃない。食事や映画が見れるだけ飛行機の方がまだマシだ」
トモヤも何度か訓練でこのような転送装置に乗ったが、実際に月へ行くのは始めてだ。トモヤの隣の席ひとつ開けて女性が二人座る。手前には若い女、奥にはメガネをかけた黒髪の女だ。
「あなたがジョー・トモヤ少佐ね! はじめまして、私はヨル」
「どうも。君が新しいコントローラーだね」
「そうよ、月に行けるなんて思ってもみなかったわ」
きらきらと無邪気に輝く瞳から、トモヤは目をそらした。
「月って楽しみね、わくわくする」
そう言ってにこりと笑うヨルの笑顔に、トモヤは苦笑いをして俯いた。
「知らないって罪なことだよな」
ゴトウがぼそりと呟いた。
部屋は暗くなり、プロジェクターに映像が映し出された。一口の水で睡眠薬を喉に流し込むと、その映像をぼんやりと眺めた。画面には案内役の女性が登場し、新しいエネルギーを使った軍事力「ベガシステム」について解説する。子供向けの教材ビデオだ。
「原子力に代わる新しいエネルギーが、このベガエネルギーです。ベガエネルギー発生装置と、制御装置を使い、最新爆撃戦闘機シラバの動力源とするのです。将来的には月はもちろん、地球、火星へ電力の供給も可能になります。資源の少ない我々にとって、まさに希望のエネルギーなのです」
ゴトウが腕を組んで、足を組み直した。ゆっくりと座席が後ろへ倒れる。
「装置…装置ね。その装置が、人間だなんて、誰も知らないんだ。発生装置も制御装置も、命ある人間だなんて、誰も…」
遠のく意識の中、ちらりと左に目をやると、笑顔のまま目を閉じたヨルの横顔が見えた。何故かトモヤは、その笑顔に安堵を覚えた。
「俺はいっそ、人間とは呼ばれず、装置としていられたら、その方が楽だったな。英雄なんて…偶像だ」
意識が途切れた。眠った四人の前でプロジェクターの画面だけが光り続けた。