恋慕
俺は翌朝ハリスの家へ行き扉を叩いても応答がないので外から声をかける。
「おはようございます、すみません。ハリスさんのお宅ですか?」
「朝早くからうるさいな。誰だお前?」
出てきた男は無精髭を生やし気だるそうな姿で、朝から吐く息が酒の残ったきつい臭いを出している。
「私は第三近衛隊のフィルバートと申します。あなたはハリスさんですよね。申し訳ありませんが少しお時間をいただけませんか?」
「チッ、お偉い近衛兵さんが何の用だよ。俺は警吏をとっくに辞めてるぜ」
「存じております。ハリスさんが警吏にいた頃の話をお聞きしたいのです」
「あぁ、いいよ。金くれるなら話してやってもいい」
「お金ですか…。内容によってはお支払いします」
「おっ、それなら何でも聞いていいぜ」
ハリスはあっさりと金に釣られてるが払うわけない。
「それではお願いします。聞きたいことはリンベロ男爵の事故の件になります」
その言葉を聞いた途端にハリスの顔がこわばるのを確認できた。これは何か隠しているに違いないが素直に白状するだろうか。
「あー、働いていたときはたくさん事件や事故があったけど今では何も覚えてない。それにリンベロなんて貴族は知らねぇよ」
「そうですか…」
俺は隙をついてハリスに襲いかかり身動きの取れないように床にねじ伏せた。
「残念ですね。正直に話してくれたら手荒い真似はしませんけど、このまま話してくれなければ捕縛でしょうね。牢でゆっくり話を聞きましょうか」
「な、何も俺はしていないし関係ない。頼まれただけだ」
「頼まれた? 何を誰にだ、詳しく言え」
「痛、痛えよ! 逃げたりしないしちゃんと言うから離せ」
拘束を解除すると先ほどまでの反抗的な態度はなくなる。
「リンベロ男爵の執事だと名乗る奴に頼まれたんだけどよぉ。あの娘の家族が警吏の詰所に来ても相手にするなと言われて周りの警吏にも上手く誤魔化せと脅された。男爵に不敬をしたから怪我をしたのは当然だと説明されてな、金をくれたんだ」
「金だけか?」
「そのほかには俺の借金を精算してもらった。職場の警吏にもあの娘は不敬罪だから相手にするなと根回ししたんだ」
「それで警吏を辞めたのか?」
「そうだよ。断ってもお前1人くらい消すことは容易いとか言って脅してくるからあんな偉そうな奴らの命令を聞くのは嫌だった。あの娘には可哀想なことをしたが貴族に逆らうなんてできないから仕方なかったんだよ。たまたま対応したのが俺でついていないぜ」
「全部本当だな? この件については宮殿で調査中だから嘘をついたり他言無用だ。それにもし逃げたりしたらこの国では生きられないと思え」
「分かったよ。本当は俺もあの貴族には今でも腹が立っているし逃げる金なんてねぇよ」
ハリスから聞いた話でリンベロ男爵家との関係は分かった。リンベロ男爵の指示で執事が動いていたようだから牢にいる3人も接触したのはおそらく執事。
ハリスの家を出た途端にエミルさんの顔が目に浮かぶと自然に頬が緩む。今日も無事か確かめたいのを理由にして会いたいから花屋へ行くことにする。
「やぁ、エミルさん」
「騎士さん、ではなくてフィルさんこんにちは!」
「ナジェルさんかマリアさんはいないの?」
「警吏さんの巡回が多くなったからお父さんは近くに配達に行きましたがすぐに戻りますよ。お母さんは一旦家に帰っています」
「じゃあ、お父さんが戻るまで僕とお話しようか」
「えっ、フィルさんは忙しくないのですか?」
「忙しくないから大丈夫だよ。それとも僕と話すのは嫌かい?」
「そんなことはないです。フィルさんは優しいから私もたくさんお話ししたいです」
おっ、照れて頬を赤らめている気がする…。
「僕が優しい?」
「はい、騎士の方は強いけど怖そうな印象だったからフィルさんみたいな優しい人だとは思わなかったのです。それに巡回も増えましたし前より安心していますよ。全部フィルさんのおかげです」
あぁぁ、可愛い。話し方から仕草まで全て愛しく思いじっとするのが大変だ。エミルさんに少しでもいいからどこかに触れてみたい。
「それなら良かった。エミルさんには僕のことを忘れてほしくないからできるだけ毎日会いにくるよ」
「お父さんに記憶のことを聞いたみたいですね。フィルさんのことは今のところ毎日会っているからちゃんと覚えていますよ。あの、私も忘れたくないので会いに来てくださると嬉しいです!」
これは…私も忘れたくないと言ったので俺のことは好印象であると思い期待に胸が高鳴る。それなら男としてたくさん意識してもらい好きになって欲しいと願う。
「ありがとう、僕も嬉しいな」
「私もフィルさんに会えると嬉しくて顔と体が熱くなるけど会えないと寂しくなるの。だからフィルさんは優しくて心を温めてくれる人です」
あぁ、やっぱり俺はエミルさんが好きで堪らない。いつも彼女の傍にいて腕の中に閉じ込めたいほど夢中になってしまう。
「僕はまだエミルさんと知り合って数回しか会っていないけど毎日会いたくなるんだ。だからまた来てもいいかな?」
「はい! いつでもまた来てくださいね。私もフィルさんを待っていますから」
やはり態度を見ていると故意に純粋そうにしているのではなく根から純粋なのが分かる。あどけない可愛さに俺はどんどん引き込まれてもう抜け出せない……。
「帰っ…たぞ、何だお前また来たか」
「お父さんそんな言い方は駄目でしょ。私はフィルさんに会えると嬉しいのよ」
「エミルお前…それで、今日は何の用だ?」
「ナジェルさん、まだお話することはできませんが少しずつ調査は進展しています。今日はエミルさんの無事を確認しにきただけですから」
「そうか。まぁ、エミルがお前と会えて喜ぶならまた来てくれてもいいがおかしなことはするなよ」
「はい、ありがとうございます。ではできるだけ毎日来ますね」
「ま、毎日? お前もしかして暇なのか?」
「いいえ、きちんと仕事はしていますよ。僕がエミルさんに毎日会いたいからです」
「会いたいってお前…親の前で堂々と言いやがって」
「お父さんの前だと何が駄目なの? ねぇ、お母さんならいい?」
「そういう意味じゃない。エミル、もう一度聞くがお前はこの男に会えて本当に嬉しいんだな?」
「うん、とっても嬉しいの!」
やっぱり笑顔が一番可愛いし大好きな表情だ。エミルさんをこのまま連れて帰りたい。
「エミルさんまた明日来るね。ナジェルさん失礼します」
昔から自分は艶っぽい女性が好みだと思っていたのにエミルさんは真逆だ。会う度に自分だけのものにしたい欲求がどんどん湧き上がってくる。恋愛なんて面倒なことだから避けていたのにエミルさんに恋をしていくと毎日が生き生きと生活しているように感じる。
たしか、ナジェルさんがエミルさんの歳は17歳と言っていたから成人済で4歳差。年齢的にも問題ないしナジェルさんも薄々俺の気持ちを気がついているよな。
そんなことを考えながら王宮へ急いで戻ることにする。