気持ちの変化
俺は殿下に事件の経緯から取り調べた内容、父親から聞いた話に至るまで報告する。
「それは何か変だな。取り調べをした男達は同じことを言っているのか?」
「はい、口裏を合わせないように一人ずつ調べました」
「エミルさんはどこにでもいそうな普通の女の子か? 男性と交際しているとか如何わしい店で派手に遊んでいるとか」
「本人を良く知りませんが見た目はあどけない少女です。両親もかなり気にかけているので如何わしい店や危ない所などに出入りしたり、男と遊んだりはしていないと思います。それに、友人も普通な感じの女の子で悪い仲間がいるようには見えませんでした」
「そうか。ではやはり男達がなぜ狙ったのかだな。でもエミルさんはどういう経緯で記憶を失うような事故に合ったのか? もっと詳しく知りたいな」
「父親の話では、ある貴族の妾が馬車に轢かれそうになったところをエミルさんが助けたそうですが、馬車の中で妾を待っていたらしい貴族が突き飛ばされたと勘違いをしてエミルさんに激怒して突き飛ばしたようです。
建物の壁と石畳に頭をぶつけ流血し何針か傷口を縫ったようですが骨折などはないと医者から診断されました。順調に回復したと思っていたらしいのですが、記憶障害が残ってしまったということです」
「奥方ではなく妾?」
「はい、父親が事故を目撃した人に聞いた話では娼館で働いていた女性だと言っていたようです。エミルさんは娼館の意味を知らないので奥方と聞かされ思い込んでいますが」
「それで貴族の名前は聞いたのか? それに警吏は何をしてたのか?」
「父親が駆け付けたときにはすでに去ったあとで貴族の名前は判明せず、後日警吏の詰所に行ったのですがなぜか門前払いをされたそうです」
「もしかして平民だから相手にしなかったのか…。王都は人が多く町の平和と安全のために警吏を置いたのだがこれでは意味がないな」
「はい、そういえば目撃者によると従者らしき男がエミルさんに金の入った袋を投げつけていたみたいです。父親が保管していますがその金は袋も開けてもいないと言っていたので確認した方がよろしいでしょうか?」
「そうだな、何が手がかりがあるかもしれないし貴族というのが引っかかるな。フィル、私が許可をするから調べてくれ」
「承知いたしました。明日も町へ行って参ります」
翌朝、俺は花屋へ向かうとエミルさんが客と話しながら手には花を持って笑っている。
うっっ、笑ってるな、可愛い…。
昨日までは彼女に何も感じなかったのに胸の鼓動が速くなり、ときめくのを自覚すると立ち止まってずっと眺めていた。駄目だ、仕事に来たんだからちゃんとしろと自分に言い聞かせる。
「こんにちは、エミルさん」
「あっ! 騎士さんこんにちは。お父さんは裏にいるので呼んできますね」
「ありがとう。エミルさん、騎士さんではなくて僕の名前はフィル」
「騎士さんではなくてフィルさん。待っていてくださいね。お父さんフィルさんが来ましたよ」
「お母さんは今は家にいる時間ですがフィルさんに助けていただいたので感謝していますと言っていました」
「そういえばエミルさんのお母さんにはまだ会ったことがなかったね」
「エミル誰だ、フィルさん? 何だまたお前か…、昨日で話は終わったぞ。今日は何だ?」
「えぇ、昨日話をしていたお金が入っている袋を私に見せていただけませんか?」
「何だよ、俺が金を使ってしまったとか思ってるのか? あんな金、意地でも使わねぇよ」
「違います。何か袋を見て手がかりになりそうなことがあればいいなと思いまして。お願いできませんか?」
「ただの袋だぞ? 面倒だがまぁ仕方ない。家にあるから取りに行くとエミルを留守番させてしまうから母親が店に戻ってくるまでは駄目だ」
「では私はこれから警吏の詰所に行きますので後ほどまた来ます」
俺は待っているのも時間の無駄だと思い当時の事故を覚えている者を探しに警吏の詰所へ行く。
現在、在籍している警吏の中には残念ながらいなかったが手がかりになりそうな情報を得る。
「今はもういないんですけどね、前に在籍していた先輩があの事故のあとに突然辞めたらしいですよ。なんでもお金がたくさん稼げたとか言っていたらしいです。
たくさん稼げるなんて怪しいとしばらく噂になっていたときに僕が警吏になりましましたからよく覚えています」
「金かぁ。それで、男の名前は?」
「なんだったかなぁ…ハリス? そうだ! ハリスさんです。」
「ハリスか、警吏名簿で調べてみるよ。助かった、ありがとう」
ハリスという男が事故後に辞めたのも怪しいな。
「お父さん、フィルさんが戻ってきました。お母さん、この前助けてくれた騎士さんだよ」
「初めまして。フィルバートと申します」
「あなたが騎士さん。先日はエミルを助けていただきありがとうございました。私はエミルの母でマリアです」
「いえいえ、エミルさんがご無事で良かったです。それで申し訳ありませんがナジェルさんをお借りしてもいいですか?」
「はい、主人からは話を聞いておりますので」
「本当に来たのか。今から行くぞ、ついてこい」
「お願いします。またねエミルさん」
父親のナジェルさんと一緒に自宅へ向かうと小さな一軒家に着いた。入れと言われて待っていると部屋の奥から金の入った袋を持ってくる。
「ほらよ、これだ。そんなもの見て何かわかるのか?」
血で染められた黒ずんだ袋を見ると痛々しい当時の怪我の様子が伝わってきた。しかしよく袋を見てみると刺繍された紋章がある。
「これは……」
記憶が定かであればこの紋章はリンベロ男爵。全ての紋章を正確に把握しているわけではないが、少し特徴のある絵柄の紋章だから印象強くて覚えている。
「何だよ、何か分かったのか?」
「ええ、ある貴族が使用している紋章だと思いますが断定はまだできません。ナジェルさん、この件につきましては僕が必ず最後まで調べますのでお任せいただけませんか?」
「まぁ、エミルのためになるのならよろしくお願いします」
「はい、ではこの袋はお預かりしますがお金はどうされますか?」
「いらねぇよ、全部持ってけ」
「わかりました、ではお金ごとお預かりします」
ナジェルさんと別れて王宮に着くと警吏名簿を探しに管理部門へ行き、当時の名簿を見せてもらい確認すると探していた人物がいた。
ハリス、31歳、平民。
住所を紙に控え明日訪ねることにして殿下のいる執務室へ行く。
「殿下、ただいま戻りました」
「ご苦労だった。それで調べはどうだったのか?」
「はい、事故当時の警吏は全員辞めてしまい一人もいませんでしたが入れ替わりで警吏になった者から事故後の様子が聞けました。
どうやらハリスという人物が大金が入ったという理由を周りに話して辞めました。警吏名簿を確認したところハリスが在籍した期間に事故が起きています。何か関係性があるかもしれませんので明日ハリスを訪ねることにします」
「大金が入ったか。それで父親からは袋を見せてもらえたのか?」
「はい、お金も当時のまま使っていないと預かってきました。どうぞご覧になってください」
殿下に見せると目を丸くしてすぐに気がついた。
「一風変わった紋章はあれだな」
「はい、リンベロ卿の紋章です」
「今の当主になってからはあまり良い噂を聞かないな。しかし、貴族が見たらわかってしまうのに紋章入りの袋を渡すなんて愚かすぎる」
「はい、仰る通りです。何か急いでいたにしろ恩人に大怪我を負わせて金を投げつけて立ち去るのは人として失格です。もし、一連の流れにリンデロ卿が関わっているのなら事情があっても許せません」
「そうだな。引き続き調べてくれ」
「承知いたしました」
こうして俺はリンベロ男爵とエミルさんの関係性があるか引き続き調べることになった。