エミルの過去
私の名はエミル、17歳。ニルセンブリナ王国では16歳が成人なので大人になってから一年が経ちます。
身長も体重も標準で灰色の瞳に茶色の髪の毛で平凡な顔立ちだわ。
兄弟はいなくてお父さんは花屋、お母さんは雑貨屋を営み私は2つのお店を手伝っています。
今日は店の留守番をしていたら身体が大きくて怖い男の人達に囲まれて連れて行かれそうになったけど通りががった騎士の方が私を助けてくれて無事だったわ。友人のメイも配達中のお父さんを呼びに行ってくれたので助かったの。
でも、とても強い力で引っ張られたときに転んで怪我をしたから本当は思い出してしまうと今でも体が震えてしまい怖くて堪らない。
騎士の方とメイが帰ったあとにお父さんがハンカチを水で濡らして足首を冷やしてくれたから痛みもやっと和らいできた。
「エミルごめんな。こんな怪我もしたし怖い思いをさせてしまって。もう1人で留守番はなるべくさせないようにするから」
「うん、もう少ししたら忘れるから大丈夫よ」
「でもな、あのことを知っている人は仕方ないけどこれ以上話が広がるとまた悪い奴らが来るかもしれん。
それに騎士も信用できるかわからないからできるだけあのことは秘密にするんだ。上流階級の奴らは俺達平民を人だと思ってない。いいな、分かったな?」
「うん、分かった…」
お父さんが言うあのことは私が記憶を失う障害があること。それに稀なことだけど突然意識がなくなり倒れたりもする。
そうなった原因は私が2年前、事故に遭ったから。目撃した人からお父さんが聞いたら貴族の女性が馬車に轢かれそうになったところを腕を引っ張って助けたみたい。でも女性が転倒してしまい、その状況を見たご主人らしき人が不敬だと言って私を懲らしめたそう。
私はご主人に不意打ちで強く体を突き飛ばされた勢いで頭を建物の壁にぶつけ、意識がなくなり倒れたときに更に頭を石畳にぶつけてしまったの。頭の傷口から出血して何針か縫ったけど痕は綺麗に治ったから良かったわ。でも頭をぶつけたのが原因で記憶障害が残ったと言われたときには気持ちが沈んだ。
私は事故のあと、その貴族の人達に会っていないから全く覚えていないけど人助けをしたのなら不自由なことがあっても仕方ないと今では前向きに思っているの。
でも記憶障害が残ってしまったので両親は私を助けてあげられなかったといつも顔が悲しげに曇るから申し訳なく思う。
お父さんは事故ではなく犯罪だと言って警吏の詰所にかけ合ったけど証拠がないし貴族への不敬だと門前払いだったからとても悔しがっていたわ。
症状は両親が私に説明してくれたけど初対面の人のことを14日間しか覚えていないの。
例えば今日初めてお花を買いに来てくれた人がいるとします。たくさん会話をしてその人を覚えたとしても14日の間に1度も会わないと記憶に残らないので2度目に会ったときには初めましてになってしまうみたい。
記憶に残っている人も最後に会った日から14日以上経つとその人のことは全て忘れてしまう。
初めは両親も冗談かと思っていたらしいけど私を注意深く観察をして判明したから忘れてしまう日数も間違えないわ。
私の人に関する記憶は覚えていられるのが14日間…。
両親は毎日一緒に暮らしているし友人や知人は頻繁に会うので覚えているけど、しばらく会わない友人は思い出がなくなるのが分かっているので忘れるまでは悲しくて辛そうにしていたと聞いたわ。
両親はお医者さんを何軒も回り相談しましたが
「記憶障害というのは人それぞれ症状の出方が違うのですがこの国で治療法はありません。娘さんは珍しい症状の出方ではあるが上手く障害と付き合っていくしかない」
と言われたみたい。
自分でもどうしたら治るか分からないしその他の障害はないので普通には暮らせるけど事情を知らない人には不愉快な思いをさせてしまうのでいつも周りの人が助けてくれる。
突然あんな怖い人達に囲まれるのはもう嫌だから早く忘れたい。お父さんには強がってしまったけど二度と会いませんように。
翌日、騎士さんが花屋に来ました。
顔は覚えているから私は大丈夫なのにお父さんは不機嫌そうな顔になっているの。
「こんにちは、騎士さん。昨日はありがとうございました! 今日はお花を買いに来てくれたのですか?」
「こんにちは、怪我は大丈夫? 今日は聞きたいことがあって来たけどお父さんか娘さん、どちらか話をする時間はあるかな?」
「怪我は昨日、足首を冷やしたから少し痛いけど大丈夫です」
「おい、俺が話を聞くからエミルは留守番していろ。父さんは見える所にいるから大丈夫だからな」
「うん、分かった。いってらっしゃい」
お父さんと騎士さんは少し離れたところで話してるけど様子を見ていると随分長く会話をしている。
何の話だろう?きっと昨日のことだと思うけど私はもう少ししたら忘れるからいいのにな。
しばらくしてやっとお父さんと騎士さんが店に戻ってきたからほっとしたわ。
「エミルさん、留守番ありがとう。昨日は早く助けてあげられなくてごめんね」
「そんな…私の方が騎士さんに助けてもらったのに。あれからは両親が交代でそばにいてくれるので大丈夫ですよ」
「それなら良かった。今日から警吏にも町の警備を強化するように言ったよ。もし何かあったら教えてね」
「わぁ、ありがとうございます!」
怪我も心配してくれて困っていることにもきちんと対応してくれる。平民の私達にここまでしてくれるなんてとっても優しい人。それに背も高くて綺麗な顔立ちだから女性からもてるんだろうな。なんだか優しい眼差しで見つめられて会話をしていると心が弾んできたような気がする。
「ではお大事に、またね」
騎士さんは帰ったので話の内容が気になった私はお父さんに質問した。
「お父さん、騎士さんとあんなに長く何を話したの?」
「あ? あぁ、そうだな。エミルの記憶障害の症状のこととか、あいつらのことだな」
「えっ、話したの? 話したら駄目だってお父さんが言っていたくせに」
「うん、まぁそうなんだけど…。話さなきゃいけない状況だったから仕方なくな」
「話さなきゃいけない状況なの? 昨日のことは私が忘れるだけじゃ駄目なの?」
「あんなことは忘れろ。これからエミルが危なくないように父さんが守ってやるから何も考えなくていい」
お父さんは剣を扱えて、身を守ることができるので私は信頼しているわ。
実はお父さんは私が事故に遭う少し前までは商人の荷馬車の護衛をしていたけど私のために事故後は仕事を変えてくれたの。
でも、いくら強くても大勢に取り囲まれたらお父さんの命が危険になるから嫌よ。
「お父さん、絶対無理しないでよ。私も危ない目に遭わないように気をつけるから」
「心配するな。エミルと母さんくらいは守れるんだからな、安心しろ」
私にはまた危ないことが迫っているの? 得体の知れない恐怖に背筋が凍りつく思いがした。