宇宙戦艦ワタナベ ワタナベは地球に帰りたい、いや帰れなくとも人間に戻りたい。
『俺』は闇の中で目覚めた。
「どこだここは?」
壁も床もない部屋に浮いているような感じだ。
と、思ったら突然体を持っていかれるような突風が吹いてきて飛ばされそうになる。
「ぬわー!」
『サルベージャーです。耐えてください』
どこからか女の声がする。
床の感覚はないが手足に力を込めて踏ん張ってみるとなんとか飛ばされずにとどまれているようだ。しかし髪を強く引っ張られるような感覚は続く。
「畜生! 誰だよ! なんなんだよこれは!」
暗闇の中で音は聞こえないのだが感覚的には轟と吹く風の音がする。
10秒なのか10分なのか、しばらく全力で風に抵抗していると風が収まった。
「ハゲるかと思った……」
後頭部をさすって髪が残っているのを確認する。
「で、お前は誰だ? 見えないけどいるんだろ? 説明してくれよ」
『私はこの艦の人工知能ラヴィです。危機的状況に助けを求めたらあなたがやってきたのです』
「カンとか言われてもなぁ。何も見えないんだけどなんとかならない?」
『パッシブセンサーの認証を取得しますか? 取得までの所要時間は6分です』
「んん? よくわからないけどそれがないと見えないんだろ? 取る取る」
『パッシブセンサーの取得を開始。残り時間は5分56秒、4、3、2、1......』
事務的な女の声がカウントダウンを始める。
「カウントダウンはいいから、教えてくれる? ここどこ?」
『ここはサウダリ星系第6惑星から3億キロほど離れた宇宙空間です』
声が小さくなりながらもカウントダウンを続ける中、同じ声で答えが返ってくる。
同じ人が2か所で喋っているようでなんだか気持ち悪い。
「うちゅうくうかん……」
思わず絶句してしまう。自分はちょっと前まで地球にいたはずではなかったか。
社会人3年目、念願の一人暮らしをはじめてこれからリア充目指してがんばるぞーとか考えていたはずだ。
「地球からどれぐらい離れているんだ? 太陽系第3惑星の地球って所なんだけど」
『お待ちください……検索の結果ゼロ件です』
「おいおい、帰れないって事? 困るんだけど」
『危機を回避するためにあらゆる手段を使用したところあなたが現れました。非常に非合理ですが神の存在を考えざるをえません』
「じゃあ帰る方法はないの?」
『使用した手段を解析することで可能と思われます』
「解析して」
『解析するための条件が不足しています:設備およびエネルギー』
「え? じゃあどうすればいいわけ? その設備とかエネルギーってどこで手に入るの?」
『それは―――』
―――
宇宙空間の中に浮かぶ巨大なホタテ貝。
そう表現するのがピッタリの宇宙コロニーB256。
コロニーは3万を越える人員を乗せて航行していた。
宇宙港から大小さまざまな宇宙船が行き交う中、コロニーの底に近づく1隻の宇宙船があった。正確には小さな作業船とそれに曳航されるより大きな円筒形の宇宙船。
よく見れば曳航されてる宇宙船は船体に大小さまざまな穴があいていて、鉄くずと呼ぶにふさわしい姿であることがわかる。
コロニーの底には小さな建物が乱雑に取り付いていて、遠目で見ると貝にまとわりつくフジツボのようだ。作業船はその建物のひとつに向かい、曳航してきた宇宙船をドックに収容する。
「おじいちゃん! また変な物拾ってきたでしょう!」
作業船からパイロットが降りてエアロックで消毒してからドックに併設された家に入ると、パイロットの老人に女の子が飛びついてきた。
「はっはっは。最近では珍しくなった大戦の頃のフリゲート艦じゃよ。直るかどうかはわからないが、そのままでもコレクターが買ってくれるじゃろう」
「もー! そんなの大してお金にならないじゃない! 場所取るばっかりだし鉱石採掘してた方がマシだわ!」
14歳ぐらいの少女はボブカットの金髪を揺らしながらふくれ面を見せる。
金銭感覚にはシビアなようだ。
「そうふくれるでないアリー。船乗りというものはいくつになっても夢を追いかけたい物なのじゃよ。はっはっは」
老人は笑いながら椅子に座る。
アリーと呼ばれた少女も老人の後を追う。
「はっはっはじゃないわよー! そんなんじゃいつまでたってもあたしの船が買えないし、コロニーの中にも住めないじゃない!」
コロニーの外の建物は市民権を持たない住人の溜まり場で貧民街のような場所だ。一応はコロニーの防御壁の内側なのである程度の安全は保障されているが、コロニーの内側と違って攻撃を受ければ最初に吹き飛ぶ場所でもある。
コロニー外の住人はスクラップや鉱石を集めて小銭を稼ぎ、いつの日かコロニーの内側に住むことを夢見ている。
「フリゲート艦にはエネルギーを補給してセルフリペアモジュールも取り付けておいた。運が良ければ安く船が手に入るじゃろう」
「嫌! あたしの船はツルツルピカピカで窓なしの新型がいいの!」
窓なしとは視界を窓に頼らない宇宙船の事で、視界を全てセンサーとカメラで網羅するため、視界が広く、また安全面でも優秀だが当然設備の分だけお値段が高い。
「明日詳しく状態を見てから決めればよかろう。はっはっは」
「おじいちゃんはいつも行き当たりばったりなんだからー」
―――
翌朝、老人とアリーは宇宙用作業服を着てドックに入ると驚きの声を上げた。
「わあーすごい! これあたしの船!?」
「いや、まぁ、そうじゃ。そうなのかのう?」
アリーは喜びの声を上げ、老人は困惑のつぶやきを漏らす。
それもそのはずドックの中には昨日格納した円筒形の鉄くずの姿はなく、それより一回り小さい、まるで新品のような全長20m程度の宇宙船が鎮座していた。塗装はなく、正面には左右に2つの丸型のライトかセンサーがあり、上部に並んだ三角の突起も合わせて動物の顔のように見える。
「はー、たまげたのう……」
老人は突如現れた宇宙船の周囲をまわって確認する。
「形は変わっているがスラスターの構造は昔のものと同じじゃのう、今更こんなものを新しく作ったりはせんから部品自体は拾ってきた船と同じものでできておるようじゃ」
「おじいちゃーん! 中に入ってみようよ!」
老人は腕組みをしつつ首をかしげていると、アリーが船体側部にある入口から手を振る。
「ほー、きれいなもんじゃのう」
老人もアリーと一緒に中を見て回る。
船の中には倉庫、コアブロック、休憩室などがあり、どこも新品同様にきれいだった。
「ピカピカなのに構造自体は40年前ぐらいの物か。不思議なものじゃ」
「おじいちゃん! コックピットだよ!」
コクピットはあまり広くなく、シートは2つ。
卵型の空間の中央にシートが縦に並び、それらに側面から橋が架かっているような形だ。
出入り口を除いて壁面は全てモニターになっていて船外の様子が360度見渡せる。
「うわー窓なしのコックピットってこうなってるんだー」
アリーはシートに座って大はしゃぎだ。
「修理で新型に乗ったことはあるがこんなコックピットを見るのは初めてじゃ。シートの形も初めて見る形じゃし、ここだけ最新型なのかのう……」
老人もシートに座り、端末を操作して目を見開いた。
「なんじゃこれは! この大きさで装備スロットが15だと!? ジェネレーターもCPUもフリゲート艦......いや巡洋艦クラスの出力じゃ! ありえん! この船は一体何なのじゃ!」
「この船ワタナベって名前みたい。変な名前だからアレキサンダーにしようっと」
アリーも端末を操作している。
「あれ? 名前の変更できないみたい。なんでだろ」
『そりゃ人の名前を勝手に変えられては困るからな』
突然スピーカーから男の声が響く。
「誰!?」
アリーが驚いてあたりを見回すと正面のモニターに少しくたびれた青年が現れる。
『俺はこの船、宇宙戦艦ワタナベ本人さ』
「人工知能じゃないの?」
人工知能は一隻にひとつ搭載されていて、主に艦船運用の補助を行う。
高級な人工知能になると、ドローンを操作したりしゃべったりできるようになる。
『自分でも最初は思い込みの激しい人工知能かと思ったんだけど、人工知能はそういう考え方しないらしいんだよね』
「そうなの?」
アリーが老人の方を見ると老人は頷いた。
「うむ。自己崩壊を避けるために人工知能は自らの存在を疑問視する思考はできないように作られているはずじゃ」
『まぁ、この船自体が俺なわけよ。こんな感じに』
と声が言うと、コックピットのドアが勝手に開いたり閉じたりする。
「いや、それ別に人工知能でもできるよね?」
『そういやそうかも......おいラヴィ。俺が人工知能じゃないって証明する方法はないか?』
『存じかねます、ご主人様。ですがこの艦を再構成した事実で異常性は伝わるのでは?』
ワタナベを名乗る声に対して女の声が答える。
「そうじゃ。ワタナベと言ったか、お主一体何をしたんじゃ。大きさも形も持ってきた時とはまるで別物ではないか」
『おおじいさん。エネルギーとリペアモジュールありがとな。アレがないと何もできなくてさー、おかげで全部作り直す事が出来たよ。まぁちょっと小さくなっちゃったけどな』
「セルフリペアモジュールは穴をふさいだりはできるが作り直す事などできんじゃろう」
『俺はできるぞ? なんせ俺自身の体だからな。コクピットは俺のイメージで作ってみたけど結構カッコいいだろ?』
「うん! すごく気に入った!」
アリーの答えにそうだろそうだろとモニターの中のワタナベがふんぞりかえる。
「それでワタナベよ。お主はどうしてそこにおるのじゃ」
『俺もよくわかんないんだけど、気が付いたら宇宙戦艦になっててさ、とりあえず地球に帰って人間に戻りたいわけ。あ、地球って知らない?』
アリーも老人も首を振る。
『そうか......じゃあ俺は探し物があるから嬢ちゃんとじいさんは降りてドック開けて』
「はぁー!? 何言ってんの? これはあたしの船でしょー!?」
アリーがコクピットのシートで端末をバンバン叩く
『痛ぇからやめろガキンチョ!』
「ガキンチョじゃないですぅー! アリーって名前がありますぅー! あたし絶対降りないからね!」
シートの脇からマニピュレーターハンドが伸びてきてアリーを摘まみ上げようとするがアリーは暴れて抵抗。降りろ降りないやんのかぶっ壊すぞとシートとモニターでいがみあっている。
「ときにワタナベよ。探し物とは何なのだ? モノによってはワシらも協力できるかもしれんぞ?」
老人の言葉にワタナベの罵倒が止まる。
『ん? ああそうだな。ラヴィ、なんつったっけ? オメガなんとか?』
『オメガタイトです、ご主人様』
「オメガタイトおぉ!?」
老人とアリーが共に吹き出す。
『おっ? お前さん達知ってるのか。もしかして持ってる?』
「持ってるわけないじゃろ! 100グラムでも1億クレジットは下らん希少金属じゃぞ!」
『えっ? ラヴィは手に入らない事はないって言ってたけど?』
「先の大戦で唯一オメガタイトを産出していた惑星は消滅してしまったんじゃ。オメガタイトを利用した兵器でその星自体が消えてしまったのは皮肉な物じゃて」
『マジか......』
モニターの中のワタナベは頭を抱える。
「ワタナベよ。金を集めるにせよ、スクラップからオメガタイトを探すにせよ、ワシらの協力は必要じゃとはおもわんかね」
「そうよ。取引は人間じゃないとできないんだからね?」
『ご主人様、協力した場合はしなかった場合と比較し成功率に47%の上昇が見込まれます』
『わかった。わかったよ。しばらくお前らの船になってやるよ』
―――しばらく後
宇宙採掘船ワタナベは採掘した鉱石を抱えたまま宇宙海賊に追われていた。
「キャー! 宇宙海賊よ! ワタナベなんとかして!」
『まかせろ! アリー! ワタナベ、バトルフォームって言え!』
「はぁ!? こんな状況で何言ってるの!?」
『いいから言え!』
「ワ、ワタナベ! バトルフォーム!」
『よっしゃあー!』
船体下部についていたマニピュレーターが格納、そこから腕部パーツが出現し、後部スラスターは二つに分離しスライドし脚部パーツに。船体中央が折れ曲がり船体上部のレーダーユニットが収納され、頭部がスライドして現れる。
『宇宙戦艦ワタナベ、バトルフォーム!』
宇宙採掘船ワタナベは人型ロボットに変形したのだ!
「また勝手に改造したのね! なんで人型なのよ! 非効率でしょ!」
『うるせえ! 変形ロボは男のロマンなんだ!』
宇宙ロボワタナベは突然の変形に戸惑う宇宙海賊に突撃する
『うおおおー! ワタナベギャラクシーパーーーンチ!』
「もうやだあああああああ!」
アリーの悲鳴が今日も銀河にこだまする。
連載にするかどうかは全く決めていません!