シーサーペント……よりずっと怖い存在
「キュルル……」
「うーん、やっぱり普通に倒すだけじゃダメみたいだよ」
再度顔を出したシーサーペントを瞬殺しつつ、カノちゃんが困ったような声を出す。
「キュルル……」
「確かにこれではキリがありませんね……」
こちらも顔を出したシーサーペントを瞬殺しつつ、テキナさんが弱ったようにつぶやいた。
「キュルル……」
「一体どうなってるんだろうねぇ……」
俺もまた自分が担当の一匹を退治しつつ、首をかしげる。
(倒しても倒しても蘇りやがる……まあ弱いからこっちに被害は出ねぇけど厄介すぎる……)
このままじゃ移動もままならない。
(それに倒しても倒しても出てくるせいで……そしてそのたびに俺たちが人外の強さを見せつけるせいで島民が……)
「サーボ様は素晴らしい……サーボ様は世界一……サーボ様を信ずるものだけが救われるぅ……はい、復唱して下さぁい」
「「「「サーボ様は素晴らしいっ!! サーボ様は世界一っ!! サーボ様を信ずるものだけが救われるっ!!」」」」
順調に洗脳されつつある三種族、シヨちゃんは相変わらず絶好調だ。
元々この辺りは天敵が少なく穏やかな場所だったらしく、彼女たちには目の前で行われている戦闘は刺激が強すぎたようだ。
その不安に付け込んでシヨちゃんは見事にサーボ教を広めてしまったのだ。
(止めたいけど、こっちはこっちで忙しいし……どうしたもんかなぁ……)
「「「キュルル……」」」
幾ら倒してもシーサーペントがすぐに顔を出してくるから、どうしても俺たち三人は持ち場から離れられない。
こうなると動けるのはキメラント君とムートン君だけだが……この二体に期待するのは無理がある。
「めぇええ……ぼくのなかまたちとってもつよいでしょぉ?」
「つよいつよぉいっ!! すっごいすごぉいっ!!」
「えへへ、だってボクのそんけいするさーぼさまたちだもんっ!!」
無邪気に鳥人族と戯れているムートン君を、あの邪悪の化身であるシヨちゃんにぶつけるわけにはいかない。
「し、シヨ殿……その……あまり無茶は……」
「キメラントさぁん、何かシヨに文句でもありますかぁ~?」
「い、いぇええっ!! このキメラントめに出来ることがあれば何でも協力すると申し上げたい次第でございますぅっ!!」
「うふふ、それでいーんですよぉ~」
(山のような巨体の魔物が小娘に跪いて……けど気持ちはわかるよ……)
キメラント君はシヨちゃんの恐ろしさが十分わかっているので、逆らえるはずがなかった。
(まあ俺が動けても止めれるかって言ったら……無理だなぁ……)
もはやシヨちゃんの暴走とサーボ帝国とサーボ教の広がりは止められないのかもしれない。
(あり得ないとは思うがもしも全世界に広がってしまったら……俺はどうすればいいんだぁ……うぅ……)
いっその事やけくそで皇帝として君臨……することすら許されないだろう。
何せこの帝国の真の支配者はシヨちゃんなのだから。
「さ、サーボ様……本当にサーボ帝国の一員となれば救済がもたらされるのですか?」
「サーボお兄さん……サーボ教を信じれば私たちもう安心安全なの?」
人魚族と海月族のリーダーらしいマーメイ様とクーラ様が、俺に話しかけてくる。
(知らねぇよぉ……それ俺の名前付いてるけど事実上シヨ帝国のシヨちゃん教なんだよぉ……)
しかしこんなことを言っても何になるというのだ。
ここまで広まっている以上、下手に否定しても余計な混乱をもたらすだけだ。
(だから黙っておこう……別にシヨちゃんがちらっとこっちに視線を投げかけてきてて怖いからじゃないぞ……うん……)
「まあ俺たちは勇者として、出来る限り世界平和を目指し……」
「「「キュルル……」」」
「……ているだけだよ」
「……勇者って凄い立派なんだなぁ、セーレ尊敬しちゃうぞ」
途中で蘇ってきたシーサーペントを退治しつつ会話を続けていると、近くで聞いていたセーレちゃんが心底尊敬したようにつぶやいた。
彼女もまた鳥人族として無邪気に、言葉通り尊敬の視線を向けてくれる。
(かつては三弟子もこんな視線を向けてくれてたなぁ……いや最初から狂信的だったかも……はぁ……)
何故かとても罪悪感がする……こんな純粋な種族をシヨちゃんの野望に巻き込んでしまったことに良心が痛む。
「そ、そんなことはないよ……うん、全然立派なんかじゃないんだよ……うぅ……ごめんなさぁい……」
自然と口から謝罪が漏れた。
「謙虚だなぁサーボはぁ……けどこんな立派な人と結婚するんだからセーレはもっと頑張るぞぉ~」
「はぇ?」
セーレちゃんの口から洩れた言葉に一瞬あっけにとられて、すぐに理解して青ざめる。
(な、何でそんなことに……い、いやそれよりも三弟子がやばいっ!?)
案の定、即座に反応したカノちゃんがすかさずこちらへと迫ってくる。
「何でどうしてお前がサーボ様と……」
「何で何で何でどうしてどうしてどうしてぇえええっ!! 私たちというものがありながら何でサーボ様の旦那になんか浮気浮気なのねぇどうしてセーレちゃん私たちを捨てたのねぇねぇねぇえええっ!!」
「セーレお姉ちゃぁん……うふふ、子供が欲しいの? だからあっちの男を旦那様にする気なのぉ? そんなこと許されると思ってたのぉ? ああもぉやっぱり貴方は私たちのものだってもっと身体に直接教え込まなきゃ駄目だったかなぁ~」
「ひぃいいっ!?」
しかしその前にセーレちゃんのそばにいたマーメイ様とクーラ様が反応した。
何処かで見たような狂気をにじませながら、セーレちゃんを押さえつけている。
(う、うわぁ……関わりたくねぇ……)
流石にこれは予想外だ。
まさか狂人が増えるとは思わなかった。
「……サーボ様ぁ、やっぱり異種族って変わってるんだねぇ」
(君が言っていいセリフじゃないよカノちゃん……だけど冷静に戻ってくれて助かったわぁ……)
先に他の奴らに暴走されたせいか、カノちゃんの頭は冷えたようで……むしろ目の前の光景にドン引きしている。
「だ、だってぇっ!! ここはサーボ帝国……サーボと同盟を組むことになるんだからぁリーダー同士結婚するのが定めでぇ……」
「そ、そんなことどうでもいいわよっ!! 私はセーレちゃんとクーラちゃんとずっといちゃいちゃしていられればいいのぉおっ!!」
「そうだよそうだよっ!! セーレお姉ちゃんは私とマーメイお姉ちゃんだけの物なんだからぁっ!!」
「そ、そんなぁ……わ、私たちは種族を代表するリーダーとして全体の繁栄をぉ……え、ええとぉなんだっけぇ……と、とにかく色々考えて行動しなきゃ駄目なのぉっ!!」
(なるほどなぁ……異種族同士での同盟強化のためリーダー同士の婚約ってことかぁ……真面目に頑張ってるなぁセーレちゃんは……)
言葉足らずながらも一生懸命リーダーとしての責任を背負い行動しようとしているセーレちゃん。
弟子たちに流されてリーダーを放棄しつつある俺にはとても眩しく映る。
何より三弟子に襲われている身としては、行き過ぎた好意を向けられて迷惑を被る辛さは文字通り痛いほどよくわかる。
だからどうしても放っておけない。
「あの、その辺りに……」
「サーボ様ぁっ!! お願いですから私たちからセーレちゃんをとらないでくださぁあああいっ!!」
「サーボお兄ちゃんは私たちの敵にならないよねぇっ!! セーレお姉ちゃんを取ったりしないよねぇえええっ!!」
物凄い顔で縋りつかれる……拒否したら自殺しかねない勢いだ。
「大丈夫だよぉ、サーボ様は僕たちの物だからねぇ……マーメイ様たちの気持ちよくわかるよっ!!」
「ええ、クーラ様たちの考えはよくわかりますぅっ!! やっぱり愛する人は独占しないと駄目ですよねぇっ!!」
そこにカノちゃんとシヨちゃんが感激した様子で駆け寄っていく。
(さっきまでドンびいてたじゃねぇかよカノちゃんよぉ……狂人同士共感してんじゃねぇよ……)
もう関わりたくない。
「キュルルルルルゥウウウっ!!」
「か、カノっ!? 魔物がまた……」
「戦いは俺がやるから……テキナさんはあの二人が暴走しないように見張っててあげて……」
「は、はぁ……しかし大丈夫ですか?」
「もう本気でけりつけるから、そっちは任せたよ……時間停止」
(マジで魔物と戦ってたほうがマシだ……もう狂人の相手はうんざりなんだよぉ……)
俺は切り札で世界の動きを止めると、シーサーペント全員へ新たな魔法をかけてやる。
「空中浮遊」
途端に重力の枷を振り切り、シーサーペントの巨体が空中に浮かび上がった。
(こんなに長かったのかよ……けど何とか引き上げられたな……)
全身が海水から飛び出した状態のシーサーペントを一カ所に集めて、俺は久しぶりに呪文を唱える。
「この世の万物に滅びを齎せ、究極死滅」
完全消滅呪文だ、あらゆる存在はおろか魔力すら分解して消滅させる究極の魔法。
流石の俺でも詠唱してようやく発動できる規格外の魔法だ。
おまけに敵味方の区別もつかず、全てを吸い上げて消滅させてしまうので制御も難しい。
だからこうして一カ所に集めてから解き放ったのだ。
そしてシーサーペントは目論見通り、完全に跡形もなく消滅しきった。
(ふぅ……流石に物凄く魔力を使ったなぁ……あれ? でもまだこんなに残ってんのか?)
久しぶりに魔法水を飲もうとして、意外と体内に魔力が残っていることに気が付いた。
どうやら何だかんだで三弟子と行動を共にしている間に、俺自身の魔力量も底上げされていたようだ。
(何度も命の危機を感じてきたからなぁ……後精神的な疲労も修行っぽくなってたのかもなぁ……全然嬉しくないけど……)
しかし強くなっている分にはなにも文句はない。
これならまだまだ三弟子に負けずに済みそうだ。
俺は少しだけ安堵しながら、魔法を解除して時間を動かした。
「ふぅ……終わったぁ……」
「お、お疲れ様です……あのシーサーペントは?」
「完全に消滅した、もう流石に蘇らないよ」
「さ、流石はサーボ殿……魔王ですら三日かかった相手をこうもあっさり……お見事でございます」
キメラント君の素直な誉め言葉が嬉しかった。
何せ今まではどんなに活躍してもあの狂信者どもが称えるか、もしくは気づかれずに訳も分からず恨みを買うばかりだった。
(ああ……こんな普通の誉め言葉がスゥっとしみ込んできて……勇者しててよかったぁ……)
「ふふ、それほどのことじゃないよ……それよりも皆は……」
「さ、サーボぉ……あいつら怖いよぉ……」
振り向く前に涙目のセーレちゃんが飛びついてきた。
物凄く震えて怯えている。
(気持ちはわかるよ……狂人共はおっかないもんなぁ……)
だけどあの子たちの暴走は、好意からくるものなのだ。
それなのにそんなに怯えていては向こうは委縮してしまうだろう。
だから俺は狂人共に関わる先達として、セーレちゃんに優しく諭してやることにした。
「セーレちゃん、気持ちはわかる……だけどあの子達だって悪気があってやってるわけじゃ……」
「だからぁ……やっぱり二度と他の人を見ないように目をぉ……」
「けどそれは可哀そうだし……やっぱり四肢を切り落とすぐらいで……」
「四肢は拘束すれば十分では……ここは互いの身体を縛り付けて……」
「うぅん……いっその事薬漬けにしてぇ……」
「だけどそれじゃあ一緒に長生きが……身体に快感を覚え込ませて……」
「セーレちゃん逃げようっ!! キメラント君飛んで早くぅううっ!!」
「サーボぉおおおっ!! あいつら怖いよぉおおおおっ!!」
(やっぱり駄目だあいつら……ただの化け物だ……)
とんでもない話の内容が聞こえてきてしまった。
もうこれ以上関わりたくない、俺はセーレちゃんとムートン君を抱えると即座にキメラント君に飛び乗った。
「し、しか……ぐはぁっ!?」
しかし飛び上がる前に、キメラント君の上に五人の女性が飛び乗ってきてしまう。
「ど・こ・に・い・く・き・な・の・?」
「あれれぇ……どこに行くんですかぁサーボ様ぁ?」
「サーボ様、我々に相談なく移動するのは如何かな者かと思いますよ」
「セーレちゃぁん、私たちを置いて行くようなまねしちゃだめでしょぉ~」
「これはセーレお姉ちゃんにしっかりと教え込まなきゃ駄目みたいだねぇ~」
「「ひ、ひぃいいいっ!!」」
狂気の目と笑顔でじりじりと近づいてくる女性五人に怯えながら、俺とセーレちゃんは互いを守るように抱き合うのだった。
「「「「「ほら、こっち来てっ!!」」」」」
「せ、セーレちゃぁんっ!?」
「さ、サーボぉおおおおっ!!」
「「だ、誰か助けてぇえええっ!!」」
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