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四つ目の村

「し、シヨちゃ、ん……そ、ろそろ、つ、ぎの村に、つか、ないか、なぁっ!?」


「ええとぉ……うん、あと少しですよ」


 ムートン君の上で地図を広げているシヨちゃん。


「この調子なら完全に日が落ちる前に村へ辿り着けそうですね、サーボ先生」


「休、みな、しで、走り、ずめだか、らね、ぇと、うぜん、だ、よね、ぇ……」


「本当にサーボ先生もテキナさんもすごいなぁ……ごめんね僕たちだけこんな楽しちゃって」


 カノちゃんもまたムートン君の上でちょこんと座り申し訳なさそうに俺たちを見ている。


 元魔物だったというムートン君はかなり力強かった。


 子供二人を乗せたうえでテキナさんに引かれるままに走ってついてこれるぐらいにはだ。


 当然そうなると俺も合わせて走らざるを得ない。


(ふざけんなよ、俺みたいな凡人が何でこんな超長距離マラソンしなきゃいけないんだよぉっ!!)


 近くにあるということで前の村を出発した昼間から今まさに夕方になろうとする時間まで走りっぱなしだ。


 もう息切れを隠す余裕もなかった。


「しかし苦しそうですねサーボ先生、ひょっとして体調でも悪いのですか?」


(うるせぇんだよこの体力お化けっ!! 普通は息切れ起こすんだよっ!!)


「は、はは、どうだ、ろう、ねぇ……お、やお、や村が見、えて、きまし、たよぉ」


「本当だ、よぉし今度こそ僕もいいところ見せるぞっ!!」


「……私も今度こそお役に立ちたいなぁ」


 カノちゃんもシヨちゃんも前の村で活躍できなかったためかやる気に満ちているように思える。


「とりあえずここからは歩いて近づきましょう」


「そ、う、し、よ、う、ね、はぁ……はぁ……」


 呼吸を整えるがどうしても両足が震えている。


(やっぱり馬車が必須だっ!! 第一目的は馬車だっ!! それが手に入るなら魔王軍に入ってもいい、すぐ辞めるからっ!!) 


 それでも何とか無理やし足を動かし、三人についていく。


「サーボ先生、やはり村人の姿はありません……どうしましょうか?」


「はぁぁ……基本的に同じだね、情報を集めて魔物を探して討伐だ」


「前みたいに捕まらないように気を付けるね」


「しっかり警戒します……ムートン君も頑張ろうね」


「めぇえええっ!!」

 

 俺たちは村へと入っていく。


(夕方だから視界が悪いけど……建物には異常はなさそうだな)


「どうだいカノちゃん、どこか気になるものはあるかな?」


「もうまた僕にそういうこと聞くぅ……なんかあの家の庭に何か違和感があるけど……」


 カノちゃんに先導されるままに移動する俺たち。


「うーん、やっぱりこの地面だけ違和感が……掘ってみたら何かわかるかなぁ?」


「……テキナさん、ファイトっ!!」


「はい先生っ!!」


 躊躇もなく素手を土に差し込み……凄まじい勢いで地面が掘り進められていく。


(ああ便利、一家に一人テキナさんだなぁ)


「サーボ先生、た、宝箱のようなものが出てきましたっ!!」


「な、なんだとっ!?」


 テキナさんが実際に持ち出してきたものは、古臭い木の箱だった。


 頑丈そうな造りをしていてしっかりとした鍵穴が付いている。


(本当に宝箱だ……なんで田舎の村の一角にこんなもんが埋まってるんだ?)


 さっぱりわからないがこんなお宝を無視する手はない。


「鍵がかかってますね……どうします?」


 テキナさんの言う通り鍵がかかっていて開きそうにない。


「第一案、大盗賊の称号を持つ者が頑張る」


「……僕勇者だもん」


「第二案、テキナさんが箱ごと叩き壊す」


「……人の財産かもしれないのに破壊するのは少し抵抗が」


「第三案、見なかったことにして元に戻す」


「……勿体なくないですかぁ?」


「第四案、ムートン君が秘めれた特殊能力で何とかする」


「めぇえええっ!!」


(どう考えても一つしか選択肢無いよなぁ)


 全員の視線が自然とカノちゃんに集中する。


「うぅ……わかったよぉっ!! やればいいんでしょやればっ!!」


 涙目で宝箱に手を伸ばし、鍵穴付近を慎重に観察するカノちゃん。


 叩いたり鍵穴を見つめたり時に耳をつけたりしている。


「これ……多分鍵かかってないよ」


「どういうことだい?」


「鍵穴は罠みたい、ここをいじったり無理やり開けようとしたら多分中に仕込まれた何かが発動するみたい」


(あ、あぶねぇ……本当にカノちゃんがいてくれてよかったぁ)


 もしもカノちゃんが居なければ俺は強引にテキナさんに……いやそもそもカノちゃんが居なきゃ見つけられなかった。


「ではなぜ開かないのだろうか?」


「魔法で封印されてるのかなぁ……だとしたら僕にはお手上げだよ」


「ちなみに予想としては?」


「お手上げだって言ってるのにぃ……何か条件を満たせばいいんだと思うけど、底に特徴があるしどこかに合わせるのかなぁ?」


 テキナさんに持ち上げてもらうと確かに底に妙な模様が刻み込まれていた。


(何がお手上げだよ、いい加減大盗賊に成りきれよお前)


「じゃあとりあえず持っていくことにしよう、馬車……は無いからムートン君に括り付けて引っ張ってもらおうか」


「めぇえええっ!!」


 何とかロープで身体に縛り付けると平気で引きずり進み始めた。


(意外と便利だなこいつ)


「他に気になるところはないかな?」


「今のところ何もないよ」


「じゃあ、せっかくだしこの家から探索させていただきますか」


「うぅ……やはりやらなければいけないのか」


「よぉし、今度こそお宝見つけるぞーっ!!」


 相変わらずテキナさんは消極的、シヨちゃんはノリノリだ。


「うーん、至って普通の一軒家ですねぇ」


「だけど台所にある洗い物が臭いよぉ……」


「無精……というわけでもなさそうですね、他は綺麗に片付いていますし」


「サーボ先生、こんなのみつけちゃいましたぁ」


 シヨちゃんが自信満々に飾り物の剣を持ってくる。


 見た目こそ華麗だが軽くて武器としては使い物にならなそうだ。


(いらねぇ……けどここまで得意げにしてるのに無下にしたら泣きそうだな)


 シヨちゃんは自分だけ役にたっていないことがどこかプレッシャーになっているように感じる。


「うむ、これは見た目が良いし俺が指揮用に使っておこう……よくやったね」


「わーいっ!! えへへ、私サーボ先生のお役に立てましたねっ!!」


(魔物がいるかもしれない場所で泣かれても困るだけだっての、本当に役に立たないなこいつだけ……ああ俺もか)

 

「さ、サーボ先生……その」


 罪悪感を感じている様子のテキナさんが何か言いずらそうにしている。


 恐らくは役に立たない物を徴収することに抵抗が強いのだろう。


「テキナさんの言いたいことはわかるけど彼女の笑顔を見てごらんよ……盗ったことが気になるなら代金を置いて行こう」


(ああ一々面倒くせぇしもったいねぇ……けどテキナさんのコンディションは完璧にしとかんと戦闘時に困るからなぁ)


「は、はいっ!! お見事な配慮にこのテキナますます惚れ直し……掘れ跡を直してきます」


(そういえば穴を埋めてなかったな、律儀だなぁ……というかなんか今発音違わなかったかな?)


 テキナさんは自分がしたことが恥ずかしいのか顔を赤くしながら穴を埋めなおしに行った。

 

「サーボ先生、やっぱりこの家が……というか状態がなんか変ですよ」


「うん……丁度一食分だけ洗わずに放置されている食器からして、朝食後に襲撃を受けたようだね」


「やっぱりそう思うよね……けど家の中は荒らされていないんだ、まるで外に誘導されたみたい」


(屋根の破損、屋内に争った形跡なし……住人は何処にもいないか)


「まあ他の建物も見て回ろう、テキナさんと合流して……っ!?」


「テキナさんがいない……っ!?」


「む、ムートン君もいないよっ!?」


 屋内から庭を覗き込むと宝箱を回収した穴はそのままに、外にいるはずのテキナさんもムートンもいなくなっていた。


(ば、馬鹿なっ!? あのテキナさんが抵抗もできずにやられるだとっ!?)


「くっ……とりあえず屋内に籠って外の様子を観察しようっ!!」


「は、はいっ!!」


「わ、わかりましたっ!!」


 入り口を固めて窓から外を伺う。


 何も変化は見られない。


「二人とも、何か変わったところはないかな」


「ううん、なんにもないよ」


「うん、どこにも変わった様子はありません」


(ちっ、不味いなこれは……)


 久しぶりにどうすればいいかわからない状態だ。


 いつものように馬に乗って逃げることもできない。


(くそ、やっぱり先にどんなことをしてでも馬を用意すべきだった……また判断ミスかっ!!)


 逃走手段の確保を怠った己の無能さが恨めしい。


「ど、どうしましょうかサーボ先生っ!?」


(どうもこうもねえよ、お手上げだ)

 

「とにかくもう一度この建物の中に何かないか調べてみよう、カノちゃんは外の監視を頼むよ」


「わ、わかりましたっ!!」


「先生、私は何を探せばいいですか?」


「何でもいい……しいて言えば生活必需品のような当たり前にあるものを一応集めておこう」


(こうなったら変化が起こるまでここで暮らすしかないしな)


 俺は台所を中心に漁り飲食料を探すが大したものは見つからなかった。


 もちろんこの状況を打開するアイテムなど見つかるはずがない。


(持ち込んだ飲食料も三人で分けたら一週間持つかどうか……)


 シヨちゃんに期待をしたがやはり飲食料は見つからなかった。


「カノちゃん、外の様子は?」


「何も変わりないよ……日が暮れてきたぐらいだ」


「うぅ……どうしましょうサーボ先生っ!?」


「何が起きているか分からない以上は下手に動いては危険だ、今日はこのままここで休ませてもらおう」


(じたばたしても仕方ねーし、せっかくだからゆっくり休むかなぁ)


「申し訳ないけど今日は走りづめだったから先に休ませてもらうよ……俺が起きるまで二人は外を監視しておいてくれ」


「は、はいっ!!」


「俺が起きたら交代で君たちは眠ってくれていいから」


(こいつらが寝たら外に放り出してみてどうなるか様子を見よう)


「分かりましたっ!! 頑張りますっ!!」


 俺は二人に外の警戒を指示すると一人横になることにした。


 特に疲れていたせいであっさりと眠りにつくことができた。


 しかしすぐに身体が揺さぶられて強引に覚醒させられてしまう。


「せ、先生起きてっ!! し、シヨちゃんがっ!!」


「ど、どうしたんだい一体?」


 カノちゃんに文字通りたたき起こされた俺は周りを確認する。


(シヨちゃんがいないだとっ!? まあ別に足手まといだしいらないけど)


「な、なんか急にふらふらと外に出ていっちゃって……そしたらまるで空気に溶けるみたいに姿が消えちゃったんだっ!!」


(外に出たら危険か……最後にいい仕事したよシヨちゃん、お役に立ちましたねぇ~)


「ど、どうしよう僕……うぅ……」


(外にさえ出なきゃ良いだろうが……ふらふらとおびき寄せられるのはよくわからんが考えても仕方ないな)


 ますますここを出る理由がなくなってきた。


(立てこもるか……籠城してれば敵が帰る可能性があるのはワンナ村の一件で立証済みだしな)


 となると一日でも長く引きこもる必要がある。


 そのためには飲食料の節約が必要不可欠だ。


(よし、カノちゃんも追い出そうっ!!)


 俺一人で飲み食いする量を調整すれば一か月、空腹に耐えれば二か月は行けるかもしれない。


「カノちゃん、君につらいことを頼むかもしれないけど俺の言うとおりに行動できるかい?」


「ぼ、僕にできることなら何でもしますっ!!」


(じゃあ今すぐ外に出てやられてきてくれ……って言っても聞かないだろうなぁ)


 自分から外に出るよう仕向けよう。


「君の荷物にはトラッパーの装備が入っていたね……これが敵の攻撃ならアレを着れば敵にバレず、外に出ても大丈夫かもしれない」


「えっ!?」


「カノちゃんがあの装備に拒否感を持っていることは知っているし、外に出ることが恐ろしいのもわかっているが……」


「な、なのに僕にアレを着て外を探って来いっていうんですかっ!?」


 敢えて首を横に振る。


「いや様子を見に行くのは俺だよ……もしもそれで俺がやられた時はそうやって逃げてほしいというだけの話だよ」


「え、だ、駄目だよ先生っ!! 僕を置いて行かないでっ!!」


(行くわけねーだろっ!! お前に行くって言わせんだよ)


「しかし他に方法はない……情けない先生ですまない」


 俺はゆっくりと、とてもゆっくりと入り口に向かう。


(ほら、早く止めろっ!! お前の尊敬する先生がいなくなっちまうぞっ!! 一人ぼっちは寂しいだろっ!! 俺は平気だけどなっ!!) 


「ま、待ってくださいサーボ先生っ!!」


 カノちゃんが抱き着いてくる。


「こ、このまま僕と一緒に居ようっ!! 先生までいなくなったら僕っ!!」


(嫌に決まってんだろうがっ!! 俺の食う飯が減るだろうがっ!! 俺はお前が居なくなっても平気なのっ!!)


「すまないがあの二人のことも気になる、それに……」


「さ、サーボ先生は僕よりテキナさんが……シヨちゃんが大事なんですかっ!!」


 涙目で俺の顔を見つめるカノちゃんはとても儚くも美しく見えた。


(でも俺はそういうのはどうでもいいんだよっ!! ロマンスより命が大事ぃいいっ!!)


 しかしカノちゃんは俺を抱きかかえたまま動こうとしない。


 こうなったら過激に演出して強引にでも自己犠牲精神に目覚めさせてやろう。


「皆大事さ、だけど強いて言うのなら最初に俺の弟子になってくれた……いや今更こんなことを言っても仕方ないな」


「えっ……先生それって……っ」


「忘れてくれカノちゃん、とにかく俺は皆の為に……カノちゃんの為に犠牲になると決めたんだ、行かせてくれ……」


(は、恥ずかしいわこれ……真顔でこんなこと言ってる自分に笑えてくる……こらえるのが大変だわぁ)


 吹き出しそうになる顔を見られないようカノちゃんを振り払う。


 そしてとてもゆっくりとした動きで入り口に向かう。


「だ、駄目です……サーボ先生が居なくなるところなんて僕見たくない……っ」


「だけど他に方法はないんだ、俺と君しかいない以上は俺が行くしかないんだ……」


(だからお前が行けよ、ほらここまでお膳立てしたんだぞっ!! まさか一緒に行くとかほざかねえよなぁっ!?)


「うぅ……ま、待ってサーボ先生っ!! ぼ、僕が行きますっ!!」


 遂に決意を固めたようで荷物からトラッパーのローブを取り出した。


「えぇ~そんな悪いよぉ~駄目だよぉ~」


 即座に足を翻してカノちゃんの元へと戻った。


「ううん、僕が行くよっ!! 大丈夫ですサーボ先生っ!! 先生の言葉通りきっとこれを着れば外に出ても平気ですよっ!!」


(よっしゃっぁああああっ!! よく言ったカノちゃん、君こそ俺の最高の道具……いや弟子だったよっ!!)


「くっそんな危険なことをさせるわけには……だが君の決意は固いようだね、俺の運命を君に託すよっ!!」


「はい、絶対にサーボ先生の想いを裏切ったりしませんっ!!」


「では無事に外に出たら周辺を探索して状況を把握した上で王都に向かい援軍を呼んできてくれっ!! 頼んだよっ!!」


(まあ無理だろうけど……)


 俺は激励するふりをしながらカノちゃんの背中を押して入り口に立たせた。


 そのまま外に追い出そうとしたが、何故かカノちゃんは途中で足を止めて振り返った。


(げっ!! 流石に背中を押すのは不味かったかっ!?)


「あ、あのサーボ先生、僕……僕ひょっとしたら最後かもしれないって思ったら……」


「恐ろしいんだね……わかるよ、いくら勇者が勇気ある者に与えられる称号だとしても恐怖するのは当然さ」


(お前はそんな勇者にあこがれてたよなぁっ!! ほら勇気出して飛び出せやっ!!)


「ち、違いますっ!! た、ただ最後だとしたらその前に……先生と……その……しておきたいことが……」


 顔を真っ赤にしてうつむくカノちゃん。


 先ほどの状態からつり橋効果で恋心でも育っているのかもしれない。


(勘弁してくれ、仮にキス程度でもされたら俺なんか……簡単に堕ちるからな)


 自分がどれだけ無能でこらえ性がなく、欲に弱い人間かは俺自身が一番よく知っている。


 その手の悦びを一度でも経験したら止まれなくなるだろう。


 俺にとって唯一の取り柄と言える冷酷さ寸前の判断力が失われてしまったらそれこそお終いだ。


「いやカノちゃんはきっと戻ってくる、俺は信じているよ……これが最後なんて絶対にありえない」


「で、でも……僕は……」


「俺の言葉が信じられないかな?」


「っ!? ううん、サーボ先生の言葉はいつだって正しかったっ!! 僕は先生を信じますっ!!」


(いつだって適当だったの間違いなんだけどまあいいや、死んでこーい)


「じゃあ行ってきますっ!!」


「うむ、信じているよカノちゃんっ!!」


 俺の目の前でカノちゃんは頭を下げるとローブを着込み、フードを頭からかぶった。


 途端に見えなくなるカノちゃん。


 ドアが何もないのに開いて閉じるのを最後に辺りは静けさを取り戻した。


 カノちゃんが無事に行動できているかは分からない。


 分かるのはこれで俺はまだまだ生き延びられるという事実だけだった。


(ふぅぅ、手こずらせやがってぇ……まあこれで俺は最低でも数か月は生き残れそうだっ!!)


 念のためドアというドアを内側から補強し、ついでに窓も外の様子が見えない程度に塞いでやる。


 これで仮に外に呼び寄せられようがそう簡単には出れないはずだ。


(よ~し、後は寝てよ~っとっ!!)


 住居のベッドに横になると俺は何の心配もせずに眠りについた。


「さ、サーボ先生っ!! 開けてくださいっ!!」


 唐突に聞きなれた声が入り口から聞こえてきて俺は目を覚ました。


(この声は……テキナさんかっ!?)


 飛び起きて入り口に向かう。


「サーボ先生、何とか敵の手から逃げ出してきましたっ!! どうかここを開けてくださいっ!!」


(あのテキナさんが敵から逃げる……ねぇ)


「すまない、頑丈に扉を封印してしまった……力づくでこじ開けてくれて構わないよ」


「そ、それが……私は腕に怪我をしてしまいまして……とても力が入りません」


「そうか、じゃあ諦めてくれ」


(それが本当だとしたら力のないテキナさんなんかいらないしな)


 俺は奥に戻ってベッドに横になった。


「さ、サーボ先生っ!! あ、開けてください先生っ!! あ、ああぎゃぁああああっ!!」


 それっきり声は聞こえなくなった。


 これでよく眠れそうだ。


 俺は眠りについた。


「さ、サーボ先生っ!! た、助けてっ!!」


 またしても聞きなれた声が聞こえた。


 この声はシヨちゃんだろう。


(あいつはいらん……無視してもいいな)


 俺は眠り続けることにした。


「助けてサーボ先生っ!! 私を見捨てるんですかっ!! ここを開けて……きゃぁあああっ!!」


 声は聞こえなくなった。


 これで眠れる。


「サーボ先生っ!! 僕だよカノだよっ!! ここを開けてよぅっ!!」


 聞きなれた声がする。


(誰が一人で帰って来いって言ったよ……役に立たん奴の相手なんかしてられるか)


 俺は眠り続けることにした。


「ひ、酷いっ!! どうして僕を無視するのっ!! 先生助けてよぉっ!! あ、ああああぁああっ!!」


 静かになった。


 俺は眠り続けることにした。


「てめぇええええええええっ!! 何で開けねぇんだよぉおおおおっ!!」


 何か知らない男の声が聞こえる。


(よくわからんが無視しておこう)


 俺は眠り続けることにした。


「開けやがれっ!! てめえそれでも勇者かぁああっ!!」


(くそ、うるせぇっ!! よし絶対に無視しきってやるっ!!)

 

 俺は頑なに目を閉じて起きないことにした。


「仲間のことがどうでもいいのかっ!! 悲鳴が聞こえてるはずだろうがっ!!」


(どうでもいいよ……イビキでも聞かせてやろうか)


「ぐぉおおおっ!! ぐがぁあああっ!!」


「なっ!? ね、寝たふりしてんじゃねえよっ!! この俺様を無視すんなこらぁっ!!」


「むにゃむにゃ……おなかいっぱぁい……ぐがぁああああっ!!」


「あぁあああっ!!! てめえ俺様を馬鹿にしてんのかぁっ!! この開けろっ!!」


(本当にうるさい、なんなんだよこいつは……)


 流石に無視するのも疲れてきた。


 俺は渋々起き上がると入り口に近づいた。


 途端に声が静まり返る。


(何だ、帰ったか……もう一回寝よっと)


 ベッドに戻ることにした。


「あぁあああっ!! 何で戻るんだよぉおおっ!! 覚悟決めたんじゃねえのかぁああっ!!」


 とてもうるさい。


 もう一回起きて入り口へと向かう。


 静かになった。

 

 俺は踵を返してベッドに向かう。


「あぁああっ!! いい加減に出て来いよこらぁああっ!!」


 うるさいから走って入り口に向かった。


 黙ると同時に踵を返しベッドにタッチすると同時に入り口に向かう。


「……あぁああっ!! てめ…………っ!!」

 

 ちょっと面白くなってきた。


 さらに速度を上げて行き来を繰り返してみる。


「だか……っ!! ああ……っ!? てめ……っ!? 馬鹿に……っ!! いいか……っ!!」


「ぷぷぅっ!!」


 間抜けすぎて噴出してしまった。


 いい暇つぶしができた。


 これなら数か月の間ずっと籠城しても飽きなそうだ。

 

 俺はベッドに戻りながらこの面白い闖入者との会話を楽しむことにした。


「リクエストしてもいいかな、子守唄を頼むよ……ぐぅ……」


「俺様を何だと思って……がはぁああっ!!!」


 なんだかすさまじい悲鳴が聞こえてきた。


「おーい、君大丈夫かー?」


「な、なんで仲間がまだ……ぐそぞおおおっ!! お、お前は囮だったのかぁあああっ!!」


「僕だって……僕だってやれるんだぁあああっ!!」


 またしてもカノちゃんの声がする。


(だから帰ってくるなって……というか何があった?)


 流石に気になって玄関まで向かってみる。


「サーボ先生、僕……僕やりましたっ!! 魔物を退治しましたっ!!」


「ほう、それで外の様子はどうだい?」


「ええと外は……あ、テキナさんにシヨちゃんっ!! ムートン君もっ!!」


「わ、私は……申し訳ないっ!! あんな手に引っかかってしまうなんてっ!!」


「うぅ……ここはぁ? あぁ、帰ってこれたぁ……カノさんっ!! サーボ先生もいますかっ!?」


(うーん、さっきと同じで実に怪しい……)


 ドアの向こうで色んな人の声がする。


 ムートン君の鳴き声も聞こえている。


「サーボ先生……皆無事ですっ!! 村人も戻ってきましたっ!!」


「そうか……テキナさん、ちょっと入り口を破ってみてくれないかな?」


「私はぁ……は、はいただいま……」


 バキッという物音と共にあっさりと入り口の封鎖は破られた。


 この時点で籠城は不可能になった。


(本物なのか? まあこうなったら後はなるようにしかならんな)


 テキナさんが開いた入り口から外に出る。


 すると足元に黒づくめの服装をした青白い肌色の魔物らしい男が倒れていた。


「僕が倒したんだっ!! サーボ先生が囮になってくれたおかげだよっ!!」


「どういうことだい?」


 皆から話を聞いてみるとこの魔物は風と一体化して周囲に溶け込み、人々を攫っていたのだそうだ。


 力こそないが幻や幻覚を映して相手の抵抗力を失わせて、そこを魔法で誘拐するらしい。


「風と一体化しているときは広範囲の魔法攻撃しか通用しないみたいなんだ」


 屋外でしか襲われないのは屋内では風が吹かないためだという。


 だからシヨちゃんも村人も幻覚に魅せられて外に誘導された後で、そのまま捕まってしまったそうだ。


「だけどサーボ先生があいつを挑発してくれたお陰で、あいつは姿を現して罵声を上げていたから……」


 魔物は俺が外に向かうたびに攫おうと風と一体化し、奥に戻ると怒鳴るためにわざわざ姿を現すことを繰り返していた。


「なるほど、そこを聞きつけたカノちゃんが戻ってきて影から一撃を加えたわけだ」


(気付かれないよう近づいて一撃で急所を突いて退治……完全に盗賊じゃねえかっ!!)


 やはり伝説の大盗賊の称号を引き継ぐだけのことはある。


「へへ……サーボ先生、僕ついにやりましたよ……勇者に一歩近づきましたよね」


(むしろ全力で盗賊への道を歩んでいる気がするんだがなぁ)


「全く面目御座いません……あのような真似をサーボ先生がなさるはずないのに……私は……うぅ……」


「ごめんなさいサーボ先生……私……サーボ先生を誤解してましたぁ……」

 

 テキナさんとシヨちゃんが俺の目の前で心底申し訳なさそうにうつむいている。 


「あ、あのさ……君たちは何を見たのよ?」


 二人とも顔を耳まで真っ赤に染めながらも頑なに首を横に振って何も答えようとはしなかった。 


「ああ、勇者サーボ様っ!! 私たちを助けていただいてありがとうございますっ!!」


「サーボ様万歳っ!!」


(うーん、今回は寝てただけだからどうにも実感がないなぁ)


 悪い気分でこそないがどうにも素直に喜ぶ気になれない。


「いや皆の衆、今回はこの俺の一番弟子であるカノちゃんのお陰だ……彼女を勇者とたたえてあげてほしい」


(まあ実際頑張ったし、たまにはこういう立場も譲ってやるか)


「さ、サーボ先生っ!?」


「おお、そうですかっ!! 助かりました勇者カノ様っ!!」


「勇者カノ様が居なければ私たちはあのまま……ありがとうございますっ!!」


 村人たちから頭を下げられ勇者とたたえられたカノちゃん。


 ワンナ村の時とは違い、恥ずかしそうにしながらも誇らしげだった。


「いいなぁ……カノさん」


 シヨちゃんが羨ましそうにカノちゃんを見つめていた。


(そういえばこいつだけ一度も称えられたことないもんなぁ)


 俺は言うまでもなくテキナさんは勇者の里では常に称えられてきた。


 同類であったカノちゃんが遠くに行ってしまったようで寂しいのかもしれない。


「シヨちゃん、君もすぐにああなるよ……俺が君からもらった剣に掛けて保証するよ」


(拗らせても厄介だし一応フォローしておこう)


「サーボ先生……はい、私もっともっと頑張りますっ!!」


「その意気だシヨ、必ず活躍の場はくる……その時に備えて訓練を怠らないようにするといい」


「テキナさん……はい、わかりましたっ!!」

 

 シヨちゃんが元気を取り戻した。


 とりあえずこっちはこれでいいだろう。


 後は必要な情報と物資を揃えよう。


「さてすみませんが、村人の皆さんにいくつかお願いしたいことがあります」


「何でしょうサーボ様、何でもおっしゃってください」


 こちらを崇拝するように見つめる村人たちにまず馬車があれば譲ってくれるようにお願いした。


「すみません、こんなものしかございません」


「いえいえ、最低限使えれば……荷台しかありませんねぇ」


「自給自足で何とかなっておりますので移動手段は余り確保してないのです……」


(ムートン君に引かせる……いやいっそテキナさんに修行と称して引かせてみるか)


 とりあえず受け取っておこう。


「あともう一つ、この家の住人はどなたでしょうか?」


 手を挙げた素朴そうな一家に宝箱について尋ねる。


「……私共の物ではございませんので何とも言えません、庭にこんなものがあるなんて知りませんでした」


「では誰か他に何か知っている方はいらっしゃいませんか?」


「はっきりと断言できるわけではありませんが……」


 村長が進み出て語り始めた。


「大昔、この村にかつての勇者様のお仲間である魔法戦士のマーセ様が訪ねてきた時があったと聞きます」


「ほう……それがこの宝箱と関係していると」


「かもしれません……その際に何かあった際は大盗賊様と大僧侶様を呼び寄せろと言い残したとも聞いております」 


(仮に宝を隠したのがマーセ様として、大盗賊が居たからこの宝箱は見つかった……となると開けるには大僧侶が関係してるのか?)


 適当な推論だが、今のところこの宝箱を開ける手掛かりは他にない。


 最も絶対に開けなければいけない理由もないのだが。


(金になりそうではあるけどなぁ……)


 一応宝箱は持って行っていいとの許可は頂いたので持っていくことにした。


「快いご協力ありがとうございます、皆さま……最後に日も暮れてしまいましたし一晩休ませていただきたい」


 真っ暗な中を移動するのは危険すぎる。


 テキナさんも意気消沈していることもあり逆らう様子はなかった。


「ぜひとも泊って行ってください……宿は何部屋取りましょうか?」


「それは勿論人数分……」


「ぼ、僕はサーボ先生と一緒でいいですっ!! お金節約しないとねっ!!」


 カノちゃんが妙に自己主張しながら俺の腕を取った。


(まあ金は溜めておきたいし……カノちゃんが良いなら別にいいかぁ)


「すみません、では三部屋を……」


「わ、私もお役に立ってないし一緒の部屋でいいですっ!!」


 シヨちゃんも俺の腕を取って叫ぶ。


(まあシヨちゃんの精神状態も安定させたいし、一晩ぐらいなら一緒に寝ても……)


「では二部屋で……」


「さ、サーボ先生、今回このような失態を犯した私に個室など恐れ多いです……ご一緒させてください」

 

 テキナさんがそっと俺の背中に寄り添う。


(……今更一人だけ断れねぇだろうが)


「……一部屋でいいです」


「は、はい……す、すごすぎる流石は英雄だ」


 村中がざわついている気がする。


 男性陣からの驚嘆の声が聞こえる気がする。


 女性陣からは黄色い声が上がってる気がする。


(全力で勘違いだぞ、俺たちは勇者パーティであって色恋沙汰とは無縁なんだよ)


「あ、あのさ……テキナさんもシヨちゃんも無理しないで別の部屋をとってもいいんだよ?」


「か、カノさんとテキナさんこそいつも働いているし……広い部屋で休んだほうがいいんじゃないですか?」


「カノ……シヨ……私はサーボ先生と今後の展望を遅くまで話し合うかもしれない、別の部屋で休んだほうがいいのでは?」 


(い、色恋沙汰とは無縁……だよね皆ぁっ!!)


 何やら三人の視線がぶつかり合っているような気がするが勘違いということにしておきたい。


「皆で仲良く寝ようなぁ……ああ、いっそムートン君も一緒に寝るかい?」


 自然な動作で皆の拘束から逃れると俺はパーティ唯一の同性仲間であるムートン君に抱き着いた。


「めぇえええっ!!」


「おお、いい返事だぞぉムートン君……うぅ……君も女の子との付き合い方はよく考えるんだよぉ……」

 

 ムートン君の羊毛はとっても柔らかくて温かかった。


 そのぬくもりが心地よくて何故だか俺は妙に涙があふれてくるのだった。 


「サーボ先生、そんなことしてないで最初の弟子の僕と一緒にベットにいこうよっ!!」


「サーボ先生、一番若くて好きな色に染めれる私と一緒にベットにいきましょうっ!!」


「サーボ先生、その……私と……い、一緒にその……べ、べっと……ベットにいってくれませんか?」


 俺は三人の手によってそんな幸せ空間から強引に引きずり出され連行されるのだった。


 【読者の皆様にお願いがあります】



 この作品を読んでいただきありがとうございます。

 

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