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次なる村で

「カノさん、あのせっかくもらった正装……」


「シヨちゃんお願いだから言わないでっ!! 忘れさせてっ!!」


 馬車の中でシヨちゃんがワンナ村の住人一同から送られた大盗賊用の黒ローブを手におろおろしている。


 カノちゃんは放り投げているがかつての英雄が使っていた本物らしく効果はすさまじい。


 光学迷彩という透明になれる機能、匂いを消せる機能、音を発生させなくする機能……ステルス性に特化している。


 さらにどんなところにでも侵入できるよう身体能力も移動面が非常に強化される。


 おまけに僅かに魔力も扱えるようになれる上に軽く薄いためどんな装備の上からでも羽織れてしまう。


 しかしカノちゃんは頑なにこれを身に着けることを拒絶している。


(もったいねぇ……俺が着たいよ)


 唯一の欠点は大盗賊の称号がなければ効果を発揮しないということだった。


 どうやらワンナ村の隠し通路内で解除した罠に何かしら意味があったらしい。


 俺もシヨちゃんもいくつか罠を解除したテキナさんも着てみたが何も起こらなかった。


 カノちゃんだけ最初に受け取る際に触れただけで僅かな反応を示したのだ。


「カノせん……カノ、生存率を上げる意味でも羽織るぐらいはしたほうが……」


「テキナさんもやめてっ!! 僕は勇者なのっ!! 盗賊じゃないのっ!!」


 カノちゃんは非常に頑なだ。


(まあ初めて会った時から勇者になるためだけに生きてる感じだったからなぁ)


「まあそこまで嫌がるのなら強要はしないよ」


「うぅ……サーボ先生ぇ……」


「ただ捨てるわけにもいかないからね、どんな状態になるかわからない以上装備できる君の荷物にしまっておきたまえ」


「……わ、わかりましたぁ……いらないよぉこんなのぉ……」


(贅沢言ってんじゃねえよ……)


 カノちゃんは渋々という様子で伝説の装備を鞄にしまい込んだ。


「さてこの話はこれぐらいにして……どうだいテキナさん、次の村は見えたかな?」


「いえ……ですがそろそろ到着すると思います」


 何だかんだで魔物を退治していない俺たちは体調も良好なので新たな目的地へと移動していた。


「しかし前の村がまさか伝説の仲間の出身地であったことは驚きでしたね、先生」


「ああ……勇者の里と違ってそこまで有名じゃなかったようだねぇ」


(知ってればもう少し物色してトラッパーとやらの装備をもっと探しておきたかったなぁ……)


 まあそんなものがあれば現代の大盗賊に伝承しないわけはないと思うけれど。


「確か他のメンバーは僧侶と魔法戦士でしたよね……ひょっとしたら近くにまた出身地があるかもしれませんね」


 シヨちゃんがちょっと期待を込めた感じて呟いた。


 恐らくカノちゃんみたいにそこに行けば自分にも秘められた能力が見つかるんじゃないかと思っているのだろう。

 

(そんなに都合よくいくわけねぇだろうが……まだ子供だから夢見るのも仕方ねぇけどよぉ)


「し、シヨちゃんは勇者じゃなくなってもいいの?」


 衣装が目につかなくなったために少しだけ元気を取り戻したカノちゃんが会話に加わってきた。


「許可証があれば勇者だもん……それより私はみんなの役に立てる才能を早く見つけたいんだぁ」


「うぅ……シヨちゃんはすごいなぁ……僕も割り切ったほうが皆の役に立てるよねぇ……けどぉ盗賊かぁ……うぅ……」


「余り無理はしなくていいよ、カノちゃんもシヨちゃんも自分が大事に思うことを大切にすればいい」


(俺も自分の考えを優先してるしな、必要になったら無理やりにでもこいつらを行使するけどな)


 とりあえず気遣うふりをして好感度を上げておこう。


 いざというとき言いなりになってもらうためにも。


「サーボ先生は本当に人間ができておられる、私も見習わなければ……村が見えましたっ!!」


「本当だ……って、何あの大きい建物?」


「えっと教会かなぁ……けどどうしてあんなに大きいんだろう?」


 村の入り口からでもはっきりと目に付く横にも縦にも広い建物。


 十字架と女神像の意匠から恐らくは教会に類する建造物だと思われた。


「ここも一見魔物に襲われてる様子はありませんね……」


「ただ人影もない……また中で色々と探索しないといけなそうだね」


「うぅ……どうか隠し通路とか見つかりませんように……」

  

「ひょっとしてあの建物……伝説の大僧侶であるイーアス様由来のお家だったりして」


(あんなデカい建物立てる僧侶とか……生臭坊主とかいうレベルじゃねえぐらいの守銭奴だろうが)


 とりあえず馬車を村に止めると、一番目立つその建物へと向かう。


 入り口には俺の身長の三倍ぐらいありそうな巨大な門がある。


(おいおいおい、デカすぎだろう……巨人でも出入りすんのかおい?)


 ドアノッカーである丸い輪っかを引っ張ってみるもびくともしない。


「うーん開かないなぁ、どうなってるのかなぁ……」


「鍵が掛かっているのでしょうかぁ……」


「もしくは何かの仕掛けかもしれませんねぇ……」


「……なんでみんな僕を見るの」


(うるせぇ大盗賊、さっさと調べろよ)


 皆に見つめられて、やる気なさそうにカノちゃんが前へと進み出た。


 しかしカノちゃんが手を触れる前に門はゆっくりと開き始めた。


「おお、大盗賊の威光に門のほうから跪いたぞっ!?」


「そんなわけないよっ!! 先生の馬鹿っ!!」


「痛っ!! じょ、冗談だよっ!!」


 脛を思いっきり蹴り上げられた。


 かなり痛い。

 

「ふん……あ、サーボ先生中から人が出てきたよ?」


「何っ!?」


 顔を上げると確かに奥からまたしても黒づくめのローブで全身を覆った女性が近づいてきていた。


 完全に身体はおろか顔まで覆い隠している。


 しかし女性であることだけは衣装を押しのけているデカすぎる胸部の主張によりはっきりわかっていた。


(メロンサイズだな、人間じゃねえぇ)


「いらっしゃいませ、この館に何か御用でしょうか?」 


「初めまして、少しお話が聞きたいのですがお時間よろしいでしょうか?」


「ええ、かまいませんが……食事の支度をしてからでもよろしいでしょうか?」


「食事……まだお昼には早いと思うけど?」


「人数がおりますので……それに、今日はあなた方の前にもお客が来ておりましたので……」


 女性は軽くお辞儀すると手を伸ばし、俺たちを中へと誘おうとする。


(誰もいない村でこんな落ち着いていて……怪し過ぎるわ)


「どうぞ、あなた方も上がって行ってください」


「……どうしますか先生?」


 テキナさんも同じことを感じているようだ。


「余り気は進まないが他に情報を入手できるところはない、お邪魔してきなさい……君たち三人で」


(俺はこんな敵の領域みたいなところに踏み込むのは嫌だぞ)


「せ、先生はいかないんですか?」


「ああ、少し思うところがあってね……大丈夫俺は一人で平気だよ」


 いつぞやの村の時と同じようにいかにも自分が一番危険なことをするように言ってやった。


「あら……そちらの殿方は寄って行かれないのですか?」


「ええ、ほかにやることがありますので……せっかくの申し出を断ってしまって申し訳ありませんね」


 頭を下げてその場を後にする。


「じゃあ夕方まで馬車で待つから、何かあって合流できなかった場合は前に泊まった王都の宿屋で集まろう」


(何かあったらさっさと逃げ帰ろう)


「わかりました、サーボ先生もお気をつけて」


「ぼ、僕たちも頑張ります」


「また後で……」


 三人が中に入ると門がゆっくり閉まっていきお互いの姿は見えなくなった。


「ふぅ……久しぶりに一人きりだなぁ」


 解放感がたまらない。


 何だかんだでずっと真摯な姿を見せ続けていたからかなり肩が凝っている。


 俺は馬車に戻ると懐かしの自由を満喫することにした。


 外が見渡せる場所に陣取り横になる。


 こうしてただ怠けて外の光景を眺めているのはいつ以来だろうか。


(思い出すなぁ……村でのだらけ切っていた生活……)

 

 早い段階で修業に見切りをつけて楽に生きると決めてからずっとこうだった。


 部屋で横になって窓から外を眺めては、訓練している皆を笑っていた。


(またああして過ごしたい……けど、金がないとどうしようもねぇしなぁ)


 せっかく時間があるのだから俺は今後の理想的な展望について考えだした。


 危険は嫌だし無能な俺がいつまでも魔物退治など続けられるわけはないと分かっている。


 今はテキナさんとおまけがくっついてきているから何とかなってはいる。


 だがあいつらが俺といる理由はぶっちゃけ勘違いによるものだ。


(幾ら気を付けていてもいつかは必ず俺の本質はバレるだろうなぁ……無能な俺がごまかしきれるわけがないんだ……)


 だからこそ、それまでにあいつらと別れる準備をしておかなければならない。


 具体的には一生分の生活費と暮らせる場所だ。


(別に贅沢三昧しようなんて思わない……ただ俺一人が日々を食っていけるだけの金で良いんだ)


 食って寝ていられればそれ以外何もいらない。


 自分が無能だと自覚して一生を自堕落に生きると決めたときに心に誓ったことだ。


 三大欲求を全て満たす余裕なんかない。


 なら一番不要な性欲を切り離して本来そこに割く余力を利用して食欲と睡眠欲だけは不足しない生活を送ろうと思ったのだ。


(だからぶっちゃけあの三人が美人でも何とも思わない……わけじゃないが、気にしてはいけない)


 あれほどの心酔具合なら俺が言えば夜伽でも何でもしそうだ。


 だけど一度でも手を付ければ精神的にも弱い駄目な俺のことだ……必ず女体に溺れる。


 そうならないためにも俺は絶対に女を性的な目で見ない。


 先ほどの女もそうだ。


 胸がデカかろうが揺れていようが俺には関係ないのだ。


(しかし……遅いなぁ)


 考えているうちに昼間に差し掛かった。


 てっきりもっと早く出てくるものだと思った。


(あの女がワンナ村の時みたいに怪しいだけなら情報持ってくるだろうし、魔物の仲間だとしてもテキナさんが瞬殺するはずなのになぁ)


 やはり罠だったのだろうか。


 物理的な罠なら大盗賊カノがやはり瞬殺するだろうから恐らくは精神的な罠だろう。


(だとしたら……俺もついていくべきだったか?)


 俺のパーティの唯一の弱点ともいえる点が精神面だった。


 あの三人は元々俺のことを勘違いしてついてくるぐらいの無邪気さと能天気さ……そして恐らく何かに寄りかかりたがる依存性がある。


 だから精神的に堪える類の攻撃は厳しいだろう。


(最初の村の敵だって、人質の話を聞いていたら多分テキナさんは攻撃できなかっただろうしなぁ)


 その穴を埋めているのが皮肉なことに自分勝手な判断を下せる俺だったわけだ。


(身の危険を感じての判断ミスかぁ……俺らしい無能っぷりだなぁ……)


 まあ能力不足からくる失敗は数えきれないほど経験している。

 

 今更へこんだりはしない。


 淡々と次にすべきことを考えるだけだ。


(当初の予定通り時間まで待って逃げ帰るか)


 その後はどうするべきか、一人で勇者活動など続けられるはずがない。


 またテキナさんたちを見捨てた以上は勇者の里関連の擁護も得られないだろう。


 しかし王都イショサでは無駄に有名になってるだけあって隠居も許されず魔物との戦いを強要されるはずだ。

 

(となると、余り気は進まないが名前を利用して詐欺……王都と他の村から金を徴収して別の国に逃げ込むかぁ)


 欲を満たすためではなく、あくまで俺個人が生きるためならば犯罪に身を染めることも厭わない。


 俺は詐欺をどのようにすれば速やかに行えるか考え始めた。


 さらに地図を広げ逃げ込む国の候補もあげておく。


 縦長の楕円形をしたこの大陸にある王国は全部で四つだ。


 海を挟んだ先のツエフ大陸やゼルデン大陸なら別の王国もあるだろうがわざわざそっちまで行く必要はない。


 もちろん国があるかも怪しい他の点在する小島の数々など論外だ。


(隣のバンニ国は近すぎるか……だとすれば二つ先にあるツメヨ国か三つ先のリース国か……)


「すみません、よろしいでしょうか?」


「っ!?」


 余りに地図に集中しすぎて周りへの警戒を怠っていた。


 気が付いたときには馬車の入り口に館で見た女性が立っていた。


(何をやってるんだ俺はっ!? くそ、本当に無能だなっ!!)


「や、やあ如何なされましたか? 俺の仲間の姿が見えませんけどどうしたのですかね?」


「少しお願いしたことがございまして……貴方様のお仲間は今は屋敷で子供たちの相手をしてくださっております」


(子供、言葉通り受け取れば保護欲を出して相手をしている可能性も十分あるが……)


「子供ですか……貴方には悪いですが俺たちはこれでも仕事中ですので正直褒められたことではありませんね」


「すみません私の子供たちは我儘なもので……ところで私のお願いなのですが聞いていただけますか?」


 言いながら女は馬車に入り込んできた。


(……最悪は荷車を切り離して馬に乗って一人で逃げるか)


 距離だけは確保しながら女と向き合う。


 やばい予感しかしない。


「勿論、俺にできることでしたら協力させていただきますよ」


(まあどんなお願いでも難癖付けて断るけどな)


「まあ嬉しい……では早速……」


 女はローブを脱ぎ捨てる。


 ローブの下は何も身に着けておらず女の裸体がさらけ出された。


 赤いソバージュ風の長い髪が身体に絡みつき、豊満な肉体をところどころ覆っている。


 しかし肝心な部分は隠しきれるはずもなく、ちらほらとピンク色が見えている。


 顔も目元こそ髪の毛で隠されているが非常に整っている……あの三人に勝るとも劣らぬほどの美貌だろう。


「いけませんよ、貴方のような魅力的な女性が肌をさらしては……」


「貴方様を一目見たときから身体が火照り……熱くて服を着ていられません……どうか私に貴方様の愛を……」


(はい、敵決定ぃいいいいいっ!!)


 俺に惚れる女など、いや好きになる人間が居るはずがない。


 一番長く付き合い一番全てを知り尽くしている俺自身が……嫌いなのだから。


 身を翻し馬に飛び乗る。


 さらに剣を抜いて荷台との連結部を切り離し逃走を図った。


「えっ……あの……勇者様……っ!?」


「すみません、急用を思い出しましたぁーーっ!!」


 あっけに取られて馬車に取り残された全裸の女を無視して俺は王都へと一直線に向かった。


(裸じゃ追ってこれまいっ!! じゃあな女どもっ!! 俺は自由だぁっ!!)


「どぉしてばれたのかしらぁあああっ!!」


「うぉっ!?」


 叫び声と共に馬車が内側から吹き飛び、巨大な蜘蛛の化け物が姿を現した。


 全長20mほどで木々より高く細長い脚が伸びている。


(やっぱり化け物だったぁっ!! 逃走大正解っ!!)


「逃がさないわよぉおおぉっ!!」


「っ!?」


 巨体のお尻からまとまった蜘蛛の糸を弾丸のように飛ばしてくる。


 何とか避けると地面にぶつかった糸がはじけて広がった。


 恐らく触れたら動けなくなるだろう。


(やっべぇえええっ!! こんなの躱し続けられる技術ねえよっ!?)


「止まりなさぁああいっ!! 仲間たちがどうなってもいいのかしらぁっ!!」


 しかし魔物は攻撃を止め追うこともせずにいやらしそうな声で俺に語り掛けた。


「あなたが止まらないとあの館に捕らえられている仲間たちがどうなってもしらないわよぉっ!?」


(ラッキーっ!! 今のうちに逃げてやろうっ!! 三人とも今までありがとう君たちのことは逃げきるまで忘れないよっ!!)


「わ、わかったっ!! 止まるから少し待ってくれっ!!」


 俺は叫ぶと思いっきり馬に鞭を入れた。


「と、止まれって言ってるのよぉおおおっ!? 何をしているのっ!!」


「くっ!? 馬に乗るのは初めてだから上手く操れないっ!! もう少し待ってくれっ!!」


「早くしなさいっ!! じゃないと仲間が……止まりなさいよぉぉおおっ!!」 


(この距離じゃあまだ蜘蛛の糸が届きそうだ、もうちょい時間を稼ぎたいっ!!)


「すまないっ!! こうなったらそっちに馬首を向けるから待っていてくれっ!!」


 言いながらいかにも手綱を操るのに苦戦してるふりをする。


「うわぁああっ!! この暴れ馬めぇえええっ!! 今戻るからそこで待っててくださいねぇっ!!」


「あ……ああぁああああっ!! だ、だましたわねぇええええっ!!」


(今更気づいてもおせぇんだよばぁあああかっ!!)


 慌てて魔物が追いかけ始めたがもう遅い。


 既に俺は森林地帯に突入していた。


 いくら身体がデカくとも木々をなぎ倒しながらの移動はどうしても遅くなる。


 お陰で距離が詰まることもなく俺たちの追いかけっこは続いていた。

 

「逃げるなぁああっ!!」


「うまがいうことをきかないんだぁー」


「嘘つくなぁああっ!! お前は勇者だろぉおおおっ!! 正々堂々戦えぇええっ!!」


「人質を取るような奴に言われたくねぇええっ!!」


 魔物は今のところ糸を打ち出そうとしない。


 どうやらお尻から出す関係上、移動中は撃てないようだ。


「そんな情けない姿みせていいのかぁああっ!! 私の糸を通じてお前の姿と声は館に届いてるんだぞおおおっ!!」


「いぇええいっ!! テキナさん達見てるぅううっ!? 今から俺がこの魔物を連れまわしちゃうからねぇっ!!」


(いや本当に今のうちに脱出して俺を助けて早くぅううっ!!)


「ふざけるなぁああっ!! 止まれぇええっ!!」


「分かったっ!! お前が止まったら俺も止まろうっ!! 勇者の名に懸けて嘘はつかないっ!!」


「絶対うそだぁああああっ!!」


 完全にばれている。


 どうやら俺に付き従う三人組よりはよっぽど人を見る目があるようだ。


「あああああっ!! 邪魔だ邪魔邪魔邪魔ぁあああっ!!」

 

 魔物の足が辺りの木々に引っかかって動きが止まった。


(このまま逃げてもいいけど距離より時間を稼ぎたいからな、また一芝居うつかな)


「よしお前が止まったから俺も止まろうじゃないかっ!!」


 俺はわざとらしく馬の足を緩めた。


「な、なんだぁ本当だったのかぁっ!? ようやく戦う気になったのかぁっ!?」


 俺の様子を見た魔物は周囲の木を打ち払うことを止めてこちらへ意識を集中したようだ。


 声にも余裕が戻ってきている。


「最初から俺は勇者として……うわぁうまがいうことをきかないぃー」


 再度加速させる。


「え、あ……あぁああああああっ!! ま、また騙したなぁあああああっ!!」


 魔物はあっけにとられたような顔をしたかと思えば一転して激怒して暴れようとする。


「い、いや違う……ほら今度こそどうだい?」


 もう一度馬の足を緩め今度は完全に停止させる。


「はぁぁあああっ!! いいか、今度こそそこを動くなよっ!!」


 息を荒くしながらも今度は糸を飛ばそうと体勢を変えようとし始めた。


「もちろ……うわぁああこのばかうまぁああっ!!」


 足で蹴飛ばしもう一度加速してやる。


 俺はすぐに糸が届かない距離まで到達した。


「お、おまえぇえええっ!! うああぁあああああああああああああああんっ!!」


 俺の一挙一動に魔物は律儀に反応を示しついには涙声になり始めた。


 しかも変に体勢を変えようとしたせいでますます足が木々に引っかかってしまったようだ。


(面白れぇえええっ!! こいつちょろすぎぃいいいっ!!)


 つい遊んでしまいたくなる。


「あぁああああっ!! うあぁあああああああああっ!!」


 最初にあった時の冷静な様子はどこへ行ったのだろう。


 もはや声にならない声で駄々っ子のように暴れまわっている。


 おかげで引っかかってる木に冷静に攻撃できないようで遅々として前に進めていない。


「ほらそこだ、三つ目の足を動かして四つ目の足は下におろして違う違う反対側の足だよっ!!」


「う、うるさぃいいいいっ!! 紛らわしいこと言うなぁああっ!!!」


「はぁあっ!!」


 何かが視界をかすめたと思うと次の瞬間、爆風と衝撃が俺を襲った。


 すさまじい粉塵と轟音が上がり、周囲の状況はまるでわからなくなる。


「な、なんだぁあっ!?」


 暴れまわる馬を抑えながら堪えていると砂煙を引き裂くように人影が現れた。


「さ、サーボ先生……遅れてすみませんでしたっ!!」


(テキナさぁああああああああああんっ!! きゃぁぁあああ素敵よぉおおおっ!!)


 どうやら先ほどの爆発と勘違いした現象の正体は、テキナさんが敵の上からたたき込んだ一撃だったらしい。


 魔物の胴体に直撃したらしく、見事にせんべいのようにぺったんこだ。


「良かった、テキナさん無事だったんですね」


「いえサーボ先生のお陰です……申し訳ございません」


「どういうこと?」


 テキナさんが語ったところによると、どうもあの館にはカーマとセーヌの一行が先にやってきていたそうだ。


 しかし正気を失っていて完全にあの魔物の言いなりになっていたらしい。


「流石に勇者を名乗るだけあり彼らは強く、また殺すわけにもいかずどうにも苦戦を強いられてしまいました……」


 さらにあの魔物は大地に穴をあけ無数の子蜘蛛を呼び出した。


 子蜘蛛は死ぬと周りに糸をまき散らしていきどんどん身動きが取れなくなったテキナさんも追い詰められていったそうだ。


「もう駄目かと思いましたが先生があの魔物を引き付けてくださり……子蜘蛛は現れなくなり彼らの動きも鈍くなったのです」


「それで何とか彼らを退けてこっちに来てくれたわけだ」


(というかあの魔物、俺以外の全員の勇者を捕獲済みだったとか……ヤバい奴だったんだなぁ)


 俺が最後の勇者だったわけだ。


 道理で俺に執着したわけだ。 


「しかしサーボ先生、わざわざ引き付けなくとも自ら退治してしまえばよかったのではありませんか?」


(サラっというなっ!! 普通はあんなデカいバケモン倒せないのっ!! 瞬殺するお前が異常なんだよっ!!)


「敵の言葉がどこまで本当か分からないからね、あえて逃げ回り内部にいる君たちの動きを待つことにしたんだ」


「本当かどうかも分からないのに……先生は何度も止まろうとしていましたね、私たちの為に」


「あっはっは、失敗してしまったけどね……少し乗馬を練習したほうがいいかなぁ」


「ふふ、そうですね……ですが私はサーボ先生にも人並みに弱点があって安心しましたよ」


(そっくりそのまま返してやりたい、お前にも弱点あんのかなぁ……)

 

「まあとにかく、二人と合流しようじゃないか」


「はい、急ぎましょうサーボ先生っ!!」


 俺はテキナさんに馬を引かれながら村へと戻った。


「おお、勇者様の帰還じゃぁっ!!」


(きたぁあああっ!! 至福の称賛タイムっ!!)


 姿が戻っていた無数の村人たちから凄まじい歓迎を受けた。


「あなた方が居なければ私たちはきっと子蜘蛛の餌になっておりましたっ!!」


 どうやら今回の村人はそれぞれの家の中で蜘蛛の巣にとらわれていたらしい。


 そして一番デカい建物は魔物が魔力で作り上げた代物で、要するに目引きだったようだ。


(そりゃああんなデカくて怪しい建物があれば最初に調べようとする……本当に大した策士だったんだなぁ)


「サーボ先生っ!!」


「サーボ先生ぇっ!!」


「カノもシヨもよく無事でしたね、すまないね君たち三人を敵の住処に送るような真似をしてしまった」


(最初の感が大正解、本当に俺入らなくてよかったわぁ)


「ううん、仮に僕たちが馬車に残ってても足手まといだったよぉ」


「うん、私たちじゃあんな大きな魔物の気を引いて立ち回るなんて怖くてできなかったですから」 


 相変わらず二人は俺を無条件に信じているようだ。


(いやむしろ……なんか高潔な存在を見るような目になってないか?)


「実に素晴らしいですわサーボ様っ!!」


「ええ、あなた様こそ真のお殿方ですわっ!!」

 

「あんな下品な女の色香に騙される男どもと違って、サーボ様こそ真の勇者ですわっ!!」


 さらに今回は村の女性陣からの視線も妙に熱い。


 心地が良いのは事実だが、これは一体どうしたことだろうか?


「全くです……実はあの魔物が言っていた通り我々には魔物が見聞きしたのと同じ情報が入ってきていたのです」

 

「ああ、そういうことですか……」


 要するにあの女の誘惑を完全に無視した行為が評価されているのだろう。


「あの女の誘惑に負けて、え、えっ……い、一夜を共にした男は操られてしまうようで……それがまた被害を増大させていたそうです」


(テキナさん下ネタ苦手なのか……というかエッチという単語も言えないとか子供レベルだぞ)


 テキナさんの意外な弱点が発覚した。


 それはともかく村人もかなりの人間がアレに手をだしてしまったようで殆どの男が肩身が狭そうだ。


 しかもその中にカーマとセーヌの姿もあった。


「あの人たち勇者のくせにあんな女に手を出して……」


「最低よねぇ……」


「しかもあんな下手くそな手つきで……」


 女性陣の駄目だしが聞こえるたびにカーマとセーヌだけでなく村の男たちも震えあがる。


 そりゃあ見聞きしているわけだからどんなプレイしたのかもバレバレなわけだ。


(すごく馬鹿にしてやりたいけど、これは流石にかわいそうだなぁ)


 俺は手を出さなくてよかったと心の底から思った。


「サーボ先生が誘惑に全く引っかからなくて僕すごく嬉しかったよっ!!」

 

「で、でも先生の裸はちょっと見たかったかも……なんて私思ってませんからねっ!!」


(カノちゃん相変わらず健気で加点1、シヨちゃんさぁ……減点5)


「私は信じておりました、サーボ先生は女の色香に惑わされるような不埒で低俗な愚か者ではないと」


(テキナさん筋金入りの下ネタ嫌いだなぁ……他の勇者達が惨めなぐらい震えてるよ)


 テキナさんが俺を見つめる視線の心酔度も上がっている気がする。


 しかしこれだけの事態を打開したのだから評価シートは素晴らしい内容になるだろう。


(久しぶりにいい感じだなぁ)


「さて人々の無事な姿も見れたことですし、俺たちはそろそろ行くとしましょう」


 俺は珍しくいい気分で村を後にしようとした。


「お待ちください勇者サーボ様、せめてもう数日は滞在なされては?」


「おお、それは大変ありがたいお言葉……」


「いえ我々を待っている者は世界中にいるのです、休んでいる暇などありませんっ!!」


(相変わらず真面目だなぁテキナさん、俺は別に急がなくていいんだけどなぁ)


「しかし馬車も無く歩いて行かれるのですか?」


「あっ!?」


 すっかり忘れていた。


 俺は逃げるためとはいえ馬車をぶっ壊してしまったのだ。


 魔物に内側から完全に破損された馬車は修理など不可能な状態だった。


 一頭しか残っていない馬も無理に行使したせいでまた手当てが必要なようだ。


「サーボ先生、また走っていきましょうっ!!」


(冗談じゃねぇえええっ!!)


「いや皆、あれほどの強敵と戦った後で疲れている……馬なしでの移動は止めたほうがいい」


 チラチラと村人のほうへ視線をやりながら大声でテキナさんに語り掛ける。


(ほら聞いただろお前らっ!! 勇者様が困ってるんだから馬車ぐらい献上しろやっ!!)


「勇者サーボ様……でしたらやはりこの村で休んでから出発してください」


(馬よこせよ馬ぁあああああっ!!)


「い、いやそのような形で迷惑をかけるわけには……もっとこう動くぞって感じの迷惑ならともかく……」


「は、はぁ……よくわかりませんがでしたらわが村の名産である生き物を差し上げましょう」


(よしよし、最初からそうしろよ)


「自ら動きますから旅の邪魔にはならないでしょう……おい誰かムートンを一匹連れてきなさい」


「それならありがたく頂き……むぅとんっ?」


「あー私知ってるぅっ!! 確か羊毛が取れる魔物でしょっ!?」


 シヨちゃんの言葉に村人が嬉しそうに反応した。


「おおよくご存じで……そう私たちはその魔物の家畜化に成功したのです」


「メェエエッ!!」


 村人が引っ張ってきたのは大人が四人跨っても平気そうな巨体の羊だった。


「も、モフモフだぁっ!! すっごい気持ちいいですよサーボ先生っ!!」

 

「どれどれ……うわぁ、こんなに気持ちいいと僕すぐに眠くなっちゃうよぉ……」

 

「ほほう……うむ、素晴らしい触り心地ですよサーボ先生」


「あ、あはは……うわーいもこもこだぁあったかーい……うぅ……」


「喜んでいただけたようで幸いです」


「勇者サーボ様御一考に幸あれっ!!」


「バンザーイっ!! バンザーイっ!!」


 皆の称賛の声を聞きながら、俺は羊毛に顔を突っ込むと目を閉じた。


(もう何もかも忘れて寝てしまいたい……うぅ、結局徒歩で移動かよぉおっ!!?)


「サーボ先生、行きましょうっ!!」


「サーボ先生、僕も準備いいですよっ!!」


「サーボ先生、私も行けそうですっ!!」


「はーい、皆さん行きましょーねー……君も行くんだよムートン君ー返事はー?」


「めぇええええっ!!」


「よくできましたーじゃあ行きましょうねー……うぅぅ……っ」


 俺は心身ともに疲れ切った身体を無理やり動かし目的地も定めずに走り出すのだった。

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