外伝 セーヌとミイア
セーヌのファンにはショックな展開になっておりますので注意。
本編はでき次第投下させていただきます。
自分で言うのもなんだが、俺は非常に優秀な人間だった。
生まれ育った勇者の里、誰しもが超常の力を持つその中でも俺は三本の指に入る実力者だ。
お陰で大人から子供まで皆からちやほやされた。
女にもモテた……だからどうしようもなく増長していたのだと思う。
「お願いしますっ!! ツメヨ国をお守りくださいっ!!」
そんな俺の元に彼女は……ミイアさんはやってきた。
魔王軍の襲撃予告が出ているツメヨ国の護衛依頼を持ってきたのだ。
とても美人な女性だった。
あのサーボを何故か慕ってる三人にも匹敵する美貌だと思った。
俺はいい顔をしたくて引き受けた……勇者としてではなくて女の色香に引かれてのことだ。
俺の実力を見せつければ勇者の里の連中みたいに、きっとメロメロになるに違いないと思った。
本当に愚かだと思う。
そんな醜い俺にミイアさんはまっすぐぶつかってきてくれた。
『凄いですねセーヌ様っ!!』
敵を倒し活躍すれば素直に俺を褒めたたえてくれた。
『駄目ですよセーヌ様っ!!』
格好つけようと敵を倒すのを優先して、人助けを疎かにした俺を叱ってきた。
そんな女性は初めてだった。
俺の才能ではなく、やったことを見て評価してくれたのだ。
そして気付かされた。
俺がどれほど勇者として不純だったのか。
俺は困っている人を助けるためではなく、人に認められるために活動していた。
勇者として一番大事なことを見失っていたことを、ミイアさんが気付かせてくれたのだ。
『いいえ、セーヌ様はこんな危険な場所に来てくれて……私たちを助けてくれて本当に感謝していますっ!!』
そんな俺なのにミイアさんは自分たちのために戦っていると感謝してくれた。
そして彼女は前線に赴いて危険を顧みず俺たち勇者や兵士のみんなの世話を引き受けていながら一切偉ぶろうとしなかった。
本当に美しい人だった……見た目以上に心を綺麗だと思ったのはこの人が初めてだった。
他にもいい女は居た、深い関係を持った女性もいた。
だけど俺はミイアさんが、一番素敵な女性だと思った。
この人と連れ添って生きていきたい、そのため命だって投げ出しても構わない。
本気でそう思えるほど魅力的な人だった。
だから全力で守ろうとした……なのに俺は……俺はぁあああっ!!
「み、ミイアさんっ!?」
「は、はいぃっ!?」
「っ!?」
飛び起きた俺が周りを見回すと、どうやら王宮の一室にいるらしいことが分かった。
そして枕元には濡れタオルを手に持って驚いた顔をしているミイアさんが居た。
(こ、ここは……そうか、そうだったなぁ……)
少し遅れて思い出した。
あの強力な魔物を倒した後、俺は何とかヒメキ様の用意してくれた部屋に戻ったところで極限までたまった疲労のせいでぶっ倒れたのだ。
「え、ええと……お、おはようございますセーヌ様」
「あ、ああ……驚かせて悪かったよミイアさん……俺、どれぐらい寝てたんだ?」
「今日で五日目です……本当に疲れていたみたいですね、ご苦労様ですセーヌ様」
まさかそれほど眠り続けていたとは思わなかった。
しかし不眠不休でミイアさんを探し続けながらマンティコアを倒し続けていたのだ。
それぐらい疲労がたまっていても不思議ではない。
「そ、そんなに……すみません、面倒をかけてしまったみたいで……」
「いいんですよ……全部私たち……ツメヨ国の為に活躍してくださったのですから……本当に感謝してます」
頭を下げるミイアさん。
「い、いやそんな……勇者として当たり前のことをしただけだから……あ、頭を上げてくださいよ」
「そうですか……流石勇者様ですね、あれほどのことを当たり前と言えるなんて……素敵ですよ」
ミイアさんは顔を上げてニコリと笑った。
その顔が余りにも魅力的過ぎて、俺は心臓が張り裂けそうなほどドキッとしてしまった。
(す、素敵って……今俺のこと素敵だって言ったのか……っ!?)
「あ、あはは……そ、そりゃあ当然ですよっ!! ゆ、勇者ってのはこうでないとっ!!」
頬が緩むのを止められなくて、俺は気恥ずかしさをごまかすように口を動かした。
「ふふふ、そうですよねぇ……ですけど余り無理はなさらないでくださいね」
「だ、大丈夫ですよ勇者ですから」
「駄目ですよぉ、勇者だって人間なんですから……ほら顔も真っ赤ですし、もう少ししっかり休んでください」
「あ、は、はい……」
顔が赤いのはミイアさんの笑顔が魅力的過ぎるから……などと言えるはずもなく俺は素直にベッドに横になった。
「じゃあちょっと失礼しますね、また来ますから……」
「あ……っ」
ミイアさんが濡れタオルを冷やす水を交換するためにいったん部屋を出て行ってしまった。
(はぁ……情けねぇ……こんなドギマギして……)
他の女性に接するようにできない。
こんなことでは告白など夢のまた夢だ。
(しっかりしないとなぁ……ミイアさんみたいな素敵な女性に惚れる男は沢山いるだろうし……)
最もミイアさんの方は余り恋愛に興味がないらしい。
何でも家族が余りよろしくない男と結婚したせいで、慎重になっているという噂話を聞いた記憶があるのだ。
だからこそこちらから積極的に行かないといけないのだが……嫌われたくないという思いがストップをかけてしまう。
「はぁ……」
「ため息なんかついて、どうしました?」
「っ!?」
部屋を出ていったはずのミイアさんが戻ってきて、一瞬驚いた。
しかしすぐにミイアさんではなくミリアさんだと分かった。
「な、なんでもありませんよミリアさん……」
「あら、セーヌ様は私とミイアの見分けがつくんですね?」
「そ、そりゃあ当然ですよ……全然違いますから……」
確かにぱっと見は似ているが、声の出し方や細かい仕草に違いがある。
それをミイアさんに惚れている俺が見分けられないわけがない。
「凄いですねぇ、私が指輪を外してからは間違われてばかりでどっちかが髪型を変えようか何て話もしてるぐらいだったのに……」
笑うミリアさんの指には確かに前見たときつけていた結婚指輪が外されていた。
俺が寝ているうちに別れ話でも出たのだろうか、とにかくデリケートな問題なのであえて突っ込まないことにした。
「それは観察力が足りないだけですよ……ちゃんと見ている人にはわかりますから……」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれますねぇ……私たちの区別がつくのはサーボ様だけかと思ってましたよ……」
(さ、サーボの奴も見分けがつくだと……ま、まああいつは無駄に観察力は高いからなぁ……)
悔しいが認めざるを得ない。
バンニ国でも偽物を見分け、ここでも魔物に化けていた親玉をあっさりとあぶりだしてしまった。
しかもミイアさんの居場所すら断片的な情報だけで簡単に見つけ出してみせたのだ。
俺があれだけ探しても見つけられなかったというのに……本当にあいつはどうかしている。
(勇者の里じゃぁ怠けまくってた無能だったんだがなぁ……)
不思議なものだ。
ひょっとしてあいつは物凄く頭が良くて色々と考えた上であえてああいう行動を取っていたのではないか。
そんなことは無いとは思うが、俺ですらそう勘違いしそうなほどおかしな奴だった。
「と、とにかくミイアさんとミリアさんの見分けがつかない奴は二人を適当に見ている奴らだってことですよ」
「あら、じゃあセーヌ様は真剣に見てくださってるってことですか?」
「え、ええ……まあ……」
「ふふふ……ありがとうございます……」
にこりと笑うミリアさん、とてもよくミイアさんに似ているがそこまで心は踊らない。
(やっぱり俺は……ミイアさんが一番だなぁ……)
「ミリアよっ!! ここに居た……おお、セーヌ殿起きられたかっ!!」
ヒメキ様が入ってきて、俺を見て嬉しそうに笑う。
「ええ……長らくお世話をかけてすみません」
「気にするでないぞっ!! この国の為に戦ってくれたのだっ!! 疲れが取れるまで十分に休んでいってくれっ!!」
「そうですよ、私たちもできる限り看病させてもらいますから」
「それはありがたい……ところでヒメキ様、何かミリアさんに用事があったのでは?」
俺の言葉を聞いて、ヒメキ様は思い出したようにミリアさんに向き直った。
「おお、そうであったっ!! 実はシヨ殿がサーボ殿をいかに堕とすかの会議を秘密裏に行いたいとのことでな、夫人候補に集合をかけておるのだっ!!」
(な、何言ってんだヒメキ様っ!?)
「そ、そうなんですかっ!! わ、わかりましたすぐに行きますっ!!」
(えぇええっ!? み、ミリアさんっ!?)
「な、何を言ってるんですか二人ともっ!? さ、サーボの奴の夫人候補ってどういうことですかっ!?」
「どうもこうもないぞっ!! サーボ殿の偉大さに触れて妾は心の底からあのお方に愛していただくと決意したのだっ!!」
「サーボ様みたいな素敵なお方は二人と居ませんからねぇ……第八、第九夫人としてでも愛していただければ幸いなのですよぉ」
(だ、第八夫人……第九夫人……ってこの二人正気かっ!?)
うっとりした表情で陶酔した声を出してサーボの名前をかたる二人。
一体どうなっているのだろうか……訳が分からない。
カノちゃんやシヨちゃんに始まり、テキナさんにプリス様、龍人族のタシュとかいうやつにテプレ様までもあいつに惚れているという。
あのサボり魔で無能のサーボのどこにそんな魅力があるのかさっぱりわからない。
(あれ……この二人を足しても八人しかいないぞ……第九夫人ってことはあと一人……だ、誰だっ!?)
「とにかく執務室で皆が待っておるので早く行こうではないかっ!!」
「あら大変大変っ!! ミイアにも伝えておかないと……どこに行ったのかしらっ!?」
「よ、よくわかりませんけど……戻ってきたら伝えておきましょうか?」
「ああ、すみませんセーヌ様っ!! じゃあお願いしますねぇっ!!」
慌てた様子で立ち去っていく二人を見送り、俺はため息をついた。
(本当に節操のねぇ野郎だなぁサーボは……)
最も俺も少し前までは羨ましいと思っていた。
あれだけの美人に囲まれて、好意を向けられて……殺意を抱いたこともあった。
だけど今は全くそうは思わない。
(本当に愛する人が一人いれば……それで十分なんだよなぁ……)
俺はミイアさんさえ傍にいてくれればそれでいい。
そのためにも女性関係には誠実であろうとすら思う。
(まずは恋愛に興味を持ってもらうためにも……俺が誠実で信用できる男であることをアピールしないとな……)
恐らくミイアさんはサーボのような女性にだらしない男は嫌いのはずだ。
だから俺もこれからはミイアさん一筋で、他の女には目もくれずに生きていこうと思う。
(しかし残りの一人はマジで誰だ……どっかの村で変な女でも口説き落としたのか……)
あれだけの美女美少女に囲まれておきながらまだ飽き足りないのだろうか。
本当にあきれ果てた奴だ。
「あら、まだ寝てなかったんですか……駄目ですよ休まなきゃ」
「ミイアさん……おかえりなさい」
「はい、ただいま……ってなんか変ですね」
ミイアさんが小さく笑うが、俺は物凄く幸せだった。
俺の近くに戻ってきてただいまと言ってくれた……それだけで胸が温かくなる。
「そ、そんなことないですよ……そ、そういえばさっきミリアさんが来ましたよ」
「あれ、そうなんですか……何か用でもあったのかなぁ?」
「さぁよくわかりませんけど……今は執務室のほうに行きましたよ」
「執務室……何でお姉ちゃんが?」
小首をかしげているミイアさんが可愛くて、俺は半ば見惚れながら口を開いた。
「何でもサーボの奴を堕とす会議だとかなんだとか……あいつは本当に節操がな……」
「ええっ!? さ、サーボ様をっ!? そ、それを早く言ってください~~っ!!」
「えっ!?」
その瞬間ミイアさんは慌てだして……その顔はまるで先ほどの俺のように赤く火照り始めた。
(う、嘘だよな……そ、そんなわけないよなっ!!)
「す、すみませんセーヌ様、私も行かないと……」
「み、ミイアさんっ!? な、何であなたが行く必要があるんですかっ!?」
「そ、それは……わ、私がサーボ様の第七夫人だからですぅっ!!」
「なぁっ!?」
頭をハンマーで叩かれたような衝撃に襲われる。
「じゃあ私は……」
「ま、待って……あ、あいつの……サーボなんかのどこが良いんですかぁっ!?」
「ど、どこって……全てですよぉっ!!」
「こ、答えになってないですよ……あ、あいつは……サボり魔で無能な屑のサーボですよっ!! 他にもたくさんの女に手を付けて……ど、どうしてあんな節操のない奴をっ!?」
俺の必死な呼び掛けに、ミイアさんははっきりと顔色を変えると眉に皺を寄せた。
「酷いこと言わないでくださいっ!! サーボ様は世界で一番立派で素敵な最高の勇者様ですよっ!!」
「い、いや……そんな……」
本気で怒った様子を見せるミイアさん。
前に俺を叱る時だってここまでの表情は見せなかった。
「サーボ様のことを悪く言うセーヌ様なんか……大っ嫌いですっ!!」
「っ!?」
そして最後にそう言い切ると、ミイアさんは俺の前から去って行った。
目の前が揺らぐ、頭が重い……心が痛い。
「は、ははは……あははははは……はぁ……ぁああぁ……うぅ……ぐぅうううっ!!」
もう何もかも訳が分からず、俺は枕に顔を押し付けて……泣いた。
「おや、どうしましたセーヌ殿?」
「……さ、サーボ」
「はい、サーボです……ちょっとひと眠りに来たのですが……どうかなさっ!?」
「さぁああああぼぉおおおおおおおっ!!」
「ひぃいいいいいっ!? な、何がどうしたのですかぁああああっ!?」
「さぁああああぼぉおおおおおおっ!!」
「お、俺が何をしたぁああっ!? だ、誰か助けてぇえええええっ!?」
その後
「あ、あのミイアさん……」
「……」
「お、俺が悪かったですからぁ……」
「……ふん」
「み、ミイアさぁあああんっ!?」
多分こんな感じ。




