大失敗……もう収拾つかんわこれ
まるで魔物の口のように大地の底に大きく開いた洞窟。
その奥からはこの世の者とも思えぬ咆哮が絶え間なく響いていた。
「綺麗なところだったねぇ」
「本当に……クリスタルが煌めく幻想的な洞窟でございました」
「普通の宝石も手に入れたし……こりゃあ売りさばけりゃあ一財産になりそうだわ」
「最も現状の社会情勢では宝石を流す先などそうそう見つからないでしょうけどね」
(……こいつら化け物だ)
ついさっきまで魔物の巣窟だった洞窟からは、もう何も聞こえてくることはない。
全てイキョサ様たちに退治されてしまったからだ。
(初めて自分の意志で危険に立ち向かったつもりだった俺が馬鹿みたいだなぁ……)
「どうしたのサーボ……具合でも悪いの?」
「いえ……あれだけの魔物の群れに向かって行ったのは初めてでしたので……」
天井を覆い尽くす蝙蝠に似た魔物、壁を這いずる百足に似た魔物、あちこちの穴から飛び出す蛇に似た魔物。
蠍に似た魔物や蜥蜴に似た魔物もいた……そいつらが洞窟の中に隙間もないほどにひしめいていた。
しかし文字通りあっという間もなく、即座に殲滅されてしまった。
「確かに数だけはすさまじかったなぁ……まあ強敵ってのは嘘っぱちだったけどなぁ」
(あなた達が強すぎるだけですよぉ……うぅ……)
数匹戦った感触では少なくともその辺の魔物とは比べ物にならない強さだった。
恐らく魔王軍の一般的な親玉ぐらいの実力はありそうな奴らだった。
(やっぱり本物の勇者はレベルがちげぇなぁ……)
「ですが宝石の情報は正しかったですし、来た甲斐はありましたね」
マーセ様の言う通り、俺たちの荷物には可能な限り魔法の宝石が詰め込んである。
これで実際に特殊な魔法が使えることは確認済みだ。
(ただ、思ってた以上に消費が激しいんだよなぁ……)
少し空に浮かぶだけで一塊の宝石が消失してしまった。
果たして莫大な時を超えるにはどれだけかかるのか、想像もつかない。
その辺りのことは後でマーセ様が計算してくださるそうなので任せるしかない。
(上手く行けばいいんだけどなぁ……)
「とにかく宝石の回収も終えたことですし、ドーマ様の元へ戻りましょう」
「そうしましょう……皆さん、本当にありがとうございました」
「いいんだよぉサーボぉ……それより約束忘れてないよねぇ?」
みんながとても嬉しそうに俺を見つめてくる。
「うぅ……お手柔らかにお願いしますぅ」
「大丈夫だって、ちゃぁんと優しくするからよぉ」
(物凄く不安だわぁ……はぁ……余計なこと言った俺の馬鹿ぁ……)
心中でため息をつきながら、俺は死刑台に連れられる囚人ぐらいの気持ちで人力車に乗った。
「行くよ~っ!!」
すぐにイキョサ様がオーラ突きを放ち、俺たちはすさまじい速度で来た道を戻って行った。
お陰で日が完全にくれる前に元の村まで戻ってこれてしまった。
「さぁて、ドーマちゃんの仕事はどうかなぁ?」
「いや、まだ一日も経ってないのにできているとは思えないのですが……」
「うーん、どうだろぉ……あれでドーマさんは仕事早いからねぇ」
(いやいや、これで出来てたら早すぎるだろ……)
首を捻りながらも、活動の拠点であるドーマ様のところへ戻ることにした。
住居のほうは鍵がかかっていたので、工房のほうへ立ち寄ると釜戸の前で何やら難しい顔をしているドーマ様を見つけた。
「ただいま~」
「はぅっ!? な、なんだぁ皆かぁ……お帰り~」
「相変わらず人見知りだねぇあんたは……んで調子はどうよ?」
「うーん、一応先にサーボさんの剣と鎧と靴と指輪と腕輪は作ったけど……ローブのほうが難しくて困ってるの」
「……俺の装備はもう出来てるんですか、そうですかぁ」
「うん、ちょっと待っててね~」
奥に進んだと思うと、台車のようなものを引っ張ってくるドーマさん。
その上には確かに装備一式が並べられていた。
「この剣は聖剣と同じで持ち主の魔力を高めて切りつけた相手の回復力を打ち消す効果がついてるからね……」
「あ、ありがとうございます……軽くて丈夫だなぁ……」
「こっちの鎧は受けた衝撃を装備している人の魔力で軽減する効果をつけておいたからね」
「ど、どうもぉ……軽い上に魔力なしでも硬いですねぇ……」
「この靴は履いていると身軽になって動きが早くなるからね、後微量だけど魔力を自動回復する効果をつけておいたから……」
「や、やったぁ……まるで身体が羽になったみたいだぁ……」
「こっちの指輪と腕輪は単純に魔力量の底上げをしてくれるからね……」
「うわぁい……凄く魔力が溢れてくるぅ……」
(……凄すぎだろこいつっ!?)
これだけ装備が整えば俺ですらかなり戦える気がする。
今すぐにでも試してみたい。
「良かったねぇサーボ……じゃあ私と戦ってみ……」
「だけど俺ごときじゃ最前線に出るのは無理だなっ!!」
イキョサ様の言葉に上がりかけたテンションが即座に元に戻った。
(これだけ盛ったところでイキョサ様はおろか、マーセ様にすら勝てる気がしない……)
多分フルに活用すれば普通の装備のイーアス様になら勝てるだろう……同じ装備をされたら瞬殺されるのが落ちだが。
(どうにかして他の奴らの分も作れたらなぁ……)
剣だけは二本作ってもらったが、他の装備は身体に身に着ける物のため採寸してちゃんとサイズを合わせないと駄目らしい。
(この剣はアイさんに渡してもいいし、俺が二刀流してもいい……とりあえず身に着けておこう)
「もぉ、一回ぐらい私とも戦おうよぉ……」
「考えておきますよ……それよりカノちゃんの装備はそんなに難しいのですか?」
「うん、薄いローブにこれだけの効果を押し込むのはちょっと大変なんだぁ……一つ二つの魔法効果を付加するなら簡単なんだけどさぁ」
「……逆に言えば複数の効果を兼ね備えた魔法があれば、それを付加することは可能なのですか?」
俺の質問にドーマさんは不思議そうな顔をしながらも頷いて見せた。
「それはそうだけど……そんな魔法あるのかなぁ」
「無ければ作ればいい……そういうことでしょう、サーボ殿」
理解してくれたらしいマーセ様が宝石を取り出した。
「ええ、そう言うことです……実は俺たちは魔導の使い手の代わりにこの宝石を手に入れまして……」
俺たちが宝石の効果を説明すると、ドーマさんは顔を輝かせた。
「そ、それなら上手く行きそうだよっ!! な、なんならサーボの装備ももっと豪華に作り直しちゃうよぉっ!!」
「おお、それはありがたい」
「しかしその前に、まずサーボ殿が帰還する際にどれだけの量を使用するのか確認しなければなりません」
「じゃ、じゃあ早く試してほしいなっ!! 早く早くぅっ!!」
目の色が変わっているドーマ様。
どうやら新たな技術の発展に興味津々のようだ。
「そうですね、では早速検証しましょう……サーボ殿ご協力をお願いします」
「ええ、もちろん……何をすればいいのですか?」
「実際に数秒ほど未来に飛ばしてみます……その際の消費量からどれだけ宝石が必要になるか割り出してみます」
(なるほどねぇ……)
納得した俺は皆から離れた場所に立ち、マーセ様に頷いた。
「では……新たなる法則よ遥かなる時の彼方へ、時間跳躍」
俺の身体の周りを光が包み込み、かつてこの時代に来たときのように一瞬宙に浮かんだような感触に襲われる。
そしてすぐに大地へと着地し、変わり映えしない光景が目の前に広がった。
(……いや、なんかみんなの様子が変だぞ?)
何か浮かない……というか気まずそうな顔をしている。
「ど、どうしました皆さん?」
「……サーボ殿、宝石の残量をごらんなさい」
「え……あっ!?」
一つの鞄に詰まっていた宝石が丸ごと消失していた。
「たった五秒ほどの時を超えただけでこの消費量……サーボ殿のあるべき時代に戻すには洞窟の宝石全てを使っても足りないでしょうねぇ」
「そ、そうですかぁ……はぁ……」
これではどうしようもない、やはり魔導の使い手を探すほかないようだ。
結局振り出しに戻ってしまった。
(まあ未来に飛ぶこと自体は可能だって分かったのは大きいけど……どうしたもんかなぁ……)
「なんだよ、結局宝石は無駄足かよぉ……せっかくこんなに集めたのになぁ……」
トラッパー様がぼやいた通り、まだ宝石は三つの鞄一杯に詰め込まれている。
(確かにこうなると使い道ないしなぁ……別に使いたい魔法があるわけでもないし……)
「こうなっては仕方ありません、また魔導の使い手を探す方法を考えていくしかないでしょうね」
「だけどあたしが冒険者ギルドで情報を求めても見つからなかったんだぞ……これ以上効率のいい方法なんかあるのかぁ?」
(そうなんだよなぁ……探し事の才能があるトラッパー様でもダメだったんだもんなぁ……)
無能な俺が探したところでどうしようもないだろう。
(せっかく魔法が使えるようになったのに肝心なところで才能不足……魔法……っ!?)
「マーセ様、この宝石を使って魔導の使い手を探す魔法を……い、いや俺を魔導の使い手にする魔法を作ることは可能でしょうかっ!?」
「おおっ!! その手があったかっ!!」
「そ、そうだよっ!! 直接時を超えるんじゃなくて超える方法を作り出せばいいんだよっ!!」
「サーボ様、お見事な発想ですわっ!!」
時を超えるのではなく個人の体質を変えるほうが、まだ宝石の消費は少ないように思われた。
「なるほど、それは盲点でした……試す価値はありそうですね」
「はい、お願いしますっ!!」
「わかりました……新たなる法則よ彼の者に変化を齎せ、異能付加」
「っ!!」
またしても光が俺の身体を包み、今度は浸透して身体の奥へと入ってきた。
全身が妙に熱くなり、何かが擦れるような微妙な痛みに襲われる。
そしてそれが収まった時、不思議な感覚が生まれていた。
(な、なんだこれ……魔力の流れが……今まで以上に鮮明に捉えられる……)
「どうですかサーボ殿……」
「見た目じゃあ特に変わったようには見えねぇけど……宝石はまだ一袋分残ってるし……どうなんだ?」
「多分上手く行ったと思います……」
「じゃ、じゃあ試しに何かしてみてよっ!!」
イキョサ様達が目を輝かせてこちらを見ている。
「そうですね……では……」
(とりあえず時を超えれるか確認しよう……また数秒でいいかなぁ……)
使いたい魔法の効果を思い浮かべた。
(これで上手く行けば弟子たちに会える……会いたいなぁ……)
「我が命を糧に生まれよ新なる魔の法則よ……遥かなる時の彼方へ我が身を運びたまえ、時空跳躍」
自然と口が動き出し、呪文を紡いでいた。
俺の全身を眩い光が包み込むのと同時に、心臓を中心に苦痛が生まれる。
(こ、これは……そういえば魔法を作ると寿命が減るんだったぁ……)
「さ、サーボっ!?」
「サーボ様っ!?」
「サーボっ!?」
「サーボ殿っ!?」
「さ、サーボさんっ!?」
苦痛に俯いていると、皆が慌てたような声を出しながら俺に駆け寄ってきた。
しかしそれもすぐに遠くなり、何もかもが光の中に溶けていく。
咄嗟に目を閉じると同時にまたしても宙に浮く感触がして、俺は何も感じられなくなった。
(魔法は上手く発動したみたいだなぁ……だけどこれは何を言われるか分かったもんじゃ無いなぁ……)
皆の鋭さを思えば魔導の使い手が寿命を代償にすることに気づかれたかもしれない。
そうなればきっと皆は……俺の身を案じて引き留めにかかるだろう。
(お礼の件もあるし……追及を免れるのは大変そうだなぁ……)
だけどちゃんと説明して納得してもらおう。
それが今まで付き合ってくれたイキョサ様たちに対する誠意というものだ。
(まず心配かけたことをお詫びして……それから……)
考えている間に光が収まり足元には地面の感触が戻ってきた。
苦痛も収まっていた。
「皆さん、ご心配……を……っ!?」
謝罪しながら目を開いた俺は、自分が何故か森の中に立っていることに気づいて困惑した。
崩れ落ちた木々に逃げ惑う動物、見覚えがあった。
(お、俺……戻ってきちまったぁあああっ!!)
どうやら俺は元の時代に戻ってしまったようだ。
場所も恐らくツエフ大陸だろう。
(ま、魔法を使う前に……弟子たちに会いたいって思ったから……一気に飛んできちまったのか……)
「うぅ……なにここぉ?」
「何が起きたんだぁ?」
「皆さまご無事でございますか?」
「これは……我々も巻き込まれてしまったのでしょうか?」
「あうぅうううっ!? な、何がどうなってるのぉっ!?」
「っ!?」
先ほどまで聞いていた声が聞こえて、振り返れば何故かイキョサ様たちも困惑気味に周りを見回していた。
(あ……はは……つ、連れてきてしまったぁああああっ!!)
どうやら俺に駆け寄ったせいで皆も効果範囲に含まれてしまったのだろう。
伝説の英雄を現代に連れてきてしまった、もう歴史はめちゃくちゃだ。
(そ、それともこれも歴史の一部なのか……)
俺の頭は混乱でショート寸前だ。
「さ、サーボどうなってるの?」
「え、ええと……どうやら俺の時代に戻ってきてしまったようです」
「なにぃ……お前あたしらに恩返ししないうちに逃げる気だったのかぁっ!?」
「ぐえぇええっ!? ち、ちが……間違えただけですぅうっ!!」
久しぶりにトラッパー様の関節技が決まる。
「と、トラッパー……そんなことしてる場合じゃ……」
「はぁああああっ!!」
「うぉっ!?」
誰かが絡まっている俺たちに凄まじい速度で切りかかってきた。
しかしトラッパー様はあっさりと俺を連れたまま攻撃を回避し、少し離れたところに着地した。
「あっぶねぇなぁ……なんだよお前」
「サーボ先生を離せっ!!」
「……テキナさん」
トラッパー様を睨みつけるテキナさん、懐かしい顔に少し頬が緩んでしまう。
「えぇっ!? こ、この人がっ!?」
「……サーボ殿、嘘はいけませんよ」
「ああ、ぜってぇ嘘だ……こいつがイキョサの子孫なわけねぇだろ」
「そ、そうだよぉっ!! こ、こんな大きく育つわけないよぉっ!!」
貧乳組がテキナさんの胸を見て首を横に振る。
「え、ええいどこを見ている貴様らっ!? いいからサーボ先生を……い、イーアス様っ!?」
こちらを睨みつけていたテキナさんだが、イーアス様に気づくと一転して目を見開いた。
「え、ええ初めましてですよね……イーアスと申します」
「ど、どうなってるのサーボ先生っ!?」
イーアス様の自己紹介を受けて、カノちゃんが俺たちの傍に姿を現した。
どうやら隠れながら俺を奪還する隙を伺っていたらしい。
「なんか変な気配がすると思ったら……おめぇが大盗賊のカノって奴か?」
「そ、そうだよ……あなたは誰なのっ!?」
「……皆落ち着いてね、今紹介するから……シヨちゃんもいるんでしょ?」
「は、はいぃ……」
近くの木の陰に隠れていたシヨちゃんも恐る恐る近づいてきた。
(ああ、ものすごく……面倒なことになっちまったなぁ……)
俺は涙を堪えながら全員を紹介していくのだった。
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