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考察タイム……結論、ヤベェ

「さて、これからどういたしますかヒメキ様」


 ようやく土下座タイムが終わり、俺たちは円状に並んで話し合いを始めた。


「話を聞く限りリース国には難民を受け入れる体制ができておるようだ、皆の者よ避難するが良い……これまでご苦労であった」


(えっ!? 避難していいんですかぁっ!! ひゃっほぉおおおおっ!!)


 早速避難したいところだったが、何故か誰一人動いていない。


 この状態で俺が抜け出そうものなら目立ちすぎる。


(お前らも命が惜しいだろっ!! お前らに紛れて俺も逃げるからっ!! ほら、一緒に逃げようぜっ!!)


「ヒメキ様も一緒に行かれるのですよね?」


「いや、妾は王都へと戻らねばならんっ!! 守るべき領民が一人でも居るのならば王族としてその場に向かわなければならんっ!!」


「な、なら我々も残りますっ!! ここまで我々の身を守り導いてくださったヒメキ様を一人で放っておくことなどできませんっ!!」


 しかし俺の思いは届かなかった。

 

 誰一人ヒメキ様を置いて行こうとする者などいなかったのだ。


 冷静に考えれば命が惜しい奴などはとっくにリース国へ避難しているはずだ。


「皆……すまない、感謝する」


 ヒメキ様が頭を下げ感謝を口にする。


「頭をお上げください……それよりも今後どのようにするのか方針をお伝えください」


「うむ、実は王都へと戻ろうと思って居る……勇者殿が二人も合流してくださったのだ、難しい話ではないだろう」


(二人ねぇ……セーヌ殿ともう一人はどこだぁ……ああ、俺のことだよ畜生っ!!)


 どうやらヒメキ様は思いっきり俺の実力を勘違いしてあてにしているようだ。


「先頭としんがりを務めてもらい、討伐よりも駆け抜けることに専念すれば問題ないはずだ」


 問題しかない。


「俺は構わないが……おい、大丈夫なのか?」


 大丈夫なわけない。


「サーボ様が守ってくださるなら安心ですね」


 勝手に安心すんな。


「「「「サーボ様、セーヌ様、我々をお守りください」」」」


 俺を守れよ。


(こんなやつらと一緒に行動できるかっ!!)


 何としても別れて逃げ出してやる。


「いや、申し訳ないが俺はついていくわけにはいかない……きついとは思いますがセーヌ殿、皆をよろしくお願いいたします」


「なっ!? さ、サーボ殿っ!?」


「さ、サーボ様、ついてきてくださらないんですかっ!?」


「さ、サーボ様……それはどうしてでしょうかっ!?」


「「「「サーボ様ぁっ!?」」」」


 セーヌを除く一同から疑問の声が噴出する。


(死にたくねぇからだよ……当たり前だろ、わからねえお前らがどうかしてんだよ……)


 しかし正直に言うわけには……別にいい気がしてきた。


 ミリアさんもミイアさんも、合流できたことである程度落ち着いている。


 ならばもう誤解を維持する必要はない。


 どうせ隠居して人々とは最低限の交わりしかしないつもりなのだ。


 なら下手に虚勢を張って何になるのか。


(むしろここで勇者として付き従ったらこいつらにも迷惑が掛かりかねない……)


 魔物に襲われた際に実力のない俺を頼っていては必ず犠牲が出てしまう。


 ならば俺の命と……皆のことを考えればいい潮時だ。


(丁度三弟子もいないし……誤解が解けても失望される程度で済むだろ……最高だ)


「理由は簡単です、あなた方について行っても何にもならないからだ」


「サーボ殿っ!? 頼っている妾が言うべき言葉ではないが……それでも勇者であるかっ!?」


「サーボ、テメーついに本性表しやがったなっ!!」


「さ、サーボ様……こんな状態で本気で言ってるのですかっ!?」


 全員が俺を憎むかのように睨みつけている。


「……サーボ様、本当のことをお聞かせください」


 ただ一人、俺に助けられたと思っているミリアさんだけが真剣な眼差しを向けてくる。


「本当のことなら今言ったばかりですよ……では、失礼しますね」


(これ以上会話してミリアさんやミイアさんに暴走されたらたまらねぇ……あばよっ!!)


 俺はさっさと会話を打ち切るとリース国に向かって馬を走らせた。


「サーボぉおおおおっ!!」


「っ!?」


 しかしセーヌが凄まじい速度で追いかけてきた。


(ゲゲッ!? う、馬に追いつくとかこいつも人間離れしてやがるっ!!)


 必死で走らせるがとても振り切れそうにない。


「何をしているのですかっ!! こんなことをしている場合ですかっ!!」


「テメーこそ何してんのか分かってやがるのかぁああっ!! クソ野郎がぁああっ!!」


 この調子では俺を叩きのめすまで付いて来かねない。


(くそ、また適当にでたらめを並べて説得するか……せっかく本音を語ってやったのによぉっ!!)


 俺はわざと馬の足を緩めると、追いついてきたセーヌと向き合った。


「はぁ……貴方がそんな調子では困りますよ、これでは俺は親玉を探しに行けないではないですか……」


「ああっ!? 何ごまかしてんだぁっ!? 逃げようとしやがったくせにっ!!」


「逃げてなんかいませんよ……そもそも逃げるつもりならこの国に来ませんよ」


「じゃあ何でヒメキ様から離れやがるっ!? 親玉探しならあいつらを王都に護衛してからでいいだろうがっ!!」


(俺の実力で何ができるって言うんだよ……普段偽勇者扱いする癖に調子いい奴だなぁ……)


「いいえ、それでは駄目なのですよ……」


「何が駄目なんだよっ!! 王都に戻って、それこそお前の仲間のカノちゃんたちと協力して探すべきだろうがっ!!」


 セーヌの言葉は最もだ。


 魔物の親玉を探すのならばカノちゃんの力を借りない手はない。


 だからこそそれらしい理由をでっち上げる必要がある。


「……実は親玉の居場所に目星がついているのですよ、ただ余りにも危険なので俺自ら確認しに行くことにしたんだ」


「なっ!? お、お前またっ!?」


 セーヌが絶句する。


(てっきり即座に嘘だって言い返してくるもんだと思ったけどなぁ……まあいいや)


「ですから改めてセーヌ殿にはヒメキ様やミイアさんたちの護衛をお願いします……」


「……その目星が付いてる場所ってのはどこだ?」


(何処でしょうね……俺も知りたいよ……)


「言っても信じないでしょうね……正直俺自身も半信半疑なんですから」


「……だけどヒメキ様の護衛を断ってでも探すだけの確証があんだろ……なんでさっきはあんな皆から恨みを買うような言い方をしたんだよ?」


(本音をチラリしただけだよ……全く俺の本性はやっぱり嫌われ者ってわけだ……)


「ヒメキ様もミリアさんもミイアさんもその話を聞けば身の危険をも顧みず付いてくるでしょうからね……危険には巻き込めませんよ」


「……ああ、確かに皆覚悟決まってる奴ばっかりだった……そうか……だからお前は皆を失望させてまで……一人で……」


 俺の言葉に納得したようで気まずそうに顔を伏せるセーヌ。


(まあ全部嘘っぱちだけどなぁあああっ!! じゃあなセーヌ、せいぜいミイアさんと仲良くやってろっ!!)


「このことは内緒でお願いしますよ……では改めてセーヌ殿、皆さんの護衛をよろしくお願いします……また会いましょうっ!!」 


「ま、待て……」


 セーヌの制止を振り切って俺は馬を走らせる。


 途中後ろを振り返ると、セーヌが皆のところへ戻っていくのが見えた。


(はぁ……面倒くさかったぁ……でもやっと自由だわ)


 もう急ぐ必要もない。


 俺はのんびりとリース国を目指すことにした。


(しかし魔王軍が手ごわいのは知っていたが……今回の魔王軍は特にやばいな……)


 大盗賊のカノちゃんでも一番の親玉は見つけ出せない。


 勇者でも特出した実力の持ち主のテキナさんでも駆除しきれない敵の数。


 これだけの地力があるのなら、もっと早く他の国も制覇できたのではないだろうか。


(本腰を入れてきてるってことなのか……はぁ……どちらにしても今回の親玉を倒せない限りこの大陸に未来はないなぁ……)


 リース国に向かって移動しながら、俺は暇つぶしに親玉の良そうなところを考えてみることにした。


 村などの設備があるところ、逆に人の目がほとんど届かない場所、魔物が潜めそうな山岳や森林地帯。


(候補地はいくらでもある……けど俺が考えつく程度の場所をカノちゃんが調べないはずがない……)


 むしろカノちゃんが調べてないところを考えなければいけない。


 だけどカノちゃんたちが到着してからかなりの時間がたっている。


 おまけにこれほど追い詰められている状態なら、あの真面目なカノちゃんならもう必死で領内を探索し尽くしているはずだ。


(なのに見つからない……流石に変だなぁ……)


 考えられるのはバンニ国の時のように人間に化けて潜んでいる可能性……だがこれもおかしい。


 もしも王都内に親玉が潜んでいるなら、それこそ直接城壁内に魔物を生み出してやればいいのだ。


 かといってリース国に移動している難民に紛れているとも考えずらい。


 結界が張ってある以上はリース国に入ることはできないし、何よりマンティコアはツメヨ国内にしか発生していない。


 もし離れた場所から遠隔で魔物を産み落とせるというのなら、チーダイ様及び他三名の最高幹部が居る小島から出てくる必要がない。


 何せ親玉が倒されたら下っ端は消失するのだ。


 わざわざそんなリスクを抱えて攻めてくるのは魔物を生み出せる距離に限りがあるからだろう。


(でもじゃあ何処に居るんだよ……カノちゃんが探せない場所……それとも接近を探知してずっと移動してるとでもいうのか?)


 しかし透明になれる大盗賊のカノちゃんが気配を察知されるとは思えないし、今までだってバレたことはない。


 考えに考えて、だけど結局俺なんかが思いつくはずがなかった。


 頭が痛くなってきて俺は軽く額を抑えた。


(本当に厄介な事ばっかりするよなぁ魔王軍は……)


 思い返すのは今までに俺の仲間が解決してきた事件の数々だ。


 イショサ国内の人々誘拐事件、バンニ国内での防衛戦、王都バンニでのコピー人間退治、リース国でのサンドワームの奇襲。


 ワイバーンの襲撃は微妙に違うが……そして今回のツメヨ国だ。


(どうせなら最初から今回の戦力で攻めてくれば圧勝だっただろうに……少なくともバンニ国とリース国は落とせていただろうに)


 バンニ国を襲った魔物は数はともかく質で今回には圧倒的に劣る。


 リース国はワイバーンとマンティコアで同時に攻め続ければ流石に結界も破られていただろう。


 全く持って間抜けな話だ。


(いやいやいや、おかしいぞっ!? こんだけ狡猾な魔王軍が、無能な俺が思いつく程度のこと考えつかないわけないだろっ!?)

 

 何かがおかしい、何かが間違っている。


 しかし何が違うのかがわからない。


(逆に考えろ、魔王軍は常に最善手を打っていると想定して……その上でこうしなければいけなかった理由を考えろ……)


 まず最初に魔王軍の攻撃が始まったイショサ国での出来事を考える。


 当時はまだ大した犠牲もなく、敵の作戦規模も小さかった。


 あの時もやはり今回の戦力で攻めていればもっと致命的な被害を与えられたはずだ。


 ではなぜそうしなかったのか……勇者も出立したばかりで大したことがないと思い込んでいたのだろうか。


(いや無能を前提にするな……相手は有能で油断ではないとして、あんなふうに攻めてきた理由を考えるんだ)


 改めてそれぞれの村を思い出す。


 フレイムドックに攻められていた村、ジェルスライムが立ち去った後の村、子蜘蛛が制圧していた村、風の親玉が一人で攻めていた村。


(各派閥ごとに別個に進軍している……そしてジェルスライムは逃げ込んできたプリスちゃんの馬車を襲っていた……)


 何かが引っかかるが、やはりわからない。


(それぞれの村で違いは……ジェルスライムだけワンナ村を襲うのをあきらめていた……)


 籠城した村人に手が出なかったからだ。


(そういえば、何でジェルスライムは他の部隊と合流しなかったんだ?)


 当時俺たちはまだ他の村を開放しに行って、苦戦を強いられていた。


 例えば蜘蛛退治の時は、もしジェルスライムが駆けつけてきて俺の馬を倒せば魔王軍の勝利は確定していた。


(プリスちゃんの馬車の馬を倒していたんだから、俺の操る馬だって倒せないわけがない……)


 風の魔物の時はジェルスライムが俺の籠城していた入り口を壊して襲ってきたら終わっていた。


(何故協力し合わないんだ? そういえば同時進行したバンニ国でも勢力ごとに本拠地は別々だったな……)


 リスク管理と考えれば別れるのは悪いことではない。


 ただ俺たちが一つ一つ潰して回っていると知れば……共同して撃退に来てもおかしくはないではないか。


 そして王都バンニにいた親玉は地属性の派閥であるヴァンヴィル様一人だけだった。


(まさか手柄を奪い合って……派閥争いでもしてたのかっ!?)


 しかしリース国では同時に奇襲をされた、親玉も近くに揃っていたはずだ。


(いや確かあの時カノちゃんは……)


 記憶を必死にさらって、あの時の発言を思い返す。


『周りの護衛兵の様子からして四属性の親玉全部やっつけちゃったみたいだっ!!』


 護衛兵自体は問題でない、大事なのはそれで親玉の所属するそれぞれの派閥が判明したことのほうだ。


(互いに距離を取り合って、身の回りを自分の生み出した魔物で固めていたってことだよな……共同作戦なのに……)


 でなければ互いの魔物が入り混じってしまい、カノちゃんでは親玉が四体いたとしか言いようがなかったはずだ。


(そしてギリィが殺した親玉……どの派閥かは知らないけれど自軍の魔物でない龍族に頼り切るほどに追い詰められていた魔王軍……)


 最後に先ほど別れたばかりのセーヌが言ったことを思い出す。


『最初は近隣の村に迫ってくる魔物を倒してた……フレイムドックとかその辺の雑魚をな』


『だけど倒せば倒すほど敵は強くなって行った……気が付けばさっき見たマンティコアって名付けた魔物がごろごろしてやがる』


 つまり当初は他の国と同じように、派閥ごとに進行していたのではないだろうか。


(そしてマンティコア……色んな特徴を継ぎ接ぎしたような魔物……派閥ごとの性質が統合されて作り上げられたような新種……)


 何かが繋がりかけていた。


(ヴァンヴィル様は確か魔物族は確か便利な道具として価値を見出されていて……生かしてもらえるって言ってたよなぁ?)


 俺ならどうだ、これだけ失敗続きの部下に道具として価値を見出すだろうか。


(追い詰められた果てに派閥争いしている余裕もなくなって、ついに完全に協力して攻め始めた……)


 理屈としては納得がいく話だ。


 ただそれがどうしたというのだろうか。


(一番大事な親玉の場所につながらなきゃ意味がねぇしなぁ……しかしどうせ共同するなら今までの作戦も全部同時にすれば……っ!?)


 俺が考えつく程度のことを魔王軍が考えつかないはずがない。


(バンニ国を襲ったのは地平を覆うほどの魔物による物量……数こそそこまでではないが現にこの国もマンティコアによる物量で押されつつある……やってるんじゃないかっ!?)


 残る作戦は何だ、思い出せ。


(リース国では派手なワイバーンを陽動に使って秘密裏に魔物を送り込んでいた……マンティコアは十分派手じゃないかっ!?)


 あれの強さに目を奪われている間に何かしらの作戦を忍び込ませているのではないか……ではその何かとは何だろう。


(そして勇者が苦戦したのはイショサ国や王都バンニでの人間の女や王族に化けた魔物の暗躍……王族、死んだと思われていた王女様……まさかっ!?)


 全て推測で、勝手な思い込みで、無能な俺が考えたバカバカしいお話だ。


 ただ、もしもあの王女様が敵の親玉が化けた敵だとしたら……恐ろしいほどつじつまが合う。


 最初に現れたマンティコアと戦闘したことで王女様は行方不明になった。


(カーマやセーヌが近くに居たら先に挑んで退治したはずだ、つまりヒメキ様のすぐ近くに最初のマンティコアが現れたことになるっ!!)


 マンティコアの強さに追われてヒメキ様の探索は打ち切られた。


 そして領内を移動し続けたヒメキ様……同時に領内に湧き始めたマンティコア。


 カノちゃんが探し回っても見つからなかった本拠地、カノちゃんと出会うことがなかったヒメキ様。


(出会ってれば王女様の生存情報が伝わらないはずがないし……さっき会った一行が誰も言及しないのはおかしい……)

 

 さらにヒメキ様の護衛部隊がリース国内で狼藉を働いていた事実。


(あんな一部隊丸ごとの離脱を見過ごした……わざと結界の領内を荒そうと見逃した……?)


 最後に先ほど出会った場所、マンティコアの死体がある場所で何をしていたのか。


(マンティコアが倒されて、何があったか確認しに来たんじゃないか……?)


 もしも王女ヒメキ様が魔物の親玉ならば、全ての線は一本につながる気がした。


(でも王女に化けたなら何でさっさと城壁内に戻らなかったんだ?)


 そうすれば簡単に王都は崩壊させられたはずだ。


 最も勇者を倒すことは難しいだろう。

  

 何せほぼ全パーティが揃っているのだから。


(勇者が生き残れば……バンニ国で魔物が王族に化けることを経験しているのだから、正体に気づかれてもおかしくないと判断したのか?)


 そうでなくても城壁内で魔物が発生すれば否が応でも内部犯の可能性が疑われる。


 万に一つも失敗しないように慎重に外圧をかけ続けているのかもしれない。

 

 しかしいずれ勇者を倒さなければいけないはずだ。


 他の者に疑われないよう内密にだ。


(どうやってそんなことをするつもりだ……人目につかないように勇者を処理するなど……人目につかない勇者……今の俺じゃんっ!?)


 ゾッとした。


 ひょっとして外圧で押し続けて混乱を誘発し……勇者を無理やり分断させて、一人一人殺していく作戦なのではないだろうか。


 少なくともセーヌは一人で出てきた、俺もまた理由は違えども一人で行動している。


(全て想像だ、想像でしかない……けど一人でいるのは危険だっ!!)


 俺は馬に鞭を入れて、急いでリース国の国境を目指した。


「プォオオオオオオっ!!」


「プォオオオオオオっ!!」


「プォオオオオオオっ!!」


「げげぇっ!?」


 少し遅れて後ろから複数の奇声が聞こえてきた。


 全力で馬を走らせながら後ろを振り返ると、十匹以上のマンティコアが群れを成して俺をめがけて疾走してきている。


 俺はリース国に戻ろうとしているというのに一切動きを緩める気配はない。


(結界まで間に合いそうにねぇっ!? な、何かないかっ!?)


 馬を走らせながら気を引こうと物を投げてみたりしたが全く効果はない。


「プォオオオオオオっ!!」


「くぅっ!?」


「聖なる祈りに応え悪しき者に制約を齎し賜え、聖祈鎖(セイント・リストリクション)


「っ!?」


 前方から声が聞こえて、大地の上を光の線が走り抜けた。


「プォオオオっ!?」


 それらの光は全ての魔物の身体を縛り上げ動きを押しとどめた。


「放てっ!!」


「シャァアアアアアっ!!」


「プォオオオオォォっ!?」


 空の上から声が聞こえると同時に複数の火炎弾が魔物たちに降り注いだ。


 着弾点を中心に小規模な爆発が連続し、魔物たちを焼き払っていく。


「御無事でございますか、サーボ先生っ!!」


「サーボ先生、大丈夫だった……ですかっ!?」


 あっけにとられる俺の目の前に旅装束姿のテプレさんとワイバーンを引き連れたタシュちゃんが近づいてきた。


(た、助かったぁああああっ!!)


「テプレさんにタシュちゃん……よく来てくれたね」


 どうして二人がここにいるのかは分からないがお陰で助かった。


「びっくりしたぞ……しましたよ、食料輸送を終えてテプレさんと一緒に領内に入ったら先生が襲われてたんだから……ですから」


「しかし何故逃げておられたのですか? サーボ先生ならばあの程度倒すことも造作もないことでございましょう?」


(造作もなく倒されるの間違いだろうがっ!! お前らみたいな選ばれた存在と一緒にすんなっ!!)


 叫びたいところだが、命を狙われている状態でこの二人の信頼と庇護を失うわけにはいかない。


 適当に話を逸らそう。


「それはともかく、テプレさんはこんなところまで来て大丈夫なのかい? 確か結界は領内にいないと維持できないのでは?」


「結界の方はイーアス様がしばらくの間ならば代わりに維持してくださるそうで……実戦を体験する以上の修行はないと送り出してくださいました」


 流石は伝説の英雄、あの身体でも頼もしすぎる。


「プォオオオっ!?」


「おや、一匹残っているね?」


 後ろから咆哮が聞こえて、振り返るとマンティコアが一匹だけ無傷で拘束されたままになっていた。


(これが大僧侶の魔力か……完全に動きが封殺されてる……頼りになりすぎる)


 他の個体は全てワイバーンの火球により完全に焼却処分されている。


(個々の能力はマンティコアに劣るかもしれんが……やっぱり腐ってもドラゴン軍団……頼りがいがありすぎる)


「サーボ先生のことですから逃げていることにもわけがあるのだと思いまして、一匹だけ残すようお願いしておいたのです」


「なるほどね……」


(訳なんかねぇよ……普通は魔物に追われたら逃げるんだよ……どいつもこいつも常識で考えろよ)


「プォオオオっ!!」


「うるさいぞっ!! お前は負けたんだぞっ!!」


「……タシュちゃん、ひょっとして言葉わかる?」


「ああ……じゃなくてうん、こいつも少しは知性あるみたいだ……です」


(そういえばこいつ魔物と会話できるんだよな……尋問させてみるか)


「丁度良かった、実はこいつらの親玉の居場所がつかめなくて大変なんだ……何とか聞き出せないかな?」


「わかったよ……りました、任せてくださいっ!!」


「プォオオっ!?」


 動きが封じられたマンティコアと向き合ったタシュちゃん。


「…………」


「プォオオ……オォォ……」


 マンティコアの瞳の色が変わり、身体から力が抜けていった。


「上手くいきました……何でも聞いてみてください」


(ワイバーンを操る秘奥を利用してるのかな……よくわからんが従順になったぽいなぁ)


「ああ……君たちを生み出した親玉がどこにいるのか教えて欲しい」


「……プォォォ」


「……ツメヨ国の領内を移動し続けているって」

 

 予想通りの答えだ。


(出来れば外れていてほしかった……となるともう一つの予想も……)


「そいつは人間に化けて勇者の隙を伺っている、違うかな?」


「……プォォォ」


「……その通りだって」


(やっぱりかぁ……くそ、厄介なことになった……)


「そ、そんなっ!? 人間に化けるだなんて、何と恐ろしい魔物でしょうっ!?」


 テプレさんが驚いているが、こっちは既に経験済みなのでそこまで衝撃はない。


 ただ面倒ではある。


(また魔物と人間を見分けないといけないしなぁ……)


「そいつが一番の親玉なんだよね?」


「……プォォォ」


「……そうだって言ってる、人間に化けて移動してるキメラントってやつが一番上の親玉だって」


 ならばそのキメラントとやらを倒せば決着がつく。


「そいつが誰に化けてるか……どんな人間に化けているかはわかるか?」


「……プォォォ」


「……ごめん、よくわからないって……マンティコアには人間の見分けはつかないみたい……」


(わかんねぇのか……まあ多分ヒメキ様だろうけど……確証が無きゃ攻撃できねぇしなぁ……)


「タシュちゃん、この状態のままマンティコアを連れていくことはできそうかな?」

 

「知性ある魔物をそこまで操るのは難しいのだ……です、それに一度離れたら魔物同士でも区別がつかないとも言ってます……」


(こいつに見分けさせれれば話は早かったんだけどなぁ……)


「困ったもんだ……何か他に有益な情報はもってそうかな?」


 タシュちゃんに任せて尋問するが結局これ以上いい情報は引き出せなかった。


 ワイバーンにマンティコアを処分してもらいながら、俺は今後のことを考え始めた。


(親玉が人間に化けれるなら……今とは別の姿にも変われるはずだ……)


 今は居場所がつかめているが、本格的に外見を使い分けて隠れられたらお終いだ。


 そして今回の魔物は厄介すぎる、確実に退治しておかないと尻に火が付く。


(結局倒しに行くしかねぇ……ただ問題はどうやって魔物だと証明するかと、退治する戦力だ)


 いつもならテキナさんに頼めば瞬殺してくれた。


 しかし今回はどうだ。


(大僧侶とドラゴニュートとワイバーン二十匹……行けるかなぁ?)


 微妙なところだ、せめて実力派の勇者が一人は欲しい。


 やはり先にテキナさん達と合流すべきかもしれない。


 タシュちゃんに頼めば王都までは一飛びだろう。


「ふぅむ、では先に……」


「サーボ先生……あちらから人々が近づいていらっしゃいますよ」


「また難民か……いやあれは……っ!?」


 俺たちの視線の先からカーマを先頭に、先ほどの集団が戻ってきた。


(好都合というかタイミングが悪いと言うべきか……)


 彼らは俺の近くに侍るワイバーンの群れを見ると驚愕に目を見開いた。


「なっ!? わ、ワイバーンっ!! サーボ、そこを動くなよっ!!」


「ま、待ってくださいセーヌ様っ!! あの子たちは味方ですっ!!」


「落ち着いてくださいセーヌ殿、ミリアさんの言う通りワイバーンは味方です」


 咄嗟に襲い掛かろうとしたセーヌを抑える。


「な、仲間だぁっ!? どういうことだサーボっ!?」


「お前こそ何だっ!! サーボ先生、こいつは本当に味方ですかっ!?」 


 セーヌとタシュちゃんがにらみ合いながら俺に声をかける。


「……そちらに居られるのはヒメキ様ではございませんか?」


「おお、大僧侶のテプレ殿っ!? 救援に来てくださったのかっ!! ありがたい、この通りであるっ!!」


 逆にこちら側では国の代表者同士で優雅にお辞儀をしあっている。


 その様子を見る限りヒメキ様が魔物だとはとても思えなかった。


(どうしたもんかなぁ……)


 とりあえず両者を紹介することにした。


「ご存じかもしれませんがこちらに居られるのは隣国リースを治めておられるテプレ様です」


「初めまして……不肖の大僧侶にてサーボ先生の第六夫人となる予定のテプレでございます」


(うぉおおおいっ!? 何ちゅう紹介してやがんだあんたはぁあっ!?)


 一気に辺りが騒がしくなる。


「私は偉大なるドラゴニュート、そして龍人族の次期族長にてサーボ先生の第五夫人になる予定のタシュだっ!!」


(だから勝手な事ほざくなよぉおおおおっ!!)


 勝手にタシュちゃんが名乗りを上げたことでさらに騒然とする。


「サーボ……お前、節操なさすぎるぞ……」


「さ、サーボ様……モテモテですね……」


「……サーボ様ぁ……うぅ……」


 呆れた様子を見せるセーヌとミイアさん、そして何故か辛そうに俺を見つめるミリアさん。


「いや勘違いだからねっ!! 俺は結婚とかする予定ないからねっ!!」


「ええ、わかってますよ……魔王退治が終わるまで待たせていただきます……」


「その暁にはプリスさんも交えてみんなで盛大に結婚式しよう……しましょう」


「ぷ、プリスちゃんまで……何考えてんだサーボよぉ……」


(俺が言いたいよ、何考えてんだよこいつら……)


 頭が痛い。


 何よりこんなことで無駄に時間を使っている場合ではない。


「それはともかく……こちらに居られるのがこの国の王女であるヒメキ様と護衛で勇者のセーヌ殿、そして……」


 強引に話を変えて残るメンバーの紹介も終わらせてしまう。


「……と、こんなところです……ところでなぜ皆さんは戻ってきたのですか?」

 

「いや……その……すまん……」


 申し訳なさそうに頭を下げたセーヌ、そして次いで再び一団が俺に土下座した。


「セーヌ殿から話は聞いた……勝手な発言をした我らを許していただきたいっ!!」


「私たちを危険に巻き込まないためにあえて突き放したんだって……」


「サーボ様があんなこと言うわけないって身をもって知ってたのに……」


「「「「サーボ様、申し訳ございませんっ!!」」」」


「……土下座は止めて、本当にさぁ」


 どうやら俺がセーヌに言ったでまかせを本気にしているようだ。


(多分俺を信じてたミリアさんに影響されたミイアさんに問い詰められて白状したんだろうなぁ……)


「サーボ先生……どういうことですか?」


「ああ、まあちょっとね……」


 不思議そうに首を傾げるタシュちゃんとテプレ様にセーヌに言ったことと同じことを説明する。


「あのような演技に騙された自分が恨めしい……妾は何と浅ましき人間であったのか……」


 どうやら事情を聞いたヒメキ様が引き返すよう指示を出したようだ。


(差し向けたマンティコアがやられたから様子を見に戻った……とも考えられるけど……やっぱり証拠がないことにはなぁ……)


「まあまあ、とにかく本当に頭を上げてください……」


「ええ……と、ところでテプレ様……あの、あなた様が領内から離れたら結界は……大丈夫なんでしょうか?」


 そこでミリアさんが恐る恐る口を開いた。


(そうだよなぁ、普通は結界が消えたって思うよなぁ……そしたら魔物が入れるからせっかく助け……っ!?)


「それはだい……」

 

「そう今は結界が消えていて大変なのだ……いくら俺が魔王軍を追い出したとはいえ軽率だったねテプレさん」


(この誤解を利用しない手はない……これで魔物を見分けられる……)


「え……あの、サーボ先……っ!?」


 俺は他の皆に見えないよう振り返るとさりげなく目配せした。


 それで何かを感じたらしいテプレさんは素直に黙り、いかにも反省しているかのようにうつむいた。


「ま、全くお恥ずかしい限りです……思慮が足りませんでした……」


「というわけだから、俺はテプレさんを一度リース国に送り届けなければいけないんだ」


「は、はぁっ!? さ、サーボお前魔物の親玉はどうすんだっ!?」


「そ、そうであるぞっ!! サーボ殿、申し訳ないが今現在魔物に荒らされているこの国のことも考えてもらいたいっ!!」


 セーヌとヒメキ様が反論する。


 どうやら他の人たちも意見は同じようだ。


「いや確実に守れるところを守るべきだ……だから皆さんも護衛としてついてきてくださいね」


「な、何をっ!? この辺りは安全なんだろうがっ!?」


「いいえ、もし魔物に結界が消えているとばれたらそれこそ一挙に迫りかねない……ですから皆さん、今度こそ共に行動しましょう」


「せめて俺たちだけでも分担しようじゃねぇか……目星が付いてる場所を教えろよ、そしたら俺が確認してきてやるっ!!」


(駄目に決まってんだろうが……お前という戦力を逃すわけにはいかねぇよ)


「何度も言いますが確実に守りたいのです、全員で行きましょう……それにこの際ですからヒメキ様たちにもそのままリース国に避難してもらいましょう」


「なっ!? 妾はまだこの領内でやるべきことがあるっ!! 逃げるわけにはいかんっ!!」


(マンティコアをばらまく仕事かな……させるかよ……はぁ、とうとうこんな勇者みたいな考えをしてしまった……)


 俺は何とか表面上は真摯な態度を気取りつつ、上手く誘導すべく口を開いた。


「はっきり言いましょう、あなた方は足手まといなのです……ですからせめて言うことには従っていただきたい」


「くっ!? そ、それは……あんまりな言い草ではないかっ!!」


「ですが事実です……それともまた俺の言葉を疑って別行動しますか?」


「っ!?」


 俺の言い方に何人かが反応を示す。


「……そうですね、せめてお邪魔にならないよう移動すべきですよね」 


 ミリアさんがそういうとぽつぽつと賛同する声が上がる。


 一度俺を疑って土下座したぐらいだ、気になっていたのだろう。


「だ、だが妾は……この国の王族として逃げるわけにはいかんっ!!」


「でしたら他の人たちを送り届けた後で俺たちと戻りましょう……あなた一人だけならまだフォローしきれそうですからね」


「さ、サーボ……お前言い方きついぞ……やっぱりさっきのこと気にしてんのか?」


「確実にリース国へ移動しなければならないから強めに言っているだけですよ……皆さんも納得したようですし早速行きましょうか」


 俺はテプレ様とタシュちゃんを引き連れて先を進んだ。


 他の人たちが後ろからのろのろと付いてくるのを確認すると、そっとタシュちゃんに声をかけた。


「ワイバーンを一番後ろから付いてこさせて……途中で誰かが逃げ出さないか監視しといてくれ」


「わ、わかったぞ……です……」


「サーボ先生、あの中に魔物が混じってると思っているのですね」


「ああ、だから……このまま結界が消えていると思い込ませてそこで判別しよう」


 いくら人間に化けていても魔物であることには変わりがない。


 悪意を抱いていれば結界に弾かれる、それで見分ければいい。


(後は上手く誘導できるかどうか……上手く行ってくれよ……)


 俺たちは細心の注意を払いながら移動を続けた。

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