ツメヨ国で起きたこと
「サーボ様、ありがとうございますっ!!」
「いえいえぇ……お気になさらずにぃいい……」
「おにいさん、おねえさん……ごはんありがとー」
「良いんだよぉ僕ぅ……あと少しだから気を付けるんだよぉ」
「ゆうしゃさまだいすきぃ、わたししょうらいさーぼさまのおよめさんになりたい」
「あはは、嬉しいなお嬢ちゃん……足元に気を付けるんだよぉ……うぅ……」
「皆さーん、慌てないでーっ!! 食料はまだありますからーっ!! ただしお一人様一つまでですよーっ!!」
(ああ、俺の引きこもり用の非常食がぁあああああっ!?)
村で食料配布を任せていたミリアさんは、てきぱきと俺の持っていた食料を配っていく。
身一つで逃げ出していた難民がこれを喜ばないはずがない。
難民たちは皆、俺に笑顔を向けてリース国へと去って行く。
(勝手なことしやがってぇえええっ!!)
ツメヨ国に向かう最中にすれ違う難民がどんどん増えてきた。
その人たちにミリアさんが当然のように俺の食料を渡してしまったのだ。
恐らく俺が勇者としてこうすると思い込んでいて、率先して手伝っているつもりなのだろう。
凄まじく余計な事なのだが、ミリアさんを下手に刺激しては殺されかねない。
だから俺は涙を呑んでこの馬鹿の善行を見守ることしかできないのだ。
「ふぅ……ようやく一通り落ち着きましたね」
「そうだねぇ……うぅ……食料の残りが心もとない……」
(これだけの人々が飢えている状態だ……この領内で食料を補充できるとは思えないのに……ぐすん……)
「確かに……困っている人全てに配るのは難しいですよね……」
(だから勝手に配ることを前提にするんじゃねぇええええっ!!)
「……それに俺たちが食べる分も残さないといけないよ、働くにはエネルギーが必要だからね」
「そうですよね……だけどそんな貴重な食料を当たり前のように分け与えてしまうサーボ様は流石です」
(お前が当たり前のように分け与えただけだろうがぁああっ!! 誰もそんなことしろって言ってねぇええっ!!)
眩暈がしてきそうだ。
「あ、あはは……勇者としてやれることはしておかないとね……微力な限りだけどね……」
しかしこの危険な女のご機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
適当に話を合わせるしかない。
「そのようなことはございません……サーボ様は少なくともリース国内の人々は余すことなく救助しきって見せたではないですか」
「たまたまだよ、何より皆の協力があってこそさ」
「いいえ、サーボ様の人徳があればこそです……ぜひともこの国もお救いくださいませ」
真剣な目付きで俺を見つめるミリアさん。
辛い限りだが、今までの女性のように陶酔しきった様子は見せていない。
(一度結婚して旦那に愛想つかせているからなぁ……男女関係には落ち着いてるんだろうなぁ)
こればかりは好都合だった。
最もこの場を乗り切らなければ意味のない話だ。
「さあ、今度こそ進みましょうっ!!」
(お前が本格的に食料を配ろうとして足を止めさせたんだろうが……怖いから言わないけどさぁ)
「ああ、行こうじゃないか」
ミリアさんの言われるがままに再び馬を走らせる。
既にツメヨ国の領内に入りつつある。
結界の外に出たこともあり周りを警戒しながら進んでいくと、あちこちから黒煙が上がっているのが見える。
恐らくは細かい村々まで魔王軍が攻撃しているのだろう。
しかし殆ど死体は見られない。
たまに行き倒れが居るぐらいだ。
(やっぱりツメヨ国を攻略しつつ、難民を送り込んでリース国を兵糧攻めしてんだろうなぁ……魔王軍やばいわぁ)
当面はタシュちゃんとドラゴン軍団が別の国から空輸して無理やり持たせている。
それでもこのペースで人が増えれば長続きするわけがない。
(食料が減れば野盗も増えて反乱も起こり、勝手に結界内は荒れていく……その果てに大僧侶が倒れれば結界も消える……)
そうしてこの大陸の北半分を制した暁にはそのまま南下すれば残る二つの国も自然と飲み込まれる。
一番勢力の強いこの国と結界のあるリース国に比べればバンニ国もイショサ国も雑魚同然だからだ。
(最もイショサ国は最悪、勇者の里の人間を全力投球するって裏技があるから物理的な陥落はありえねぇけどなぁ)
そう考えると勇者年金などで公金を派手に使ってでも勇者という戦力を抱え込み続けた政策は正しかったようだ。
ただこれだけ狡猾な魔王軍なら、兵力さえ足りていればきっと絡め手を用いて勇者たちすら攻略しきるだろう。
(だからこの場で、向こうが足掛かりを手に入れる前に倒しておくのは正しいと言えば正しいんだが……俺にやらせるなよぉ)
一体他の勇者たちは何をしているのだろうか。
(せめて俺が到着する前に親玉を退治しておいてくれぇ……無理だよなぁ……)
「さ、サーボ様ぁっ!!」
「……っ!?」
ミリアさんの声で思考を打ち切られた俺は、前からこちらに駆け寄ってくる異形の存在に気が付いた。
(な、何だこの魔物はっ!?)
体長は10mほど、体高は8m程度で肉食獣のごとき体格をした魔物だ。
しかし細部が非常に異なっている、まず目立つのがサソリのごとき尻尾だ。
背中には蝙蝠にも似た翼が生え、また身体中に無数に棘が生えている。
無数に並んだ牙の奥から垂れる舌は蛇のようにのたうち回っていた。
「プォオオオオオオっ!!」
異形をした魔物は、どこか間抜けにも聞こえる鳴き声を上げながらこちらへと迫ってくる。
「さ、サーボ様っ!! お願いしますっ!!」
(何をだよぉおおおおおっ!! 俺にあんなの倒せるわけねぇだろうがぁああっ!!)
明言されなかったのは好都合だ。
俺は馬首を翻すと逃げることにした。
「さ、サーボ様っ!? 戦わないのですかっ!?」
(何で戦う必要があるんだよっ!!)
「見た目からして毒をもっていてもおかしくない、リース国につながるこの場所で毒を撒かれたら大変なことになるっ!!」
「うぅっ!? そ、そうですよね……そうか、そこまで考えて……でもこのまま下がったら先ほどの難民たちが危ないのではっ!?」
(うるせぇ、俺は結界の中に逃げ込むんだよっ!! そうすれば安心安全間違いなしぃいいっ!!)
「くっ!? し、しかし馬が怯えて言うことを……あれ?」
「……追いかけて来ませんね、それどころか戻っていきましたよ?」
馬の足を止めて振り返ると、確かに魔物が後ろを向いて下がっていく様子が見えた。
(……なるほどねぇ、リース国に追い込むための番犬みたいなもんか)
ああやって見た目で威圧しつつ難民を追い回し、こっちのほうへ誘導しているのだろう。
「これはどういうことでしょうね?」
リース国が兵糧攻めにあっていることすら気付いていないミリアさんは心底不思議そうにしている。
「これは想像だけど……リース国に難民を追い詰める役割なんじゃないかな……要するに兵糧攻めを仕掛けてるんじゃないかと思う」
俺の推測を伝えると、ミリアさんは顔色を青ざめさせた。
「そ、そんな……でも実際サーボ様が居なければ……サーボ様はそこまで想定してリース国に残って対策を練っていたのですねっ!!」
(そんなわけねーだろうが……けど、わざわざ誤解を解く必要もないなぁ)
「……魔王軍は狡猾で予断を許さないからね、あらゆる可能性を想定して動かないといけないんだよ」
「流石はサーボ様です……当然、あの魔物の対策も考えついているのですよねっ!!」
(どうしてそうなる……いや、これを利用すれば今度こそ行けるかっ!!)
「……考えはあるのだが、ミリアさんを危険に晒すことになる……ここは別の道を行こう」
「ど、どういうことでしょうかっ!?」
俺の思わせぶりな態度にミリアさんが予想通り食いついてきた。
「俺が囮となってあの魔物を引き付けている間にミリアさんが先に進む……」
「えっ!? で、ですが途中でもし魔物に気づかれたらどうすればっ!?」
「そこが肝心なのだ、君に気づけば魔物は俺を追うのを止めてミリアさんのほうに向かう……俺に背を向けてだ」
「そ、それで……?」
俺はあえて重々しく頷きながら口を開く。
「魔物の注意が俺から逸れたところを一撃で仕留める、毒が飛び散らないよう見定めてね……だけどやはり失敗したときのリスクが高すぎるな……」
首を振っていかにもミリアさんの身を案じてる様に装う。
(これで納得したら安全の為って言ってどんどん引き返してやる……そしてもしも作戦に乗ってくるようなら見殺しにして逃げ出そう)
「……わ、私やりますっ!! サーボ様ならきっと成功しますっ!! 私はサーボ様を信じますっ!!」
どうやらミリアさんは死を選んだようだ、さようなら。
「そうか、ありがたい……では俺の早速始めよう」
(俺の自由を取り戻せ大作戦をな……じゃあなミリアさん、さっさとくたばってきてくれ)
俺はミリアさんを乗せたまま馬から降りて、再度ツメヨ国の領内に足を踏み入れていく。
(流石に徒歩で駆け抜けろって言っても納得しないだろうからな、馬ぐらいはくれてやるよ……)
ここからリース国に逃げるだけなら魔物に追われる心配も少なく、馬は必要ない。
冥土の土産というところだ。
「プォオオオオオオっ!!」
国境を越えてある程度進んだところで、想像通り先ほどの魔物がこちらに迫ってきた。
とりあえずリース国に向かって逃げながら時々振り返り様子をうかがう。
(追いついてこない……やはり追い立てるのが目的かっ!!)
その気になれば追いつくことは容易く、攻撃手段だってあるだろうに魔物は距離を保ったままついてくるだけだ。
俺はあえて派手な身振りをしながら下がっていく。
「ひひぃいいんっ!!」
「プォオオオオオオっ!?」
ある程度引き付けたところで魔物の後ろを馬に乗ったミリアさんが駆け抜けた。
即座に振り返った魔物は、俺を追いかけていた時とはけた違いの速度でその後を追いかけた。
(よーし、上手く行ったぁ……ミリアさんご愁傷さまです)
俺は最後に頭を下げて立ち去ろうとした。
「うぉおおおおっ!!」
「えっ?」
その瞬間、誰かが凄まじい速度で魔物に肉薄したかと思うと一撃でその頭を切り落とした。
「な、何が……ってセーヌ殿ぉおおおおっ!?」
(な、何でこのタイミングでぇええええっ!!)
「はぁ……はぁ……お、お前はサーボ……何でこんなところにっ!?」
魔物を倒し終えたセーヌが俺に気づいたようで疲れ切った様子で近づいてくる。
(おいおいおい、こいつがここまで疲れてる姿なんて初めて見……シヨちゃんにこき使われて以来だわ)
しかし流石は勇者コンテスト優勝者だ。
ここまで疲れ切った様子でありながらも、俺がでたらめで言った通り見事毒をまき散らさないように退治している。
すさまじいまでの技量と集中力だ。
「ほ、本当にこんな大きい魔物を……す、すごいですっ!! サーボ様のお知り合いですかっ!?」
実際に倒れた魔物の姿を確認して、ミリアさんはやっぱり驚きを隠せない様子で近づいてくる。
俺が返事をしようとする前にセーヌは何故か目を見開くと、馬から降りたミリアさんの前に跪いてその両手を取った。
「え……あぁっ!! み、ミイアさんっ!! い、生きてた……生きていたんですねっ!!」
「せ、セーヌ殿っ!?」
「さ、サーボお前が守ってくれたのかっ!! す、すまんっ!! か、感謝するっ!! ありがとうっ!!」
あのプライドの高いセーヌが人前で涙を零したかと思うと、今度は嫌っているはずの俺に向かい土下座する勢いで頭を下げた。
(な、何がどうなってんのかわからねえけど……残念なことに誤解なんだよなぁそれ)
「セーヌ殿……申し訳ないのですがそちらの女性はミリアさん……別人です」
「え……い、いやだって……じょ、冗談だろ……こんな時に質の悪いこと言うなっ!!」
「ほ、本当です……ミイアは私の妹です……な、何があったのですかっ!?」
「な……そ、そんな……あぁ……ぐぅうううううっ!!」
声か仕草に違いがあったのか、或いは本人の言葉で納得したのかは分からない。
しかし目の前の女性がミイアさんでないことに気が付いたセーヌは、人目もはばからず地面に顔を押し付けて涙を流す。
(魔物が声を聞きつけて襲ってきたらどうすんだよ……というか何があったよ本当にっ!?)
「あ、あの……ミイアに何があったのですかっ!! お、教えてくださいっ!!」
「ぐぅうう……お、俺は……すみませんミリアさん……俺たちはあの人を守り切れなかった……くぅぅ……畜生っ!!」
「そ、そんな……ミイア……いやぁああああっ!!」
目の前で二人が地面に崩れ落ちて絶叫している。
物凄くうるさいし危険極まりない。
(俺見られてないし、今のうちに逃げてぇ……けどセーヌを敵に回すのは恐ろしすぎる)
ここでこいつらを置いて逃げたら間違いなく敵認定される。
下手したらどこまで追いかけてきて殺されかねない。
(仕方ねぇ、適当に発破かけて……こうなったら俺の護衛をさせるしかねぇ……)
「お二人の気持ちは痛いほどわかります……ですが今はこのようなところで落ち込んでいる場合ではありません」
「うぅぅ……ミイアぁあああ……うわぁあああっ!!」
「な、何が気持ちはわかるだっ!! テメーに何がわかるっ!!」
「確実に分かるのはここで嘆いていてはまた魔物に襲われるということ……俺もセーヌ殿も、ミリアさんもね」
俺の言葉を受けて弾かれたようにミリアさんへ視線を移すセーヌ。
(よくわからんがミイアさんを守り抜けなくて後悔してんだろ……そいつにそっくりな縁者となれば守り抜きたいよなぁセーヌ君)
「くぅ……畜生!! 悔しいが正しいんだよクソったれっ!! ミリアさん、行きましょうっ!!」
何とかセーヌは起き上がった。
あとはミリアさんだけだ。
「ミリアさん、まだ何がどうなっているのかもわかりませんし他のご家族が生きている可能性もあります……なのにここで立ち止まりますか?」
「っ!? うぅぅ……い、行きますよぉっ!!」
ミリアさんも起き上がった。
(何とか移動は出来そうだ……嫌だ嫌だ、帰りたいよぉ……)
しかしどうしようもない。
ミリアさんを馬に乗せて、俺はその手綱を手にセーヌと共に歩き出す。
「……これからどうする気だ、サーボよぉ」
(途中でお前ら見捨ててリース国に逃げ帰る気だよ……素直に言ったら確実にぶっ殺されるな、これ……)
「とりあえずミリアさんの実家がある王都を目指すつもりですが……正直領内の情報が余りつかめておりません、話していただけませんか?」
「テメーに話すのなんざ嫌に決まってんだろうが……」
「……あの、お二人の関係は……そちらの方は……?」
そういえばまだミリアさんには何も説明していない。
「こちらはセーヌ殿、俺と同じく勇者として活躍中の者です」
「俺はお前なんざ勇者としては認めてねー……」
「俺はセーヌ殿を信頼してますけどね……口は悪いですが実力のある素晴らしい勇者ですよ」
「はっ……」
鼻で笑いそっぽを向いてしまうセーヌ。
(ああ、面倒くせぇ……こんな時に意地張ってんじゃねえよ……)
だがこの状態で一番情報を持っているのはこいつしかいない。
また適当なことを言って口を割らせよう。
「ミリアさんもセーヌ殿の活躍を聞きたいですよね……この国で何があったのかも……」
「ええ……お願いしますセーヌ様……どんな辛い内容でも……私に真実を教えてください……」
「……わかったよ、ミリアさんがそう言うなら……何から話せばいいんだ?」
ミリアさんにまで言われて渋々折れたセーヌ。
「詳細が知りたいので初めから……そもそもバンニ国にいたはずのミイアさんが何故この国にいたのかも含めて聞きたいところです」
「……サーボ様もミイアをご存じだったのですか?」
「え、ええ……前にバンニ国で出会いまして……まあ今はどうでもいいことですよ……」
「ああ……ミイアさんは俺たちにツメヨ国の救助要請を出してきたんだ」
どうやら俺の指示通りミイアさんはカーマとセーヌに救助要請を出したようだ。
「自分の母国だから一緒に救いに行くって言って……ついてきた……」
いくら止めても聞かなかったらしい。
(本当によく似てやがるこの姉妹……困ったもんだぜ)
「見た目は美人だった……だけど……内面はもっと……素敵な人だった……」
ミイアさんを語るセーヌは悲しそうでありながらもどこか誇らしげだ。
(惚れてたのかよ……というか惚気はどうでもいいんだよっ!!)
「それで一緒にツメヨ国に入って……それからどうしたのですか?」
「カーマのパーティと共にこの国に入って、最初は近隣の村に迫ってくる魔物を倒してた……フレイムドックとかその辺の雑魚をな」
(俺に言わせれば十分強敵なんだが……)
「だけど倒せば倒すほど敵は強くなって行った……気が付けばさっき見たマンティコアって名付けた魔物がごろごろしてやがる」
「だ、だけどセーヌ様は一撃で倒してしまわれましたよね……ど、どうしてここまで……」
「何匹も倒したから慣れただけですよ……最初は毒のことなんか考えもしなかったから……倒せても被害は広がるばかりだった」
しかもセーヌ曰く勇者だから何とかなっているだけだそうだ。
何せこの国の軍隊は最初に現れたマンティコア一匹にほぼ壊滅状態にまで追い込まれたらしい。
「その際に軍を指揮していた王女様のヒメキ様の行方不明となった……恐らくはもう……」
更にセーヌはマンティコアの毒を受けて死んだ人間は同じマンティコアになると語った。
驚愕の情報だ。
(道中に死体が少ないのはそういうわけもあったのかよ……最悪だ)
「どんどん増える敵に対して俺たちは全員で手分けしても一度に倒せるのは八匹まで……テキナさんも加わってそれでも九匹が限界だ」
「……あの子たちも無事に合流できたんですねぇ」
「ああ、正直助かった……カノちゃんが必死に敵の本拠地を探し当て俺たちがそこにいる親玉を潰す……一時は勝ったとすら思った」
(俺たちの必勝パターン……なのにこの言い方だと駄目だったのか?)
「だが……どうしても最後の一カ所が見つからない……そしてそこにいる奴が……別の親玉を生み出して……そいつはマンティコアを……」
(おいおいおい、親玉を生み出せる奴までいるのかよっ!?)
どうやらかなり位の高い敵が指揮しているようだ。
「死体の変化と合わせて敵は増える一方だった……ついに俺たちは攻める余裕もなくなり王都に籠城することになった」
倍々ゲームで敵が増えていくのに対して、こちらは一度に一桁しか倒しきれない。
(純粋に圧倒的な物量差で押し負けたか……これは一番まずい負け方だなぁ)
ここから逆転は難しい……それこそ親玉の親玉を倒すぐらいしか考えつかない。
一番上の奴を倒せば、生み出された他の奴らは合わせて死滅するはずだ。
(けど大盗賊のカノちゃんが見つけ出せないとか……どうなってんだよ?)
「ある時、一人の兵士が毒を受けた……治療して一時的に治ったから王都内に引き入れて……そこでマンティコアになった」
苦しそうにセーヌはうつむきながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「大混乱だ……何とか倒したが被害は大きく城壁にも穴が開いて……外にいた魔物も押し寄せて……そのどさくさでミイアさんは……」
「行方不明……というわけですね?」
「……勇者に救助要請を出したのは私だからって……いつだって俺たちの傍にいて身の回りの世話をしてくれて……なのに俺は……守れなかった……」
皮肉にも前線に近いところに居たがために魔物による混乱の影響をもろに受けたのだろう。
「で、でも死体は……死体はまだ見つかっていないのですよねっ!! じゃ、じゃあきっと生きてますっ!!」
「俺もそう思った……だけどいくら王都内を探しても見つからない……俺は僅かな可能性に掛けて……仲間の制止を振り切って外に……」
(それであちこち探し回ってる時に俺たちを襲ってる魔物を見つけて……本当に余計なことしやがってっ!!)
勇者なら勇者らしく個人的な欲で動くんじゃないと言ってやりたいところだった。
「き、きっとそうですよ……外に逃げ出して……どこかで隠れ潜んでますよっ!!」
(いやぁ、無理だろ……どっかで殺されてマンティコアになってるよ……案外さっき倒した奴がそうかもな)
「だけど、見つからないんだ……あんな国境付近まで来ても……俺は……どうしたら……」
(諦めて俺の護衛をしとけ、悪いこと言わないから……悪いことしか言ってねぇな俺)
「ですがセーヌ殿がミイアさんを探していなければミリアさんはどうなっていたことか……あなたのしたことは無駄ではありませんよ」
「……お前じゃ頼りなさすぎるからな、どうしてミリアさんを連れてきたんだよ?」
「い、いえサーボ様は悪くありませんっ!! 私が無理やり……それにサーボ様はとても強く頼りがいのあるお方ですっ!!」
「……はぁ、やっぱり駄目だ……放っておけねぇわ……嫌だけどついて行ってやるよ」
ミリアさんの発言に何か思うところがあったらしい。
セーヌは盛大にため息を尽きながらも俺たちと行動を共にすることを誓ってくれた。
(この状態では頼もしい限りだけど……どうしたもんかなぁ?)
「ありがたいお言葉です……ところで今も皆さんは王都で籠城しているのですよね?」
「ああ、崩れた城壁を修繕してな、王様と……シヨちゃんが必死になって住民を抑えているから何とか持ってるけどギリギリだ」
「反乱でも起こりかけてるのですか……しかし魔物に襲われている状態でそのような事をする余裕があるとは思えませんが……」
「純粋に食料不足だ……残り少ない食事をめぐって小競り合いが起こって……何とか強引に集めて配給制にしたが……不満がなぁ」
(ああ、そういうことか……うわぁ絶対に行きたくねぇ……)
ここで下手に俺たちが戻って人口を増やそうものなら……食事が減るとさらに不平不満が高まりかねない。
それ以前に俺が持っている食料も危うい。
「なるほど……よくわかりました」
(この国が終わりだってなぁ……やっぱり逃げなきゃまずいわこれ)
カノちゃんとシヨちゃんとテキナさんが全力を振り絞ってなお、追い詰められつつある状況なのだ。
もはや俺如きの力でどうにかなる段階ではない。
(こいつらを上手く説き伏せて、何とかリース国に戻らないと……)
「一応二人にお聞きします……ミイアさんの探索を諦めてこのまま王都に向かって構いませんか?」
「……このまま……ここに居たら危険だろうが……」
「……だって……探したいけど……」
「正直な気持ちを聞きたいのです……ミイアさんが死んだと受け入れられますか?」
あえて挑発的に言ってやる。
「う、受け入れられるわけねーだろうがっ!! 俺は何があってもミイアさんを見つけ出すっ!!」
「ぜ、絶対生きてますっ!! 私は信じてますっ!! だから必ず見つけますっ!!」
(よーし、予想通りっ!!)
「なるほど……では一度国境付近まで戻りましょう」
「は、はぁっ!? て、テメーは何考えてんだっ!?」
「さ、サーボ様っ!? ど、どう言うことでしょうかっ!?」
「力のない民間人のミイアさんが生きているとしたらそこにしか可能性がないからだ」
俺は適当に思いついた持論を口にしてやる。
「あの魔物の動きを見る限りリース国へ逃げ込もうとする人間は襲おうとしなかった……あの場所は比較的安全なんだよ」
「そ、それはそうでしたけど……」
「だから生きていると信じるのならあの地点を重点的に探すべきだ……大丈夫、必ず見つかるよ」
「……何でそんなに言い切れんだよお前は」
「勿論俺もミイアさんが生きていると信じているからだよ……前提として生きているのならば生存率の高い場所を探すのは当然だろ?」
(いいから行こうぜ、安全地帯によ……そこで一生探してていいからさ)
どうせ探そうにもめぼしい場所すらないのだ。
いやむしろ内心はあきらめつつあるはずだ。
ならこうして目的を与えてやれば食いつかないはずがない。
「……サーボ様がおっしゃるのでしたら、私は信じます」
「……ミリアさんをお前には任せられねぇからなぁ……ついてってやるよ」
(イエーイっ!! 計画通りぃいいっ!! その調子で俺の掌で踊っててくれやっ!!)
「分かっていただけて幸いです、ではミイアさんを探しに向かいましょう」
俺はウキウキ気分で二人を連れて来た道を逆走した。
次第に見覚えのある光景が広がり、先ほど倒したマンティコアの死体も見えてきた。
(あぁん……死体のそばに誰かいるぞ?)
「止まれっ!!」
「なっ!?」
近づいた俺たちを呼び止めたのは半壊した鎧を身にまとった少女だった。
年齢は十八歳程度だろうか、俺より僅かに背が低くも凛とした強い眼差しが印象的だ。
髪の毛は短く乱雑に切り揃えられているが、雄々しき顔立ちによく似あい独特の美貌を醸し出している。
そんな女性が数十名の武装した輩を引き連れてこちらへ指示を出している。
(おいおい、また軍隊崩れの野盗か……女がお頭ってのもめずらしいけど……)
弓で狙いをつけられてるだけあって無理やり突破するのは危険だ。
つくづくセーヌを連れてきてよかった。
(セーヌ君GOっ!! 懲らしめてやりなさいっ!!)
「……ヒメキ様……ヒメキ様ではございませんかっ!?」
「えぇ……せ、セーヌ殿お知り合……」
「セーヌ様にサーボ様っ!? そ、それにお姉ちゃんっ!?」
「え……そ、その声……まさかミイアなのっ!?」
(な、なんだとぉおおおおっ!?)
兵士の一人がぶかぶかな兜を持ち上げると、ミリアさんそっくりな顔が出てきたではないか。
「み、ミイア……ミイアさんっ!!」
「ミイアっ!! ああ、ミイアぁあああっ!!」
「お姉ちゃんっ!! お姉ちゃんっ!!」
姉妹が抱き合って泣き崩れる様を近くで見守りながら、嬉しそうにこちらも涙を流すセーヌ。
(う、うわぁ……本当に生きてやがったぁ……)
「よかったなぁ、ミイアよ……そしてお主が噂に聞く勇者サーボ殿か?」
「え、あ、はい……どうも……えーと、ヒメキ様ですか?」
「うむ、これでもこのツメヨ国の王女をしておる……よろしく頼むぞ」
「あ、はい……よろしくです……」
俺の言葉を聞いて兵士の格好をした人たちも俺に頭を下げる。
よく見ると中にはミイアさんと同じような民間人らしい人が入り混じっている。
恐らく外にいた生存者の中からやる気のあるものと行動を共にしているのだろう。
「ええと……ここで何をしていらしたのですか?」
「この辺りは魔物の襲撃が比較的少ないのでな……近くを行き来して魔物の目をごまかしていたのだ」
どうやらリース国へ向かう人間には魔物が手を出さないことにヒメキ様も気づいていたようだ。
その特徴を利用してミイアさんみたいな逃げ隠れしていた者を救助しつつ、ゲリラ的な活動を繰り返していたらしい。
「王都に帰ろうにもこの戦力では難しいからな……おまけに最近は脱走兵も増える一方で、先日など一部隊が丸ごと脱走したほどだ」
(この間やってきた野盗のことかっ!! お、お前らのせいだったのかよぉおおっ!!)
「うぅ……さ、サーボ様ぁ……そ、それってひょっとしてこの間の……」
「だろうねぇ……」
俺はリース国で起きた出来事を簡単に説明した。
「……まことに申し訳ないことをした、全ては妾の責任である……この通りだっ!!」
「……土下座は止めましょうよぉ」
「あ、あの人たちは私たちが足手まといだって……私たちの責任です……ヒメキ様は悪くありません……ごめんなさいっ!!」
「……土下座は止めようよぉ」
「「「「どうかお許しください、勇者サーボ様っ!!」」」」
「……土下座は止めておこうよぉ」
「み、ミイアのせいで……妹が申し訳ございません……どうか許してあげてくださいっ!!」
「……土下座は止めてくれよぉ」
「み、ミイアさんは……いやこの場にいる誰も悪くねぇ……守り切れなかった俺の責任だ……許してやってくれぇっ!!」
「……土下座は止めてよぉおおおっ!!」
この場にいる全員に土下座されて、俺は泣き出したい気持ちを抑えるのに必死だった。
(セーヌ殿までぇ……既視感が半端じゃない……うぅ……どうしてこうなるのさぁ……)
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