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俺は勇者サーボっ!! うぅ……どうしてこうなるのぉっ!?

(いやあ、命の危険がない日々って素晴らしいなぁ)


 あれから快適な数日が過ぎた。


 空気がとても美味しい。


 毎日をだらだらと過ごし疲れることなど全くない。


 退屈でこそあるがこれが自由の醍醐味という奴だろう。


(あいつら今頃魔王軍とドンパチしてんだろうなぁ、まあ頑張れよー)


 本当に何を考えていればあんな危険なことに首を突っ込みたがるのか。


 全く理解ができない。


(いや、あいつらぐらい才能があれば身の危険を感じたりしないで楽しめるのか?)


 どちらにしても屑で無能な俺には理解できそうにない。


「ふぁぁ……そうだ、今日は行商人が来る日だったなぁ」


 いい加減馬を処分してしまおう。


 俺は久しぶりに村へと向かうことにした。


 大掛かりな馬車の一団が村の入り口に陣取っているのが見える。


 人だかりもできていた。


(また汚れてるし、今近づくのは嫌がられそうだなぁ)


 俺は人が居なくなるまで待とうと近くの木に寄りかかった。


「……ああ、マシメさんっ!!」


「おや、ミリアさん……どうしました?」


 行商人と何か話していたミリアさんが俺に気づくなりこちらへと駆け寄ってきた。


「あ、あの……私に馬を売ってくれませんかっ!!」


「え……いや、いいですけどどうしたんですか?」


「わ、私急いでツメヨ国に行かないと……家族が……っ!!」 


 血相を変えて詰め寄ってくるミリアさん。


(姉妹だなぁ、ミイアさんそっくりだわ……行商人からツメヨ国のこと聞いたのか?)


「よくわかりませんが困っているようですし、特別に好きな金額でお譲り……」


「おい、何勝手なことしてんだっ!!」


 後ろから来たダナがミリアさんを引っ張り、強引に会話を打ち切らせる。


「だ、だって魔王軍が攻めてきてるんだよっ!! ほ、放っておけないよっ!!」


「危険すぎるだろっ!! お前は俺のところに嫁に来たんだろうがっ!! もうあきらめろっ!!」


「あ、諦めろって……酷いっ!! どうしてそんな他人事みたいに言うのよっ!!」


「どこが他人事だっ!? お前が大事だから言ってるんだろうがっ!!」


(乱暴だけどダナが正しいと思うぞ……お前が行っても危険なだけで助けにもならねぇだろうが……)


「でも……やっぱりここでじっとなんかしてられないよっ!! この国に連れてこれれば安全なんだからっ!!」


「勇者様が三チームで頑張って未だに苦戦してるんだぞっ!! 下手に移動しようとしたら逆に危険だろうがっ!!」


「……すみません、俺は詳しく事情を知らないのですがそんな事態になっているのですか?」


 流石に気になったので何も知らないふりをして聞いてみる。


(カーマとセーヌのチームにテキナさん達も揃ってまだ苦戦してるとか……どんな戦力なんだよ魔王軍っ!?)


「そ、それがどんどん難民がこちらの領土に避難してきてるみたいで……訳の分からない魔物があちこちで暴れてるって……」


(それで王都と行き来している行商人の耳に入ったわけだ……こんな片田舎にも情報は届くもんなんだなぁ……)


「軍隊も総出で、しかも王女様が率いるぐらいに追い詰められてるとよ……あんたからも言ってやってくれ……」


「それは危険ですね、一般人が行っても足手まといになるだけでしょう……ちなみにどんな魔物が暴れているかはわかりますか?」


「知らねぇけど、ぐちゃぐちゃで色んな生き物を混ぜ合わせたような奴らしいぜ……ほら、こいつもこう言ってるだろっ!!」


(色んな生き物を混ぜ合わせたような魔物ねぇ……新種でも作り上げたのか?)


 ワイバーン軍団すら退けられたと知って、それ以上の戦力を持つ魔物を作り上げたのだろうか。


「いつ頃から攻められているのでしょうねぇ、そのツメヨ国は?」


「……結構前にそこの冒険者ギルドと連絡が取れなくなってたみたいで、その時から攻められていたんじゃないかって」


 詳しく聞けばちょうど俺たちがこの国に到着したあたりだ。


(やっぱり同時に攻撃してたのか……だとしたら当時からその強い魔物をそっちに割り振ってたことになるのか?)

 

「それだけ戦闘が長引いてるぐらい危険なんだ……この大陸で一番大きい国がそんな様なんだぞ……そんな危険な場所に行くなっ!!」


(それは知らんかった……へぇ、ツメヨ国がこの大陸で一番勢力のある国だったのかぁ)


 シヨちゃん辺りは知ってたかもしれないが興味がないから聞こうとも思わなかった。


 だとすれば魔王軍がそこに全力を投入していても不思議ではない。


「で、でもぉ……うぅ……マシメさん……馬、売ってくれませんかぁ?」


「まだそんなこと言ってるのかお前はっ!?」


「売るのは構いませんけど……俺もやめたほうがいいと思いますよ」


(どっちでも構わねえけどよぉ……でもここで売ったらダナだけじゃなくて村人にも恨まれそうだしなぁ)


 人気がありそうなミリアさんを死地に送り出す手助けをしたとか噂されたらたまらない。


(適当にごまかすとするか……はぁ、余りやりたくないんだけどなぁ……)


 俺がでたらめでその場をしのごうとすると、どうも変な話になってばかりだった。


 流石にここで一般人に何を吹かそうと平気だとは思うが、忌避感は否めない。

 

 だが放っておいて勝手に馬に乗って行かれても余所者の俺には簡単に責任が押し付けられてしまいそうだ。


(ミイアさんの親族だからなぁ……暴走しかねないし……)


 俺は覚悟を決めて口を開いた。


「いいですか、ダナさんの言う通り貴方が行っても危険なだけで役には立てませんよ……むしろ足手まといになるだけです」


「はぅぅ……で、でもぉ……父が……母が……」


「勇者様がいらっしゃるのですから信じましょう……きっと何とかなりますよ」


「……こいつもこう言ってるだろ、もう家に帰って休もうぜ」


 ダナに引かれるようにして村の中に戻っていくミリアさん。


(面倒ごとに巻き込まれないうちに馬を売っぱらっておくか……でも、そんな強力な魔王軍が居るんだから移動手段は確保しておくか?)


 ワイバーンの群れの猛攻でこの結界が破られるかもしれない事態にまでなっていたのだ。


 もしも本当にツメヨ国を攻めている魔物がそれ以上の強敵だった場合……万が一こちらに矛先を変えたら結界が破られる可能性は高い。


 やはり非常時に備えてもう少し馬は確保しておこう。


 俺は一旦住処に戻ることにした。


 そしてさらに数日が過ぎた。


(馬売らなくてよかったぁ……)


 俺は周りを見回して内心ため息をついた。


 誰もいなかった村はずれの自然地帯には、今や多数の難民が押し寄せていた。


 どいつもこいつもツメヨ国から逃げ出してきた人々だ。


 どうもツメヨ国は王都を守るのが限界で、近隣の村の治安維持に兵を回すことができないらしい。


 おかげでツメヨ国領内に点在した村人たちは魔王軍に追われ、安全なこの国にどんどん避難してきているのだ。


 既に王都リースでは人口過密で、このような辺境の村にまで人々が押し寄せてきている。


「うぅ……おなかすいたぁ……」


「我慢して、坊や……」


「痛ぇ……畜生……どうして俺が……」


「あなた……私一人でどうやって生きていけば……うぅ……」


(く、空気が重いぃいいっ!!)


 少し前まで美味しかった空気が物凄く不味い。


 誰もかれもボロボロで明日食う飯にも事欠いている状態だ。


 しかし仕方ない。


 これだけ増えては食料を難民に回す余裕などどこにもないのだ。


(一番領土の広い国からバンバン人が来てんだ……この領土だけの生産量じゃ追いつかないわなぁ……)


 そのために村人も済む場所を提供するのが精々で、食料まで融通できはしない。


(俺はまだ食料の貯えがあるし、最悪は高騰した食材を買えばまだまだいけるが……はぁ……何してんだよ勇者どもよぉ)


 この調子では俺の生活もおぼつかなくなりそうだ。


 最悪はこの馬を食料に転換するしかなさそうだ。


「……」


「何かなぁ坊や?」


「ぅぅ……」


「どうしたのかなお嬢ちゃん?」


 難民の子供たちが飢えに苦しんで俺の顔を見上げている。


(いやいやいや、これ俺の食料だからねっ!! 分けないからなっ!!)


 これが大人なら目の前で美味しそうに食べてやるぐらいはするのだが……流石にここまでボロボロな子供にそんな真似は俺でもできない。


 かといって下手に恵んでやれば、他の子持ちの大人たちもこぞって真似させるだろう。


(それどころか譲り合いが当然だとか主張されかねない……最初の一回を許すわけにはいかないんだよぉ……)


 だから気づかないふりをするしかない。


(ああ、苦しいなぁ……うぅ……魔王軍もこんなにたくさん難民を見逃すなよ……しっかり倒せ……っ!?)


 ふと思う、あの抜け目のない魔王軍がこんなにも多くの生存者を見逃すだろうか。


 仮にも一国が食料不足に陥りかねないほどの人間、しかも未だに次から次へと難民は押し寄せている。


(ま、まさか……ツメヨ国を攻めるついでにリース国を兵糧攻めしてんのかっ!?)


 物理的に結界を何とかするサンドワームとワイバーンの作戦は俺によって防がれた。


 だから今度はこのような回りくどい手で攻略を始めているのではないだろうか。


(あ、あり得るわぁ……おいおいおい、ヤバすぎるだろっ!!)

 

 どうやら俺の見立ては甘すぎたようだ。


 結界があるから安全だと思い込んでた己の無能を嘆く……暇があったら行動するしかない。


(食料が尽きる前に買い占めてこねえとやべぇっ!!)


 もしくは違う場所に避難するかだ。


 俺は地図を広げてどうするかを考える。


(第一案、王都リースに戻って食料を買い占める)


 しかしこれは駄目だ。


 王都には俺の顔を知ってるやつが多すぎる。


 下手に顔を出したらそれこそ危険なツメヨ国に輸送されかねない。


(第二案、何とか王都バンニまで逃げ込む)


 これも難しそうだ。


 途中でリース国の近くを通るために危険すぎるのだ。


(第三案、小島にある龍の里に逃げ込む)


 しかしそのためには海を渡る必要がある。


 何処かで船を調達する必要がある上に、そもそも俺に操舵技術などはない。


(第四案、周辺の村から少しずつ食料を買えるだけ買い込んで……たまに結界の外で魔物を狩って食料にする)


 これぐらいしかできなそうだ。


 危険な魔物退治は最後の手段として、とりあえずは馬で近隣の村を回り食料を集めてこよう。


(まずはこの村の食料からだなぁ……出来るだけ日持ちするものを集めよう)


 荷物をまとめて村の中央へと向かう。


「……っ」


「……ちっ」


 村人の視線も厳しい、空気もギスギスしている。


(そりゃあ警戒もするよなぁ)


 飢えている難民の中には盗みを働こうとする者も混じっている。


 どうしても余所者への対応が厳しくなるのは仕方がない。


(しかもどんどん食料消費は激しくなって高騰して……明日は我が身だと思ってんだろうなぁ)


 色んな家を回って金銭との交換を求めるがやはり難儀する。


 非常事態故に金より物のほうに執着するのは当然の話だ。


(ちょっと遅かったかなぁ……はぁ……)


 代わりとばかりにどこへ行っても馬は欲しがられた。

 

 いざというときの逃走手段にも使えるから当然だ。


 もちろんお断りしながら、俺は食料を求めてさらに家々をめぐる。


「あ……マシメさん」


「どうも、ミリアさん……すみませんが食料を買わせていただきたいのですが……多少高くても構わないのですが……」


「ごめんなさい……私たちも余裕がなくて……本当に申し訳ないです……あんな子供たちまで飢えさせて……うぅ……」


 罪悪感を感じているらしいミリアさん。


(まあそんなことはどうでもいい、買えないなら他所を当たろう)


「いいえ、お気になさらず……では私はこれで……」


「おおぃ、待てよぉ……馬なら買い取ってやるぞぉ……」


「だ、ダナっ!? 出てこないでよっ!!」


 奥から酔っぱらっているらしいダナが姿を現した。


(おいおい、昼間から酔っぱらってる場合かよ……)


「この家の主は俺だぞぉ……おい、マシメよぉ……馬よこせよぉ……」


「ごめんなさい、マシメさんっ!! だ、だけど馬は私も……やっぱり譲ってはくださいませんか?」


(駄目に決まってるだろうがっ!! 俺の生命線だぞっ!!)


「ええ、万が一にもツメヨ国に乗り込みそうなミリアさんにはちょっと……俺もあなたを見殺しにはしたくありませんからね」


「んなことには使わせねぇよ……いいからよこせよぉ……」


「も、もうダナっ!! いい加減にしてよっ!!」


「なんだぁっ!? 俺に逆らうのかっ!!」


 目の前で修羅場を繰り広げる夫妻、付き合いきれない。


「どうやら俺はお邪魔みたいですね、では失礼します……」


 喧嘩を始めた二人を置き去りにして俺はさっさと次の家へと向かった。


 しかし夕方まで粘っても結局何も手には入らなかった。


(やっぱり遅すぎたかぁ……こうなったら明日にでも近隣の村へ買い出しに行くか……)


 住居に戻った俺は入り口に簡易な音が鳴る罠を仕掛けて、食料を抱きかかえて横になった。


 最近は油断も隙も無い。


 鞍を外してあるから馬を盗もうとするやつはいないが、そのうち強引に乗りこなそうとするやつが出かねない。


(住むところも考えないとなぁ……ああ、面倒くせぇ……)


 そう思って目を閉じていると、何やら外が急に騒がしくなってきた。


 馬の嘶きも聞こえてきて、流石に放置できずに顔を出した。


「や、野盗だぁっ!!」


「っ!?」


(くそっ!! そこまで追い詰められやがったかっ!?)


 俺は急いで外に出ると馬に鞍をつけていつでも逃げ出せる準備を済ませる。


 少し遅れて誰かの叫びの通り、俺のいる村はずれまで武装した野蛮そうな男たちが攻めてきていた。


「おらぁっ!! おめえらここに並べやっ!!」


(振る舞いや言葉遣いはともかくとして……こいつら本当にただの野盗かっ!?)


 野盗というには余りに装備も人数も揃いすぎている一団が俺たちのいる場所に村人を並べだした。


「きゃぁっ!? な、何をするんですかぁっ!?」


「この村にあるものは俺たちが頂くぜぇっ!! 食料も……女もなぁっ!!」


 比較的見た目が美しい女性達が親分と思しき男の前に引き出される。 


 その中でもひときわ美しいミリアさんに親分は目を付けたようだ。


「い、いやぁ……あ、あなた助けてっ!!」


「これはこんな村にはふさわしくない上玉だなぁ……お前が旦那かぁ、どうすんだぁ?」


 剣を突き付けられて、酔っぱらっている旦那は震えながら縮こまっている。


「ひ、ひぃ……す、好きにしてくださいっ!!」


「そ、そんな……うぅ……だ、誰か助けて……」


 ミリアさんが皆に助けを求めるが誰も応えることができない。


 他の女性陣も同様だ。


 悲痛そうに見つめる皆の前で服を破かれているミリアさん。


(うわぁ、美人ってこういう時は大変だよなぁ……俺は男でよかったぁ)


 しかし俺はどうでもいいので、周りを見回し周囲を取り囲む野盗の群れの隙を見計らう。


 警戒が薄いところを馬で走り抜けるつもりだった。


「おい、この馬はお前のかぁっ!?」


 しかしその前に目を付けられてしまう。


(ちぃ、仕方ない……強引に走り抜けるか……)


 俺は一か八か馬にまたがると鞭をうって正面に駆け出した。


 ミリアさんに夢中になっている親分が一番隙だらけだと判断したのだ。


「けっ……おらぁっ!!」


「っ!?」


 かなり鋭い一撃が迫った。


 とっさに飛び降りなければ俺はやられていただろう。


(こ、こいつ……ただ者じゃないっ!?)

  

「ほぉ、今のを躱せるとは……お前素人じゃねえなぁ」


(まあ修羅場は潜り抜けてきてるから避けるだけなら……それでもぎりぎりだったが……)


「貴方こそその剣の鋭さ……何者ですか?」


「はは、そりゃあそうさ……これでも元はツメヨ国で部隊長ぐらいは勤めていたからなぁ」


「ほう……つまりこの野盗にしては妙に統率の取れている一団は、その部隊丸ごとというわけですね」


「察しが良いなぁ……あんな危険な戦いしてられねえから逃げ出してきたまでのことよぉっ!!」


 何とか表面上は笑顔を維持しているが内心で悲鳴を上げる俺。


(さ、最悪だっ!? こんなの俺じゃあどうしようもねぇっ!?)


「ああ……わ、私のことはいいから逃げてマシメさんっ!!」


 何を勘違いしたのかミリアさんが乱れた服を抑えながら叫ぶ。


 どうやら俺がミリアさんを助けるために突っ込んできたと思っているようだ。


(逃げれるんなら逃げてるよっ!! お前なんか置いてなぁっ!!)


 飛び降りた馬は既に敵の部下に確保されている。


 さらに周りは元兵士で連携の取れている奴らに囲まれている。


 絶望的な状況だった。


「この女を助けるために飛び込んできたってわけかぁ……大したヒーローだなぁ」


(お前まで勘違いすんなよ……どうしてこの短時間で俺は誤解されれるんだよぉ……くそっ!!)


 こうなったらどうしようもない。


(降伏……したところで俺の実力じゃぁ食料とか全部奪われたうえで使い捨てられるのが落ちだなぁ)


 一か八か戦った……ところで絶対に勝ち目がない。


 ならばいつも通り口から出まかせで何とかするしかないようだ。


「それよりもいいのですか、このような場所で狼藉を働いても……仮にも大僧侶様が治める土地ですよ?」


「はは、あんなお偉いさんたちがこんなちんけな場所に拘るもんかよ……勇者だってあっちの王都に掛かりきりなぐらいだぜ」


「いいえ、そんなことはありませんよ……勇者はどんな小さな事件も見過ごしたりは致しません」


「実際に今どこに勇者様がいるってんだぁっ!! あいつらは大きな事件を解決して名を売ることで忙しいんだよっ!!」


(大僧侶は笑い飛ばしたのに勇者の称号には怒声を上げている……プレッシャーになってるみたいだなぁ)


 恐らくはツメヨ国で兵士として働いていた時に勇者の実力を間近で見続けていたのだろう。


 ならば……利用しない手はない。


「やれやれ、もう少し事態の推移を見届けたかったのですが……ここまで来たら仕方ありませんねぇ」


 俺は荷物の中から勇者許可証を取り出し、掲げて見せてやる。


「俺の名前は勇者サーボっ!! ドラゴンスレイヤーのサーボだっ!!」


「な、何ぃっ!?」


 どこまで名前が広まっているかはわからないが大々的に主張してやった。


 流石に野盗たちは動揺しながら俺の掲げた許可証を見て……多分他の勇者のを見たことがあるらしく更に動揺していく。


「勇者許可証……ほ、本物だっ!!」


「ゆ、勇者が何でこんなところに居るんだよぉおおっ!!」


「き、聞いてねえよこんなのっ!!」


「隊長どうするんですかっ!? あ、あんな化け物に敵うわけありませんよぉおおっ!!」


 野盗の部下たちが一気に弱気になり震え始める。


(そりゃあカーマやセーヌやテキナさんの化け物っぷりを知ってればビビるよなぁ)


 ツメヨ国に近い村を狙わず、こんな正反対の村を襲ったのも勇者の目に届くことを恐れたがためのようだ。


「さ、サーボって……勇者サーボ様ぁっ!?」


「このリース国を救ったサーボ様なのっ!?」


「サンドワームの侵攻を見抜き、ドラゴン軍団を単独で殲滅したあの最強勇者サーボ様っ!?」


「「「「「「さ、サーボ様ぁあああっ!!」」」」」」


 村人たちが一気に強気になり、俺への声援を高らかに上げていく。


(案外名前は知れ渡ってやがったぁ……これも行商人の情報かなぁ……うぅ……また暮らし辛くなりそうだぁ……)

 

 しかし先のことより今は目の前の危機を何とかするほうが優先だ。


「さて、どうしますか……今すぐ立ち去るというのなら見逃しますが、戦うというのなら容赦は出来ませんよ」


 耳が痛いぐらいの声援が辺りに響き渡る中、あえて穏やかに話しかけてやる。


(ほら、諦めて逃げろっ!! まさか勇者と戦う気じゃねえよなぁっ!!)


「くくぅ……くくくぅははははっ!! おら、これを見ろぉっ!!」


「ひぅっ!? さ、サーボ様ぁっ!?」


「こいつの命が惜しければ、武器を捨ててそこに跪きなぁっ!! おめえらも人質を取りやがれっ!!」


「なっ!?」


 俺の目の前でミリアさんが剣を突き付けられる。


 また近くにいた人々も部下によって人質に取られてしまった。


「はっはー、どうすんだ勇者様よぉっ!! おらぁ、人質が惜しければ剣をすてなぁっ!!」


(どうすりゃあいいんだよこれっ!?)


 人質など正直どうなってもいい。


 しかし無視して切りかかったところで俺の技量では返り討ちに逢うのが落ちだ。


 かといって下手に逃げ出そうものなら勇者のメッキが剥がれて、やはり襲い掛かられかねない。


(けど勇者の振りして言いなりになっても無防備なところを攻撃されそうだし……最悪だぁ)


 とりあえず時間を稼ごう。


「くっ!? 何と卑劣な……君たちに戦士としての誇りはないのかっ!?」


「んなもんどうでもいいわっ!! ほら、どうすんだよ勇者様よぉっ!!」

 

(ですよねー、俺もどうでもいいし……いやどうすればいいんですかねぇこれ?)


「ゆ、勇者サーボ様っ!! わ、私のことなど気にせず敵を倒してくださいっ!!」


(最初から気にしてねーよっ!! そもそも倒せねぇんだよぉおおっ!!)


「そ、そうですよサーボ様っ!! 我々には構わないでっ!!」


(だーかーらー、構ってねぇんだよぉおっ!!)


「サーボ様っ!! お願いしますっ!!」


「「「「「「さ、サーボ様ぁあああっ!!」」」」」」


 人質にされている者もされてない者も等しく同じ言葉を叫ぶ。


(うるせぇお前らっ!! ああ、クソどうしようもねぇええっ!!)


「ほら、抵抗すんじゃねぇぞっ!!」


「さ、サーボ様ぁっ!!」


 ミリアさんを副官らしい男に預けて、親分が剣を振りかぶって俺に向かってくる。


「くぅっ!?」


 何とか初撃は避けることに成功したが、そこでバランスを崩してしまう。


(お、終わったぁあああっ!!)


「おらぁっ!! しねぇえええ……ええええあぁあああああっ!?」


 しかしそこで何故か親分は何かに気づいたように俺の背後を見つめ、震えながら剣を手から落とした。


「ま、魔物だぁああああっ!!」


「な、何でここにぃいいいっ!!」


「ひ、ひぃいいいいっ!!」


(はぁっ!? 結界の中に何で魔物がっ!?)


 魔物の脅威を身をもって知っている野盗たちは何もかも放り出して逃げ出した。


 逆に結界に守られて魔物に慣れていない村人たちは腰が抜けたように動けないでいる。


(く、クソっ!? し、死んでたまるかっ!!)


 何とか体を起こして、俺もまた振り返ることなく野盗に次いで駆け出そうとする。


「サーボ先生っ!!」


「えっ!?」


 しかし聞き覚えのある声がして、振り返った俺の目の前にやはり見覚えのある顔が映った。


「た、タシュちゃんっ!? そ、それにワイバーンっ!?」


「お久しぶりです先生……ふふ、まさか会えるとは思わなかった……でしたぁ……お元気でしたかっ!?」


「ああ、久しぶり……って今は先にやることがある、今逃げていった奴らを一人残らず捕まえてきてくれっ!!」


「え、て、敵ってことですかっ!? わ、わかったよ……ましたっ!!」


 すぐにワイバーンを連れて飛んでいくタシュちゃん。


(最高の援軍が来たぁあああっ!!! 助かったぁああああっ!!)


「あ、あのサーボ様……今の子とワイバーンは……味方なんですか?」


「ああ、あの子たちは人間の味方だよ……勇者サーボの名前に掛けて保証するよ」


 緊張している様子の村人たちだったが、俺の言葉を聞いてほっとしたようだ。


 中には気絶している人もいる。


(そりゃあこの国の連中は結界のお陰で魔物なんか見慣れてないもんなぁ……)


 どうやらワイバーンの群れは人間に友好的なタシュちゃんの支配下にいるから入ってこれたようだ。


「うわぁあああっ!!」


「ぎゃぁあああっ!!」


 少し離れたところから悲鳴が聞こえたと思えば、次から次へと気絶させられた野盗が連れてこられる。


「とりあえず拘束して後で王都に送りましょう、皆さんも手伝ってくださいね」


「「「「は、はい……」」」」


 比較的余裕のある人々が率先して動き始めた。


「サーボ先生、これで全員ですよ」


「ぐぅぅ……」


 流石に兵士崩れ程度ではワイバーンには到底敵うはずがない。


 あっさりと全員が拘束された。


「ふぅ、ご苦労だったねタシュちゃん……だけどどうしてここに居たんだい?」


「丁度プリスさんのところから帰る途中だったのですが、サーボ先生の名前が聞こえたから寄ってみたんだ……ですよ」


 どうやら村人たちの大合唱が耳に届いたらしい。


(ラッキィイイイイイっ!! 俺珍しく運がよかったぁあああっ!!)


 あの疫病神である三弟子と別れたおかげで運が向いてきたのだろうか。


 とにかくぎりぎりのところだった。


「そうなんだね、でもワイバーンはどうしたんだい?」


「途中でうろついていたのを見つけて連れて帰るところだったのだ……ですよ、多分魔王軍が待機させてた子たちです」


(ツメヨ国辺りに援軍として送ろうとした際に秘奥を使える魔物が倒されて、中途半端なところをうろついてたってとこかなぁ)


「サーボ様、我々をお救い頂きありがとうございますっ!!」


「ああ……勇者様と知らずあのような無礼な真似をしていた我々をお許しくださいっ!!」


「いえいえ、いいのですよ……正体を隠していた俺も悪いのですから」


「そ、そういえばどうしてサーボ様はこのようなところで……偽名を使ってまで潜んでいたのですかっ!?」


 そこでふと正気に戻ったらしいミリアさんが俺に詰めかけてきた。


「ま、魔物に襲われているツメヨ国にどうして行かれないのですかっ!? 何故このような場所でっ!?」


「み、ミリアさん落ち着いて……」


 目が血走っている。

 

 やはりミイアさんの姉妹だ。


 ここで対応を誤れば寝首を掻くことぐらいしてきそうだ。


 俺は何とか納得させようといつも通りでまかせを口にした。


「魔王軍は手ごわい……正面からぶつかっても解決には時間がかかる、そしてその間には今回のように目の届かない場所に被害が出る」


「そ、それはそうですが……」


「だから冷静に眺めることができる外部から観察して状況を把握しつつ、細かいところの人々も救い上げようとしていたのだ」


(とりあえずこの場だけでも納得させよう……後のことは後で考えよう)


「そ、そうですか……ぐ、具体的にはどのようなことをなさっているのですかサーボ様っ!?」


「……えっと…………このような事態で何が人の心を追い詰めるのかを判別し、その解決策を練っていたのだ」


 俺は大げさに人々に向かい両手を広げて見せる。


「見たまえ、飢えている人々を……助けの手を差し伸べられない村人たちを……すべての苦しみの元凶は物資の不足にあるっ!!」


「し、しかし今までサーボ様は我々に物資を分けてはくださりませんでしたよね……?」


 俺の近所に住んでいた人が恐る恐る口にした。


(げげっ!? そ、それはそうだけど余計なこと言うなよっ!!)


 微妙に空気が悪くなった。


 やはり何とかとりつくろわなければ。


「……先に渡しては不公平になるからね、どうにかして国全体に平等に行きわたらせようと考えていたがその必要は無くなったようだ」


 俺は泣く泣く食料の入ったカバンを置くと、ミリアさんに中身を平等に分配するように頼んだ。


「え、ええとど、どうやって分ければいいのでしょうか……この村以外の人々の分は……」


「それは気にしなくていい、タシュちゃんに運んできてもらうからね」


「えっ!? あ、あの先生……私は何をすればいいのだ……ですか?」


「俺の勇者許可証を渡すから悪いけどバンニ国まで飛んで食料を貰ってきてくれ……それを領内の村に配って回ろう」


 あそこは食料自給率に力を入れている上に、前の復興作業の余波で大分国庫が潤っている。


 当面の間はこの国を支援しても問題はないはずだ。


 そして俺の指示だと分かればプリスちゃんは喜んで協力してくれるだろう。


(俺が食べても文句言われない程度に持ってきてくれ……)


「わ、わかった……です……行ってくる……きますっ!!」


「ついでに王都リースに行って大僧侶のテプレさんに顔合わせしてね……じゃないと領内の活動に差し障るかもしれないから」

 

(こっちも俺の許可証を見れば受け入れるだろう……はぁ、何やってんだか俺は……)


「は、はいっ!!」


 タシュちゃんはすさまじい勢いでワイバーンを連れて飛んでいった。


「ありがたやサーボ様っ!!」


「おいしぃよぉっ!! ありがとうサーボにいちゃんっ!!」


「サーボのおにいちゃん、ありがとぉっ!!」


 食料を受け取った難民たちから感謝の言葉が上がる。


「流石はサーボ様だ……何と偉大なお方なのだっ!!」


「ドラゴン軍団を倒すどころか支配下に置いているとは……恐ろしくも頼りがいのあるお方だっ!!」


「サーボ様素敵ぃいいいっ!!」


 村人から畏怖と感激の声が上がる。


「はは……勇者として当然のことをしたまでだよ……うぅ……」


(せっかく隠居できたと思ったのにぃいいいっ!!)


 俺は心で号泣しながらも表向きは真摯な態度を装い続けるのだった。

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