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クイーンサンドワームと宝箱

 洞窟内に入った俺たちは、少し進んで立ち往生することになった。


 当たり前だが洞窟内に光源らしいものは存在しない。


 入り口付近はまだ光が差し込めたが、ついに真っ暗闇に包まれてしまったのだ。


「聖なる力よ迷える人々の指針となれ、照光(ライト)


 テキナさんの魔法により俺たちの頭上に光源が生まれ、周囲を見通せるようになる。


 改めて進行を始めると、魔法の光源は俺たちの頭上をついて動く。


「カノちゃんはよくこんな暗闇の中を進めたねぇ」


 テキナさんの魔法がなければ俺たちはこれ以上一歩も進めなかった。


「元々僕は夜目がきくほうだし、あの装備をしてると暗闇でも色々と見通せるんだ……あとは音とか振動とかで状況を把握するんだ」


 当たり前のようにとんでもないことを言い出すカノちゃん。


 流石大盗賊は格が違った。


「だけど前の魔物たちの拠点は最低限の明かりはついてたから……やっぱりこの洞窟だけ変なんだよ」


「サンドワームは土の中を進む生き物だからね、明かりなんか必要としないんだろうね」


「しかし、それが事実ならこの中にいる魔物はサンドワームばかりということになりますね」


「宝の山ですねぇ……どうにかして飼いならせないかなぁ、ムートン君?」


「め、めぇええ……」


 ムートン君が無茶ぶりされて困惑気味な泣き声を上げる。


(いくら魔物同士で意思の疎通ができるとはいえ、ここまで文化が違う敵と交渉できるわけないだろうが……)


 サンドワームは魔王が生み出した魔物らしいから、なおさら天然の魔物であったムートン君では会話を成り立たせるのは難しいだろう。


(……あれ、何か引っかかるぞ?)


 敵の配下である魔物は親玉である魔物が生み出している。


 ではその親玉は……ひょっとして魔王が生み出している可能性が高いのではないか。

 

(魔王を退治しない限り敵の襲撃は続くのか……シャレにならねぇが逆に一番の親玉である魔王さえ倒せば敵は一気に消滅するのか?)


 確証はないがそれが事実のような気がする。


 魔王配下の魔物はどれもこれも魔王が退治されると同時に一度は絶滅扱いされている。


(やっぱり魔王は絶対に退治する必要があるなぁ……俺の安全のためにも、一応は世界の安定のためにもだ)


「サーボ先生、何を考えておられるのですか?」


「いやちょっとね、今回の事態には関係ないことだ……いずれ話すかもしれないが今は止めて目の前の敵に集中しよう」


(下手に伝えたらこいつらは今すぐにでも魔王退治に行こうとか言い出しかねない……俺が隠居した後にでも教えてやろう)


「わかりました……カノ、三又の分かれ道だがどちらに進めばいいのだ?」


「ここはまっすぐだよ、右は行き止まりで左には多分人から奪ったものを収めてるらしい宝箱があったよ」


「……なんで中身を知ってるんだい?」


(仮にも俺たちがサンドワームと戦ってる間、こいつ宝箱漁ってやがったのかよ)


「え、えへへ……気にしないでよサーボ先生、先を急ごう」


 テキナさんの背中を押すようにカノちゃんがその場を離れた。


「でも何も持って帰ってきてないってことはいいもの入ってなかったんでしょうねぇ……」


「めぇええ」


 次いでムートン君に跨っているシヨちゃんが後をついていく。


「まあ人と魔物で価値観も違うだろうし……民間人が持ってるものなんてたかが知れてるだろうからねぇ」


 最後に俺がしんがりを務めるように最後尾を進む。


 一番危険な前を実力者のテキナさん、道案内人のカノちゃんが二番目。


 俺は後ろからの襲撃に備えると言って最後尾に、そして久しぶりにお荷物になったシヨちゃんがその間に入ったのだ。


(流石に魔王軍の他の親玉は退治済みだから後ろから攻めてくることはないだろうし、万が一の時はシヨちゃんを餌にしよう)


 小柄なシヨちゃんなら俺でも掴み上げて後ろに放り投げることぐらいはできそうだ。


 いつでも身代わりに出来るよう距離を離さずシヨちゃんについていく俺。


 しかしどうやら警戒の必要はなさそうだ。


 どれだけ進んでも敵の襲撃は一度も起こらなかったのだ。


「ここは右……けど妙だなぁ、僕が探索したときはそこそこサンドワームとすれ違ったのになぁ」


「それは確かに妙だね……もしかしてまた何かを企んでいるのかもしれないねぇ」


(待ち伏せならまだいいがもしも後ろに回られたらお終いだぞ……まあ振動が移動する感じはないから多分大丈夫だろうけど)


「はぅぅ……怖いですよぉ」


(普段はお前のほうが怖いけどな、独裁者シヨちゃん……しかし本当に俺のパーティは戦力が貧弱すぎるなぁ)


 戦闘をできるのがテキナさん一人しかないのだ。


 逆に俺がカーマやセーヌほど……いや、せめて勇者の里の平均程度実力があればかなりバランスが良かっただろう。


(もし俺にそれぐらいの力があればこのメンバーなら直接魔王退治できたかも……はは、何考えてんだかなぁ)


 頭を振って余計な思考を吹き飛ばす。


 俺の無能にはもう諦めがついていたはずだ


 とっくの昔に振り切ったはずのコンプレックスが、今更どうしてこんなにも刺激されるのだろうか。


(余計なことを考える余裕なんか俺にはないだろ……ほら、目の前の危機に全力を費やすんだよ……)


 大地を削っただけの洞窟の壁を見回す。


 いざ戦闘になった場合、これでは身を隠す場所もない。


 万が一テキナさんが負けた場合や、切り離された場合のことも考えなければいけない。


(それこそ洞窟が落盤でもしようものならお終いだ、俺が今までしてきたみたいに……っ!?)


 今更ながらにその可能性に気づいてゾッとした。


 魔王軍は今までのやられ方をある程度共有しているようだ。


 だからもしも先ほど魔王軍の親玉を一掃していなければ……そしてこの洞窟に入るところを見られていたらどうなっていたか。


(やり返されていた可能性もある……というか、今から敵の後続が来てされないとも限らないっ!?)


「テキナさん、カノちゃん……多少警戒を薄めていいから先を急いでくれっ!!」


「わ、わかりましたがどうしましたサーボ先生っ!?」


 驚く皆に俺の考えを説明する。


 一気に全員の顔色が変わった。


「ま、魔王軍だもんね……味方ごと生き埋めにしてきてもおかしくないよねっ!?」


「確かに厄介だ……そんなことになれば私やサーボ先生ならともかくカノとシヨには負担が厳しすぎるっ!!」


(俺もお陀仏だよっ!! お前と一緒にすんなやっ!!)


 テキナさんの中で俺はどの程度の実力者になっているのだろうか、考えるのも恐ろしい。


「い、急ぎましょうっ!! 早く倒して早く出ちゃいましょうっ!!」


「めぇえええっ!!」


 全員が洞窟の奥に向けて駆け出す。


 おかげであっさりと敵の親玉であるクイーンサンドワームが居る場所へとたどり着いた。


 通路の先にあった下に向かってぽっかりと空いた、非常に広くくりぬかれた空間だった。


 半径100mほどの球状に広がった洞窟の広間、その四分の一を埋め尽くすほどの巨体がとぐろを巻いている。


 よく見えないが身体の下には卵のようなものがある気がする。


(凄まじい数だ……あれが全部サンドワームになるのかぁ)


 さらに普通のサンドワームの群れも近くに侍っている。


 どうやら道中ですれ違わなかったのは待機命令を受けて動けずにいただけのようだ。 


(ビビらせやがってぇ……しかしあの数とクイーンサンドワームをどうやって退治したもんかなぁ)


「サーボ先生……一刻も早く倒すために共に挑みましょうっ!!」


(ふざけんなっ!! 俺なんか一瞬で瞬殺されるだけだっ!! というかここから降りただけで落下ダメージで即死だわっ!!)


「いやカノちゃんとシヨちゃんの護衛が必要だ……もしも必要ならその時は対策を考えるからまずはテキナさんが挑んで見てくれっ!!」


「それもそうですね……カノ、シヨ、決してサーボ先生のそばを離れないように」

 

「う、うん……テキナさんも気を付けてね」


「す、すっごい数……テキナさん無茶しないでねぇ」


「めぇええ……」


 俺たちに見つめられたテキナさんはニコリと笑いかけると、広間にその身を投げ出した。


「邪を払う閃光よ我が剣に宿り力と成せ、聖輝剣(シャイニングブレード)っ!!」


 テキナさんが抜き去った鋼の剣に光が集まり、魔法剣が生み出される。


「キシャァアアアアアアアアアっ!!」


 クイーンサンドワームとその取り巻きがテキナさんに気づき、口から一斉に溶解液を噴射する。


「はぁあああああっ!!」


 真っ向からぶつかったテキナさんの魔法剣はその全てを打ち払い蒸発させていく。


 突撃の勢いが一切衰えぬまま、テキナさんは魔法剣に怪力を載せた一撃を中心に居たクイーンサンドワームの胴体に叩き込む。


「うわぁあっ!!」


「ま、眩しいっ!?」


 その瞬間、世界の全てを塗りつぶすほどの激しい閃光が発生する。


 厳かな輝きはあらゆる音をも飲み込んで静寂を生み出す。


 そして空気に溶けるようにして光が収まると、もうそこにクイーンサンドワームの巨体は破片すら残っていなかった。


 身体の下にあった卵も周囲に点在した普通のサンドワームも同様だ、何一つとて残ってはいない。


(結局瞬殺じゃねえかっ!? 何が共に挑みましょうだっ!? 下手したら俺も巻き込まれてたわっ!!)


「サーボ先生、何とか倒すことができましたぁあああっ!!」 


 テキナさんがこちらに向かい手を振っているのが見えた。


「テキナさん凄いなぁ……凄すぎてちょっと現実味がないよ僕」


「本当に……同じ人間なんですかぁあの人?」


「うーん、俺も自信がない……人間なんだよねぇあれで」

 

「め、めぇぇ……」


 あれだけの巨大な魔物を群れもろとも一撃で倒してしまったテキナさんの実力に今更ながらドン引きしてしまう。


「み、皆どうしたのだっ!? 何かありましたかっ!?」


 軽く飛びあがって俺たちのいた通路まで戻ってくるテキナさん。

 

「いや、テキナさんが余りにも見事に敵を退治したものだから……皆見惚れていたんだよ」


「ほ、惚れるなどと嬉し……い、いえサーボ先生に比べれば大したことはございませんよ」


「……サーボ先生も本気を出したらあれぐらいできちゃうんだよねぇ、やっぱり本当の勇者は凄いなぁ」


(できるわけないでしょうがぁっ!! あなたは一緒に何度も模擬戦して俺の実力を一番よく知ってるでしょっ!!)


 どうやらカノちゃんは訓練で俺に手加減されたと思っているようだ。


「……はぁ、やっぱり勇者ってすごいなぁ」


(シヨちゃんまでそんな目で見ないでぇええっ!! 俺は凡人だからっ!! こんな化け物と一緒にしないでよぉおっ!!)


「……め、めぇぇ」


(む、ムートン君っ!? きょ、距離を置くように離れないでぇええっ!! 俺は安全だからぁああっ!!)


「くぅぅ……と、とにかく魔物の退治も終わったことだし急いで外に出よ……」


「あっ!? サーボ先生っ!! あれ見てあれっ!! 宝箱っ!! 宝箱だよぉっ!! ほら凄い大きい宝箱っ!!」


 カノちゃんが発狂せんばかりに広間を指さす。


 あのクイーンサンドワームがとぐろを巻いていた辺りを見れば確かに宝箱に見えなくもない大きな箱が置かれていた。


 人が一人や二人、収まってしまいそうなサイズだ。


(よくテキナさんの攻撃を防ぎきれたなぁ……敵の身体で保護されてたのか、あるいは魔法でガードされてるのかもなぁ)


「ぼ、僕ちょっと行って開けてくるねっ!!」


「か、カノちゃんっ!?」


 俺が止める間もなくフードを被り装備の効果を発揮させてしまうカノちゃん。


(いつからこんな宝箱狂いに……多分大盗賊の称号を受け入れ始めてからだろうなぁ)


 テキナさんを見て勇者の自力に差を感じてしまい、逆に大盗賊という唯一無二の称号に拘り始めているのかもしれない。


 だからこそ自分の才能がいかんなく発揮できることに積極的になり……過ぎているのだろう。

 

(元々勇者の称号にも一番こだわってたもんなぁ……無能扱いされてたのが人格形成にも影響を与えてるのかもなぁ)


 まあ本人は満面の笑みを浮かべていたし、わざわざ指摘する必要もなさそうだ。


「さ、さ、サーボ先生ぇええええっ!! ど、ど、どうしようっ!! お、女の子が出てきたぁああっ!?」


「は、はぁあああっ!?」


 とんでもない発言に広間へと意識を戻す。


 開かれた宝箱の中を遠目で眺めてみれば、確かに少女らしい子が横になっている。


(うわぁ、ものすごい厄介ごとの雰囲気ぃ……余計なことしやがって大盗賊カノちゃんめぇ)


「な、何故あのような場所にっ!?」


「……とりあえずこっちに連れてきてくれ」


(魔物の親玉が抱えていた宝箱の中に納まっていた少女……絶対に嫌な予感しかしないわぁ)


 カノちゃんが俺たちの元へ少女を連れてくる。


「さ、サーボ先生……この子やっぱり普通じゃないよぉ」


「うん……背中に厳つい翼と尻尾が生えてるねぇ、手先の爪も凄い鋭いし肌も露出してる面は鱗みたいにカチカチだぁ」


 衣装こそその辺の市民が来ているような布の服だが、翼や尻尾に合わせて穴が開いている。


 また身長は俺の胸元ぐらいで、見た目自体は全体的に起伏が少なく14歳程度の幼さが残る外見をしている。


 髪の毛は短くおかっぱ状に切り揃えられていて、これが可憐な顔立ちに似合ってかなりの美貌に仕上がっている。


「生きてはいるみたいですが……眠っているようですね」


「この子ひょっとして……ドラゴニュートじゃないですかぁっ!? 龍族の長を務めてる異人族ですよぉっ!?」


 シヨちゃんの言葉に驚きを隠せない。


(な、何でドラゴンの親玉みたいな奴がこんな洞窟にっ!? 何がどうなってんだっ!?)


 訳が分からないがとにかくここに留まり続けても仕方がない。


「万が一起きて暴れられたら困るから拘束したうえでまずは地上に出ようじゃないか」


「そうですね、ここに留まって生き埋めにされたらたまりませんし……急ぎましょう」


 縛り上げた龍人族の少女を抱き上げたテキナさんに続いて俺たちは洞窟を脱出した。

 

「これでサンドワームの脅威は去ったわけですよねぇ?」


「ああ、ひょっとしたら別方面に進行していた個体もいたかもしれないが……親玉を倒した以上はもう消えているはずだ」


 それより肝心なのはこの子のほうだ。


「とりあえず安全な結界内に戻ろう、話はそこからだ」


「畏まりました」


 テキナさんが人力車を動かす。


「けどこの子って結界に入れるんでしょうかねぇ?」


「まあ駄目だとしたら境界線沿いで話し合えばいいよ」


(その前に目覚めてくれるなよ、頼むから)


 俺の願いも虚しく、少しすると少女は身体を震わし始めた。


「テキナさん、車を止めてこっちに来て……この子が起きそうだから全員で対応しよう」


(結界内に早く戻りたいところだが、いざというときにボディガードが必要だからなぁ)


「はい、わかりました」


「ふあぁぁ……あれ、ここどこぉ?」


 大きな欠伸をしながら目を覚ました少女は寝ぼけ眼できょろきょろと周りを見回す。


 そして俺たちの顔を順々に見回すと、はっと意識が覚醒したようで目を見開いた。


「お、お前たちは勇者サーボ一行っ!? わ、私をどうするつもりだっ!?」


「おやご存じでしたか、その通り勇者をさせてもらっておりますサーボです」

 

 俺が頭を下げる横で他の三人も自己紹介を済ませる。


「テキナと申します」


「カノだよ」


「シヨでーす」


「し、知っているともっ!! そ、それで私をどうするつもりなのだっ!?」


 少女は健気にも強気でこちらを睨みつけているが怯えは隠しきれていない様子だ。


「落ち着いてください、俺たちはクイーンサンドワームに捕らえられていたあなたを助け出しただけですよ」


(勝手にカノちゃんがなっ!! 本当に疫病神だよなぁ……)


「で、では何でこんな風に縛り上げているのだっ!?」


「近くにあるリース国はワイバーンに襲われております、ですから同じ龍族であるあなた様のことも一応警戒させていただきました」


(というか、自己紹介ぐらいしろよお前)


「くっ!? あの馬鹿どもめっ!! 魔力で簡単に操られおってっ!!」

 

 悔しそうに顔を背ける少女。


 そこでようやくワイバーンが天然の魔物だというのに魔王軍に使役されていることに気が付いた。


(魔王軍は生み出した魔物だけでなく天然の魔物も操れるのか?)


 詳しく知りたいところだ。


 思わせぶりなことを言ったこの少女からぜひとも聞き出したい。


「その言い方ですと本来あなた様が所属する龍族は魔王軍ではないのですね?」


「当たり前だっ!! 誇り高く最も強き龍族が何故他の生き物に従わねばならんのだっ!!」


「そうですか……魔王軍でないのなら俺たちは協力し合うことができそうですね」


(情報をくれ……代わりに何もしてやらないからさぁ)


「な、何ゆえに私がお前ら下等な人間などと協力しなければならんのだっ!!」


 その人間に囚われている状態で偉そうに言われても笑い話にしかならない。


「では上等な誇り高く気高く強く美しく素晴らしい世界一崇高なる龍族であるあなた様は俺たちの敵だということですか?」


(拘束された状態で勇者と戦うとは言わんだろ……ほら自分の置かれた立場に気づけよ……)


「え……あ、そ、そこまでは言ってない……う、美しいって……ほ、ほめ過ぎだ馬鹿ぁ」


 顔を赤らめてモジモジしている、言葉のわりに嬉しそうだ。 


 怯えるか虚勢を張るかだと思っていたのに、予想外の反応だ。


(嫌味に決まってるだろうが……案外単純な奴だなぁ)


「サーボ先生……こういうのが好みなの?」


「美しいって言ったぁ……私だって言われたことないのにぃ」


「……やはり先生が好む年齢はこれぐらいなのか、成長しすぎだ私め」


 三弟子の視線が痛い。


(お前らさぁ……いや今はこいつらのことはどうでもいい)


 とにかく今はこのドラゴニュートの少女から情報を聞き出すほうが先だ。


 三人を視界から外して、目の前の少女に意識を集中する。


「敵でないというのならせめて自己紹介ぐらいはしていただけないでしょうか……俺は麗しいあなた様の名前をぜひ聞きたいのです」


(適当に持ち上げてやればこの性格ならボロボロしゃべるだろ……)


「う、麗しいなどとそんな……うふふ……ま、まあそこまで言うなら教えてやろうっ!! 我が名はタシュだっ!!」


「あなた様に似合った高潔な響きを持った素晴らしいお名前です……そんなタシュ様はどのような地位におられるのでしょうか?」


(こんだけ持ち上げに弱いってことは言われ慣れてないってことだろうし……下っ端だろうけどなぁ)


「ぐぅ……わ、私こそ龍人族の長の娘であり次代の族長になるものだっ!!」


 目をそらしていて思いっきり嘘くさい。


 しかしそこは重要ではないので突っ込まないでおこう。


「おおっ!! それはそれは龍人族の未来は明るい限りですね……だからこそ魔物は危機を感じてあなた様を監禁していたのですか?」


「そ、そうだそれに違いないっ!! 龍の里を歩いていた時私は何者かに襲われて攫われたのだっ!!」


「それが魔物の襲撃だったと……ちなみにあのワイバーンの襲撃と何か関連があるのでしょうかタシュ様?」


「そ、それはだなぁ……お、お前たちには関係ないことだっ!!」


 急に口ごもったタシュ様。


(確実に何か関係してやがるなぁ……何とか口を割らせるか)


「しかしこのままでは人と龍族の関係は悪化します……すると近くにいた龍人族としてあなた様の責任になるのではないでしょうか?」


「うぅっ!! そ、それは……その……」


「タシュ様のような聡明で才気あふれる素晴らしいお方の力になりたいのです、俺たちに事情を説明してはくださらないでしょうか?」


「そ、そうかぁ、ではここだけの話だが……実は下等な知性のない龍族には言葉が通じぬために魔力で干渉して操る術があるのだ」


 もじもじと言いずらそうにしながらも答え始めたタシュ様。


「一族の秘奥で代々長になる者だけに言い伝えられているのだが……その、魔物に……盗まれてしまって……困っているのだ」


(おおかた連れ去らわれて拷問を受けてぺらぺら喋ったってところか?)


 しかしこれで天然の魔物であるワイバーンが魔王軍に従っている理由は判明した。


 やはり魔王軍は基本的に自らが作り上げた魔物しか操れないらしい。


 そうでなければわざわざ龍人族の娘を攫って秘奥を奪う必要などないからだ。


(余計なことしてくれたなぁこいつ……お前が漏らさなければワイバーンが襲ってこないからこの国で隠居できたのによぉ)


「なるほど、その後で逃げられないようにああして箱に閉じ込められてしまったと……いや命があって何よりでございます」


「ふん、私は龍族だぞっ!! 魔物の攻撃風情で傷一つとて付くものかっ!!」


(おいおい、それが本当なら拷問うけても平気なはずだろ……なんで機密が漏れるんだよ?)


「……失礼を承知でお尋ねします、ではなぜ秘奥を盗まれたのですか? 魔法で口を割らされましたか?」


「……パフェが…………美味しかったのだ……話しても後で退治すればいいかと……遅効性の眠り薬とは……思わなかったので……」


 ただの無能だった。


(魔物に賄賂で口を割らされてるとか恥とかいうレベルじゃない、俺が誇り高い龍人族なら間違いなく処刑するわこんなの)


「で、であるから私と共に秘奥を盗んだ魔物を退治しに行こうではないかっ!! 証拠を隠滅しなければ……急ごうぞっ!!」


(無能すぎてやばいこいつ……絶対に一緒に行動なんかしたくないわぁ)


 この調子では戦闘能力にもそこまで期待できそうにない。


「そうですねー、でも下等な種族の俺たちが手を貸すなんて失礼ですしねー……応援してるから頑張ってくださいねー」


「なぁっ!?」


 情報を引き出した以上、もうこいつは用無しだ。


 さっさと離れることにしよう。


「テキナさん、偉大なるタシュ様の縄をほどいて自由にしてさしあげよう」

 

「わかりました……縄をお解きいたしました、どうぞお行きください」


 テキナさんが淡々と縄をほどく。


 どうやら俺に称えられまくったタシュ様のことが気にくわないようだ。


(助けましょうって言われなくてよかったぁ……)


「い、いや……その……きょ、協力するわけにはいかないが同じ敵を抱くものとして同時に攻めるというのはどうだろうか?」

 

 自分で言った言葉なだけに撤回することもできず、あいまいな言い方をしているタシュ様。


 もちろん安全第一な俺が首を縦に振ることはない。


「またまた御冗談を……究極にして最強であり無敵の存在であるタシュ様なら俺たちが攻め入る前に敵をせん滅してしまいますよ」


「そうだよねー、タシュ様強いんだから僕たちと一緒に行動する必要なんかないよねー」


「さすがタシュ様、ほらさっさと行ってくれていいですよぉー」


 俺の言葉に合わせてきたカノちゃんとシヨちゃんもまた辛らつだ。


(ちょっとこの子たち嫉妬が強すぎない?)


 不思議だったがよくよく考えてみれば俺が他人の容姿を褒めたのは初めてのような気がする。


 当然こいつらは言われたことがないわけでそれが不満なのかもしれない。


 今回は好都合だからよかったが、これからは気を付けるとしよう。


「うぅ……い、行ってしまうぞ……行くぞ……本当に行ってしまうぞ……止めるなら今だぞ……行っちゃうんだぞ……」

 

(土下座して世界で一番愚かで無様な私をお助けくださいって言えよ、そしたら三秒ぐらい考えるふりぐらいしてやったのになぁ)


「ご安心ください、崇高なるタシュ様の行動を阻害するような真似は致しません……さあどうぞ自らの目的を果たしに行ってください」


「くぅ……わ、わかったぞ……で、ではさらばだぁっ!!」


 やけくそ気味に叫ぶとタシュ様は人力車から飛び出し翼を広げ大空へと舞い上がった。


 そしてすさまじい速度で移動を開始するとあっという間に見えなくなってしまった。


(速度だけは大したもんだなぁ……それに鱗も硬いみたいだし、普通の魔物ぐらいなら撃退できるんじゃないか?)


「行っちゃいましたねぇ……今更ですけど良かったんですかぁ?」


「ああ、正直あの子がどこまで本当のことを言っているかわからないからね……魔王軍の回し者の可能性も否定しきれないよ」


「……嘘が付けるほど器用には見えなかったけどね」


「確かに……ただ魔王軍は狡猾だから本人に気づかれないよう罠を仕掛けているかもしれないからね」


 何よりタシュ様と共に行動するなら、どうしてもワイバーンの群れと関わる羽目になる。


 そんな危険はごめんだった。


「しかし、これからどうなさいますかサーボ先生?」


「とりあえずサンドワームは退治した……一旦カーフ村に戻って何かないか探索して、見つからなければ西の洞窟を目指そう」


「ワイバーンのほうは放っておいていいのかな?」


「タシュ様の言葉が事実なら操ってる魔物が居るってことですよねぇ……倒しちゃうのも一つだと思うんですけどぉ」


(冗談じゃない……俺はそんなおっかないことはしたくないんだよ……)


「タシュ様が介入すれば多少は敵の侵攻が遅れるはずだ、その間に魔物の本意が他にないか確認しておきたい」


(出来ればそのままタシュ様に解決してほしいところだがなぁ……あんなんじゃ難しいだろうなぁ……)


「サンドワームだけではなく、ほかにも狙いがあるというのですかっ!?」


「それはわからない……ただ、魔王軍相手に油断は厳禁だということだよ」


「そうですねぇ……今回も一歩間違えれば全滅してましたからねぇ」


「わかったよ、サーボ先生の言う通り慎重に行こう」


 ようやく弟子たちは納得したようだ。


 これでしばらくの間は安全だろう。


 俺は安心してムートン君に身体を預けた。


(そういえば何でタシュ様は俺たちのことを知ってたんだ?)


 魔王軍に聞いたのか、竜の里まで噂が広まっているのか。


 どちらにしても面倒な事この上ない話だった。


(考えても仕方がない……村に着くまでの間ぐらい休むとするか)


 思考を打ち切ると俺はゆっくりと目を閉じた

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